35 邪魔
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その日、私達はスタジオでレッスンを行っていた。
配信ライブの打ち合せも兼ねている。
そう言えば、前に雪名さんが、裸足で踊ることに対して最後まで抗議していたが、ライブに関する事だけは譲れないので完全無視することにしている。
レッスン後の汗を拭きながら、フォーメーションの確認をしていた時だった。
トントン、とレッスン室のドアをノックする音が聞えた。
「こんにちはー。今大丈夫ですか?」
現れたのは、直居千奈だ。
「えっ!え、えっと、直居千奈ちゃん!?あ、何でここに?」
爽香が興奮して千奈に近寄った。
「わあ、久しぶり。覚えてますか?私達の事」
「もちろん。昔一緒によくやってたよねー。爽香ちゃん全然変わらないねぇ」
ポワポワした顔で、千奈が爽香の頭を撫でた。
奈美穂も近寄ると、千奈は奈美穂にもホワホワと話しかける。
「奈美穂ちゃんも久しぶりだねぇ。大人っぽくなったねぇ」
「お久しぶりです。千奈ちゃんの活躍、いつも見てます。どうぞ、こっちに来て座って下さい」
「ありがとう」
千奈は奈美穂に促された席に座り、差し入れだと言って、可愛いゼリーを私達に配しながらニッコリと言った。
「そう言えばさ、配信ライブ、花水木組の曲やってくれるんだよね?懐かしい曲外からでも聞こえたよー。BELIEVE Meだよね?さっきやってた曲」
「そうですね。花水木組のインディーズアルバムの曲の」
奈美穂の説明に、千奈はウンウンと頷いた。
「そうそう。懐かしいけどまだ踊れるよ。ねえ、配信ライブ、私も出ようか」
「えっ!?」
千奈の提案に、私達は一斉に驚きの声を上げた。
「え?いいの?うそ、花水木組の不動のセンターが私達の配信ライブゲスト!?ヤバい、注目度アップじゃん!」
爽香が興奮したように言った。
私はその提案に不信感が拭えなかった。前に曲を使わせないと言い張っていたのに、変わり身が早すぎやしないだろうか。結音の説得がそんなにうまくいったの?
「嬉しい!でも早川さんと千奈ちゃんがいたら、うちらのライブほぼ乗っ取りされたようなもんだね」
爽香が冗談めかして言うと、千奈はゆっくりと首を振った。
「大丈夫だよぉ。結音は出ないから」
「へっ!?」
私達はおもわず声を揃えて驚いた。
「な、何で?どうしたの早川さん。あんなに出る気満々だったのに。怪我?急病?」
「違うけど。でもほら、爽香ちゃんの言う通り、二人で出たらちょっと花水木組が出しゃばっちゃう感が強いでしょ?だから私一人だけにしようかと思ってさ」
「えっと……でも」
「ぶっちゃけ、そっちだって、結音より私の方がいいでしょ?結音はアンチが多いから」
千奈の顔は笑っているが、その目の奥には強い何かが宿っていた。
「結音は、納得してるの?」
私の問いに、千奈は笑顔で答えた。
「まだ話してないけど。でも納得してもらえるように頑張るよ」
「今、聞いてみてもいい?」
私がスマホを取り出すと、千奈は一転怖い顔になって立ち上がった。
「やめて。今結音は仕事だよ。邪魔しないで」
「じゃあメッセージ入れておく。ちゃんと結音から直接聞きたいから」
「やめてってば!!」
千奈が私のスマホをはたき落とした。
「千奈ちゃん落ち着いて下さい!好葉もどうしたの?らしくないですよ!」
奈美穂が私の手を握る。私は奈美穂の手を握り返して、ごめん、と小さく謝った。そして千奈に向き合った。
「千奈ちゃん、その、結音と花水木組の仲が悪い的な噂は聞くけど……でもさ、結音別に今、花水木組に迷惑とかかけてないよね?別に邪魔したりしなくてもいいんじゃないかな。結音はただ、ステージに立ちたいだけって言ってたよ」
私の言葉を、千奈は鼻で笑った。
「邪魔?邪魔してるのはそっちだよ」
「は?」
理由がわからず私はキョトンとした。千奈は真っ赤に興奮した顔で続けた。
「そうだよ!邪魔なの!あなた達に、結音を守れるっていうの!?ライブすることで、あなた達のファンが結音を攻撃することがないって絶対に言えるの!?配信で直接ブーイングが聞こえることは無いかもしれないけど、でもいくらだって攻撃される危険性はあるんだよ!?」
「そ、それは」
私は、ちょっとだけ見た『早川結音と関わってほしくない』という意見を思い出した。無視すればいい、と単純に思っていた。
「結音にはちゃんと私達が時間をかけて根回しして、ちゃんとイメージ回復させてあげて、そしてちゃんとした舞台でまたアイドルとして大々的に花水木組の仲間として復活させてあげる予定なの!こんなチマチマ、他の売れないアイドルのゲストばっかりやって消費されてほしくないの!」
千奈はハアハアと息を荒くして一気に言った。
「……あの、えっと……。早川さんと花水木組って、仲が悪いんじゃ……」
「仲は悪いわよ!!」
千奈は叫ぶ。
その時だった。ガチャガチャと乱暴な音がしてスタジオのドアが勢いよく開いた。
「千奈テメェ!!」
ヤンキーのカチコミの如く、鬼のような表情で入ってきたのは結音だった。
「マネージャーから聞いたぞ。何勝手な事してくれてんだよ!」
突然怒鳴り込んできた結音にわたし達が怯えている一方で、千奈はホワホワのまま一切動じずに言った。
「言ったじゃない。結音は今は何もしないでって。ちゃんと私達が根回しして……」
「それはいつになるんだよ!!」
結音は泣きそうな顔をしていた。
「私は!今!アイドルとしてステージに立ちたいの!いつか、なんて悠長なことしてられねえだろ!花水木組だってね、いつまで売れているかわかんねえんだぞ!次から次へと新しいアイドルがくるんだ!」
「わかってる!今もう準備が整って……」
「分かってねえよ!」
結音はそう言って千奈の腕を掴んだ。
「お願いだから……」
そう言って頭を下げる結音を、千奈はしばらくみつめていた。そして、小さくため息をついてから「分かった」と呟くと、わたしたちの方を向いた。
「お騒がせして、ごめんなさい。帰ります」
そう言って、静かにスタジオを出ていった。