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冷血女王様は踏まれたい  作者: りりぃこ
第三章 配信編
32/77

32 お好きに捉えて



「そんなわけで、昨日酔った勢いで、そういう提案を早川結音としてしまいました」


 私が頭を下げながらそう言うと、爽香と奈美穂はぽかんと固まった。



 今日の夕方、次の配信動画の打ち合わせをするために、メンバーで事務所に集まっていた。赤坂さんは別の打ち合せで今日は欠席である。



 私が昨日結音に提案したことはちゃんと覚えている。でも、何であんな提案したのか分からなかった。少なくとも、爽香と奈美穂には相談しなきゃだめなのに勝手過ぎる提案をしてしまった。



「えーーっと……あの、先に相談しなくてごめん。勝手な事を」


 私がしおしおと謝ると、二人は、プッと吹き出した。


「そんな凹まなくていいよー。そりゃ勝手に決めたのは問題かもしれないけど。いつも真面目な好葉が、そんな酔った勢いでとかちょっとウケる。たまになら許す!」


「そうですよ。別に犯罪起こしたわけでもないですし。他の人とコラボなんで、変な企画でも無いじゃないですか。でもその、赤坂さんが前に言ってたアイドルファンにアンチがどうのこうのが気になるのですが……」


「うん、その、それならとりあえず考えがあるんだけど……」


 私が二人になだめられているちょうどその時だった。


「よろしくお願いしまーす」


 と明るい声がした。


「早川結音です。打ち合せにきました。よろしくお願いしまーす」


 満面のアイドルスマイル。結音が可愛い顔でやってきた。



「どうぞようこそLIPの配信会議へ〜。いいんじゃない?今度の配信、ライブ!それも早川結音がゲスト出演!」


 結音を席に座らせるなり、爽香が明るく言った。


「えっと、早川さんの方の出演は、事務所的にオッケーなんですか?あと、ギャラとか。うち配信はあまり予算使えないんですか」


 奈美穂が真剣な顔で聞いてくる。確かに、かなり大事なことだ。結音は笑って答える。


「事務所は配信ライブについては全然オッケーでてるよ。むしろ友情出演ってことでギャラとか無しでいいし」


「ま、マジですか……それって、早川さんに何のメリットが?」


「んー、宣伝かな?私はまだアイドルの仕事出来ますよーっていう」


 結音はそう言いながら、あっけらかんと続けた。


「皆も知ってるでしょ?私が花水木組脱退する時に、『アイドルなんか踏み台だ』って言って、その音声がネット流出して炎上したやつ。あれで、全然歌の仕事来なくなっちゃったのよね〜」


「あれって……本当なの?」


 爽香がたずねると、結音はニッコリと笑って答えた。


「お好きに捉えていいよ」


 結音はそう明るく言うと、その話題はもう言わせないとでも言うようにパチンと手を叩いた。


「さて、打ち合せ、進めようか?」



「えっと、私が結音に提案したのは、昔、私達LIP-ステップと花水木組がライブハウスで対バンしたり共演した時にやってた事の再現です」


 私はそう言って、昔のライブデータをパソコンで開いた。


「私達と花水木組がライバル扱いされてた頃、よく曲の交換とか、メンバーシャッフルとかしてたでしよ?あれをしようと思って。だから、最新曲は歌わない。あえてあの頃のライブのスタンダード曲をやるの。私達は花水木組の曲を、結音は私達の曲を。多分古参のファンなら喜ぶんじゃないかな」


「花水木組の曲の使用許可は取れるの?」


「そこは大丈夫。根回しはしてる」


「早っ」


 結音の本気具合に、爽香なんかは少し引いていた。


「新規のファンは置いてけぼりにならないですかね。あの頃の曲、最近全然ライブでやらないからわからない人もいると思いますよ」


「ん〜、まあねぇ」


「でも逆に考えると、昔の曲も聞いてもらえるチャンスじゃない?」



 話し合いは進んでいく。ふと、奈美穂が結音に向き合って、真面目な顔で言った。


「これって、花水木組の曲は披露できるけど、早川さんのソロ曲とかは全然やらない方向になってますけど、いいんですか?」


「別にいいけど」


「早川さんのメリット、ほとんどない気がするんですが」


「だから言ったでしょ?宣伝だって」


「どうして?どうしてそこまで歌にこだわるんですか?」


「どうしたの?奈美穂」


 いつもの気弱な奈美穂ではない。奈美穂は少し怖い顔をしている。


「私、今回共演するならちゃんとはっきりさせたいんです。アイドルは踏み台だって思った事無いなら、何で音声が流出してるって噂立ってるんですか?お好きに捉えていいって言ってましたが、私はそこをはっきりさせないと、早川さんとはできないと思っています」


 奈美穂の言葉に、結音はアイドルスマイルを崩した。そして、奈美穂にガンを飛ばすように睨みつけた。しかし、奈美穂も負けじと睨み返す。私は奈美穂の胃が心配でオロオロしていた。


 しばらく二人共黙ったまま、固い空気が流れていた。


「私さ、アイドル好きなんだよね」


 結音が、ボソリと口火を切った。


「可愛い衣装着てさ、明るい曲歌ってさ、スポットライト浴びて。そうすると血が滾るっていうかさ。本当に好きなんだ。歌の仕事、したいんだよね。これは、マジ」


 結音はそう言って、奈美穂をじっと見つめた。


「でもそれ以上は言えない。言わない契約だし」


「契約?」


「うん」


 結音の真面目な顔に、奈美穂は少し考え込み、そして頷いた。


「じゃ、いいです」


「いいんだ。これで」


 結音は少し苦笑した。


「もっと追求されるかと思ったけど」


「アイドルが好きってハッキリ聞けたのでいいです。これ以上の追求は、私の胃が耐えられないと思います」


「奈美穂、やっぱり追求するの怖かったんだね……」


 私は急いで、よしよしと奈美穂を抱きしめて撫でてあげた。


「何かよくわかんないけど、悪かったね、怖がらせて」


 結音はバツが悪そうに頭をかいた。



 奈美穂も一応納得したようなので、その後の話し合いはスムーズに進んだ。


「よし、じゃあ収録は二週間後、レンタルスタジオでね。あそこ狭いから振り付けは正確に覚えてきてね。結音は私達の曲二曲ね。一曲はフルでソロだから頑張って」


「ちょ、ちょっと待って」


 結音は焦ったように言った。


「二週間!?二週間って……キツイって。ライブってもっと準備時間かけるでしょ?」


「え?大丈夫でしょ?ダンスなら1時間もあれば覚えれるし?」


 私がキョトンとして言うと、結音はブンブンと首を振った。


「いやいや、私ブランクあるんだけど。花水木組の曲ですら最近歌ってないし……」


「大丈夫だよ。早川さん昔ダンス上手かったの覚えてるよ」


 爽香も明るく励ます。


「そうですよ!アイドル好きなんですよね?好きなら大丈夫ですよっ。あ、フォーメーションは心配ですよね?明後日レッスンありますけど来れます?」


 奈美穂も純粋な目で言う。


「……あんた達、いい子の皮被った鬼じゃん…」


 結音はゲッソリと言いながらも、明後日のレッスンに来ることを約束してくれた。


「ねえ、やっぱりもう少し日数おかない?告知とか宣伝とか充分にしたほうがいいでしょ」


 結音が諦めきれない様子で言った。


 しかし私も申し訳ない顔をして答えた。


「あのぉ、私達にとっては、この配信ライブ自体がツアーの宣伝だから……だから少しでも早くやりたいっていうか」


「……あー、なるほど。そういう事」


 結音は一瞬呆れたような顔をしたけど、すぐにニヤリと笑った。


「あんたも結構計算高いのね。まあ、いいわ。利用して利用されて。私達いい関係性よね」


 よく分からないけど、私は結音に褒められたみたいだ。



 会議も終わり、お菓子を食べながら私達は雑談に花を咲かせだした。


「そう言えば、今日の午前中花実さんと一緒の仕事だったんだけどさ」


 結音はお煎餅を個包装の袋の中でバリバリに割りながら話しだした。


「花実さん、昨日の私の居酒屋での写真にイイネしてくれたんだけど」


「ああ、あの好葉がべろべろに酔っ払って早川さんに寄りかかってる写真ね」


 爽香が結音のSNSを開きながら言う。恥ずかしいからあんまり見ないで欲しい。こんなにべろべろだったとは自分でも知らなかった。


「でさ、その件でむっちゃ問い詰められたんだよね」


「問い詰め?」


 私が首をかしげて聞き返すと、結音は煎餅を粉々になるまで割り続けながら頷いた。


「どうやったらあんなに好葉を酔わせることが出来るのかって。ちょっと怖い顔で」


 雪名さん……。まだ私を酔わせてあれをさせることを諦めてなかったようだ。


「何で花実さんあんたを酔わせたがってんの?」


 結音が粉状になった煎餅を口に流し込むのを、むせそうな食べ方だな、とぼんやりと思いながら

「さあ?何なんでしょうね」

 と私は適当に答えた。


「そう言えば、好葉が酔っぱらってべろべろになるのは珍しいよね。前に間違えて度数強いお酒飲んでダウンしたことはあったけど」


 爽香が思い出したように言うと、奈美穂も相槌を打った。


「そうですよね。いつもは自分の限界はわかってます、みたいな飲み方ですよね。何かあったんですか?」


「えへ、結音に、我が強いって褒められちゃって」


 私が照れながら答える横で、結音は「褒めてないから」と冷たくつき放す。しかし爽香と奈美穂はケラケラと笑い出した。


「そっか!そりゃ嬉しくて飲んじゃうよね!」


「好葉、昔から我が弱いって社長とかにいっつも叱られてましたもんね。我が強いって褒めらたらそりゃ嬉しいですね!」


「ねえ、だから私褒めたつもりないんだけど」


 結音が断りを入れるように口を挟んで来るのを無視して、私は続けた。


「あとね、結音は私達LIPが、売れそうとか今認められてるって言ってたの」


「え?何それちょっと詳しく教えて下さい。!!」


「ちょっと早川さん!何帰ろうとしてるの!まだ帰さないよ。ねえ、その売れそうって思ってる根拠教えて」


 逃げようとしていた結音は、爽香に捕まってまた椅子に座らされた。


「もー、何なの、あんた達もなの!?面倒くせえ!」


「まあまあ、紅茶もう一杯どうぞ」


「いい、いらない帰るっ!自分達のファンとかマネージャーにでも褒めてもらいな!」


「外部の!外部のご意見が聞きたい!」


「あああ、本当に面倒なグループに手を出しちゃったよ……」


 結音はぐったりと天井を仰ぎ見ていた。



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