44 反省会
「さて反省会といこうかしらね」
雪名さんのマンションに着くなり、怖い顔で私に言い放った。
「えーっと……怒ってらっしゃいますよ、ね?」
「あら偉いじゃない。わかってるみたいね。何が悪かったかもわかってる?」
雪名さんはフン、と鼻を鳴らす。
「えっ、あの、その、雪名さんのものである足を、勝手に触らせたから、ですよね」
「あとは?」
「あ、あと?」
その他にあるのだろうか。私は首を傾げる。
雪名さんは、ハァと大きく呆れたようにため息をつくと、私のほっぺを軽くムニュリとつねった。
「アイドルが、不用心に男の人に身体を触らせるんじゃありません。どこで誰に見られてるかわからないのよ」
「あ、あ、そういう事……」
「まあ私が口出すことじゃないかもしれないけど。赤坂さんに叱ってもらって頂戴」
「ああ、ごめんなさい」
意外にも私の為の事だったので、申し訳なくなってしまった。でも……。
「で、でも、雪名さんも、いくら怒ったからって、今川龍生に手を絡ませて、それを私に見せつけるなんて……そんなイジワルをしなくても」
「イジワル?」
雪名さんは冷たい目で見てくるので、私はビクッと身体を縮こませた。
「イジワルなんかしていないけど。あれは……」
雪名さんは、ふと言葉を止めて、少し考えるように黙り込んだ。
「……まあいいわ。これで反省会終了」
何も良くない。あれは、何だったんだ。でも、これ以上追求する気力は無かったので、私は口を尖らせたまま黙るしかなかった。
「さて、反省会も終わったし、今日のメインにしましょう」
急に反省会をぶつ切りさせた雪名さんは、いそいそと棚から真紅のピンヒールが入っている箱を取りだした。
多分、怒ってはいたんだろうけど、それ以上に早く踏んでもらいたくてムズムズしていたのだろう。だからサッサと反省会を切り上げたに違いない。
「あ、すみません雪名さん、ちょっと踏むの待ってもらっていいですか」
私がふと言うと、雪名さんは今日イチの怖い顔をしてきた。私は慌てる。
「違うんです。また焦らしプレイとかじゃなくて!あの、さっきの会場暑くて……汗かいたので、足だけでも少し洗わせてもらいたくて」
「………………まあ、そうね。そう言えば私も髪に匂いが付いてるわ」
雪名さんは仕方なく、といったギリギリした顔になりながら、バスルームに向かった。
そして、ふわふわのタオルを手に戻ってくると、私に渡してきた。
「湯船にお湯も入れてきたから先に入りなさい。足だけじゃなく全部洗っちゃいなさい」
「え、雪名さんからで大丈夫ですよ」
「先に入りなさい。私は靴の準備をしてからにしたいから」
有無を言わせぬ口調に、私は大人しくタオルを受け取った。
「それでは、お言葉に甘えて……」
いそいそとピンヒールを箱から取り出し始めた雪名さんを背に、私は急いでバスルームへ向かった。
雪名さんをお待たせするわけにはいかないので、私は急いで全身を洗う。足は丁寧に洗う。
英語のパッケージのボディソープは、ほんのり雪名さんの匂いがした。
キレイにした身体を、真っ白なバスミルクが溶かされている湯船に沈めると、お酒も入っているせいか、何だか眠くなってしまう。
寝ちゃう前に上がらなきゃ、と立ち上がろうとした時だった。
ガチャ、と音がして、真っ裸の雪名さんがバスルームに入ってきたのだ!
「せ、雪名さん!!何で!?」
「もう靴の準備出来たから」
「そういう事、聞いてるんじゃないです!」
「一緒に入れば時間短縮じゃない」
その言葉を聞いて、私は慌てて立ち上がる。
「すみません、もしかして私遅かったですか?すぐに上がります」
「ゆっくりしてなさい」
雪名さんはそう言って、平然とシャワーを捻った。
スタイルのいい白い身体に、お湯がが勢いよく流れていく。
私は上がるに上がれなくなって、再度湯船に身体を沈めた。
雪名さんは髪を洗い、何やらいい匂いのするオイルを頭に塗りながら、私をジッと見つめてきた。
「さっきチラッと見たけど、好葉、案外筋肉ついたシッカリした身体してるのね」
「セクハラです」
私は赤くなって、顎まで湯船に身体を沈める。
「あら、今川さんは触ったのにセクハラじゃないのに、私のは見ただけでセクハラなの?」
「あの人はちゃんと許可取ってましたし」
私は湯船でブクブクと言った。話の流れとはいえ、今川龍生の肩を持ってしまったのがちょっと悔しい。
雪名さんはちょっとだけ笑った。
「今川さん、気遣いの鬼だから」
「気遣いの鬼?」
私が首を傾げると、雪名さんは笑った。
「そう、ああいう場とか、現場でも、演技でも、相当気を遣う人なのよ。だから、実力派俳優やっていけてるの。あの人天才型じゃないから。監督とか、観客とかが何を求めているかをシッカリ見極めて演技する人なの。昔はそうじゃなかったみたいで酷かったみたいだけどね。昔の今川龍生の出てるドラマ見てご覧なさい。クソよ」
雪名さんはいつものようにひどい口調で言い放った。でも表情は楽しそうだ。
「昔、留美さんにこっぴどくやられたらしくてね」
「ああ、溝端留美さんも、凄く気遣いしてくださる人でしたね」
「そうでしょ。留美さんのことも私好きよ。努力の人で、尊敬している。だから、今川龍生も尊敬しているの」
そう言い切ると、雪名さんは私に向かって軽く微笑んだ。
「納得した?別に私あの人の事恋愛対象じゃないって」
「……一応」
私は再度ブクブクする。
確かに、今日の飲み会での雪名さんを見れば、相当周りに気を遣っているのがわかる。
「だいたいね、前に私が好葉を初デートに誘った時は、『イケメン俳優と一緒に行けばいい』って冷たく突き放したくせに」
雪名さんは、私の顔に向かって軽くシャワーをかけてくる。私はぷるぷると顔を振った。
「だって、デートするだけなら別にいいじゃないですか。なんか、女王様とお付の人って感じでイメージつきやすいですし。でも雪名さんが誰かを『好き♡』ってなるのはイメージできないんですもん」
「やっぱり、好葉は私の事何だと思ってるの?」
雪名さんは、呆れたような目を向けると、シャワーで髪のオイルを流していく。
「ところで、いつまで入ってるの?私も早く入りたいんだけど」
さっきはゆっくりしてろといったくせに、雪名さんは冷たい。仕方なく私は湯船から身体を出した。
雪名さんは、私とは入れ替わりに湯船に入り、スタイルのいい身体を沈めた。
「やっぱり好葉、いい身体してるわよ。グラビアとか依頼来ても大丈夫そうね」
湯船から上がる私を見て、雪名さんは再度セクハラしてきた。
「グラビアかぁ」
私には想像もつかない。
「グラビアするなら、足は隠した方がいいわ。靴下とか、ブーツ履いて」
雪名さんのグラビアプロデュース案に、私は思わず吹き出した。
「そんなの、水着着てブーツとか、かえってエッチじゃないですか?」
「そんな事無い。隠すべきよ」
雪名さんは真面目な口調だった。
「雪名さんは、グラビアの依頼とかあったんですか?」
ふとたずねると、雪名さんは遠い目をしながら答えた。
「昔、あったわ。『この私が水着になると思うの?』って、その当時のマネージャーに問いかけたら、それから二度とオファーは無くなったけど。不思議よね」
「なるほど、不思議ですね」
私は、深く頷いて見せながら、優雅に湯船に浸かる雪名さんを背に、バスルームを出ていった。




