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贄の里  作者: 児島らせつ
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第七章④

 次のページには、一体どこで調べたのだろうか、昭和時代以降の村と祭りの状況が書かれていた。それによると、昭和に入った頃、大規模な土石流が起こったことで、この集落は廃村となったということだった。

 僕は、バスから降りたときの情景を、ふと思い返した。

 バスの終点の地名は「元久比沼」となっていた。あの地名は、そこが「元々」久比沼家が所有する集落であった事実を示していたのだ。

 さらに読み進める。


廃村後も、どういうわけか祭りは三十年ごとにおこなわれ続けた。

その祭りはどうやら、祭りの年ごとに現れる佐世という女性が執りおこなっているらしい。その正体は、久比沼様だと言われている。


 これだけ多くの情報を、よく集めたものだと感心した。あとは実際の祭りを取材して、証拠を固めるだけという段階になっていたのだろう。

 それにしても、とあらためて思う。


祭りのたびごとに、佐世が現れる……。

佐世の正体は久比沼様……。


 ――佐世とはいったい何者で、久比沼様とは何を意味しているのだろう?

 疑問はさて置いて、取り敢えず読み進めなければ。

 そう考え、再びページを捲る。

 すると、次のページには、さらに興味深い事実が書かれていた。


私が調べたところでは、前回の一九九一年におこなわれた祭りで家族を演じた可能性が高い人物は、以下の四人である。

幸作役…斉木健(当時40歳/H県出身)

雅代役…徳永佐恵子(当時34歳/G県出身)

研一役…畠山和之(当時21歳/S県出身)

頼子役…奥平華香(当時20歳/東京都出身)


 頼子役の奥平華香という女性が、恐らく奥平の姉なのだろう。

 もう一人、ある名前が目に留まった。

――徳永?

 聞いた記憶のある名字だった。一瞬の後、僕ははっとして、芽依を振り向いた。

「やっぱり……。お母さんは、ここで祭りに参加して。そして……」

 彼女は、画面を見ながら怒りに打ち震えていた。

「すべての元凶は佐世。あの女!」

 僕は芽依の言葉に驚いた。

 ――芽依の母親も、前回の祭りに?

 同時に、小さな棘のような違和感を感じた。しかし、その違和感を遮るように、背筋が凍りそうなほど重苦しい声が、真っ暗な蔵の中に一際大きく響いた。

「話してはならぬ、疑ってはならぬ……。そう言ったはずじゃ!」

 静寂を破られた恐怖に振り向く。

 蔵の入口に、月明かりを背に受けた恐ろしい形相の佐世が立っていた。

「許すことはできぬ……」

 心の奥底から、怒りとともに絞り出すような、悍ましい声だった。

「お前は一体、何者なんだ!」

 僕は、恐怖を押し殺しながら、佐世を問い質した。

「私は、祭りを見届ける者……」

 およそこの世のものとは思えないくぐもった声が、蔵の壁で幾重にも反響する。その声に被せて、芽衣が叫んだ。

「お前が、私のお母さんを!」

 次の瞬間、芽依は蔵の壁に立てかけられていた植木ばさみを手に取ると、両手に握りしめたまま、佐世に飛びかかった。

「お母さんの仇! 覚悟しろ!」

 眉を吊り上げ、眉間に深い皺を寄せている。額からは血管が浮き出ている。今までの芽依からは想像もつかない、憤怒に満ちた恐ろしい表情だった。

 佐世は、刃先が届くよりも一瞬早く、ひらりと横に飛びのいた。とても老婆とは思えないほどの素早い身のこなしだった。

 だが、左側に移動した体から僅かに遅れて動いた右腕に、芽衣が持つ植木ばさみの刃先が触れた。佐世の右前腕が抉れ、蔵の中に鮮血が飛び散った。色鮮やかな鮮血が、蔵の床と壁に無数の赤い斑点をつくった。

 驚いたことに、佐世は傷つけられてなお、怯むようすを見せなかった。驚くほどの速さで身を翻すと、蔵の外に飛び出す。

 芽依は、鬼のような形相で、逃げた佐世を追いかけた。

 本能的に危険を感じた僕は、芽衣を止めようと、彼女の後を追った。

 二人で蔵を飛び出したとき、僕は事態が急変している事実に気がついた。予感通り、望まざる方向への急変だった。

 僕たちは、いつの間にか現れた数十人の男たちに取り囲まれていた。

 久比沼家の男たちだった。

 男たちは、鎌や鍬といった前時代的な道具を両手で構え、じりじりと僕たちに迫ってくる。その姿は、まるで日本史の授業で習った一揆の農民たちのようだった。

 しかし、いくら古臭い道具とはいえ、襲われれば一たまりもない。僕は芽依の腕を掴み、彼女の表情を横顔から読み取る。

 幸い、彼女は再び冷静さを取り戻しているように見えた。

 彼女の表情にひとまず安心した僕は、淡い月明かりの下できょろきょろと視線を動かし、逃げ道がないかを必死で探した。藁にも縋る思いだった。

 すると、一ヶ所だけ、男たちの姿が見当たらない場所が目に入った。井戸と蔵の間の狭い空間だ。その場所だけ、なぜか男たちによる包囲網が解かれ、奥に暗い空間が広がっていた。

 僕は、神様に感謝した。そして、芽衣にそっと耳打ちする。

「あの井戸と蔵の隙間を抜けて、とにかく走ろう」

 僕は「三、二、一」と囁くように数える。

「ゼロ」というかけ声と同時に、井戸と蔵の隙間に向けて、全速力で走った。僕の手に腕を引かれて、芽依もつづいた。そのまま、包囲網の綻びを抜けて、木々に囲まれた真っ暗な山の中に一目散に駆け込む。

 意表を突かれたのだろう。男たちの動きが、一瞬、止まった。しかし、すぐに事態を理解すると、手に持つ農具を振り上げ、奇声を上げながら僕たちを追いかけてきた。

 僕たちは、男たちに追われるまま、祭りの初日に訪れた神社につづく道を駆け上がる。神社まで半分ぐらいの場所に辿り着いたとき、間近に迫る崖をよじ登り、途中にせり出している岩の陰に身を隠した。

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