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冷血女王様は踏まれたい  作者: りりぃこ
第一章 ライブ編
12/77

12 楽しむ


 雪名さんと別れて皆のところに戻り、打合せやリハをこなした。本当は雪名さんもリハに参加出来たらいいんだけど、スタッフバレを防ぐために本番一発勝負にすることにしたのだ。



 リハを終えて、ふらふらと外の空気を吸いに行くと、向こうから知り合いが歩いてくるのが見えた。


「莉子ちゃん!!」


 私が手をふると、莉子ちゃんが手を振り返してきた。



 莉子ちゃんは、ちょくちょくこういう現場で一緒にやることが多い。ギター片手に弾き語りのできるタイプのアイドルだ。


 事務所も違うが、年齢が近いのもあって結構仲が良い。


「莉子ちゃーん、今日はよろしくね。さっき挨拶いったんだけど楽屋いなかったからさ。あ、セトリ見たけど今日って新曲やらないの?」


 私が意気揚々と話しかけるが、莉子ちゃんはどこかうわの空だ。


 ん、とか、ああ、とかしか答えてくれない。


「莉子ちゃん?」


「あ、うん、よろしくね。もう行かなきゃ」


 莉子ちゃんはあまり私の顔も見ずに、そそくさと立ち去ってしまった。



 私は違和感を感じながら皆の所に戻った。


「好葉散歩長すぎ。遅いよっ」


「ごめんごめん。あ、さっき莉子ちゃんと会った」


「ああ、そう言えば今日私達の出番って、莉子ちゃんの次ですよね」


「うん、なんか莉子ちゃん元気無かったんだよね」


 私は考え込みながら言った。


「妙にぼーっとしてたし」


「風邪でもひいたかな?最近莉子ちゃんテレビの歌番組決まったりして忙しそうだもんね」


「そっかぁ。まあ疲れてんのかなー」


 忙しくて疲れてるんならちょっと羨ましいな。とりあえず自分の準備に取り掛かるのだった。




 爆音が耳を突き刺し、光のシャワーが小さなライブハウスに降り注ぐ。本番が始まった。



 私達の出番は、3番目、莉子ちゃんの次だ。



「花実さん、準備できてます?」


「大丈夫、ほら」


 赤坂さんと白井さんに連れて来られて、青いカバ子の着ぐるみに入った雪名さんがステージ袖にやってきた。


 私はちょっと心配になって、カバ子の口の隙間から雪名さんを覗き込んだ。


「着心地は大丈夫ですか?」


「暑い」


 中から不機嫌そうな声が聞こえてきた。


「動けます?」


「意外に動ける」


「無理しないで下さいね。出来なそうなら早めに……」


「は?出来ない?」


 雪名さんから尖った声が飛んできた。ヤバい、また無意識に煽るとこだった。


「えーっと、出来なそうならじゃなくて……えっと、うん、練習してくれたんだから大丈夫ですよね」


「ええそうよ」


「ライブ、楽しみましょうね」


「……楽しむ?」


「そうですよ。ライブは楽しむものです」


 私はカバ子の口の隙間にそう言い放つ。



「好葉、早く、あっちにスタンバイ」


 赤坂さんが叫んだので、慌てて私は爽香や奈美穂と共に自分の持ち場に走っていった。


「私、ちゃんと楽しむわ!」


 雪名さんが私達の背中に向かって声をかけてきた。


 私達はカバ子の口に向かって手を振って、自分の出番に備えるのだった。



 ……そして、私は雪名さんの事を気にしすぎて、莉子ちゃんの事をすっかり忘れていた。莉子ちゃんに感じていた違和感。それは正解だったのだ。


 ライブステージに向かう莉子ちゃんの表情が強張り、何かとんでもない決意をしていることに、その時の私は気づかなかった。










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