火花 又吉直樹
あらすじ
鳴かず飛ばずの芸人──徳永は熱海の花火大会で漫才をしていた。ただ必死に、がむしゃらに殴り合うような勢いで相方と掛け合いをするも空しく、誰もが皆、祭りに、花火に夢中で見向きすらされないまま、終わりを迎える。惨めな気持ちで舞台を降りる徳永に対して、すれ違い様に一人の男性が言った。「仇とったるわ」と。先輩芸人、神谷との出会いだった。『笑い』に関して自身の哲学、矜持を持つ神谷。そんな彼に弟子入りを果たした徳永は自分自身の漫才を模索し、もがき続ける。
発行日 2015年
頁数 192頁(文庫)
ジャンル 純文学
現役お笑い芸人の方が手がけた純文学小説であり、芥川賞を受賞され話題を呼んだ作品
こんな人におすすめ!
・ただ面白い、そんなエンタメ小説とは一味異なる小説を読みたい人
・読了後、感動とはまた違った「なにか」を体験したい人
この本のポイント(主観的)
・文章量 普通
・テンポがよく、展開が重くないため、サクサク読み進められる
・漫才師の人生を体感
感想──ネタバレなし
著者、又吉直樹さまにしか書き切ることが出来ない唯一無二の物語、そう思えるような作品。
とにかく綺麗、美しいという感情が真っ先に出るような完成された物語でした。序盤が少し重たい、と思うような本が多い中で、この作品は読み始めてすぐ自分がその場にいるかのように物語に入り込んでいました。圧巻の文章力と表現力は、幾度も感動を覚え、実際に、私は何度も読む手を止めて頭を抱えて唸っていました。
徳永という一人の売れない芸人の視点で物語は終始進んでいきますが、この物語の主人公は二人。徳永とその師匠の神谷です。二人の会話の掛け合いもテンポが良く愉快で、それもまたこの本の魅力となっていました。憧れた神谷の背中を目指す徳永の心理の移り変わりが丁寧に描写されており、考えさせられるものとなっています。
終盤にかけては次に次にと食い入るように読み進めてしまいました。この物語の終着点はどこになるのか、どう終わりを告げるのか最後まで分かりませんでしたが、読了後は暫く何も言葉が出ませんでしたし、何かをする気にもなれない、良い意味での脱力感を覚えました。
『笑い』に命を注ぐ二人の往く道。全く異なる人生なのにどこか自分の人生にも重なるこの物語は、私に衝撃を与え、視野を広くさせてくれる作品でした。こう言うまでもないほど有名な本ではありますが、読んだことのない人には是非、一度手に取って読んでみてほしいです。きっと一気に読んでしまいますし、面白かった、とそんな一言で片付けられないような何かを感じ取れると思います。
感想──ネタバレあり、『火花』を読了後にお読みください
師匠──神谷の背中を追いかけつつも、そこまで世間から逸脱した漫才をすることは出来ないと最終的に結論を下す徳永。自分を肯定するために、自分がたどり着けない場所にいる神谷を否定する終盤の人間味のある描写は心に重くのし掛かりました。それ故に、神谷が徳永の前で最初に見せた「地獄、地獄、地獄」と叫ぶ漫才と、徳永が引退前に見せた「死ね、死ね、死ね」と叫ぶ漫才との重なりは美しかったです、というかこのシーンめっちゃ好きです。いつか、こんな風に唾を撒き散らして大声で叫ぶ漫才がやってみたかったのだという徳永の直前の言葉もより一層深いものとなっていました。
個人的にはその後の徳永の語りも刺さりました。一度きりの人生において、将来への不安も希望も全て奥底に押し込んで、『笑い』というものに全てを注ぎ込んだ徳永だから言える言葉が並んでおり強い重みを感じました。この本を読んでから、テレビやメディアに映る芸人を見る目が大きく変わりました。きっと徳永や神谷のように自分の笑いを信じて茨の道を突き進んだ結果、そこに立っているのだと思うと尊敬の念に堪えません。
この物語のもう一人の主人公といっても過言ではない神谷という人物のインパクトあるキャラ立ちには感嘆しました。自分自身が信じた『笑い』に忠実で一直線に突き進む神谷が、弟子の徳永にだけは自分の『笑い』を分かってもらえると会いに行く場面を終盤に持ってくるのは、月並みな言葉になりますが、凄い、ただその一言でしか言い表せません。徳永の引退漫才でこの物語が終わらないことがこの作品の魅力をより一層際立たせているポイントだと思いました。
この物語の続きの先で神谷が売れる未来は全く見えませんし、徳永に至ってはそれなりに売れたけど世間的に認知されるまで行かずに漫才を辞めています。どちらも『笑い』の頂点を目指した夢が叶うことは恐らくないでしょう。ただ、最後に綴られているように、徳永も神谷もきっと「これから」なのでしょう。二人が二人とも悲観した思いを抱いていません。これも一つの人生だというより、これが徳永の、神谷の人生だと突き付けられたような気持ちになりました。
この作品を読めたこと、心の底から良かったと思いました。
あまりにも良い作品であったので同著者が手がけた『劇場』も続けて読了しました。その本の感想はまた機会があればまとめようと思います