妹に婚約者を奪われ、謀殺され掛けた「病弱令嬢」その辺に生えてたおハーブを口にして最強になりますわ~~圧倒的な武力とツイン○スターライフルを手にした「殲滅令嬢」は覇道を往く
「綺麗な石……こんな可愛らしいもの初めて見ましたわ」
そこは風光明媚なエルバース王国の東部にある、ヴァレリア公爵領である。
公爵家の長女メアリーは、今日も日課の散歩をしていた。
メアリーは生まれつき身体の弱い少女だった。
何をするにも全身に倦怠感が付きまとい身体を動かすのも一苦労、ひとたび風邪を引こうものなら、命の危険を心配せねばならないほどだ。
そのため、少しでも健康な身体を築こうと医者から勧められ、屋敷から少し離れたところにある湖を訪れるのが毎日のサイクルになっていた。
そんな湖の畔にはガラス細工の破片や珍しい石といった、ガラクタが転がっていることがある。
他人から見れば不要なそれも、メアリーにとっては収集欲を満たす宝物であった。
今日も、何か珍しい物が無いかとメアリーは湖を見て回る。
貴族の子女としてはあまり良い趣味とは言えないが、それでも家で肩身の狭い思いをするメアリーにとっては、心安らげる時間であった。
「うぅっ……」
しかし、そんなかけがえのない時間のはずなのに、メアリーは惨めな気分になり涙をこぼした。
――お姉様、こんな泥臭いガラクタを集めて。まるで、犬畜生のようですね。だから、婚約者にも見捨てられるのですわ。
妹のセーラに言われた言葉が頭の中で反芻される。
顔色が悪く、髪は地味な栗色で、骨張った不健康な身体をしたメアリーに対して、セーラは女性の魅力をこれでもかと詰め込んだような美しい女性であった。
透き通るような白い肌、髪はさらさらとした金色で、ほどよく肉が付いていて適度に引き締まった魅力的な身体。
おまけに魔法の才能に恵まれ、この世界では希少な光魔法を操る。
その類い希なる癒やしの力から、セーラは聖女の称号まで得ていた。
そんなセーラを、メアリーは羨ましく思っていた。
彼女の様な健康な身体であれば、どれほど良かったかと。彼女の様になりたいと。
しかし、そんなメアリーを、セーラは毛嫌いしていた。
メアリーの義母、セーラの母は、メアリーをあばずれの娘と呼び。
長女という理由だけで、第二王子のアーサーと婚約したメアリーを心から見下していた。
そんな態度はセーラにも伝播し、父も後添いの肩ばかり持つので、メアリーは家に居場所がなかった。
――大丈夫。みんなが悪く言おうと、僕はメアリーの味方だ。僕は君だけを一生大切にして愛し抜くよ。
そんなメアリーの唯一の味方は、婚約者のアーサーだけだった。
不健康な身体で婚約者の地位に収まるメアリーをやっかむ声は数多くあったが、アーサーはその度にメアリーをかばった。
彼の存在もまた、メアリーの癒やしであった。
しかし、そんな日々は長く続かなかった。
――お姉様。相談があるので、今晩、私の私室にいらしてください。
めずらしいセーラの頼み事に、嬉しくなったメアリーは、言われたとおりにセーラの部屋へと向かった。
しかし、そこで見たのは……
――ああ、セーラ。どうして、君はそんなに美しいんだ。あぁ……
――ふふ。お姉様という婚約者がありながら、こんなことをしてよろしいのですか?
――あんな骨張った女、どうだって良いさ。あんなのを抱かなきゃいけないかと思うと、怖気がするよ。
そこに居たのは、一糸まとわぬ姿でうっとりとした矯正をあげるセーラと、情けなく腰を振るアーサーの姿であった。
既に、いや最初からアーサーの心はメアリーになどなかった。
セーラは己の持つ魅力を惜しげもなく武器にして、アーサーの身も心も虜にした。
そして、その姿をわざとメアリーに見せたのだ。
既にアーサーはあなたの婚約者ではないと言わんばかりに。
「……アー、サー……さま……信じてたのに……」
まんまと婚約を破棄されたメアリーは毎日湖を訪れてはこうして泣きはらした。
メアリーの日課が一つ増えた瞬間であった。
そしてその日も、メアリーは湖を散策していた。すると……
――ガタッ。
木材が打ち付けられるような音が響いた。
その日メアリーが見付けたのは「宝物」だけでは無かった。
「え……? ど、どうしてこんな……」
湖上をゆらゆらとボートが漂っていた。
誰かが乗っているのだろうか。それを確かめようとしたところ、ボートに血まみれの男性が乗っているのを見付けた。
「と、とにかく、手当を……!!」
非力なメアリーだが、湖岸近くを漂うボートを何とか岸まで引き寄せ、男性を引き揚げた。
自分のことで頭がいっぱいだったが、それでも放っておく訳にはいかなかった。
男性は全身をずたずたに引き裂かれていて、既に事切れる寸前であった。
しかし、メアリーは諦めずに止血を試みる。その時……
「ごほっ、ごほっ……ご、がばっ……」
メアリーは勢いよく吐血した。
生まれつきの体質なのか、メアリーはこうして発作を起こす。
そして、ドレスが血まみれになるほどに血を吐いてしまうのだ。
いつも、しばらくすれば止むのだが、今日に限っては最悪なタイミングであった。
「居ましたわ、アーサー。失踪届の出ていた領民ですわ」
「よく見付けてくれた。すぐに救助を……って、メアリー?」
「……セーラ? それに、アーサー様?」
そこに居たのは、妹のセーラと、元婚約者のアーサーだった。
二人は仲良く連れ立って、数人の騎士を伴っていた。
騎士達は即座に、メアリーの側にある男の身体を検めた。
「ダメです。既に事切れています」
しかし既に、男に息はなく、息絶えていた。
「どうして君がここに居る? その男をどうした!!」
アーサーは疑いの目をメアリーに向けた。
当然だ。遺体の前に血まみれで佇む者を見掛けたら、誰だって疑いの目を向ける。
「き、決まってますわ。お姉様がやったのです!! そしてその、ご遺体の血を吸って……あぁ……」
セーラがその場にへたり込んだ。
アーサーはそんなセーラを労るように身体を抱き支える。
「領民を虐待して、その血を啜っていたというのか……? なんと罪深い……」
事実無根だが、アーサーはまんまとセーラを信じた。
何せセーラは今や、愛すべき婚約者だ。元婚約者と現婚約者、どっちを信じるかなど決まっている。
「領民の血を吸う……なんて女だ……」
「血に塗れた姿がなんとおぞましい……あれでは鮮血令嬢だ……」
実際はただの吐血令嬢なのだが、騎士達も血に塗れたメアリーの不気味な姿に、恐怖していた。
「捕らえよ!! その者を生かしておく訳にはいかん!! しかるべき裁きを受けさせるのだ」
アーサーの合図で騎士達は、一斉にメアリーににじり寄った。
「ち、違います。わたくし、そんな……鮮血令嬢なんて違いますの……」
何とか誤解を解こうとするが、どう弁明したら良いのか分からず、メアリーの頭の中は真っ白になる。
そうしてる間に、騎士達は得物を構えて近付いてくる。
「弁明は法廷で聞く。残念だよ、メアリー」
「ええ……あんなに慕っておりましたのに……」
「っ……」
その時、セーラの口元が歪んだのが見えた。
その瞬間、メアリーは勢いよく駆け出した。
このまま捕まれば処刑される。咄嗟にそう悟った。
貴族には大いなる特権があるが、それでも領民虐待が許されるほど甘くはない。
身体が弱く足も遅いメアリーだが、どこにそんな力が湧いてくるのか、必死で逃げ出した。
「どうして、どうしてこんなことに……」
自らの境遇を嘆く。
貧弱な身体に生まれ、家族から疎まれ、それでも慎ましやかに生きてきたのに、どうしてこの様な冤罪で追われなくてはいけないのか、温厚なメアリーでもその理不尽が許せなかった。
だが、一つだけ明らかなことがある、メアリーは致命的に運がなかったのだ。
生まれも育ちも自分で選べるものではない。こうして、不遇な環境を生きたのはただただ、メアリーに運がなかったからと言える。
実際今も……
「あっ……」
運の悪いことに複雑に茂った木々の先は、崖であった。
咄嗟に突き出た岩を掴むが、メアリーの腕力では身体を支えられず、あっという間に地面へと落下する。
「きゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
そして、メアリーは崖下の滝壺に吸い込まれていくのであった。
*
「ぅ……あぁ……ぅぅっ……」
悪運だけは強かったのか、メアリーは即死していなかった。
湖面に叩き付けられて全身を強く打ったものの、命に別状はなかった。
しかし、むしろ即死していた方が幸せだったかも知れない。
なにせ全身に走る激痛のせいでメアリーはまともに身体を動かせなかった。
このまま放っておけば、激痛と空腹に苛まれながら死ぬか、野生の魔獣に生きたまま身体を食われるか。
どの道まともな死に方はしないだろう。
「ど……ど…して、こん、なこ…に……」
激痛に苦しみながら湖岸にしがみつく。
もはや這いずり出る力すら無く、自分の身に降りかかった理不尽への疑問が頭の中を覆った。
「ぅ……ぁ……がぁっ」
それでもメアリーは岸から這い出ようとした。
生まれつき身体が弱く、全てにおいて優れた妹に婚約者を取られる。親からの愛情も受けられなかったが、それでも死にたいという想いよりも、生きたいという気持ちが勝った。
「はぁ……はぁ……なんとか……出られ、た……」
メアリーはついに湖から抜け出る。
激痛で身体は痛み、その身体は冷水に曝されて、完全に冷え切っていた。
「ぁ……」
やがて、力を使い果たしたメアリーは気を失うのであった。
*
そして、しばらくして、メアリーは目を覚ました。
「ここは……?」
ゆっくりと記憶を呼び起こす。
あれから、どれくらいの時が経ったのかは分からないが、身体の痛みは治まらず、事態も好転してはいなかった。
「お腹……が、空きましたわ……」
空腹が限界に達していた。
何とか岸には上がれたものの、体力が戻らなければここから屋敷には戻れそうにない。
このまま飢え死にするしかないのか。
「でも……そんなの、絶対にお断りですわ!!」
メアリーは、岸に生えていた雑草を引っ掴んだ。
「泥を啜って、雑草を食んででも生き延びてやりますわ……」
むしろ、屋敷で無為に過ごしていた頃よりも、生命力に溢れていた。
今のメアリーには何としてでも生き延びるという目標があった。
「はむっ……むっ……むっ……うぅ……ま、まずいですわ……」
その辺に生えている草を手当たり次第に口の中に放り込んでは咀嚼する。
毒が生えたものが混じっているかも知れない。そもそも、よく知らない雑草が身体に良いかも分からない。
それでも、メアリーは万に一つ生き延びる可能性に掛けて草を食べ続けた。
お腹を草で満たして、わずかでも栄養を摂取して、体力を取り戻す。ただそのために。
「あれ……? これは?」
かなりの量の雑草を胃に収めた頃、メアリーは金色に光り輝く何かを見付けた。
「これは……」
それは、黄金のおハーブであった。
「は、初めて見ますわ。大丈夫なのでしょうか?」
ただでさえ雑草を生で口にしている以上、得体の知れないものを口にするのはよろしくないだろう。
「大丈夫ですわね!!」
しかし、散々雑草を食べたメアリーは、既にたがが外れていた。
「もしかしたら、栄養たっぷりの雑草かも知れませんわ〜」
メアリーはためらいなくそれを口にした。
もはや、彼女には失うものなど何も無かった。
「はぁ……はぁ……何とか食べきってやりましたわ……」
途中何度も吐きそうになったが、それでも無理矢理胃の中に押し込んで、メアリーはお腹を満たした。
「身体は痛むけど、体力が戻ったらここから抜け出しましょう」
周囲は鬱蒼とした木々に囲まれ、崖を登る方法も見当たらない。
動くだけでも激痛が走る状態だが、生き残るためには食料の確保、身体の治療を果たす必要がある。
「ガァアアアアアア!!!!!!」
その時、獣の雄叫びが響き渡った。
「な、なんですの!?」
直後、地響きと同時に見上げるほどに巨大なトカゲが木々を薙ぎ倒しながらメアリーの前に現れた。
「大地竜……?」
翼を持たない竜種のことを大地竜と呼ぶ。
鋼の如き強固な肉体を持ち、大地を疾走しながら家畜を食い荒らす存在だ。
もちろん、滅多に人前に姿を現すような存在ではない。
もし、現れたら騎士団が出動して犠牲を覚悟で討伐する様な相手だ。
「本当に、わたくし運が悪いのですね」
これまではかろうじて生き延びてきたが、さすがにこれは無理だ。
森の獣相手でもどうしようもないのに、目の前に現れたのは竜である。
そんな相手に、非力な細腕でどうすれば良いというのか。
「グゥゥゥ……」
お腹を空かせているのか、大地竜はよだれを垂らしながらメアリーの元へと歩いてくる。
その大顎を開いて飛びかかれば、メアリーは抵抗できない。
「ここでおしまいですわね……」
ゆっくりと目を閉じる。
最後に思い浮かんだのは、妹のセーラと元婚約者のアーサーが交わる姿であった。
「は……?」
その時、怒りが湧いてきた。
「どうして、わたくしがこんな目に遭って、お二人は仲睦まじく暮らすのですか!?」
よくよく考えなくても理不尽だ。
自分は確かに女としての魅力には欠けていたかもしれないが、こんな惨めに命を散らすほどの悪行を重ねたわけではない。
「アーサー様が選択されたことと我慢してきましたけど……」
魅力のない自分が悪い。そう思い込もうとしたが、そもそもの原因はアーサーを籠絡したセーラにある。
第一、冤罪まで被せられて死に追いやられる義理などない。
「流石にもう我慢なりませんわぁあああああああああああ!!!!」
直後、全身からものすごい力が湧いてきた。
そして、メアリーは拳を思い切り下から突き上げると、大地竜を思い切り殴り飛ばした。
「待っていてくださいまし。セーラ、アーサー様。お二人の幸せは私が全て台無しにしてあげますわ!!」
あれほど鈍かった体の動きが、今は嘘のように軽い。
全身を襲った痛みはすっかり消え失せ、これまで感じたことのない力の奔流が体内に渦巻き始めた。
「グルルルゥ……」
思い切り殴り飛ばされた大地竜だが、まだ息があった。
鋼と言われるだけあって、単純な打撃では大きなダメージは与えられないようだ。
「一体どうすれば……」
その時、メアリーの体内を何かが駆け巡った。
「これは……魔力?」
病弱なメアリーには魔法の才能がなかった。
どんなに祈っても、魔力の奔流が感じられず、教会の検査でも魔法の才無しと判定された。
そのため、光魔法を操り怪我人を癒やすメアリーを羨ましく思っていた。
しかし、今のメアリーの体内には魔力が渦巻いていた。
それも常人とは比較にならないほどに膨大な量だ。
「でも、どうして……?」
理由はさっぱり分からない。
直前にしたことと言えば、草を食べたことぐらいだ。
「草……まさか、あの光った草が?」
心当たりと言えばそれぐらいだ。
しかし、今は理由なんてどうでも良い。
目の前の苦難を乗り越えるために、メアリーは魔力を両手に一斉に集めた。
すると、両の手に鉄製の筒――ツイン○スターライフルが生成された。
「これは……ライフル?」
狩りで使われる火薬式の武器だ。
メアリーは手にしたことはないが、父が獣を狩るのに使っていたのを目にした記憶がある。
「これがあれば……」
両手のライフルを竜に向ける。
もはや、力の無い頃のメアリーではない。
今は竜に対抗する力をその身に備えている。
「確かこの引き金を……」
使い方はなんとなく分かる。
父が使っているのを見ていたからだ。
なら、迷いは無い。このまま、ボーッとしていれば殺されるのは自分なのだから。
「うわぁあああああああ!!!!」
裂帛の気合いと共に引き金を引いた。
直後、極太の光条が解き放たれた。
それはあまりにも膨大な熱量を誇りながらまっすぐ飛んでいくと、遥か古代からこの地上を生きてきた強靱な生命体の頭部を、跡形も無く消し飛ばした。
「え…………?」
たった今起こった出来事に、メアリーは呆気にとられる。
ライフルと言えば、火薬の力で金属の弾を射出する武器だ。
しかし、メアリーが持つ手から放たれたのは、予想を遥かに超える出力を誇る熱線であった。
「これが……私の力……?」
自分の身体のどこに、この様な力があったのか。
ただただ呆然となるメアリーだが、やがて茂みから物音が響いてきた。
「グルゥ……」
茂みの奥から現れたのは、数体の獣であった。
どうやら、大地竜の出現で獲物を横取りされ、腹を空かせているようだ。
「大地竜の死骸を狙っているのですわね……」
メアリーは両の手のライフルを構える。
その瞳は狩人のそれであった。
「これは、わたくしが仕留めた獣。わたくしが生き延びるための食料ですわ!! 決して、あなた方に渡しはしませんわ!!」
メアリーは仕留めた竜を食らうつもりであった。
なにせ、竜の肉は極上の肉だと言われている。その味は想像を絶する美味で、ひとたび口にすれば、全身に力が漲るほどだ。
生き延びるために、獣に渡すわけにはいかない。メアリーはライフル両手に獣の方へと突撃した。
直後、森に轟音が響くと同時に、獰猛な獣たちは跡形も無く消え去った。
気弱な病弱令嬢は、この日を境に姿を消した。
そして、二挺のライフルを振り回す殲滅令嬢がこの世界に生まれたのだ。
*
その後、メアリーは傭兵として戦場を駆け抜けた。
火器を生み出すという、一風変わった魔法を操るメアリーであるが、その戦闘力は常軌を逸していた。
「汚物は消毒ですわ~~!! 悪党共に慈悲はありませんわ~~~!!! 老人は大切にですわ~~~~!!!!」
山賊や海賊と言った庶民を脅かす悪漢達を跡形も無く消し飛ばす、凄腕の傭兵の噂はあっという間に広まった。
そんな彼女を「殲滅令嬢」だとか「血染めのメアリー」などと揶揄する者もいたが、義があればどんな低額な報酬でも依頼を引き受ける彼女は、民達から歓迎され、賞賛されていた。
そして、「殲滅令嬢」の噂が広まり始めてから一年後――
「これより、第二王子アーサー殿下とヴァレリア家公女セーラの婚姻の儀を執り行う」
その日は、アーサーとセーラの二人が結ばれる記念すべき日であった。
場所は王都の近郊、白鷺の塔と呼ばれる立派な城の中庭だ。
「私、幸せですわ。こんな素敵な新居でこの様な式を挙げることが出来て」
「僕もだよ。これから僕たちはこの白鷺の塔で幸せな暮らしを送るんだ」
アーサー達は王城ではなく、血税を惜しげなく注いで築き上げた新たな城での生活を選んだ。
それは次期国王であるアーサーだからこそ為せることであった。
二人は中庭に姿を現し、国民に言葉を投げかける。
国のために尽くすだとか、二人と国の未来に乾杯だとか、そういうありふれた演説だ。
しかし、参列者の表情は暗い。
正確には、平民達の表情だ。
父王の体調不良から、アーサー達は執政を代行するようになった。
しかし、アーサーはまず最初に新居を建てるために重税を課し、大勢の平民を労働者として強制的に徴用した。
その様な経緯から、多くの民達はアーサーの即位を歓迎していなかった。
「セーラ様、何とお美しい」
「一年前、姉君を亡くされたと聞いた時は随分と心配したものだが、立ち直られて本当に良かった」
しかし、貴族達の反応は真逆だ。
なにせアーサー達は、貴族達の自治権を拡充し、彼らにとって住みよい国作りを行った。
そのおかげで、貴族達はアーサーを積極的に支持し、自治権拡充の見返りに、こぞって贈賄を行うようになった。
「ああ。セーラ様は心より、姉君を愛されていたからな」
「アーサー様も、兄君である第一王子が戦死なされてご不安だっただろうが、あの様な良妻に恵まれて実にめでたいものだ。これで我が国も安泰だろう」
周囲の貴族達が、次々にセーラを讃えた。
二人が支持される理由はその政策だけでは無い。
外聞を取り繕うセーラは、姉の葬式で盛大に泣いて見せた。
当初は、メアリーに冤罪を被せて謀殺し、後腐れなくアーサーとの婚約を果たする予定だったが、メアリーが偶然崖から落ちたために、予定を変えて悲劇の妹を演じることにしたのだ。
美しく聡明な聖女の涙は多くの貴族達の胸を打った。
そして、最愛の婚約者と最愛の姉を亡くしたアーサーとメアリーの二人を疑う者は誰一人おらず、二人は何の憂いもなく婚約を果たすこととなったのだ。
「では、お二人の誓いの口付けを」
永遠の愛を誓い、二人がそっと口付けを交わす。
「セーラ、ようやく君と結ばれることが出来た。この日をどんなに待ち望んだことか」
「ええ、これで私達の愛を阻む者は誰もいませんわ」
二人にメアリーを死なせたことへの罪悪感などなかった。
目の前に居る最愛の人と結ばれること、それに勝るものなど何も無かった。
「これから、どんな障害が来ようとも二人で力を合わせて乗り越えよう。死んだメアリーに報いるために」
――やれやれ……随分と都合の良いことをおっしゃりますね。
その時、魔力で増幅された少女の声が響いた。
「な、なんだ!?」
突然響く声に、アーサーはうろたえ始める。
すると直後、天から放たれた光の柱が、白鷺の塔の最上階を消し飛ばした。
「う、うわぁああああああああああああ!!!!!!!」
「な、何が起こっていますの!?」
突如放たれた熱線の余波で、二人は地面に倒れ込んだ。
そしてゆっくりと身体を起こすと、アーサーは酷く狼狽して見せた。
「この声は……まさか、お姉様?」
一方のセーラは、取り乱す様子は見せなかったが、内心に焦りを抱いていた。
――流石に家族の声は覚えているようですわね。
「ど、どうして……? あなたはあの日死んだはずでは?」
今になって現れた姉に疑問を抱いていると、騎士団が現れた。
騎士達は武器を構えて、二人を囲うように立ちはだかる。
そして同時に、空に美しい翼を生やした少女が現れた。
その両手には無骨なライフルが握られていた。
――ふふ。九死に一生を得たのですわ。泥を啜り、雑草を食み、こうして何とか生き延びることが出来ました。おまけに健康な身体も手に入れましたの。
「そ、そうだったのですね。お姉様が生きてくださって、私、とても嬉しいですわ」
セーラは即座にメアリーの生存を歓迎するフリをした。
何せ表向きは姉思いの良き妹だ。それに、状況から考えて、今の攻撃はメアリーが放ったものだ。
その様な相手に敵意を剥き出しにすればどんな目に遭うか分かったものではない。
「お、お姉様、その様な所にいらっしゃらないで、どうかこちらへ。お姉様も私の大切な家族ですから、席をご用意いたしますわ」
努めて冷静にセーラは対応する。
しかし、内心では非常に焦っていた。
一年前、セーラはメアリーからアーサーを奪い、でっち上げの罪で処刑しようとした。
その相手がこうして姿を現したことの意味を、セーラは薄々悟っていた。
「ふふ、セーラ。わたくしもあなたにもう一度会えてとても嬉しいですわ。何せ、ずっとこの日を待ち望んでいたのですから。そうでしょう?」
メアリーは二人ではない誰かに声を掛けた。
すると、騎士団員の一人が二人の前に進み、兜を脱いで見せた。
「な……!? ア、アルヴィス兄様!?」
真っ先に驚きの表情を見せたのはアーサーであった。
続いて、参列していた貴族達も驚きを口にし始めた。
当然だ。
それは、戦死したとされるアーサーの兄にして、この国の第一王子アルヴィスであったのだから。
「そ、そんな……アルヴィス兄様は一年前に……」
実の兄が現れたという事実に、アーサーは酷く動揺する。
それもそのはず、アルヴィスの戦死は、アーサーによって仕組まれていたものだからだ。
「そうだな。隣国ゼルギアの紛争の折、私は危うく戦死するところだった。我が軍はある侵攻作戦を実行しようとした。しかし、その計画の時刻、陣容、具体的な作戦行動は敵国に全て筒抜けであった」
それはアーサーの策略であった。
王位継承順位において、次順位に位置するアーサーでは国王になることは出来ない。
そのため、アーサーはセーラの提案で、アルヴィスを謀殺しようとした。
「だが、私はメアリーによって救われ、命を拾った。そして、誓ったのだ。この国を食い物にしようと暗躍する者達を一掃することを」
アルヴィスは一人の男を二人の前に投げ寄越した。
「そ、その者は……」
「アーサー、見覚えがあるな? 貴様の放った間者だ。こいつは貴様の命に従って、我が軍の情報を敵方に流した。これは重大な利敵行為だ。証拠も押さえてある」
「ち、違う!! それは全てそいつの独断専行で……」
「言い逃れは出来ないぞ。既に貴様とセーラ公女が、ヴァレリア領の領民を殺害し、その罪をメアリーに着せようとしたことも割れている。反論があるのなら、法廷ですることだ」
この一年の間、メアリーとアルヴィスは徹底して証拠を集めた。
仮にも相手は第二王子だ。確たる証拠がなければ、いくら力を持とうと事実を明るみには出来ない。
二人はすぐに復讐をしてやりたい気持ちを抑え、周到に準備を進め、二人の晴れの日である婚姻の儀を狙って行動を起こしたのだ。
「ば、馬鹿な……どうしてこんなことに……」
人生で最も幸せな日から一転、アーサー達はどん底に落とされた。
「ク、クソッ……全てはメアリーの仕業なのか? だが、あの崖から落ちて、生きているはずが……どうしてこうなった!!」
「だ、だから、私は崖下を捜索しようと言ったではありませんか!!」
嘆くアーサーをセーラが責めた。
「なに言ってるんだ。お前だって、どうせ死んでいるだろうから無理に探さなくても良いって言ったじゃないか!!」
「だとしても、それを説得して自らの考えを押し通すのが、男として王としての在り方ではありませんの!? これでは、何のために策を巡らしたのか分かりませんわ!!」
アーサーとセーラが醜く言い争い始める。
追い詰められた時こそ、人は本性を露わにすると言うが、所詮二人はその程度の狭量さしか持ち合わせていなかったことが露呈した。
「そうですわ。折角ですし、お二人の門出をお祝いいたしましょう」
二人の諍いをよそに、メアリーが呑気に言い放った。
「お、お祝い? お姉様一体何を――」
「もちろん。お二人が牢の中で、これまでの罪を悔い改める記念すべき日という意味です」
メアリーはそう言って妖しく瞳を光らせると、翼をはためかせて飛び上がった。
そして、両の手のライフルを真横に広げた。
「ま、待て……何をするつもりなんだ!! それは僕たちの愛の結しょ――」
「もう必要無いでしょう?」
直後、ライフルから、先ほどとは比べものにならないほどに強く目映い、エネルギーが発せられた。
メアリーは熱線を絶えず放ちながら、その身体を捻ると周囲の城壁や城、愛の結晶のことごとく薙ぎ払い、完全に破壊し尽くした。
「あ……あぁ……ぼ、僕の夢が……」
「どうしてこんな……これは夢ですわ……」
茫然自失となる二人を、騎士団が連行する。
その誰もが、メアリーとアルヴィスに忠誠を誓う者達だ。
そして、アーサー達の所業に怒り、メアリー達の計画に協力する同志でもあった。
「売国奴とあばずれめ。さっさと、歩け」
さて、二人が捕縛されたことで、メアリーの心の整理もついた。
「……降りておいでメアリー」
そんなメアリーを、アルヴィスが優しい声音で呼びよせた。
そしてメアリーがそっと地上に降りると、二人は瓦礫の山となった城の中庭で、互いを見つめ合った。
「メアリー、今の私の命があるのは君のおかげだ。敵に包囲され、信頼する部下達は私の盾となってその命を散らした。そして、完全に逃げ場を無くした私のために君は活路を開いてくれた」
それは二人の出会いの日であった。
屋敷に帰る事も出来ず、傭兵として戦う道を選んだメアリーは、戦場へと向かった。
そして、敵に包囲されるアルヴィスを見付けたのだ。
「あの日から、私は生涯を掛けて君に恩を返すと誓った。だが、私の想いはそれだけじゃ無い。どうか、愛する君と二人で、仲睦まじく暮らしたい。私と結婚してくれないか?」
そう言って指輪を差し出すアルヴィスにメアリーは頬を赤らめた。
「私のような者でも……愛してくれますか? 愛する人に裏切られるのは不安なのです」
セーラの名前を呼びながら腰を振るアーサーの姿は、メアリーの中でトラウマとなっていた。
性欲のためなら、婚約者も平気で裏切る。その様な男を目にしたことで、誰かを信じることが恐ろしかった。
「もちろんだ。君はこの世界で誰よりも美しい。その瞳も、肌も、心も。だから、私は生涯を掛けて君を愛し抜く。不安なら、契約を結んでも良い。もし、私が不貞を働いたら私は死を選ぼう」
「……いえ、契約は必要ありません。本当はとっくに気付いていました。アルヴィス様は、アーサー様とは違う。心の底から私を信頼し、愛してくれているのだと」
そう言ってセーラは左手を差し出した。
そして、美しくもゴツゴツとした男らしい両手が、そっとメアリーの左手を包んだ。
それを契機に、二人は口付けを交わす。
証人も儀式も必要ない。
互いに愛を捧げ合うという近いの口付けだ。
そこに、かつてアーサーとセーラに毛嫌いされていた病弱で骨張った少女はいなかった。
生まれた頃から憧れていた健康を手に入れたメアリーは、誰よりも強く美しくなった。
そして、奇跡的に巡り会い、惹かれ合ったメアリーとアルヴィスは永遠の愛を誓ったのだ。
*
メアリーとアルヴィスが婚姻を結んだ後、アーサーとセーラは領民虐待と国家反逆の罪で断罪された。
そして、メアリーはエルバース王国初の女王に君臨した。
空を自由に舞いながら、両手のライフルで敵対する者達を容赦なく消滅させたその姿から「殲滅令嬢」「血染めのメアリー」などと他国から恐れられたりはしたが、アルヴィスと互いに良く協力しながら良き治世を行った。
彼女の治世において、エルバース王国が過去未来に渡って最大の版図を誇ったのは、間違いなく二人とツイン○スターライフルの功績であろう。
どんなに辛い運命も、底の見えない悪意も愛とツイン○スターライフルがあれば乗り越えられる。
しかし、国民と夫であるアルヴィスが愛したのは、戦場で苛烈にツイン○スターライフルを咲かせるメアリーでは無く、民のためにその愛を惜しげも無く注ぎ、周りの者達を慈しんだ、慈愛溢れる彼女であった。
完
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