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贄の里  作者: 児島らせつ
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第七章②

 僕たちは目で互いに合図をすると、階段に足を踏み出した。まず僕が、つづいて芽依が、懐中電灯の光を頼りに、階段を降りる。

 階段を二十段ほど降りると、明らかに空気の淀み方が変化した。懐中電灯の光を、足元から前に移動させる。どうやら、広い空間に出たようだった。

 懐中電灯で上下左右を照らしてみる。空間の広さは、二十畳ほどはありそうだった。

 正面の壁を見る。来訪神の装束が一人分、吊り下げられていた。今日の昼間におこなわれたひるがれいの儀にいなかった、来訪神の一人の衣装に違いなかった。

 僕は、来訪神の右側に視線を移す。

 右の壁際には、巨大な甕が四個、置かれていた。そのうちの二個は蓋のない空の甕だったが、残りの二個には頑丈そうな木の蓋が載せられていた。

 不吉な予感が、胸に込み上げてきた。

 芽依の両手が、僕の上着の背中を強く掴んだ。僕は、額に流れる汗を右手で拭くと、右側の甕の蓋を両手で恐る恐る持ち上げた。

 懐中電灯で、甕の中に光を当てる。砂のような物質が、光を反射して白くキラキラと光っていた。

 小さく深呼吸をし、砂のような物質を右手ですくう。きめ細かな結晶が、指の間からさらさらと零れ落ちた。どうやら、塩の結晶のようだった。

 と、僕がすくった場所から数十センチほど奥に、何かが見えた。光を受けて怪しげに光る塩の表面から、青白く、細長い何かが覗いていた。

 僕は懐中電灯の光を向ける。

 人間の右手だった。

 中年男性のものらしい、ごつごつとした右手……。五本の指先は、何かを訴えかけようとするように、空に向かっていびつに曲がっていた。

 横で芽依が、「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。

 芽依が縋りつくのも構わず、僕はもう一つの甕の蓋も持ち上げた。容器を満たした白い塩の結晶の間から、女性のものらしい指先が突き出していた。

 僕は、生命活動の痕跡を失った白い指先を見つめながら、一人呟く。

「このままじゃ、きっと僕たちも……」

 そのとき、ゴトンと音が室内に響いた。

 静寂に包まれた室内に突然響いた物音に、全身が粟立ち、心臓が一瞬、鼓動を忘れた。金縛りに遭ったかのように硬直する首を無理矢理、音のした方向に捻じ曲げる。

 壁に吊り下げられていた来訪神の巨大な仮面が、ごろりと床に転がっていた。

 恐らく、僕たちが部屋に入ってきたときの振動で壁の吊り具への引っかかりが甘くなり、落ちたのだろう。僕は、仮面に焦点を合わせていた視線を、かろうじて壁に吊り下がっている藁の衣装に移動させる。

 そして、息を飲んだ。

 衣装の上部、仮面が外れた部分から、生気をなくした人間の顔が覗いていた。

 奥平正彦だった。

 奥平は、来訪神の装束に身を包んだまま、部屋の壁につり下げられ、息絶えていた。

「見るんじゃない!」

 僕は芽依の腕を掴んで引き寄せると、両手できつく抱き締めた。

 抱き締めながら、すべてを理解した。

 外部からやってきた奥平は、祭りの前提を根本から覆し、場合によっては祭りそのものを失敗に終わらせかねない、想定外の危険な来訪者だった。そこで、誰かが奥平の命を奪い、来訪神の一人に祭り上げることで、彼を強引に祭りの参加者に組み込んだのだ。

 その誰かとは……。

 当主である功、そして彼を支える一族の者たちに違いなかった。

 僕の脳裏に、昨日の夜のできごとが鮮明に蘇った。

 昨夜、奥平は僕を呼び出したまま、行方不明になった。あのとき、彼は功たちに捕らえられ、殺害されたのだ。

「僕が、話の途中で逃げることを提案していれば……」

 奥平は彼らに見つかる前にその場を離れ、死ななくてもすんだかもしれない。僕自身にも責任があるような気持ちになり、僕は唇を噛んだ。

 僕の腕の中にいる芽依が、「あなたのせいじゃない」と呟くのが聞こえた。

 心の傷を癒された気がした僕は、芽依の顔に感謝の視線を送る。

 と、芽依の顔の向こう側に横たわる、変わり果てた姿の奥平の足元付近、床板の僅かな隙間で、何かが白く光った。

 僕は近づき、隙間に指を差し込んで拾い上げる。

 MiniSDカードだった。

「誰のかな?」

 震える声で、芽衣が至極当然の疑問を口にする。

「状況から考えると、恐らく奥平さんのだろう」

 細かい状況は分からないが、相手と揉み合っている間に奥平の荷物、あるいはポケットから零れ落ちたのかもしれない。

 僕は、怯えながらも興味を示す芽依の顔と、拾い上げたSDカードを交互に見る。

「このSDカードの中に、奥平さんがこうなってしまった理由が隠されているかもしれない。中身を見てみよう」

「どうやって?」

 芽依が、僕の顔を不思議そうに覗き込む。

「部屋にダブレットがあるから、取ってくる。君は、上の蔵の中で待ってて」

 三人分もの遺体がある場所に隣接する部屋で、芽衣を一人にするのは抵抗があった。しかし、部屋とこの場所を往復する行為は、危険があまりに大きい。

 対して、一人なら僕が相手に見つかったとしても、芽依の無事は保証される。

「怖いけど、我慢して。そして……。僕にもしものことがあったら、僕に構わずここから逃げるんだ。いいね」

 僕の表情に強い覚悟を読み取ったのだろうか。芽依は黒い瞳を僕の目に向けながら、深く頷いた。

「わかった。気をつけてね」

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