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贄の里  作者: 児島らせつ
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第六章①

第六章


 翌朝。

 今度は幸作が姿を消した。

 雅代のときと、まったく同じパターンだった。ある意味では、予想通りの展開と言えた。

 僕や頼子は、幸作が消えた事実を、やはり雅代のときと同じように、座敷で功から聞かされた。

 僕たちと相対する形で、功は雅代のときとほぼ同じ言葉を口にした。

「幸作は、いよいよ御神様をお迎えするため、今は別の場所に移り、次の儀式に備えておる。余計なことは考えず、祭りをつづけるように」

 功の前に座る出席者たちは皆、一様に俯き、自分の前の畳の一点を見つめるような姿勢で、功の話を聞いていた。驚きを示す息遣いもなければ、詳細を問い質す質問もない。

 誰もが感情の変化を放棄してしまったような、不思議な雰囲気の中、功の話は続いた。

 僕は功の話を聞き流しながら、頭の中で昨夜の奥平の言葉を繰り返していた。

 来訪神が幸福をもたらす祭り。その実体は神に生贄を捧げる祭り……。

 祭りに対する嫌悪感は、昨夜よりも強くなっていた。

 しかし、大金を手にするためには、我慢も必要だ。祭りが終わるまで、心を無にして耐えるしかない。

 ――それが最善の方法だ。

 何気なく、隣を見る。

 頼子は、僕の隣で表情をこわばらせながら、功の話を聞いていた。


          *


 その日の午後。

 三回目のひるがれいの儀がはじまった。

 内容は一回目、そして二回目のときと何ら変わりはない。

 さすがに三回目ともなれば、式の次第はほぼ頭に入っている。僕は、過不足なく家族を演じながら、淡々と儀式をこなす。

 ただ、二人が減り、食事をする人物が三人になった座敷は、妙にだだっ広く感じられた。僕は、席が以前よりも遠くなった頼子の横顔を眺めながら、白いご飯を口に運んだ。

 頼子の向こうには、奇妙な降りつけで舞い踊る来訪神の姿が見え隠れしていた。

 僕は、そのとき、小さな違和感に気づいた。

 前回までは二人だった来訪神が、一人になっていた。

 神の人数が減るなどという話は、聞いていなかった。これも、マニュアルへの記載ミスなのだろうか。

 もやもやとした感情を胸の奥に感じながら、それでも僕は儀式を無難に乗り切った。

 儀式が終わったとき、僕は功に声をかけようとした。来訪神が減った理由を尋ねようと思ったからだ。

 こちらが質問しようとしていることを知ってか知らずか、功は僅かな隙さえ見せず、部屋を足早にあとにする。僕は、慌てて功のあとを追いかけた。

 しかし、功に続いて部屋を出たときには、すでに功の姿は見えなくなっていた。

 代わりに、仄暗い廊下の片隅に、佐世が立っていた。

 遠く玄関から差し込む微かな光に溶け込んでしまいそうなほどに、ぼんやりとした姿。しかし、その姿とは裏腹に、ここから先には行かせまいとする強い意志を感じさせる空気を全身に宿らせていた。

「功様は、今から祭りのつつがない進行を祈願する行事に向かわれます。夜まで戻られませんので、お話があれば私が承ります」

 来訪神が減った理由など、佐世に聞くべき疑問ではない。僕は、佐世の雰囲気に戸惑いながら、小さく口を開いた。

「いえ、別に大した話じゃないから……。また、あらためてでいいよ」

 部屋に戻ろうと、おもむろに踵を返した瞬間だった。佐世の口から、小さくも強い言葉が漏れた。

「神は、決して減ってはおられません」

 僕は、思わず振り返った。

 ――この女は、何を言っているんだ?

 頭の中に浮かんだだけの僕の疑問を見透かされていたのだろうか。いや、そんなことはあり得ない。

 体が緊張のあまりこわばり、額に冷たい汗がにじんだ。

 佐世は、僕の困惑と動揺に気づいているかのように、再び口を開いた。

「神は、今も然るべき場所に、いらっしゃいます」

 そう言い残した佐世は、灰色の幕に覆われた廊下の奥に音もなく消えていった。僕は、佐世が姿を消した座敷の入口に一人佇み、しばらくの間、ただ廊下の奥を見つめていた。佐世の残した言葉が、いつまでも廊下の奥に木霊している気がした。

 そのとき、座敷の中から声が聞こえた。振り向くと、後片づけを終えたのだろうか、来訪神を演じた若者や音楽を奏でていた数人の男たちが、ぼそぼそと話をしながら僕の傍らを通り過ぎていった。僕に視線を止める者はいない。

 彼らの後ろ姿を眺めながら、僕は先ほどの佐世の言葉を心の中で反芻した。

 ――神は、決して減ってはおられません。

 そうだ。別に佐世が僕の心の中を読んだわけではない。きっと、神が減った理由を無意識のうちに言葉にして、佐世に尋ねていたに違いない。

 僕が、そう結論づけて部屋に戻ろうと足を踏み出したときだった。座敷の襖の陰に、もう一人の気配を感じた。

 頼子だった。

 頼子は、立ち竦む僕を、早足で追い越す。僕たちの体がもっとも接近した瞬間、頼子は淡い桜色の唇を僕の耳元に近づけ、柔らかく息を吐いた。息に混じって、微かな囁きが聞こえた。

「今晩二十四時頃、私の部屋に来てほしいの」

 彼女は、確かにそう言った。

 突然のできごとに驚いた僕は、どのような言葉を返すべきか迷い、混乱した。

 ――なぜ?

 小さな期待が、僕の胸をよぎった。僕の妄想を予想していたのか、頼子はすぐにつけ加えた。

「お父さんとお母さんのことについて、相談したいの」

 僕は一瞬、落胆した。しかし、すぐに現実的な方向に頭を切り替えた。

 二十四時と言えば、部屋から出てはいけない時間帯だ。見つかれば、契約不履行でアルバイトが打ち切りになる可能性もある。昨日、庭で懐中電灯の光に危うく照らされそうになったときの恐怖感を思い出した。

 しかし、同時にこうも考えた。

 ――僕が、自発的に禁止事項に抵触する行為をおこなおうとしているわけではない。これはあくまで家族の側からの提案だ。

 僕は、正面から頼子の瞳を見つめた。頼子の黒い瞳の中に、正体不明の不安と恐怖に近い感情が渦巻いている気がした。その表情は、とても深刻そうだった。

 僕は、頼子に対して小さく頷き、承諾の意を示した。

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