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贄の里  作者: 児島らせつ
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第一章①

第一章


 僕は、本名を高山翔也という。東京都の西部にキャンパスを構えるN大学に通う、大学三年生だ。中堅公立高校で中ぐらいの成績だった僕が通うにしては、比較的偏差値が高い大学と言えるだろう。

 同時に受験したほかの大学はことごとく不合格となったが、志望大学の中でもっとも偏差値が高かった今の大学だけは、なぜか合格した。

 合格はしたものの、当初は学業について行けるかどうか、正直、不安だった。しかし、そのような考えが杞憂に過ぎなかったことを、入学後すぐに知った。多くの学生は、勉学にいそしむよりも、バラ色のキャンパスライフを謳歌することに青春を賭けていた。

 気がつくと、勉学の能力に引け目を感じていた僕も、特にコンプレックスを感じることなく彼らに交じり、それなりに充実したキャンパスライフを送ることができるようになっていた。

 気の置けない友人も、数人ではあるができた。結果として、三年生になった現在でも単位取得状況など、勉学面での問題は特にないまま、自由気ままな学生生活を送っている。

 ただ、勉学面以外での私生活では、小さからぬ問題を抱えていた。実は数ヶ月前、一年ほどつき合っていた彼女と別れた。正直に言うと、ふられたのだ。

 彼女は、名を白崎香菜といった。

 香菜の言うには、僕の束縛が我慢できないということだった。しかし、身に覚えのない僕にとって、納得ができる理由ではなかった。

 ――好きな人といつも一緒にいたいと考えて、何が悪い。

 最初は些細だったはずのすれ違いは日を追って大きくなり、やがて香菜は僕の前から姿を消した。

 香菜がいなくなって生きる情熱を失った僕は、学校にも行かず、無断で何日もアルバイトを休んだ。そんな状態が二週間ほど続いた後、アルバイトはクビになった。

 だが、時間が少しずつ傷を癒してくれた。そこで、二ヶ月ほど前から新しいアルバイトを探しはじめたのだが、なかなか勤労意欲を満足させられる仕事は見つからなかった。その結果、無駄に時間だけが過ぎ、生活費に困るようになっていた。

 気がつくと、後期の授業料のために貯めていたお金を、数十万円ほど使い込んでいた。

 ――一刻も早く、新しいアルバイトを探さなければ。しかも、効率よく稼げるバイトを。

 友人たちの前ではおくびにも出さなかったが、心の底では焦っていた。

 そんなある日、学食で昼食を食べていると、友人の一人である花井琢磨から声をかけられた。

「よお、高山」

 花井は、同じゼミの同級生だ。地方で会社を経営するちょっとした資産家の息子なのだが、金持ちである事実を鼻にかけない、さわやか好青年という部類の人物だった。本来なら、僕のような何の取り柄もない人間とは共通点などないはずなのだが、なぜか妙に気が合った。

 友人になって初めて知ったのだが、花井はインターネットやコンピュータといったジャンルに、すこぶる詳しかった。当然のように、コンピュータの調子が悪いときなどに誰よりも頼りになる、かけがえのない無二の親友となっていた。

「なんだ。合コンのお誘いなら、残念ながら金がないのでお断りだぞ」

 最安メニューであるカレーライスを口に運びながら、僕が不機嫌な顔で答えると、花井は「そんな話じゃないよ。もっと建設的な話だ」と笑いながら否定した。

「お前にぴったりのバイトを見つけたんだよ。彼女にふられて、おまけに金に困ってるって言ってただろう?」

 妙に嬉しそうだった。きっと、友人の不幸を楽しんでいるのに違いない。

「何だよ、ぴったりのバイトって」

 僕は、とくに興味を引かれることもなく、形だけの返事をする。

「これ、見てみろよ」

 花井は、僕の向かい側の椅子に腰かけると、持っていたノートパソコンを僕に向けて開き、エンターキーを押した。画面に、黒っぽいグレーを基調とした怪しげなサイトが表示された。

「お金の問題も一挙に解決! 高額アルバイト専門 ドリームワーク」というサイト名が見えた。どうやら、怪しげで高額な単発アルバイトを紹介する専門サイトのようだった。

「怪しいサイトだな。人殺しの手伝いとか、特殊詐欺の出し子とかだったら、間に合ってるぞ」

 僕が再びカレーライスに視線を落とすと、花井は呆れた表情で言った。

「お前のためを思って、本気で探してやってるんだぞ。そんなアンダーグラウンドなバイトの訳はないだろう。ほら、これだよ」

 花井は身を乗り出し、パソコンの画面を上から覗き込んで画面をスクロールさせる。「祭りの参加者募集」と書かれたバイトが表示されたところで、手を止めた。

 僕は、スプーンを動かしながら、横目で画面をちらっと見る。


二週間で五十万円、交通費は別途。


 思わず、金額に目が釘づけになった。「……凄いな、これ」

 単純に考えて、一日あたり三万五千円以上になる計算だ。

「そうだろう?」

 花井が、画面の後ろ側で胸を張る。

 肝心の内容が気になって、自ら画面をスクロールさせた。


内容:十月中旬の二週間、ある屋敷で家族の一員として生活すること。


 詳しい内容は、わからなかった。しかし、十月中旬の二週間と言えば、テスト期間まではまだ二ヶ月近くある。少なくとも、時期的には問題なさそうだった。僕が内容について積極的に考えはじめている事実を、花井は見逃さなかった。

「よし、俺が登録してやろう」

 ノートパソコンを自分のほうに向けて、パチパチとキーボードを打ちはじめる。しばらく画面を眺めていたかと思うと「来週の火曜日の十四時から、池袋で一対一で面接をおこなうそうだ。大丈夫か?」と聞いてきた。

「ああ、大丈夫だが……」

 何か、花井の口車に乗せられている気がしないでもなかった。しかし、金額はいいし、耐えられないような内容だったら、断ればいい。そうも考えて、不承不承ではあるが承諾した。

「よし、これでお前も、一ヶ月後には大金持ちだ。もしそうなったら、居酒屋で一杯奢ってくれ」

 最後に勢いよくエンターキーを叩いた花井は、心底、満足そうに鼻を膨らませると、僕のトレイの上に乗っている水を勝手に手に取り、うまそうに飲み干した。

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