15 打ち上げ
このトラブルで警察も来たりしてちょっとした騒ぎになったけど、赤坂さんがなんとかしてくれてすぐに開放された。
雪名さんも巻き込まれる前にカバ子を脱いですぐに車で帰っていった。
「疲れたぁ」
私達は赤坂さんの運転する車の後ろでぐてっとしていた。
「精神的にとても疲れた……」
「甘いもの食べたい……」
「ケーキ……」
口々にそうねだってみると、赤坂さんは苦笑いした。
「じゃ、ちょっと事務所寄って、ケーキとジュース買ってプチ打ち上げしよっか。ついでに事務所のシャワーも借りていこう」
「賛成!」
「急に元気になるじゃん」
赤坂さんは笑いながら、車を停めて、スマホでケーキ屋さんを検索しだした。
「あ、花実さんたちも誘おうか?助けてもらったお礼もしたいし」
赤坂さんはそうつぶやくと、サッサと電話をかけた。
「白井さん、先程はありがとうございました。今から事務所で簡単な打ち上げするんですが、よろしければ……。ええ、うちは好葉以外10代なので、お酒じゃなくてケーキで……。ええ、……あ、そうです、事務所でシャワーを浴びさせて……え?シャワー?はい、シャワー浴びさせますよ?え、はあ。全身浴びるんで、まあ足も洗うんじゃないですか」
随分と念入りにシャワー浴びること確認されている事に、私は若干背筋が寒くなった。
「花実さん、来るって」
やっぱり。
「明日朝早いみたいだけど来てくれるみたいよ」
「わぁい、やったあ」
爽香なんかは能天気に喜んでいる。
まあでも、目的はどうあれ、打ち上げに雪名さんも参加するのは大賛成だ。ダンスは頑張ってくれたし、今日は助けてくれた。不敬かもしれないけど、ちょっとだけ仲間意識が芽生えている。
「じゃ、ケーキ買って、行くよ!」
赤坂さんは明るく声を上げて車を再度走らせた。
事務所のシャワーを浴びた後、一室を借りて、途中のデパートで買った惣菜とケーキを広げていると、すぐに雪名さんと白井さんがやってきた。
「お疲れ様です。もう始めてます?」
「今シャワー浴びたばかりで、打ち上げはこれからです」
「うちの雪名も、あの後すぐにシャワー浴びたんですよ。結構着ぐるみって汗かくみたいですね」
白井さんは、そう笑いながら紙袋から色々取出した。
「高級チョコだ!!」
「え、トリュフがけポテトチップって何!?」
「ああ、すみません気を使わせて」
赤坂さんが慌てて白井さんに頭を下げている。白井さんは微笑んだ。
「いえいえ、LIP-ステップの皆さんには大変お世話になってるので。雪名もいい役作りになったみたいです」
そう言って、赤坂さんにお酒の瓶を差し出した。
「こちらは、20歳超え組だけで」
「まあ、ありがとうございます。でも私はまたこの子達を送っていく仕事がありますので」
「あら、私もです。じゃあ雪名と牧村ちゃんだけて飲んで頂戴」
サクサクと白井さんが紙コップを準備していく。
「雪名さん、どうぞ座って下さい」
私は突っ立っている雪名さんに声をかける。雪名さんは微笑みながら私の隣の椅子に座った。
奈美穂と爽香も雪名さんの近くに座る。
「何飲みますか?お酒ですか?」
「じゃあ、ワインもらうわ」
雪名さんは、机の隅に置かれた安いワインを指さした。
「安いワインなので、雪名さんの口には合わないかもしれないですけど」
私は恐る恐る言いながら、雪名さんのコップにワインを注いた。雪名さんはプッと笑った。
「やだ、私もこのワイン好きよ。たまに買うわ」
そう言って、雪名さんは私のコップにもワインを注いでくれた。
そして、爽香と奈美穂のコップにもジュースを注いだ。
「それじゃあ、今日は大変だったけどお疲れ様でした!」
紙コップをみんなで掲げてプチ打ち上げが始まった。
「それにしても、皆大変だったわね」
「なんかめちゃめちゃなことになっちゃいましたけど。花実さん、ちゃんと役作りできましたか?」
不安げにたずねる奈美穂に、雪名さんは頷いた。
「ええ、何となく。アイドルって、キラキラしてるだけじゃないのね。こう、空気を変えるために、自分のテリトリーにファンを持ってくるために力づくというか根性が必要というか」
「そんな泥臭いものに見えました?」
ちょっと心外。しかし、雪名さんは真剣に頷いた。
「ええ、なんか私に不足してるものが分かった気がする」
私には女優さんの役作りの感情はよくわからないけど、でも雪名さんの役に立てたなら何よりだ。
「よかったです。それにしても、本当に今日は不審者から守ろうとしてくれてありがとうございました」
「私も無意識だったわ。守らなきゃって思って」
雪名さんがそう言いながら、チラリと私の方を見て、ニヤリと笑った。
「なっ……」
私は思わず声を上げそうになって、慌てて口を抑える。
足の下に何かが入り込んてきた。机の下なので見えないが、どうやら雪名さんは自分の靴を脱いで、そして私の足の下に自分の足を滑り込ませたようだ。
こんなところで……人がいるのに……踏ませようとしている!!
「ねえ、好葉」
わかるでしょ?と言いたげな、冷たく笑う目が怖い。
「あ、あ、ありがとう……ございます……」
私はそう言いながら、仕方なく足に力を入れる入れる。とは言え、雪名さんは素足、私は靴を履いているので、力を加減しないと怪我をさせてしまいそうで怖い。
そんな私の心配なんてそっちのけで、雪名さんは満足げにワインを飲み、「んあぁ……、久しぶり……」と色気のある声を上げている。もう、こっちの気も知らないで。せめて声を出さないで欲しい。私は思いっきりワインをあおった。
「そう言えば、さっきの件、ネットニュース載ってたよ」
赤坂さんがスマホを見せてきた。
「莉子ちゃんの爆弾発言と併せて、ファンの暴走の件」
「なんか、ちょっと、世間は暴走ファンに同情的だねぇ」
襲われかけたこっちとしては、あんまり同情もしたくはないんだけど。
「一応、うちらの名前も載ってますね」
「こんな事で名前載りたくなかったけど」
ちょっと不満げに言う私達に、雪名さんが鼻で笑った。
「贅沢言ってるんじゃないわよ。どんなことでも踏み台にしてやるって心意気じゃないと売れないわ。ていうか、こんなもの、名前が載ったうちにも入らないじゃない」
酔っ払っているのか、雪名さんのキツイ本性がちょっと漏れ出てきちゃってる。
しかし、雪名さんの言っていることはもっともだ。
赤坂さんもため息交じりに言った。
「確かにね。だって、この件で、どうやら莉子ちゃんの方にはバラエティの仕事がすぐに打診されたらしいって噂なのよね。まあ、ちょっとゲスい暴露系の番組とかだけど」
そんな。何か納得出来ない。
「まあ、仕事めちゃめちゃにしてるわけだし、もう正統派の仕事はあんまり望めないだろうけど」
私が不満そうな顔をしているのに気づいたのか、赤坂さんはちょっと気遣った事を言ってくれた。
「負け惜しみかも知れないけど。甘いって言われそうだけど。私は正統派のアイドルで売れたい」
私は拳を握りしめて言った。思わず足にも力が入ってしまい、ちょっと雪名さんを喜ばせてしまったことは一旦無視する。
「私も。歌とダンスで認められたい」
「私もです。まずはメンタルを強くします」
爽香と奈美穂も続いた。赤坂さんは「そうね、その意気だ!」と微笑んだ。
「よしよし、皆頑張って!ほら、飲んで飲んで」
白井さんも、爽香と奈美穂にはお茶を、私にはお酒を注ぎながら背中をバンバンと叩いてくれた。
「私達は応援してるよ。ね、雪名」
「そうね、私、あなた達の事好きよ」
女王様はご機嫌で微笑んでいる。このご機嫌は、お酒のせいなのか、私がさっき強く踏んじゃったせいなのかはわからない。しかし、雪名さんは裏表があるけど正直な人だ。多分本当に私達の事はそこそこ好いてくれているんだろう。
ちょっと嬉しくなって、白井さんの注いでくれたお酒を思いっきり飲み干した。
途端、むせた。
「あっ、牧村ちゃん大丈夫?結構これ度数強いんだけど」
「どすう?」
「ちびちび飲むタイプのお酒で……ごめん、はじめに教えておくべきだったね。大丈夫?」
白井さんが心配そうに私の顔を覗く。
「胃薬あるよ。飲む?」
奈美穂も私の背中をさすってくれた。
「大丈夫……でもちょっと胸が熱いかも」
「お水飲もうか?ちょっと寝とく?帰る?」
「ちょっと、横になる……」
私はそう言ってふらふらと、仮眠用の毛布を引きずり出して、その場にゴロンと寝転んだ。
……その後の事は全く覚えていない。
次の日、雪名さんの住むマンションで目を覚ますまでは。




