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冷血女王様は踏まれたい  作者: りりぃこ
第三章 配信編
31/77

31 使えない


 その日結音が誘ってくれたお店は、個室有りの大衆居酒屋だった。


「こういうお店、嫌?」


「全然。むしろ気楽で助かる」


 私は笑いながら掘りごたつのある個室に入った。靴を脱いだ私を見て、結音は少し驚いたように言った。


「え?靴小さっ!今気づいたけど、好葉って足凄い小さくない!?」


「ん、19センチなんだ」


「え?19?待って、小学生でももう少し大きいよね?わあ、踏んづけられても痛くなさそう」


「ふ、踏んづけたりなんかしてない!」


「え、わかってるけど」


 結音のキョトンとした顔で、私は慌てて、いやその、とモゴモゴと誤魔化した。もう、さっき雪名さんが余計な事をいうから……。



「うわ、可愛い靴!どこで売ってんのこれ」


 結音は私のパンプスを持ち上げた。


「これはオーダーメイドしてもらったの。あと、普段履いてるのは、ファンから貰った」


「え?ファンから?」


 結音は怪訝そうな顔をした。


「それ、大丈夫なの?追跡のやつとか靴底に隠されてたりしない?結構ぬいぐるみとかに盗聴器仕掛けられたりとかあるから気をつけて」


「一応、全部贈り物は事務所がチェックしてくれてるよ」


 それに、トモさんはそんな事しないもん。


 私が言うと、結音は、じゃあいいけど、とメニューを開く。


「SNS上げるから、とりあえずいい感じの私に選ばせて。ちょっと庶民派気取りたいからさ。あえてちょっとおっさんくさいの頼みたい」


 正直な物言いにちょっとだけ私は笑ってしまった。


「じゃあ焼酎とか頼む?」


「私焼酎飲めないんだよね。そこはビールで良いでしょ」


 結音はそう言いながら勝手に色々頼んでいく。



 タコワサとビールが届いて乾杯し、結音からレクチャーを受けながら私もSNS用の写真を録った。結音から教わったことを、今度雪名さんにも教えてあげようっと。


「今アップしたらだめだからね。飲んでる場所特定して来るやつもいるから。今は居酒屋で飲んでまーすくらいのテキストだけにしとくんだよ」


 ネットリテラシーまで教えてくれる。



「そう言えば、映画は順調?」


 私が話題を振ると、結音は渋い顔をした。


「まあ。うん、順調順調」


 順調じゃなさそうだ。やっぱりたくさんやり直しを食らってるんだろうか。


「そんな事より、好葉の方はどう?ツアー埋まりそう?」


「あー……うーん。埋まったり埋まらなかったり?」


 私も渋い顔をしてしまう。


「やっぱり私ゲスト出るよー。ちょこっとならスケジュールも開けれそうだし」


「あ、あ、ありがとう……なんだけど……」


 どうしよう。私は一生懸命言葉を選んだ。


「あの、何か、マネージャーに提案はしてみたんだけど、やっぱり同じ事務所の先輩か誰かに頼もうかって話が出てて……」


「あー、そっかぁ」


 結音はそう残念そうに頷くと、ビールを思いっきり飲み干した。

 ジョッキをテーブルに置く、ダンっ、という音が響いたと同時に、結音は顔を勢いよく近づけてきた。


「それ、嘘じゃねえよな?」


「は、はひっ!?」


「本当にマネージャーに提案してくれたんだよな?んで、断られた理由は事務所が違うから、ってことなんだよな?」


 完全にガンを飛ばされた状態で、私は赤ベコのようにコクコクと頷いた。


「う、嘘じゃないです!」


 嘘ではない。ちゃんと赤坂さんに言ったし、で、赤坂さんも初めは事務所違うしなーって言い渋ってたし。


「じゃ、いいけどね」


 コロッと結音は可愛い顔に戻って、何事も無かったかのようにビールのおかわりを注文している。


 ヤンキーが……。結音からヤンキーが顔出した……。


 そして、結音がメニューを見ながら、チッ、使えねえなぁ、と小さく呟いたのを私は見逃さなかった。


「使えねえ、ってどういう事」


 私は思わず聞いてしまった。


 ヤバい、と思った時にはもう遅い。結音はギロリとこちらを睨んできた。


「いや、あの、その……。あはは、何が使えないのかなぁって……」


 すぐに日和ってしまう自分が情けない。


 愛想笑いする私に、結音は大きなため息をついた。そして意外にも頭を下げてきた。


「ごめん。使えない、は悪い言葉だったわ。つい焦っちゃって。忘れて」


 そう言って、バツが悪そうに顔をそらした。その様子に、私はつい更に問いかけてしまう。


「私に、何か利用価値あったの?」


「忘れてって言ったじゃん」


「ごめん。その、何て言うのかな。私の利用価値が知りたくて。私の何が使えると思ってたのかなぁって」


 私はモジモジと言った。売れてないアイドルに、どんな利用価値を見出してたのか、気になってしょうがないのだ。


 結音は舌打ちをしながも、ちゃんと答えてくれた。


「別に、私はステージに立ちたいだけ。花水木組脱退してからほとんど歌の仕事は無くなっちゃったからさ」


 結音は面倒くさそうに説明しながら、追加注文で来たビールを飲みながら冷奴をぐりぐりと潰す。


「ぶっちゃけソロ曲全然売れてないしさ、マネージャーには歌の仕事全然入れてもらえないし。だったら自力で営業してやるって思ってさ」


 潰された冷奴が液体になっていくのを見つめながら、私は恐る恐る言った。


「その、営業とは」


「とにかく、売れそうな、今来てそうな若手にコバンザメしてやろうと思って。こっちは歌が歌える、あっちは私の知名度で客寄せできる、ウインウインでしょ?」


 ドロドロになった冷奴を、容器を持ち上げて飲み込むのを見て、美味しく無さそうな食べ方だな、と全然関係無いことを私は思った。


「ねえ聞いてんの?そっちがしつこく聞いたんだからね」


「は、はい、聞いてます!」


 私は慌てて結音の冷奴から目を放した。結音は続ける。


「正直花実さんからLIPの話出るまで、ああ、そんなグループいたなぁくらいの気持ちをだったけどさ、後で調べて見たら、なんかそこそこ売れそうな匂いしてさ。とりあえず一番我が強そうな好葉に接触……」


「ちょっと待って!」


 私は思わず話を止めた。


「私、一番我が強そう?」


「そうでしょ?莉子の爆弾発言後に荒れてる観客煽りまくったってファンのライブレビューに書いてたし?映画の撮影の時も、花実さんに靴ぶつけといて平気で続けてるし」


「それは、そ、そうだけど……。真面目すぎとか、遠慮しすぎて焦らしプレイとか言われてる私が我が強いって……」


「焦らしプレイ?」


 結音が怪訝そうな顔をしたので急いで言い訳する。


「あ、ごめん。褒められたのが嬉しくて話遮っちゃった」


「褒めてないけど、一切」


 結音は白けた顔で私を見てくる。え?褒めてたよね?私は首をかしげる。


「え、何かキモ」


 結音は面倒くさそうに目をそらしてしまった。結音が何も言ってくれなくなったので、私はとりあえずお酒を飲み続けるしか無くなった。




「ねえねえ、私達の事売れそうってさっき言ったよね?どんなとこ?ねえ」


 時間が経って、ちょっと酔っ払ってきた。私は結音にかなり絡んでいた自覚は多少ある。


「あー、もう。面倒くせえな」


「ねえー教えてよー。やっぱり外部からのご意見聞きたいじゃーん」


「うるせえ、もう会計するからな」


 結音がたちあがったので、私は不貞腐れる。


「もう一軒行こうよー。聞かせてよー」


「何よ、あんた達最近そこそこ認められてるでしょ!?何をそんなに欲しがるのよ!」


「そこ!その、そこそこ認められてる具体例を詳しく聞きたいの。最近二十歳過ぎた売れないアイドルは需要無いだの言われたり、1年目の若いアイドルに完敗するし……」


 私がグチグチ言っていると、結音はハァ、とため息をついた。


「あー失敗したわ。何でこんなクソ面倒くせえ奴にちかづいたんだろ。あんた、絶対に酒で失敗したことあるでしょ」


「人様に馬乗りになって顔を踏みつけようとしたことくらいしかないよ」


「ヤベェ奴じゃん」


 そう言って、結音は私の首根っこを掴んで立ち上がらせた。


「さあ帰るよ」


「ねえ、いい事思いついた!結音、ライブ、しようよー」


「はっ?」


 私のぼやっとした提案に、結音は勢いよく聞き返した。


「ライブ?でもツアーは断ったじゃない」


「ツアーは、色々事務所も気合い入ってるから勝手な事できないけどぉ、うちらよく配信ライブやるんだけど、それは結構自由にやらせてもらえてるからぁ」


「配信……」


 結音は目からウロコのような顔をして、私の首根っこを離した。そしてまた可愛い顔になって言った。


「ねえ、まだ会計はしないで、デザートでも食べよっか?」


「食べる〜」


「ゆっくり食べよう。そして、ゆっくり話しようよ。LIP-ステップのイケてるとこもいっぱい話してあげる」


「わぁ〜い」


「でね、その配信ライブの話も詰めようか。後で酔っ払ってて覚えてないなんてこと言わせないようにするからね」


「私がそんな事言うと思う?」


「人に馬乗りになったことがある人は、そんな事言うと思うわ」


 そう言って、結音は優しく私を撫でてきた。


 私はぼんやりと酔っぱらいながら一つだけ確認したいことがあってたずねた。


「結音は……歌いたいんだよね?ブーイングされてまでも、ステージしたいんだよね?」


「ふん、やっぱり知ってたんだ。ま、そうね」


「じゃあ、アイドルが踏み台だったなんて思ってないよね?」


 私の問いに、結音は一瞬だけ黙って、そして静かに力強く答えた。


「そんな事、思ったことない。一度も」


「そっか」


 それを聞くと私は安心して、デザートメニューを開いた。

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[良い点] 結音ー!やんきー!でもちょっと優しい!すき!
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