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冷血女王様は踏まれたい  作者: りりぃこ
第三章 配信編
36/77

36 踏み台



「さすがに、聞いてもいいよね?事情」


 私は、その場に下を向いたまま立ち尽くしている結音に声をかけた。


 千奈の持ってきてくれたゼリーはまだ箱に入ったままで冷たい。


「誰にも言うなよ」


 結音はそう釘を差して、そしてゼリーを勝手に取りだしてぐちゃぐちゃとスプーンで混ぜ始めた。相変わらず美味しく無さそうな食べ方だ。



「踏み台だって言ったのは、私じゃなくて千奈なんだ」


「え」


 一言目からの衝撃事実発覚に、私達はうまく反応できなかった。


 結音は続けた。


「あの時、花水木組は売れて一番忙しい時期で。バラエティとかアイドル以外の仕事が入ってた私が一番忙しかったのは忙しかったんだけど、でもその分事務所が手厚くフォローしてくれてたから別に私はたいしたこと無かった。でも、グループのセンターとして責任が重かった千奈の方は、忙しいのにフォローがあんまりされなくて、色々キツかったみたいでさ」


 結音はそう言って、ぐちゃぐちゃになったゼリーを口に流し込んだ。そして小さく息を吐いて続けた。


「あの日。小さなライブハウスでのライブをした日、グループでちょっとしたイザコザがあって。で、千奈が仲裁に入ったんだけど、あの時千奈はもう限界だったんだろうね。『あんた達の仲裁するために芸能界入ったんじゃない!こんなグループなんて!アイドルなんてただの踏み台なんだから!』って叫んだんだ。そして、それがたまたま裏口の近くで……。ライブの待ち時間にファンがライブハウスの前で待ち中の実況動画撮ってたみたいなんだけど、その動画に音声が入っちゃったんだ」


「それが、ネットに流出した音声なんだ」


 私が確認するようにたずねると、結音はコクリと頷いた。


「すぐに削除するように事務所が頑張ったけど、もう結構拡散されててね。メンバーの誰が言ったんだって検証されて……でも、音声が荒すぎて正確な検証はされなくて、多分……とか言いそうな奴、みたいな感じで私の名前が上がったの。ほとんど人前で声を荒げたことがない千奈は、容疑者にすら上がらなかった」


 確かに、そんな声が聞こえたなら、アイドル以外の仕事を多くしていて、且つ気の強そうな結音の方が容疑者になりそうだ。


「でもさ、それでよかったと私は思ってる。あのタイミングで、センターの千奈がそんな事言ったなんてバレたら、今の花水木組は無かった。千奈のあの発言が本心だったか、そうじゃなかったかなんてどうでもいいけど、千奈は絶対にそんな事言っちゃだめ。絶対にホワホワで優しくて可愛い千奈じゃなきゃだめだろ!それはメンバー全員の総意だった。だから、世間のご希望通り、私が言ったことにすることにした。そして、私がそう言った信憑性を持たせるために、メンバーとは今は仲が悪いことにしてる」


「そんなのあり?だって、それって早川さんが損するだけじゃん」


 爽香がぷりぷりと言った。私も何だか腑に落ちない。以前雪名さんが言っていた「あの子は人のために自己犠牲なんかするタイプじゃないでしょ」という言葉が蘇る。


 しかし意外にも、結音は少し勝ち誇った顔で答えた。


「もちろん、ただじゃないよ。私が言ったことにして誰にも言わない代わりに、女優やモデルの仕事が事務所にきたら優先的に私に振ってもらうように契約したからね。いっぱいチャンスもらって、おかげで仕事には困らない。まあ、だから実際に踏み台にしたんだよね、私」


「もしかして、千奈ちゃんが『根回しして復活させてあげる』って言ってたのって……」


「多分。罪悪感があるんだろうね。余計なお世話だっていうのに」


 結音は寂しそうに答えた。


「悪かった。大事なあんたらの配信ライブに、こっちの余計なトラブル差し込んじゃって。こっちも、事務所の上のほうから千奈を叱ってもらうことになってるから。事務所としては、私が歌の仕事でまた花水木組とつるむより、他と勝手にやってもらったほうが楽みたいでさ」


 結音はそう言うと、突然私たちに頭を下げた。


「この事は、本当に誰にも言わないでください。昔の失言で千奈をアイドルとして潰したくない」


「だ、大丈夫です!言いません!ねえ」


 奈美穂が慌ててうなずくと、結音の頭を上げさせた。


 爽香も結音の顔を優しく見つめ、そして少し悪い顔をした。


「まあ、私たちがその気になれば、この事実をばらして、売れっ子アイドルの席を一つ空けることもできるんだよね~。ばらされたくなかったら……」


 結音は不安そうな顔で爽香の言葉の続きを待った。


「配信ライブの時に、おいしい差し入れ持ってきてね。それで聞かなかったことにしてあげよう!」


「仕方ねえな」


 ほっとしたように結音は笑った。


「とびっきりおすすめのスイーツ持ってきてやる」


「わーい」


 爽香がは無邪気に飛び跳ねた。



「じゃあ、迷惑かけた」


 そう言って結音はスタジオを後にした。


 私たちは、花水木組の衝撃事実にドッと疲れてしまって、続きのレッスンができそうもなく、早めの解散をすることにした。


「まあでも、多分よくあることの気がする」


 私は誰に言い聞かせるわけでもなく、ぼそりと呟いた。


「私たちの世界ってさ、世間に見せてるものとか、世間に思わせてるものとか、多分全然違うんだよね」




 その日の夜、私のSNSに一件のダイレクトメッセージが入っていた。


 差出人は千奈。今日のことの謝罪だった。


 失言はするんだろうけど、やっぱり基本悪い子じゃないんだろうな、と私は思う。


 踏み台の発言だって多分忙しすぎてパニックになっていたせいなんだろう。


 私は千奈に問題ない旨のメッセージを返すと、すぐに再度メッセージが来た。それは、LIP-ステップの皆に相談がある、というものだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 結音…強い子やん…(;∀;)
[良い点] 結音ちゃんたちにそんな事情が!泣ける〜!
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