37 配信ライブ当日
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配信ライブ当日がやってきた。
準備期間は短かったけど、さすが結音、集客力は完璧で、いつもより圧倒的に視聴者が多い。
各種コメントの管理を、赤坂さんのほかにも事務所の事務の人二人ほど頼み、特に結音に対する誹謗中傷はすぐに削除できる手筈は整えた。
「LIP-ステップ、そして早川結音、全身全霊で今日のファンを虜にするよ!」
「いくよ!」
「「「おーー!」」」
ライブは順調に進んでいく。私たちが結音の曲を、結音が私たちの曲を披露した際には、コメントも大盛り上がりだったようだ。
残りあとラストの曲のみ、というところで、私たちは目くばせをして結音を真ん中に立たせた。
「な、なに?」
「ここで、今日のゲスト、もう一人います!」
「なんと!現役アイドル・花水木組、永遠のセンター、直居千奈ちゃんです!」
「はあ!?」
結音、ガラ悪い顔出さないで。これ生配信だから。結音が動揺している間に、千奈がホワホワさせながら登場した。
「どうも。花水木組、直居千奈です」
「ようこそ千奈ちゃん~。千奈ちゃんが来ちゃったら、もうほぼ今日の配信、花水木組の乗っ取りだよね」
「本当だよー。ていうかいいの?千奈ちゃんこの配信に出て。事務所の人に怒られない?」
「実は、こっそり出演しちゃった。あとで怒られるかも」
「えー、まずいよそれ。私たちに責任無いようにお願いしますー」
もちろん嘘だ。千奈のマネージャーからはオッケーが出ている。千奈が今日までに必死で説得したのだ。
「取り合えず、千奈ちゃんも歌ってよ!昔一緒にライブハウスで対バンしてた時よく歌った曲あるでしょ?あれがラストの曲だから」
「うん、その前に一つだけ言わせてもらいたいの」
千奈はそう言って、カメラに向かって言った。
「早川結音は、ネットで噂されている『アイドルなんか踏み台だ』なんて言っていません。あれは私が言いました」
「千奈!?」
結音が慌てて千奈に駆け寄った。
「バカ!何ふざけた事言ってんだよ。千奈がそんなこと言うわけないだろ!」
「もういいって、結音。これはメンバー全員の総意だよ」
「何が総意だよ!」
結音が必至で千奈につかみかかるのを、私たちは慌てて止めた。
さすがに私たちの配信で流血沙汰を起こされるのは困る。
「結音、ちょっと千奈ちゃんの話最後まで聞いてあげて」
私が必死で言うと、結音が殺意に満ちた目でこちらを見てくる。大丈夫かな、この顔配信できる?
千奈ちゃんは落ち着いた声でつづけた。
「ていうか、あの音声……、アイドルなんか踏み台だ、なんて言ってないんです。一番初めに流出した原音がもうどこかにいっちゃって証明できないんだけど。面白がって編集とかされちゃったのが出まわっちゃって。あれはアイドルが踏み台って言ったんじゃなくて、このアイドルライブを足掛かりに、テッペン取ろうぜ、みたいなことを言ったんです。まあ、証拠は無いからそんなの嘘だ、何で言われたらどうしょうもないけど」
「え」
千奈がケロリと言うのを、結音は呆然と見ていた。
「何で、すぐに否定しなかったの。音声が流出した時にすぐに否定したら……」
私が千奈にたずねる。千奈は頷いた。
「そうだよね。でも、結音が言ってくれたの。今、悪意をもって編集された音声が流出してる。私達が否定してもその編集された音声を信じる人が千奈を攻撃してくるかもしれない。私が盾になる。私が千奈を守るからって。私はそれに甘えちゃった。ごめんね、結音……」
「えっ……と……」
結音は狐につままれたような顔をしていた。
〜〜〜〜
そう、これは千奈と、花水木組のマネージャーが作ったシナリオである。
流出した音声は、一切編集されたものじゃないし、千奈はそんなテッペン取ろうぜみたいなことを言ってない。すでにネット上では音声がほぼ削除されていることのをいい事に、適当に言っている。
勿論、結音が盾になるとか千奈を守るとかカッコいいことを言った事実もない。
千奈が私達のレッスンに突撃してきた日の夜、千奈からメッセージが入って、これを打診されたのだ。
結音のイメージ回復に協力してほしい、と。
それで後日、千奈と花水木組のマネージャー、LIP-ステップと赤坂さんで話し合いの席が設けられたのだ。
人が良すぎるだの何だの言われている私達と言えども、結音が気の毒とはいえども、さすがに他のアイドルのトラブルに積極的に関わる事に関しては難色を示した。
「勿論、ただでとは言いません。歌番組やフェスで花水木組が出る時に、大抵バーター枠があります。それを今までは、うちの事務所の若手アイドルに使ってましたが、それをLIP-ステップさんにお譲りします」
花水木組のマネージャーである、ヤクザみたいな顔の薬師寺さんが、書類を見せて言った。
「ほ、本当ですか!?事務所も違うのに」
赤坂さん書類を見て目を丸くした。
「え、これってあの、6時間生放送の大型音楽番組……、あと、このフェスって、結構大物バンドばっかり出るやつじゃ……。うちのLIPの知名度じゃ却って炎上する気が……」
「問題ありません。どちらも大体何組かはあまり知名度の無いグループも混じってますよ」
薬師寺さんは、なかなか辛辣な事を言ってくる。
赤坂さんは悩んでいるようだ。
「あのぉ」
私はどうしても言いたいことがあって、口を挟んだ。
「一応、結音が出るとはいえ、配信ライブは私達のファンがメインで見てくれているんです。その、こんな事言うのもなんですが、花水木組の過去の件の真相、なんてハッキリ言ってどうでもいいって人も結構いると思うんです。だから、ライブ配信でそれを言うのは、私達のファンを蔑ろにしてる気がするんです」
失礼にならないように慎重に言葉をえらんだつもりだ。
薬師寺さんは頷いた。
「全く、牧村さんの言うとおりです。LIPさんのファンからは嫌がられるのを百も承知です。それでも、お願いしたいんです」
薬師寺さんは土下座の如く頭を下げた。隣にいた千奈も一緒に頭を下げる。
「私からもお願いします。前は売れないアイドルのライブなんか、って言ってゴメンナサイ。あとから調べて、LIP-ステップが、今注目度高いって知って……流出音声の削除もある程度終わって、今がチャンスだって思って」
「なんだかんだ言って、LIP-ステップを、利用したい、ってことなんですね。LIPの皆は人がいいから」
赤坂さんは苦笑してみせた。
「好葉、爽香、奈美穂、どうする?」
赤坂さんに言われて、私達はすぐには何も言えなかった。
しばらくしてから、私達は口を開いた。
「さっきの歌番組とフェスの枠。あと一つ、何か欲しい」
「そうですね。取引です」
「私達に得のある、何かが欲しいです」
薬師寺さんはヤクザみたいな顔で、じっと私達を見つめ、そしてきっぱりと答えた。
「わかりました。何か考えます」
〜〜〜〜
「今までごめんね。結音が私を守るって言ってくれて嬉しかったよ。また一緒に歌おう。私達のライブに来て」
息を吐くように嘘話をつらつらと語る千奈は、どう考えても結音より女優に向いていそうだ。
結音は、あー、とか、うー、とか言いながら、一生懸命状況を整理しているようだ。
「ウン。分カッタ……私モ、意地張ッテ、ゴメン……」
降参したらしい結音は、棒読みで頷く。千奈はパッと顔を明るくしてみせた。
「結音!」
勢いよく千奈は結音に抱きついた。
やっぱり千奈のほうが女優に向いてると思う。
「あっ!ていうか!!これってLIPの皆に失礼じゃないの!?これLIPの配信ライブだよ?そんな、内輪揉めみたいなことを……。LIPのファンブチギレてない!?」
結音が慌てたように言うので、私はぽん、と肩を叩いて言った。
「大丈夫。今回、花水木組と一緒に配信したのは……」
「今度!花水木組のやってるバラエティ『ハナミズキの種』に、ゲスト出演させてもらうからです!それも2週連続!!」
爽香が元気にそう宣言する。
多分世間的には、花水木組のこの仲直りに注目してしまい、私達がなんの番組のゲスト出演しようがどうでもいい事だろう。
でも私達のファンにとってはそうではないのだ。
「わあ、見て見てファンのコメントー。皆大歓喜だよ〜」
「えへへー、ずっとハナミズキの種みたいな番組に出たかったんだよねー!今度は私達が番組乗っ取っちゃうんだもんねー」
私達は、薬師寺さんが提示してきた対価の中からこれを選んだ。これが一番ベストだと思ったのだ。
最近、莉子ちゃんの件があったり、映画での役作りで名前が挙がったり、名前だけは話題に上げてもらってきた。
でももっと私達自身を知ってもらう必要がある。たった一曲歌番組で歌っても、別なアイドルに話題を掻っ攫われてしまうレベルの私達は、もっと足掻く必要があるのだ。それを最近はヒシヒシと感じている。だから色々な仕事をする必要がある。少しでも世間への露出時間を増やしたい。
「さて、もう仲直りは済んだかな?ラストの曲行こう!!」
私達は千奈のスペースを空けてスタンバイする。千奈は結音の隣に立つと、私達の方を向いて、声を出さずに、ありがとう、とパクパクさせた。
イントロが流れる。
ライブ最後の曲が始まった。