5 デート日和
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「それでね、私のSNSで、自分の写真集褒めてくれとか抜かすわけよあの新人は。ふざけないで欲しいわよ。私の事利用しようなんて百年早いわ」
その日、雪名さんのご機嫌は超ナナメだった。
今日は、雪名さんと約束したデートの日だ。
雪名さんのマネージャーの白井さんが車で私のマンションまで迎えに来てくれた。
白井さんの運転する後部座席で、私は雪名さんの隣に座らせてもらっている。
「ごめんね牧村ちゃん。うちの雪名、昨日共演者たちと飲み会して、ずーーっとニコニコを頑張っちゃったから疲れて機嫌が悪くて」
白井さんが私に謝るので、私は慌てて首をふる。
「いえいえ、雪名さんはいつもこんな感じじゃないですか」
「あはは、雪名、言われちゃってるね」
白井さんが笑ったので、ハッと私は失言に気づいた。しかし雪名さんはどこ吹く風だ。
「別に。あ、白井さん、あの新人の写真集、適当に見て適当にSNSで見たよ的な事書いといて。一回見たら庭の肥やしにでもすればいいわよ」
「うち、庭無いのでー」
白井さんは適当にあしらっている。
この調子じゃ、やっぱり雪名さんに私達のグループの宣伝を頼むなんて事は出来なそうだな、と確信した。
「とりあえず、その新人さんの事は忘れて今日は楽しみませんか?いい天気ですし」
私が言うと、雪名さんはじっと私の足の方を見ていった。
「好葉が、私を踏んでくれたら機嫌直るわ」
「は?ここ車……」
私は動揺して白井さんの顔を伺う。白井さんはミラー越しに困ったような顔を見せながら言った。
「私の事は気にしないで」
いや、気にしないでとかじゃないですけど。
「いや、でもシートベルトしてるし……」
「足くらいなら踏めるでしょ?」
そう言って、雪名さんは自分の履いていたパンプスを脱いだ。そして私にも、スニーカーを脱ぐよう顎だけで促す。
仕方なく、私はスニーカーを脱いで雪名さんの綺麗な足に、自分の小さな足を乗せた。ふと雪名さんを見ると、雪名さんはもうすでにこの段階でうっとりとした表情になっている。
「失礼します」
私はそうつぶやくと、ぐっと足に力を入れた。ほとんど肉付きの無い足の甲。薄っすらと骨の感触を感じて思わず力が緩む。
こうしてみると、随分と足の大きさが違うんだな、と私は思った。
「ねえ、もっと強くしなさいよ」
雪名さんが文句を言うので、私は仕方なくさらに強く足を踏む。雪名さんの足の骨の感覚が私の小さな足を通じて感じとれる。折れないかな。でも……もっと強くしなきゃ……。
雪名さんが、ふあぁ痛い……、と艶かしい声を出した。
「……ああ、それくらいがいいわ。もっと強くてもいいけど。反対の足もして」
「わかりました」
「もっと強く。好葉はね、いっつもはじめは弱いのよ。何なの?焦らしプレイでもしているつもり?」
「一応遠慮してるんです!」
私は反論する。
雪名さんはハァ、とため息をついた。
「職業アイドルなのに、遠慮なんか覚えてどうすんのよ。この芸能界、遠慮なんかしてたら一瞬で埋もれるわよ」
「うっ」
案外痛いところを付かれて私は呻いた。
「そ、そうですよね……。だからくすぶってるのかもしれない……」
「そうよ、だから遠慮なんかしないではじめからガッツリ踏んで……」
「よし、遠慮しません!あの、雪名さん、私のグループのCDお渡しするので、ぜひSNSで……」
「白井さん、庭の肥やしが増えそうなんだけど」
雪名さんはバッサリと言った。うう……。ま、予想通りですけどねー。
「悪いけど、私基本的に音楽は自分が聞きたいのしか聞かないから。別な人に頼んで頂戴」
「はぁい。想定内の返事です」
私はそう諦めたように言うと、グリグリと雪名さんの足を踏みつけるのだった。
「じゃ、この辺で。帰りはまた迎えにくるからね」
白井さんは、いかにもおしゃれなお店の立ち並ぶ、でもあまり人通りの少ない場所に下ろしてくれた。
「さて、行くわよ」
「えっと、何が目的ですか?」
私はサングラスをかけた雪名さんと一緒に歩きながらたずねた。雪名さんはだるそうに答えた。
「は?デートなんだから、映える、ゴテゴテに飾った着色料たっぷりのスイーツ食べに行くに決まってるじゃない」
「美味しくなさそうな言い方しないで下さいよ。そうじゃなくて!何で急にデートなんですか?何か理由でも?」
私の問いに、雪名さんは面倒くさそうな顔を向けた。
「まだ正式発表じゃないから言わないでよ。今度、キラキラ女子の役を映画でするんだけど」
「雪名さんが、キラキラ女子?」
冷血女子の代表、雪名さんがキラキラ女子とは。
「まあ私だって色んな役をやっていかないとだめだしね。それで、役作りでデートでもしてきなさいって社長命令。ついでに自力でキラキラSNS上げてみろって。あ、一応アップ前に白井さんにチェック受けてからだけど」
「なるほど」
私は頷いた。それなら何となくわかる気がする。
「確かに、雪名さんどっちかっていうとインドア派っぽいですもんね」
「そう?」
「案外、家でゲームとかばっかりーって言われても似合うかも」
私がそう言うと、雪名さんは首を振った。
「確かに、オフの日は一日中家にいるけど、ゲームとかはしてないわね」
「じゃあ何してるんですか?」
そう言えば、プライベートの雪名さんなんて全然分からない。興味深々でたずねてみる。
「子供用靴下のカタログとかを、ずっと見てる」
「は?靴下のカタログ?子供用?」
「さすがに子供に踏まれたいとかはないけど。でもあの小さい靴下見てると、時がすぎるのを忘れるわ」
雪名さんはうっとりと言う。そしてふと、私がドン引きした顔をしているのに気づいて、すぐさま言った。
「安心して。私が好きなのは好葉の足だけよ。子供用靴下はただの観賞用だから」
「いや、嫉妬したわけじゃないんです」
私は呆れたように言った。
そんなふざけた会話をしながら、私は雪名さんと歩いていく。
ふと目の前に、最近できたばかりのソフトクリーム屋さんが現れた。
「あ、ここ、可愛いトッピング出来るって話題になってましたよね?うわぁ、さすが凄い並んでる」
ズラッと並んだお客さんの列に、雪名さんはなぜか怯えた顔をしている。
「雪名さん?」
「な、何この行列……みんな暇なわけ?」
「いや、こんなもんですよ。できたばっかりだし、最近何度もテレビにも出てたし、インフルエンサーの人も結構紹介してましたし」
「で、でもまさかこんなに……」
「もしかして、雪名さん、ここに来たかったんですか?」
私がたずねると、雪名さんはコクリと頷いた。
「ちゃんと事前に調べて、流行ってて、食べづらくなくて、なんか映えるようなのを必死で探したのに……」
「流行ってて食べづらくなくてなんか映えるから、皆来てるんですよ」
「そんな」
雪名さん、並ぶの嫌いそうだもんなー。
「あ、よかったら雪名さんどっかで待っててくれてもいいですよ?私が二人分買って来ます」
私が提案すると、雪名さんはキッと睨んできた。
「嫌よ。私を一人にする気?」
「いやだって……」
「好葉、この行列に並んだらどれくらい時間がかかると思ってるの?その間、私がファンとかに見つかったらどうしてくれるの?お詫びに顔でも踏んでくれるわけ?」
「顔踏む話は置いておいて下さい」
私は興奮する雪名さんをドウドウと落ち着かせた。さてじゃあどうしようか。
「あ」
私はふと思いついた。
「とりあえず、可愛くて映えて食べやすければいいですか?」
「ええ」
「じゃあこっちに来てください」
私は雪名さんの前に立って歩き出した。