3 ギャップ
「おまたせしました……」
「遅い」
ホテルの椅子に腰掛けて不機嫌そうにそう言い放つ雪名さんは、とても美人だった。
「すみません、私もちょっと仕事があって……あ、いやでも雪名さんの仕事に比べたら鼻糞みたいなもんですけど」
「仕事に大きいも小さいも無いわ。鼻糞みたいな仕事なんてないはずよ。そう、仕事だったの。それは悪かったわね」
全く悪そうな顔もせずに雪名さんは言う。
「昨日の雪名さんのドラマ見ましたよ」
私が話を変えるように言うと、雪名さんはふいっと顔を反らした。
「また、同じような役、って思ってるでしょ」
「そんな事思ってないです!あ、SNSも見ましたよ。共演者の人達と仲良さそうですよね」
「ドラマ以外のときのほうが演技してるわ。笑いたくないのに笑ってSNS用の写真取らないとだめだし。早く帰りたいのに」
雪名さんは冷たい顔で言い放った。
「だいたい、相当NG出したくせによくニコニコしていられるわよね、あの新人。バカみたい。
あの主演もよ。自分が上手いのはいいけど的外れなアドバイスばっかりドヤ顔で言ってきて、マジでウザい」
「お、お疲れ様ですね……」
私は適当に相槌をうつ。
「ま、私のSNSはマネージャーにまるっきり任せちゃってるし、これは楽よね」
雪名さんはスマホをくるくるさせながら鼻で笑う。
【冷たい美人である花実雪名は、裏では優しくてお茶目】
本当はそんなことは無い。
雪名さんは本当にキツイ性格をしている。
そんな雪名さんがSNSをやろうものなら炎上間違いなしだと、事務所のノリのいいマネージャーにSNSを完全委託している。
そう、雪名さんにギャップなんて無いのだ。
「はぁ、またイライラしてきた。ねえ、早く踏んでくれない?」
雪名さんはそう私に言って床に座り込んだ。
そう、雪名さんは踏んでもらうために私を呼び出したのだ。
私は慌てて靴を脱いで雪名さんを踏む準備をはじめる。
「あら、その靴新しいわね」
ふと、雪名さんは私のスニーカーを一瞥して言った。
「あ。そうなんです。前に動画で足が小さすぎて子供靴しか買えないって言ったら、ファンがプレゼントしてくれたんです。大人用のシンデレラサイズって案外高いんで嬉しかったです」
「ふうん」
雪名さんは素っ気ない声をだした。
私は、とりあえず靴下になって、床に座り込んでいる雪名さんの背中に足をあてた。
「ねえ、そろそろ背中じゃなくて顔とかも踏んでほしいんだけど」
「それは絶対ムリです!!その美しい顔を足蹴にするなんて、地獄に落ちる!」
「私がいいって言ってんのに……まあいいわ」
雪名さんがそう言いながら土下座スタイルになった。
「さ、気合入れて踏んでよ」
「は、はい」
私は勢いよく雪名さんの背中を踏みつける。
「ぐぅ」
雪名さんが変な声を上げた。思わずやめたくなるけど、やめると雪名さんが不機嫌になるので頑張るしかない。
「もっと、もっと踏んで」
「はいっ」
私は必死になって雪名さんを踏み続けた。
一通り踏みつけて、雪名さんが満足すると、この謎の時間は終了する。
そして雪名さんは、私の靴下を脱がせて足のマッサージを始めるのだ。
「今日はね、ラベンダーのオイルを持ってきたの。ほら、足を出しなさい」
雪名さんはそう言って、私の足に丁寧にオイルを塗っていく。私の知っているラベンダーの香りとは違い、明らかに高級な香りがする。
「今日は少しいいオイル持ってきたから。急に呼び出しちゃったお詫びよ」
「お詫びなんて……雪名さんにこうしてもらうの、恐れ多いんですけど」
私の訴えを無視して、雪名さんは丁寧に、足の指の間まで丁寧にオイルを塗っていく。くすぐったくて私はムズムズと腰を揺らした。
「せめて好葉が踏んでくれる報酬を受け取ってくれるなら私の気も晴れるけど、受取ってくれないから。何もしないのは私の気持ちが悪いの」
「だって、踏んでお金もらうって……なんかこう……不健全じゃないですか?」
私の言葉に、雪名さんは少し考え込んだ。
「ま、そうね。女優の私が跪いて足にオイルを塗って差し上げる方が健全よね」
「意地悪な言い方しないでくださいよ」
「冗談よ」
冗談言ってる顔じゃないのよ、雪名さんのは!
そうこうしているうちに、雪名さんのマッサージが終わった。
私はスベスベになった足を、靴に滑り込ませた。
「ところで好葉、私来週の午後オフなんだけど、あなたは?」
「私ですか?私は基本的に暇人ですよ。雪名さんと違って売れてないので」
「あら、自虐ネタ言うようなアイドルなんて売れなそうね」
雪名さんは辛辣だ。
私はぷくっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
「そんな事より。好葉もオフなら来週デートするわよ」
「は?」
思わず私は変な声が出た。
「でえと?」
「そう、デート。映えるスイーツ食べてショッピングする、デート」
「何で私と?雪名さん友達いないんですか?それか、イケメン俳優とでもデートすればいんじゃないですか」
「オフの日も演技しなきゃいけないの?まっぴらよ」
雪名さんは冷たくそう言い放つ。
「決定ね」
「まあ、いいですけど」
私は頷くと、雪名さんは少しだけ口を歪ませた。この歪んだ顔が雪名さんの微笑みなのを私は知っている。
テレビではあんなに美しく微笑む事が出来るのに、なぜプライベートのリアルな微笑みはあんなに不細工なのだと、私はいつも不思議に思っている。