13 爆弾発言
莉子ちゃーん!莉子ー!可愛いー!
ファンの声がよく響く。
莉子ちゃんの前に出演していたアイドル達はとても盛り上げ上手だった。お客さんもとても温まって最高の空気だ。
莉子ちゃんがステージに立って、ギターを構える。
すっと一つ息を吸うと、アカペラで始まる素敵なウエディングソングを歌い出した。
あまり莉子ちゃんのセトリに入らない曲だ。一瞬ファンはノリに戸惑ったみたいだけど、すぐにウォー、と歓声が上がった。
「莉子ちゃんいい感じ」
「私達も負けられないですね」
私達がそう話している間に、短いその曲はすぐに終わった。
「皆さんありがとう!あんまりライブでやったこと無い曲だから、皆びっくりしちゃったかな」
莉子ちゃんは可愛い笑顔で観客席に問いかける。
「実はもっとびっくりさせる事があるの」
なーにぃー?とお客さんが声を揃える。
莉子ちゃんは満面の笑みで言った。
「莉子は、結婚します」
シーン……。観客席が水を打ったように静かになった。
り、莉子ちゃん?それは、爆弾発言では?
しかし莉子ちゃんは、更に爆弾を投げつけてきた。
「今、妊娠3ヶ月なんです」
莉子ちゃん!?それはっ!さすがにっ!
周りを見渡すと、ライブハウスのスタッフも他の出演アイドル達も皆戸惑ったような表情を浮かべている。
「り、莉子ちゃんのマネージャーはどこ!?これは言わせていいやつなの!?」
赤坂さんが急いで莉子ちゃんの事務所の関係者を探しているようだ。
その時、もはや爆発物製造機と化した莉子ちゃんが更に言い放った。
「相手は、私のマネージャーなんです」
「マネージャー?」
「莉子ちゃんのマネージャーって、確か、バツ5の50代のオジサンじゃなかったっけ?」
私達が顔を見合わせていると、観客席から「ふざけるな!」と怒号が響いた。
勿論、叫んだのは莉子ちゃんのファンだ。
莉子ちゃんのイメージカラーの黄色のペンライトを投げつけてきた。
「何が結婚だ!何が妊娠だ!まさか祝福されるとでも思ってんのか!?」
「金返せビッチ!!」
観客席は修羅場と化している。
「おい、ステージ降りろ。危ない、乱闘騒ぎになるぞ!」
ライブハウスのスタッフが、莉子ちゃんを無理やりステージから捌けさせた。
観客席の方も、スタッフがどうにかして暴力沙汰が起きないように宥めている。
「莉子ちゃん!」
ステージ袖に捌けさせられた莉子ちゃんに、私は駆け寄った。
「何でこんな事……事務所は知ってるの?」
「事務所に、彼のことと妊娠してることは伝えたよ。まあ結婚は反対されるし堕ろせの一点張りだし。だから、こうして勝手に発表しちゃったの」
ケロッとした顔でペロっと舌を出してみせた。
「ごめんね、ライブぶち壊しちゃって。でも、私は後悔してないから」
そう言うと、莉子ちゃんは大騒ぎになっているステージ裏を、他人事のような顔でサッサと縫うように歩いて立ち去ってしまった。
「ちょっと莉子ちゃん!」
私の呼びかけも虚しく、莉子ちゃんはすぐに姿が見えなくなってしまった。
「みんな、ちょっと待っててね。今これからどうなるか確認中だから。多分中止になるんじゃないかな。結構大暴れしてた人が何人かいたみたいで、備品とかも壊されてたりしてて」
思った以上に大変ヤバそうだ。
「あー、もうそれにしても莉子ちゃんの事務所の人誰もいないんだけど、どうなってんの?逃げた?」
赤坂さんはイライラしたように叫びながら、どこかへ向かって行った。
「どうなるんだろ。胃が痛い……」
奈美穂がつぶやく。私もなんか胃が痛い。
「随分と破天荒な子ね。嫌いじゃないわ。男に溺れて皆に迷惑かけて仕事めちゃめちゃにした点は、救いようのない程馬鹿な子だと思うけど」
ドライな発言が聞こえてきて振り向くと、着ぐるみのカバ子が、ステージ裏のパイプ椅子に足を組んで偉そうに座っていた。白井さんが横で、カバ子の口に向かってミニ扇風機を当てている。
「ま、若い女の子にこんな矢面に立つような事させて自分は姿を見せない辺り、相手はクズ男だろうから幸せにはなれなそうね。御愁傷様だわ」
「雪名さん、本性出ちゃってますよ」
私はカバ子に近づいて小さな声で注意したけど、カバ子はフン、と鼻を鳴らした。
「皆バタバタしてて、こんな着ぐるみ全く気に止めないわ。ところで、これは中止になるのかしら?」
客席はもう大騒ぎだし、スタッフもバタバタしている。変に続けたら怪我人が出るような気がする。
「うーん、中止なりそうですねぇ。まだ序盤だったんだけど」
「ドラマとかの撮影でもよくトラブルあって延期になったり中止になったりするけど、こういう現場も同じね」
「雪名さんに、ステージからの景色、見てもらいたかったです」
私は悔しい思いでいっぱいだった。せっかく頑張ってくれたのに。雪名さんのスケジュール的に、もう一度別な機会に、とはなかなかいかない。映画の撮影も始まっちゃうだろうし。
「別に大丈夫よ。今の状態じゃ、ステージからの景色は阿鼻叫喚地獄でしょ」
カバ子はドライだ。こんなドライで偉そうなカバ子、可愛くない。
「みんな、大変よ」
赤坂さんが、真っ青な顔で戻ってきた。
「どうしたんですか。やっぱり中止?」
爽香が立ち上がってたずねる。
赤坂さんは首を振った。
「このまま続けるって」
「マジですかぁ」
奈美穂は弱気な声を上げる。
「本当胃が痛いよ。空気最悪じゃないですか」
「一応、大暴れしてたお客さんは、落ち着かせたみたいで……まあでも空気は最悪よね」
赤坂さんは気まずそうに頷いた。
「とりあえず、まあ彼女は今日は出ないようにしたほうがいいかもしれない」
赤坂さんはチラリとカバ子を見た。
しかしカバ子は立ち上がった。
「中止じゃないなら出ます」
「でも、今日はどうなるかわからないし……危ない事があったら……」
「それは彼女達だって同じですよね?」
カバ子が私達を指さした。
「それに、どんなステージでもやり切る自信があると彼女たちは言ってましたし。そうでしょう?」
さっきまでドライな発言をしていたとは思えないほど熱く、責任が重い、しかし何となく嬉しい言葉だった。
「やります。やりましょう。ね、頑張ろ?二人共」
私は爽香と奈美穂の顔を見つめた。
でも二人は、特にメンタルの弱い奈美穂は泣きそうな顔をしている。
あ、だめだ。どうしよう。この顔でステージに出て、万が一客席から暴言でも吐かれたら、奈美穂の胃は死ぬ。多分リバースする。
「じゃあ爽香、奈美穂についていてあげて。曲が始まる前に、まず私一人で出るから。そして空気変えて見せる」
「好葉が一人で?」
心配そうに爽香が聞き返した。私は頷いた。
「さっき客席見たら、一番前にトモさんがいた。見たことあるファンも一杯いた。会場にいるのは莉子ちゃんのファンだけじゃないんだよ。
私は私のファンを信じる」
そう、私達のグループのファン、そして後に控えているグループのファンだって、この空気を変えたいはずだ。私は啖呵を切るように爽香と奈美穂に言い切った。
そしてカバ子にも向き合った。
「少しだけ待って下さいね。ちゃんと阿鼻叫喚な風景じゃなくて、素敵なアイドルの世界に変えてきます」
「さすがね。頼もしいわ」
カバ子は優雅に言った。




