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贄の里  作者: 児島らせつ
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第二章②

 僕は、あらかじめ知らされていた研一の部屋に足を踏み入れると、ドアを閉めてベッドに腰かけた。

 この屋敷に来てまだ十分もたっていないのに、とても疲れた気分だ。テスト前に徹夜をしたときも、これほどは疲れなかった気がする。僕は高級ブランドと思われる柔らかなシングルベッドに体を預けたまま、周囲を見渡した。

 ドアの左側には、合板ではない一枚板でつくられた濃い茶色の大きな机が置かれ、机の横から窓にかけては、ガラス戸が嵌められた木製の重厚な本棚が続いている。

 僕は、本棚に歩み寄った。並んでいる本は数少なく、どれも妙に古びていた。しかも、著者は江戸川乱歩、二葉亭四迷、有島武郎、ボードレールと、やはりいにしえの作家が中心であるうえ、ジャンルもまちまちで統一感がない。

 あまり、読書欲をそそられるラインアップではなかった。

 本棚と逆側に視線を移すと、僕が今しがたまで腰かけていたベッドの外側に広がる窓には、分厚いドレ―プカーテンがぶら下がっていた。

 調度品は、すべてが高級そうな品々だった。だが、数年前まで使われていた大学生の部屋にしては調度品が少々時代がかっているし、何となくちぐはぐな印象だった。

 ベッドから腰を上げ、机の引き出しを開けてみた。中は空だった。

 僕は、自分が東京で借りているアパートを思い出した。高級さでは比べるべくもないが、居心地という点では、東京のアパートのほうが勝っているように思われた。

 だが、住めば都という言葉もある。この屋敷で過ごしているうちに、この部屋も徐々に居心地がよくなっていくかもしれない。

 頼子の姿が頭に浮かんだ。僅かな記憶の中で、頼子は恥ずかしそうな表情で、やや俯きながら佇んでいた。

 まだ会ったばかりではあったが、頼子の存在は、僕にとってこの部屋、いや、この屋敷の居心地を左右する、重要な要素の一つになる気がした。

 頼子の部屋は、二つ隣の部屋だ。

 ――どんな内装なのだろう。

 やはり、この部屋と同じような雰囲気なのだろうか。いや、年頃の女性の部屋だ。もっと統一感のある、落ち着いた雰囲気の部屋になっているに違いない。

 ――それにしても、悪いことをしたな。

 頼子が驚くのも、無理のない話だった。部屋のドアを開けたら、目の前に、いきなり見ず知らずの男が立っていたのだ。不可抗力とは言え、頼子を脅かしてしまった事実を反省しながら、僕は溜め息を吐いた。

 部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

 頼子かもしれない。

 淡い期待を込めてドアを開けると、ただでさえ薄暗い廊下をバックに、消え入りそうなほどに存在感の薄い佐世が立っていた。

 僕は正直がっかりしたが、態度には決して表さず、軽く頭を下げた。

「失礼いたします」

 僕のお辞儀を確認した佐世は、相変わらずの無機質な口調で言葉を発すると、僕の承諾を得ることもなく、部屋の中にすうっと滑るように入り込んだ。そして、ベッドの上に置かれた僕のデイパックを手に取り、不躾な態度で中を検めはじめた。

 一瞬、驚いたが、すぐに思い出した。

 確か池袋の喫茶店で、小池が「屋敷に入った時点で手荷物を検めさせていただきます」と語っていた。多分、今の佐世がその役目を担っているのだろう。

 スマートフォンなどは、言われた通り自宅アパートに置いてきた。やましいところのない僕は、とくに抗議することもなく、黙って佐世の検分が終わるのを待った。

 待っている間にも、佐世はデイパックの中身を容赦なく引っ張り出し、ベッドの上に並べていく。

 しばらくすると突然、佐世の手が止まった。ゆっくりと引き出した手には、タブレットが握られていた。Wifiに接続することで、インターネット端末として使えるタイプのタブレットだった。

「これは、何でございましょう?」

 問い詰めるというより、正体がわからないといった雰囲気の質問だった。恐らく、多くの高齢者がそうであるように、佐世もまた、IT関連の機器には疎いのだろう。

 僕は、嫌味にならないよう注意しながら、笑顔をつくる。

「それは、タブレットという電子機器だよ。Wifiという特別な通信機器があると、インターネットに繋ぐことができるんだけど、この家はWifiがないから、残念ながら外部との連絡には使えない。つまり、この屋敷内では、単なる電子ノートということになるね」

 Wifiが使えない事実は、小池からあらかじめ聞いていた。

 どこまで理解してもらえたのかはわからないが、取り敢えず禁止されている機器ではないと判断したようだ。佐世はタブレットをベッドの上に無造作に置くと、再びデイパックの中を覗き込んだ。

 中を一通り調べ終えると、佐世は「半年ぶりにお会いできて、本当に嬉しゅうございます」と順番が逆ではないかと思われる挨拶をし、何事もなかったかのように部屋を出ていった。

 佐世が出ていったドアを閉めると、僕は再びベッドに腰かけ、周囲に散らばった中身をデイパックに詰め直す。

 些細なトラブルはあったものの、研一を演じるという役割は、今のところ何とか無難にこなすことができている。このまま、研一を演じ続ければ、問題なく大金が手に入るのだ。

 そうすれば、使い込んだ授業料も補填できるし、焦って次のアルバイトを探す必要もなくなる。

 何はともあれ、全員が揃った。

 いよいよ、祭りのはじまりだ。

 僕は、大きく伸びをした。

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