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贄の里  作者: 児島らせつ
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第七章③

 僕は、月が雲に隠れるのを待って、こっそりと蔵を出た。急ぎ足で離れの隣にある窓から室内に入り、階段を上がる。部屋に入ると、タブレットは枕元に置かれていた。頼子の部屋に向かう前に置いたままの状態だった。

 タブレットの横にある目覚まし時計を見る。針は、午前二時を指していた。

 僕は急いでタブレットを拾い上げると、足音に注意しながら蔵に戻った。周囲を確認し、分厚い扉をゆっくり開ける。すると、大きな木箱の陰に身を潜めていた芽依が、ひょいと顔を覗かせた。ホッとした表情だった。

 僕は、木箱の陰に回り込んで芽依の隣にしゃがみ込むと、タブレットの電源を入れた。

 画面のバックライトが芽衣の横顔を照らし出し、息遣いが至近距離に聞こえた。彼女の存在が僕に勇気を与え、より行動的にさせてくれる気がした。

 OSが立ち上がると、早速SDカードを挿入して、現れたアイコンをダブルクリックする。

 カードの中身は、いくつかのフォルダに分けられていた。まず、「1」という名前のフォルダを開ける。

 ファイルは、二つあった。一つは「喜左衛門の日記」と書かれた画像ファイル、そしてもう一つは文書ファイルのようだった。取り敢えず画像ファイルのアイコンをダブルクリックすると、画像アプリが起動し、画面上に一枚の写真が表示された。古文書の文面を撮影した写真だった。

 +ボタンを押して、画面を拡大する。

 ところどころに「祭」、「生贄」などの字が見えるが、達筆すぎて読むことができない。

画面を前に僕が固まっていると、横から覗き込んでいた芽依が、思い出したように提案した。

「もう一つの文書ファイル、『現代語訳』って書いてなかった? そのファイルに、この画像の文書の内容が書かれてるんじゃないかな?」

「なるほど」

 僕は的確なアドバイスに感謝しながら、フォルダの中を今一度、確認する。もう一つのファイルのタイトルは、確かに「現代語訳」だった。

 クリックして早速、内容を表示させる。

 タイトル通り、先程の古文書の文章を現代語に直した内容のようだった。

 その内容は、驚愕に値するものだった。


明治二年、来訪神の神事がおこなわれる数日前、久比沼家の本家で五人家族のうち、当主である久比沼文右衛門を除く四人が立てつづけに神隠しに遭った。その事件からほどなくして、一族の一人であった久比沼紀助が近代的な製紙工場の経営を開始し、一族に巨万の富をもたらした。

その数年後、佐世と名乗る見知らぬ老婆が村に現れ、「三十年おきに、神隠しを再現して来訪神を歓待する祭りをおこなうと、一族は末永く繁栄する」と告げて姿を消した。以来、三十年おきに祭りを執りおこなうようになり、久比沼家はその度に繁栄を手にしてきた。

事件から半年後に当主の文右衛門が急死したことで当時の本家自体は途絶えたため、屋敷の主人役は、祭りのたびに分家の中から選ばれることになった。

一方、四人の家族役は、街にたむろする生活困窮者の中から選ばれることとなった。

四回の儀式は、神隠しが起こった日にちに合わせ、一日目、三日目、五日目、七日目におこなわれる。

主人役は、四回の儀式のうち一つが終わるごとに、生贄である四人の家族役を一人ずつ殺さなければならない。

死体は、祭りが終わるまで蔵の奥の部屋にある甕の中で塩漬けにしておき、祭りが終わった四十九日後に『神への供物』として、分家の者たちの協力で村外れの沼に沈められる。


 俄かには信じ難い内容だった。

 心臓が不規則に拍動を速め、息が苦しくなった。

 雅代と幸作、いや家族役の僕たち四人は、単なる祭りの参加者ではなく、やはり殺される段取りになっていたのだ。

 生贄として……。

 しかも、祭りを主宰する当主であるはずの功は、本当は当主などではなく、あくまで分家の中から選ばれた当主役に過ぎなかった。

 そして、預言ともいえる内容を口にしたのは、佐世という老婆……。

 この二十一世紀、令和の世に、こんな悍ましい儀式があっていいのだろうか。

 この文章を読んだ奥平もきっと、今も同じ形で祭りがおこなわれているということを、信じたくなかったに違いない。だからこそ、庭で僕と別れるとき、生贄について「今の時点では確証があるわけではない」と言ったのだろう。

 だが、祭りは確かに、この古文書の通りに執りおこなわれていた。

 カーソルを操作する指先は、恐怖とも怒りともつかない気持ちを抑えることができず、震えた。

 芽依も、同じ思いだったのだろう。両手を口に当てたまま、目を見開いていた。芽依の瞳の中に、冷酷な内容が書かれた文書が映り込んでいた。

 そのとき、冷静なもう一人の僕が、頭の中でふと囁いた。

 ――奥平はなぜ、こんな古文書の写真を持っていたんだ?

 そんな疑問をもちながら、僕は「2」と書かれた次のフォルダを開く。

 画面を覗く芽依の顔が、僕の顔に一段と近づいた。芽依の心臓の鼓動が、僕と芽依を隔てる僅かな空気の層を通じて、僕の心を刺激した。

 フォルダには、いくつかの文書ファイルが入っていた。

 そのうち、もっとも左側にある「経緯・次第」と書かれたファイルを開いてみた。

 文書ソフトが立ち上がり、恐らく奥平自身が書いたのだろう文書が表示された。

 そこに書かれた文章の中身も、先ほどの古文書と同様に、驚くべきものだった。

 かいつまんで説明すると、次のような内容になる。


奥平は、三十年前の祭りで行方不明になった少女の弟だった。

フリージャーナリストとなり、仕事と並行して十数年もの間、姉の足取りを調べ続けた結果、久比沼家に向かったまま行方不明になった事実が判明した。

久比沼家について調べていると、知り合いである神田神保町の古書店主から、明治時代に久比沼家の有力者であった喜左衛門の日記を入手することができた。


 文章の内容から考えるに、写真に写っていた古文書は、何者かの手で久比沼家から持ち出されたのだろう。そして、紆余曲折を経たのち、神田神保町の古書店から奥平の手に渡ったのだ。

 文書を手に入れた奥平は、久比沼家の祭りの隠された秘密を明らかにし、姉の死の真相を世間に知らしめようとする考えを、一層強めたに違いない。そのために、危険を顧みずにこの屋敷に潜入し、不幸にも功たちの手で命を落としてしまったのだ。

 僕は、手の震えを抑えながら、画面をスクロールする。

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