表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷血女王様は踏まれたい  作者: りりぃこ
第四章 好きな人編
45/77

43 セクハラ


 続々と人が集まってくる。


 私の隣は留美さん、そして近くには同世代のモデルの子が座った。


 は、そういえば今川龍生はどこに座っているのだろうか。必死であたりを見渡すと、こともあろうか雪名さんの隣に座っていた。私の席からは離れているのでよく見えない。これじゃあ今日の目的を果たせないじゃない!


「雪名ちゃんが近くにいなくて心配?」


 私の様子を見た留美さんが声をかけてくれた。私はあわてて首をふった。


「いえ。こういう芸能界異業種の飲み会初めてで緊張してて」


「えー、アイドルってそうなの?」


 私の近くに座っていたモデルの子話しかけてきた。たしか、マイカちゃんと名乗っていた気がする。とっても細い童顔の子だ。


「私結構こういうの積極的に参加するよー。仕事に繋がるし。あ、やっぱアイドルだから変な虫つかないように過保護にされてるんでしょう」


 ちょっと小ばかにするような口調だが、不思議とそれが不快に感じないあっけらかんとした子だった。


「過保護っていうか。やっぱり注意されるよ。今日のこれも、はめ外すなってマネージャーから注意されてる」


「あはは、うけるー。好っち、超おもしろーい」


 何がうけるのかは分からないし、好っちって初めて呼ばれたけど、やっぱり別に不快では無かった。


「よかった。好葉ちゃんとマイカちゃん気が合いそうね」


 留美さんは嬉しそうに笑う。



 留美さんはいい人だった。たまにテーブルを離れたかと思うと、盛り上がっていない席に行って話を盛り上げ、または席替えを提案して相性のよさそうな人同士引き合わせている。みんな席を移動して歩いているので、ぽつんと一人になってしまった人がいれば近くにいって話しかける。


 とにかく気遣いのすごい人だった。


「川端留美って、美人だったんだね」


 マイカちゃんが、留美さんが席を離れたときに、私にそっと囁いた。


「ドラマで見るとさ、やっぱ主演の人のキラキラ感半端なくて、溝端留美って普通女子ーって感じで地味に見えるけど、リアルは普通に美人だよね」


 あけすけな言い方だったが、正直私は同感してしまった。名前もちゃんとわからなかったくらい地味な存在感だったのに、本物はとっても美人だ。


「芸能界って、美形ばっかだね」


 当たり前のことを思わずつぶやいてしまい、またマイカちゃんに「好っち超おもしろーい」と言われてしまった。



「そーいえばさ、ずっと気になってたんだけど、好っちの足ちょっと見てもいい?」


「足?ああ、私19センチなんだ」


 私は靴を脱いでマイカちゃんに足を見せた。マイカちゃんは目を丸くした。


「19!すご!前にシンデレラサイズのモデルがいてさ、その子も足小さかったけどたしか21くらいだったよ。えーすごい。靴も見せて。あ、この靴知ってる。オーダーメイドだよね」


 マイカちゃんは、私のダークグリーンのパンプスをまじまじと眺める。


「かわいい靴。てか、そんな足小さいとなんか需要ありそうだけどね」


「小さい足マニアからの需要はもう間に合ってます」


「何そのジョークうける」


 ジョークじゃないんだけどね。


「いや、シンデレラサイズモデルとかさ、ありそうって思ったんだけど」


「そんなのあるの?」


 私が思わず身を乗り出したその時だった。



「お。ここは若い女の子ゾーンかな」


 急に声をかけられて振り向くと、なんとターゲットの今川龍生があちらから声をかけてきたのだ。


「わ、今川龍生。本物」


 マイカちゃんが声を上げると、今川龍生はさわやかに笑った。


「おいおい、呼び捨てか?」


「ごめんなさい。つい」


「ま、かわいいから許そう」


 そう言って、私とマイカちゃんの間に椅子を持ってきて陣取った。


「初めまして。今川です」


「はじめまして。Prettygirl専属モデルのマイカっていいます」


「アイドルをやってます、LIP‐ステップの牧村好葉です」


「あ、知ってるよ。何か最近ネットニュースで見たような」


 今川龍生はそう言って考え込んだ。ああ、やっぱり私たちの知名度は、ネットニュース止まりなんだな、とちょっとがっかりした。


「で、何の話してたの?」


「好っちの足が小さいって話です」


「ほんと?見せて。あ、これってセクハラになる?」


 少し心配そうな顔をして見せる今川龍生に、私は少し笑って答えた。


「いや、これくらいなら別に」


 私の言葉を聞くと、今川龍生は、まじまじと私の足を見つめた。


「本当だ。かわいい足だね。触ったらさすがにセクハラになるか」


「今川さん、どんだけセクハラに怯えてるんですか」


 マイカちゃんが笑った。案外女の子に対して誠実な人なのかもしれない。


「別に、足を触るくらいならいいですよ」


「じゃ、失礼して」


 今川龍生はそっと私の足を持つように触った。雪名さんと同じく、大事なものを持ち上げるような触り方だった。


「すごいね、でもしっかりした足だね。鍛えてる?」


「アイドルなのでダンスを少々」


「うん、いい足だ。足フェチがいたら泣いて喜びそうな足だね」


「その言葉はセクハラっぽいですよ」


 マイカちゃんが茶化すように言うと、まじか、と今川龍生は頭をかいて笑った。その時だった。



「今川さん」


 優しく呼ぶ声がした。雪名さんがこちらに近づいてきた。


「こちらの席にいたんですか」


「ああ、雪名ちゃん。そうだ、この子って雪名ちゃんの事務所の後輩なんだっけ」


「ええ、そうです。かわいいでしょう」


 雪名さんはにっこりと笑っている。


「今ね、好葉ちゃんの足がいいねって話をしてたんだ。小さいのに触ってみたらしっかりしてるんだよ。知ってた?」


 今川龍生の言葉に、雪名さんの笑顔が一瞬だけピクリと動いた。


「触ったんですか?今川さん、セクハラって言われたらどうするんですか」


「ちゃんと許可取ったよ。ねー?」


 私は同意を求められて、頷いた。


「ふうん」


 あれ、この低いテンションの『ふうん』は、女王様のご機嫌が悪い時の……。


「今川さん、そちらの話が終わったら、ぜひまたお話しましょう。あちらで待ってますね」


 そう言って、雪名さんは人に見られないようにそっと今川龍生の手に、手を絡ませたのだ!私にはしっかり見えた!そんな!


「うん、じゃあまた後でそっちいくね」


 今川龍生は、そんなアピールには慣れっこなのか、平然と雪名さんを見送った。


「好っち?どうした?すっごい不細工な顔してるけど」


 マイカちゃんに言われたけど、私は不細工な顔を戻すことができなかった。



 ……さすがの私にもわかる。あれは絶対に雪名さんお怒りになられている。


 雪名さんのものである足を、勝手に触らせたからお怒りになったんだ。


 だから、あんな風に、私にあえて見せつけるみたいに手を絡ませたんだ。雪名さんはあんなふうに男の人に媚びるみたいな手の絡め方なんてしない。だって女王様なんだから。



 完全に凹んでしまった私を放っておいて、マイカちゃんは、「あっちでちょっと媚び売ってくるねー」とアケスケな言い方で別テーブルに行ってしまった。


 チラリと雪名さんの方を見ると、楽しそうに他の人とお喋りをしている。今川龍生もまた違う席に行って、違う人と楽しそうにしている。


 私は小さくため息をついて、一旦落ち着こうとトイレに向かった。


 男性の店員さんにトイレの場所を聞いて案内してもらう。


 とても広くてキレイなトイレで少し頭を冷やし、化粧を直してから戻ろうとした時だった。


「大丈夫?」


 声をかけられて振り向くと、今川龍生が立っていた。


「何かさっき急に元気無くなっちゃってたし、何かトイレも長かった気がしたから気になってさ。大丈夫?」


「あ、ご心配かけてすみません。化粧直してただけなんです」


 私は慌てて顔をポンポンと叩いてみせた。


「お気遣いありがとうございます」


「あ、うん。なら大丈夫なんだ。酔って吐いてたらどうしようとおもってさ」


 優しい笑顔だった。


 なんか、思ったよりもいい人かも。いや、この優しさが人誑したる所以なのかもしれない。


 そう思っていた時、スッと今川龍生の顔が私に近づいた。


「ああ、うん。化粧きれいになってるね」


 そう言って、軽く私の唇に触れると、何事も無かったかのように顔を離してトイレに向かっていった。


 ――あの人、距離感おかしい!!やっぱ軽い!


 私は心臓をバクバクさせながら、会場に戻って行った。



 その後、色んな人と話をしたり、チラチラと雪名さんや今川龍生の様子を窺ったりしながら時間が過ぎていった。


「えー、好っち二次会行かないのー?」


 終わり際に、マイカちゃんが不貞腐れながら言った。


「行こーよー。二次会はまた別なメンツも参加するみたいだよ。一緒に媚び売りに行こうよー」


「あはは、また今度ね」


 私は申し訳なくなりながら断った。


 私にはこれから、雪名さんを踏むという重大任務がある。それも多分お怒りになってる雪名さんの。


「そっかー。あ、これ私のアカウント書いてる名刺ー。あと、私がプロデュースした雑貨の売れ残りもあげるー。全然売れなかったから在庫処分だよー」


 マイカちゃんは、ブサ可愛いイラストの書かれた名刺と、同じくブサ可愛いイラストのハンカチをくれた。


「私はもっとスタイリッシュなデザインにしたかったんだけど、偉いおじさん達が、『若い子にはバズるようなデザインが受けるんだ』って口出してきてさ。結果、そのブサカワデザインのだけ超売れ残りなの。ざまあみろだよね」


 あっけらかんとしながらも、マイカちゃんにも色々あるらしい。


「ありがとう。あ、よかったら来週から私達のライブツアーあるんだけど、チケット送ってもいいかな。都内の来やすいとこ選ぶから」


「送って送ってー!友達と行くから2、3枚いける?」


「何枚でもイケる」


「在庫処分同士だねー」


 人のライブチケットを在庫処分呼ばわりしてくるのに、やっぱりマイカちゃんは不快にならない。これが人のキャラってやつなのかしれない。


 マイカちゃんはハンカチの他に、シュシュやヘアピンもくれると、媚を売りに二次会組に合流しに行ってしまった。



「好葉、帰る準備出来た?」


 雪名さんが笑顔で声をかけてきた。


「雪名ちゃんは二次会行かないの?」


 近くにいた留美さんが残念そうに言った。


「残念だね。雪名ちゃん滅多に飲み会来ないから、もっと話したかったんだけど」


「すみません、明日朝早くから仕事なんです。また今度来ますよ」


 雪名さんはニッコリと微笑んで見せる。


「残念ね。男達も雪名ちゃん狙ってる人結構いたしねー」


「いたんですか!?」


 思わず私は口を挟む。留美さんはケラケラと笑った。


「あはは、気になる?」


「なります!」


「雪名ちゃんはモテるからね。例えば……」


「ほら、好葉もういいでしょう。留美さん、気にしないで下さい」


「あはは。可愛い後輩じゃない。私の後輩は、すっかり週刊誌の常連で可愛くないから羨ましいわ」


 留美さんはチラリと目線を動かした。その目線の先には今川龍生がいた。


「今川さんって、留美さんの後輩だったんですか」


「年は上だけど、芸歴はね。ずっと可愛がってたけど気づいたら可愛くなくなってたわ」


 留美さんは肩をすくめた。


「ま、朝早いなら早く帰りなさい。また今度ね」


 そう言って、留美さんも二次会組に合流していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ