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贄の里  作者: 児島らせつ
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第七章①

第七章


 僕たちは、玄関に置いてあった靴を手に取ると、縁側を進み、無人である離れの近くの窓を開けて外に出た。先日、石灯籠の陰に隠れていた奥平のもとに向かうときに使った窓だ。屋敷で数日間過ごすなかで、この場所がもっとも人目につきにくいことが分かっていた。

 庭に出ると、木や庭石に隠れながら、暗闇に紛れて屋敷の前を横切る。玄関横の客間を回り込んで屋敷の東側に行くと、奥に一際大きな建物が姿を現した。

 真っ暗な森をバックに、純白のなまこ壁が青白い光を放っているかのように、ぼうっと浮かび上がっている。屋敷と同じく、このような山の中にはおよそ不釣り合いなほどに壮麗な蔵だった。

 僕と芽依は蔵の前に辿り着くと、入口のようすを確認した。観音開きの重そうな扉が、僕たちのいる屋外と蔵の内部をしっかりと隔てている。その重厚さには、侵入する者を断固として拒否する、強い意志が感じられた。

 扉の中央には、幅が十センチはあろうかという、年代物の大きな南京錠かぶら下がっていた。その迫力に飲まれた僕は、思わず絶望的な気持ちになった。

 ――入るのは、無理だ。

 思わず夜空を見上げたとき、南京錠を覗き込むように身を屈めていた芽依が、驚いたようすで囁いた。

「この鍵、開いてるかも」

 僕は、信じられない気持ちで、芽依に倣って南京錠を覗き込んだ。

 昔の南京錠は、横から差し込んだ閂を抜くことで解錠するしくみになっている。普段は閂の下部に取りつけられた板ばねが広がっており、錠前の内部に引っかかるため、閂を引き出すことができない。ところが、鍵穴に入れた鍵を回転させると、広がっていた板ばねが閉じ、錠前本体に引っかからなくなるために、閂を引き出して解錠することができる。

 蔵の入口にぶら下がっている南京錠をよく観察すると、閂の部分が本体から少々はみ出していた。僕は半信半疑のまま、閂を右手で持つとゆっくりと横に引いてみる。途中、少しだけ引っかかった感触があったが、閂は意外なほど簡単に抜けた。どうやら、長い年月の間に板ばねが弱くなっていたうえ、板ばねの先端部分が擦り減って、引っかかりが弱くなっていたようだった。

 予想もしなかった展開に驚いた僕は、興奮のあまり、思わず芽依の顔を見た。

「驚いたな。それにしても、よく気がついたね」

「横棒……、閂っていうのかな。その部分が、ちゃんと中に収まってなくて、飛び出してるように見えたから」

 意外ともいえる、芽依の観察眼の鋭さに感心した。きっと彼女は、頼りなさそうな外見とは裏腹に、とても聡明な頭脳を持っているのだろう。

「ファインプレーだよ」

 つい口を突いて出た僕の言葉に、芽依の表情がぱっと明るくなった気がした。初めて見る、芽依の笑顔だった。

「じゃあ、開けるよ」

 僕は取っ手に手をかけると、力一杯引いた。

 重かった。

 重さに負けずに引き続けると、扉はゆっくりと、しかし驚くほどスムーズに開いた。

 人一人がやっと通り抜けられるくらいまで扉を開けると、僕と芽依はその隙間に体を滑り込ませるようにして、中へと入った。

 黴臭い匂いが、僕たちに向かって一気に押し寄せてきた。

 匂いを我慢しながら、目を凝らす。一面が、漆黒の闇に包まれていた。

 考えてみれば、蔵という建物は耐火性を考慮しているために厚い壁で外部と隔てられ、窓も非常に小さい。暗いのは当然だった。

 僕は、暗さを考慮していなかった自分の浅はかさを呪いたくなった。

 と、奥の壁の一部が、明るい光によって丸く照らされた。

 誰かに見つかったのかと考えた僕は、一瞬身構えた。しかし、光は蔵の外からではなく、僕の後ろ側から照らされてる。僕はまさかと思いながら、ゆっくりと芽依を振り向いた。

 案の定、芽依の右手には、小ぶりな懐中電灯がしっかりと握られていた。

「蔵に入るなら、いるかなと思って。玄関から靴を持ち出すときに、隅に置いてあったのを見つけて、持ってきちゃった」

 芽依は、悪戯っ子のように肩を竦めた。

「そうだ」

 芽依は思い出したように、スカートのポケットに左手を差し入れる。ポケットから出した左手には、もう一本の懐中電灯がしっかりと握られていた。

 僕たちは、窓の外から光が漏れないよう、細心の注意を払いながら懐中電灯を照らし、蔵の中を歩いた。

 しかし、置かれているのは古い農機具や冠婚葬祭のときに使うと思われる食器類、巻物などばかりで、遺体は見つからなかった。

「やっぱり、僕らの考えすぎだったのかな」

 壁に当たって反射した光にぼんやりと照らされている芽依を見る。芽依は、納得していないようすだった。

 いたたまれなくなった僕は、芽依から視線を逸らすと、懐中電灯を蔵の奥にある壁の右隅に向けた。

 丸く照らし出された白い壁をぼんやりと眺めていると、小さな違和感を感じた。僕は、違和感の正体を確かめるため、壁に近づく。

 平らな壁に、高さ一メートル、幅七十センチほとの四角い溝があった。注意してみないと気がつかないほどの、僅かな溝だった。右側に目をやると、小さな取っ手のような突起物も見える。

 僕は芽依を呼び、彼女が近づいてきた事実を確認すると、取っ手に手をかける。ゆっくり引っ張ると、溝に囲まれた四角い壁が動き、裏側に空間が現れた。

 いわゆる、隠し部屋だった。

 懐中電灯で照らしながら覗き込む。急な階段が下へと続いていた。

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