迷子
菜実は諦めて自転車を降りた。ちょっと近所のスーパーまで、と思って出てきたのに迷ってしまって、もうここがどこか分からない。そもそも家から遠ざかってるのかもしれない。日も暮れてきたし、スマートフォンは家に置いてきた。
「どうしよ……」
だいたい、新しい寮からスーパーまでが遠すぎるのだ。うろ覚えのスーパーにちょっと行って戻ってこようってのがそもそも無謀だった。方向音痴なのに。
2月の風は冷たく、ちょっと買い物に、と思って出てきたジャージを容赦なく突き通してくる。
「さむ……」
呟いたとき、軽トラが後ろからやってくるのが目に入った。
「す、すみませーーーーーん!!!」
軽トラに向かって、菜実は大声を上げて手を振った。人の良さそうな夫婦が乗っている。
「どうしたんね」
助手席の窓から、自分の母親くらいの女性が顔を出した。柔和な目に、少し安心する。
「あの、剛力株式会社の新しい寮に最近越してきたんですけど、道に迷っちゃって。この道どっちに行けばいいですかね?」
「新しい寮……ああ、あのモーターの工場の」
「ですです」
菜実は頷いた。良かった、知っている人だ。
「あんたこっち、逆だわ。あの山のむこっかわよ。だいぶ遠くまできたんね」
呆れたような口調で言う。
「えっ」
菜実は途方に暮れた。女性はちらっと菜実の薄いジャージと、ペラペラのダウンコートに目を向ける。
「ついでやけん送ってくわ。あんたこの子の自転車、荷台に乗せたげて」
そう女性は運転席の男性に声をかけた。男性が運転席を降りて菜実の自転車をひょいと掴み上げ、荷台に乗せる。
「えっ、いやいやいや、いいです、申し訳ないし」
慌てる菜実に、女性は笑った。
「あんたそんな薄着でウロウロして、夜になったら風邪ひくがぁ。はい乗って乗って」
助手席側の扉を開けてもらい、女性の隣に座る。車で移動すること10分で、菜実は見慣れた寮の門の前に着いた。
「ありがとうございました!!」
自転車を下ろしてもらい、頭を下げる菜実に、女性は笑いながらも少し懐かしそうな顔をする。
「うちの子も高校生くらいの頃はよう薄着でウロウロしてたんよ、今は東京におるんやけどねぇ、仕事頑張ってね」
ぶるん、とエンジンの音をさせて去る軽トラを見送ると、菜実は部屋に入った。スマートフォンに、実家からの着信がいくつか入っている。
菜実は母に、今日あったことを話そうと、コールボタンを押した。
読んでいただいてありがとうございました!
1000字で書いている小説を読んで、1000字ってどれくらいかな〜と思って書いてみました。
少ない……!!! 修行が必要……!!