ちょっとだけ好きだったんだ
起承転結っ。
吐く息が白くて、何月から何月までが春だったのかを疑問に感じた卒業式の日。気になっていたけど結局仲良くなれなかった橋本君がみんなに囲まれて楽しそうにしている。
「ねぇ。好きなんでしょ?もう最後なんだから告白しなよ。」
「……うん。」
私は勇気を振り絞って橋本君に話しかけた。
「ねぇ、だ、第二ボタンくれないかなっ。」
橋本君は卒業証書を右手に持ったまま一瞬だけ固まって、イやな感じで笑った。
「ごめん、名前なんだっけ。」
「うわー、お前最低。」
「顔は分かるんだけどな。後、第二ボタンは部活の後輩に取られちゃったからあげられないわ。」
私は動揺を隠して、精一杯強がった。
「そ、そうだよね!ごめんね変なこと言っちゃって、じゃあね」
私は急いで唆してきた愛梨の元へ戻った。なんてことをやらせてくれたんだと抗議するために。
「絶対言わなかったほうが良かったじゃん!」
愛梨は少し気まずそうにしながら謝ってきた。
「ごめん、まさか本当に行くとは思ってなくてさ、ほら、うちらそういうの馬鹿にしてきたじゃん。」
今日は最低な日だ。私は何でこんな奴と友達になったんだろうか。後橋本君も、めちゃくちゃヤな奴だった。
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10年の月日が経ってしまった今、ふと初恋の相手である橋本君を思い出した。目の前に座っている男が、橋本君にとても似ているからかもしれない。あるいは、何かを探るような、何かを確信しているような眼を時々こちらに向けてきているからかも。
「連れてきていただいてありがとうございます!」
この職について二年ほどになるが、こういう日は、居心地が悪い。目の前の橋本君に似ている男、というか橋本君も居心地の悪そうな顔をしている。恐らく、同級生には見られたくない姿なのだろう。いつもならにこやかに座ってお話を聞いてお酒を飲んでいるだけで良いのに、私情もあり、今日は憂鬱だ。
「よくこういう店には来られるんですか?」
「あんまり来ないです。あの、どこかで会ったことあるよね?ていうか名前負けしてた七瀬?」
「え、何々あいりちゃんと知り合いなの!?」
橋本君の隣の豚が煩い。ていうか空気読めよ。
「初めて会いました。私はあいりって言います。」
橋本君の疑いはまだ晴れない。が、心底どうでもいい。にこやかにはぐらかしていると、橋本君が上司らしき豚に咎められた。ナイス豚!と心の中で称賛を送りながら、バツの悪そうな顔をしている橋本君のグラスにお酒を注ぐ。
「もぉ、ガールズバーで説教なんてしないでよ。お酒、貰ってもいい?」
デレデレしたおじさんはが謝ってくる。この人は常連の良客だ。豚だけど。
「そうだね、あいりちゃんは可愛いからね!勿論だよ!」
橋本君が終始気まずそうにしていた。昔の橋本君はあんなに分かりやすくなかったし、自信無さげでもなかった。どんどん修正されていく初恋の人像を自覚しながら、初対面の人を貫き通した。でも我慢できなくなって、最後に橋本君の耳元で、あんたなんかの恋人にならなくて良かったわと囁いてやった。傷付いている橋本君の顔を見て、気付いた。
あぁ、私もイやな奴になっちゃったんだな。
嫌いだったあいつも、今の私みたいに、別に幸せじゃないんだろうな。