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贄の里  作者: 児島らせつ
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第四章①

第四章


 次の日の朝、僕たちは、座敷にいる功の前に集められた。

 座敷に到着したとき、僕が座るはずになっている一枚の座布団を残して、ほかの座布団はすでに埋まっていた。昨日のひるがれいの儀のときと同じく、僕が最後の参加者という状況らしかった。

 到着がもっとも遅かった事実に気恥ずかしさを感じながら席に着き、そっと周囲を見渡す。中央の上座には、功がいた。横には、ひるがれいの儀のときに笛や太鼓と担当していた男たちの顔も見えた。

 功は、いつもと同じように不機嫌な表情のままだった。

 ふと、気がついた。母親である雅代の姿が見当たらなかった。

 ――雅代さんはまだなのか?

 しかし、座布団はすでに全部埋まっている。

 ――どういうことだろう?

 僕が訝しんでいると、功は硬い表情を崩さないままで口を開いた。

「雅代は、いよいよ御神様をお迎えするため、今は別の場所に移り、次の儀式に備えておる」

 雅代についての説明は、それだけだった。

 ――別の場所に移り、次の儀式に備える?

 あまりに短い説明に、僕の戸惑いはかえって深まった。

 祭りに、そのような手順があるとは聞いていなかった。マニュアルへの記載漏れなのだろうか。

 思わず、右隣に座る幸作の横顔を見る。幸作は、硬い表情で俯きながら、功の話を聞いていた。

 続いて、左隣の頼子を観察する。頼子も、同じように硬い表情をしていた。その面持ちは、心に引っかかる何かに、必死に耐えているようにも見えた。

 僕の当惑をよそに、功の話はすでに今後の祭りについての注意点に移っていた。しかし、雅代がいないという事実と頼子の苦しげな表情が気になり、その後の功の話は、僕の頭にはまったく入らなかった。

「……というわけだ」という結びの言葉に、僕は功の話が終わった事実に初めて気づいた。

 長い話を終えた功はおもむろに立ち上がり、座敷を後にする。やがて幸作と頼子も席を立つと、他の男たちと一緒に襖の間から消えていった。

 恐らく、自分たちに部屋に戻るのだろう。後には、重苦しい空気だけが残った。

 僕も部屋に戻ろうと腰を上げた。

 何気なく、腕時計を見た。午後三時を過ぎたところだった。自由時間は、あと一時間ほどある。

 廊下に出た僕は一旦、階段に向かおうとしたが、ふと思い直して階段と逆の方向に向かった。


          *


 僕は、誰もいなくなった廊下を玄関方向に進むと、すぐ左にある木製のドアを開け、客間に入った。

 とくに深い理由があったわけではない。ただ、たまには研一の部屋ではない部屋で、一人くつろいでみたかった。

 この客間は、屋敷の一階にある部屋の中では、唯一の洋室だ。

 明治時代以降、日本の裕福な家庭の屋敷では、来客をもてなすために玄関の横に洋室の客間がつくられるようになった。この洋室も、そのような客間の一つとしてつくられたのだろう。

 僕は、部屋の入口に立ったまま、内部を観察する。

 床には、毛足の長いペルシャ風の絨毯が敷かれ、その上には黒いローテーブル、そして両側に高級そうな革張りのソファが置かれている。さらに、壁際には誰が弾いていたのだろうか、有名メーカーのアップライトピアノが静かに佇み、そのすぐ横には高さが二メートルはあろうかという壁時計が配置されていた。

 家具の種類と配置は、研一の部屋より明らかに統一性がある。

 落ち着いた気持ちになった僕は、ソファに深く身を沈める。今までの疲れが、全身の毛穴から一気に噴き出してくる気がした。

 つい、うとうとしてしまったとき、ふいにドアが開いた。急なできごとに驚いた僕は、目を再び見開いてドアの方向を見る。

 頼子が立っていた。頼子も、驚いた様子だった。

「ごめんなさい。まさかお兄さんがいるとは思わなかったから」

 頼子は、体の前で両手を組み、戸惑いを隠さない。その困惑ぶりは、この屋敷に来た日、二階の廊下で初めて出会ったときの姿そのままだった。

「いや、僕の部屋じゃないから、別にいいよ。もしよかったら、入って」

 僕の言葉に、緊張が多少なりともほぐれたのか、頼子は申し訳なさそうに頭を下げると部屋に足を踏み入れて、無言のまま窓際に進んだ。頼子の後ろ姿と、その向こうに広がる日本庭園が、一枚の絵画のような完璧な構図をつくり上げた。

「この景色、きれいよね。私、この景色が好きなの」

 何を話すべきか思案した末に、ようやく思いついた言葉だったのだろう。僕はその言葉に、目の焦点を窓際の女性から庭の景色に移動させた。

 そのまま、会話らしい会話もなく、短い時間が過ぎた。

「お母さんは、どこに行ったんだろう」

 外の景色に目を向けながら、頼子が呟くように言った。

 耳を疑った。聞き間違いかと思った。

「頼子も、お母さんがどこに行ったか、知らなかったんだ」

 頼子は振り向くと、上目遣いに僕を見つめながら、小さく頷いた。

 今の今まで、雅代がいなくなることを知らなかったのは僕だけであり、その原因はマニュアルの不備だとばかり思っていた。

 頼子は、この家の本当の娘だ。そんな彼女でさえ、雅代がいなくなる流れは知らされていなかったとは。

 いくら制約の多い祭りとはいえ、秘密主義にもほどがある。僕の胸に、小さな怒りに似た感情と、頼子に対する同情心が芽生えた。

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