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贄の里  作者: 児島らせつ
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第一章②

 面接は翌週の火曜日、池袋駅の近くにある喫茶店でおこなわれた。

 僕は五分前に到着したが、相手の男性はすでに奥のボックス席で待っていた。客はほかに二人組の年配の女性だけだったので、すぐにわかった。

 男は、三つ揃えのスーツに身を包んでいた。ただのアルバイトの面接にしては場違いなほどの、きっちりとした服装だ。ジーンズにジャンパーという自分の姿が、急に恥ずかしく思えた。僕は、やや気圧されながらも、その気持ちを表に出すまいと心がけながら、挨拶をする。

「ドリームワークで見たアルバイトに応募した、高山といいます。小池さんですか?」

 男性は、完璧な営業スマイルを浮かべると、深く頷いた。テーブルの上に置かれていたコーヒーを横に移動させると、笑顔というテンプレートを顔に貼りつけたまま、右手を前に出して向かいの席に座るよう促す。

 指示された通り、僕は小池の向かいの席に腰を下ろした。同時に、肩の余分な力が抜けたのだろうか、コーヒー特有のスモーキーな匂いが、僕の鼻孔をくすぐった。

「コーヒーでよろしいですか?」

 僕は黙って首を縦に振った。それを確認した小池は右手を上げ、近づいてきたウエイトレスに「コーヒーをもう一つ」と告げた。

「遅くなって、すみません」

 本当に遅くなったとは思っていなかったが、僕よりも早く着いていた相手に敬意を表して謝った。小池は、聞こえているのかいないのか、僕の謝罪をスルーしたまま、右横に置いていたビジネスバッグから書類の束を取り出す。

「まず、今回のアルバイトの内容ですが……」

 大まかな内容は、サイト内に書かれていたので知っている。山奥にある屋敷で二週間、その屋敷に住む家族の一員を演じながら、家族が執り行う祭りに参加するというものだった。

「その祭りは、明治時代初期に来訪神を迎えるためにはじまったといわれ、三十年ごとに一族だけの間で、ひっそりとおこなわれているものです」

 なるほどと思った。

 来訪神とその神事については、大学の宗教学の講義で齧った記憶がある。

 来訪神とは、ある決まった時期に人間世界を訪れる神をさし、来訪神神事とは、来訪神を地域の人々や一族がもてなすことで、幸福を手に入れようとする行事だ。地域によっては、幸福を手に入れるために、幸福になった将来をあらかじめ祝うという内容の場合もある。

 この手の神事は、日本各地はもとより、世界中で古くからおこなわれている。海外の神事については詳しく知らないが、日本の神事は具体的には、神の扮装をした人間が各家庭を回り、酒や食事などのもてなしを受けるという内容が多い。それによって、もてなした側は来年の幸福が約束されるというわけだ。

 もっとも有名な来訪神神事といえば、なんといっても秋田の「なまはげ」だろう。

 鬼の装束に身を包んだ来訪神役の男たちが、小正月に「悪い子はいねがー」と叫びながら各家庭を回る祭りだ。なまはげほどではないが、ほかにも能登半島の「あまめはぎ」や鹿児島の「としどん」などは、比較的知られている部類だろう。

 宗教学の講義のとき、「数年前、これらの来訪神神事は、ユネスコの無形文化遺産に登録されました」と、なぜか得意そうに解説していた教授の顔が頭に浮かんだ。

 ただ、僕が今回、参加するであろう来訪神神事は、ちょっと変わっている。通常の来訪神神事は、年に一度の祭りとして、大晦日や小正月など年の変わり目におこなわれる場合が多く、三十年に一度という周期は聞いた経験がない。しかも、外部の人間が家族の一員を演じるというのも不思議だ。

「なぜ、一族だけでおこなわないのですか?」

 ウエイトレスが、コーヒーを持ってきた。僕は軽く会釈をすると、まだ熱いコーヒーを口に運んだ。

「その祭りは、今から百五十年ほど前、我が一族の本家に来訪神がやってきたときのできごとを再現する祭りだと伝えられています。そのため、当時と同じ家族構成、つまり本家の屋敷に住む一族の主と長男夫婦、二人の子供が参加しておこなうと決められているのです。ところが、今の本家は、数年前に子供さんを一人亡くされました。祭りのしきたりでは、人数が足りないときは、外部から足りない人員を補い、家族を演じてもらいながら祭りをおこなうことになっています。そこで、今回は外部から子供役を一人、迎えることになったのです」

 以前は、一族の紹介などで足りない人員を集めていたが、最近の数回、つまりここ数十年はアルバイトという形で募集しているのだという。

 儀式の概要を覚える必要があるものの、過酷な肉体労働というわけではなく、思ったほどハードルの高いアルバイトではなさそうだった。心が動いた。

 ただし、やや風変わりな注意点があるらしかった。

「屋敷の中では、どんなことがあっても息子夫婦の長男である久比沼研一として振る舞い、祭りが終わって屋敷を後にするまで、一瞬たりとも本来の高山翔也様として振る舞うことは許されません」

「……もし、高山翔也としての言動があった場合は、どうなるんですか?」

「発覚した時点で契約の不履行ということになり、報酬を受け取ることはできなくなります。それでもよろしいですか?」

 身代わりとしての徹底ぶりに驚いた。しかし、決して乗り越えられないハードルではない。気をつけていればすむ話だ。

 それよりも、お金がいいのは何よりも魅力だし、十二月のテスト期間までは十分に時間があるので、二週間という時間も問題はない。

 僕は、思案の末に承諾した。すると、小池はバッグから出して傍らに置いていた冊子を、僕に差し出した。

「これが、祭りに際して必要なすべての情報を書き込んだ、いわばマニュアルでございます」

 数十ページほどある冊子をめくると、研一と家族に関するプロフィールなどのデータがびっしりと書き込まれていた。

 祭りの最中におこなわれる儀式の手順なども書かれていた。

 僕が目を通していると、小池は事務的な口調で言った。

「当日までに、これらの内容をすべて記憶しておいてください」

 そして、責任の重さを改めて自覚する僕に向かって、思い出したように付け加える。

「ちなみに、ほかの方にアルバイトの場所や内容などの詳細を語ることは厳禁です。また、祭りがおこなわれている二週間の間、その敷地から出ることはもちろん、携帯電話その他の手段で外部と連絡をとることも許されません。通信手段などを持っていないかどうか、屋敷に入った時点で手荷物を一応、検めさせていただきますので、ご了承ください」

 そう話すと、小池は初めてコーヒーカップを手に取った。

「もっとも、Wifi環境もありませんし、携帯電話の類も圏外ですがね」

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