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9 閑話 騎士団長の回想

ブックマーク、ありがとうございます。

評価、ありがとうございます。

めっちゃ嬉しくて鼻血が出そうです!




 夜の森に蹄の音が響く。


 魔導士が三名、馬車に揺られ、その周りを囲むように護衛の騎士が騎馬で十六名、東の森を走る。



 私はギディオン・オルコック。

 ここアーデンマムデル王国の第五騎士団にて団長を務めている。



 私を含めた十六名もの騎士が護衛をしている理由は、本日回収予定のものが隣国に狙われ奪われる恐れがある事と、それに加えて、任務の要である魔導士が非戦闘員だからだ。


 今回の任務には、我が第五騎士団の中から多少の魔法攻撃が使える者を人選し、魔術士は同道しなかった。

 隣国には魔法を使える者が少ない。襲撃を受けても剣などの物理攻撃だろうと高を括っていたのだ。


 私は、この判断を(のち)に大いに悔やむこととなる。





 ――やけに静かだな。


 西の森などは魔獣が多く、一度(ひとたび)人が踏み入れば(たちま)ち魔獣に囲まれるのだが、此処は不気味なほど静まりかえっている。


 新月、東の森の闇は深い。


 星は数多(あまた)輝けど、大地を照らすにはあまりに遠い。

 我々は魔石ランタンの僅かな明かりを頼りに森を進む。




『新月の晩、東の森の泉に〝渡り人〟が降ってくる。その〝泥〟を拾いに行って欲しいのじゃ』


 魔法省長官 ビェルカ(おう)の言葉が、頭の隅で繰り返される。


 〝渡り人〟とは、異世界より境界を越えてくる者のことだ。


 渡り()とは言うが、それは、人間の形をしていない。

 泥玉のような様相で降ってくるという。境界を渡る際、溶けて肉塊となってしまうからだ。


『さりとて、魂だけでは界を渡れぬ』


 〝渡り人〟は魔力の存在しない世界から来る。魔力がないと言うことは魔素に耐性がないということだ。


 異世界との境界で、浴びる強い魔素に耐えられず魂は消滅してしまう。

 それを防ぐために、かつて人の身体だった肉塊が、境界の強烈な魔素から魂を守る繭となり、形を変えてこの世界に辿り着く。



『あれは稀なる泥である』


 ビェルカ長官は言う。

 若い頃、その目で見たのだと言う。


『泥玉が、光る魂を守りながら墜ちてくる。その時、境界の魔素と混じり合い強力な魔力の源となるのじゃ』


 ――さて、どこまでが真実か……。


 我々はその〝泥〟を回収し、〝魂〟を保護するために、森の奥にある泉を目指す。


 ビェルカ長官の星読みが当たれば、今夜、日付の変わる頃、(そこ)に〝渡り人〟が落下する。






「おや、騎士様方。善い夜だねぇ」


 我々が泉につくと、そこには先客がいた。

 気配に気付いた人物は、緩慢な動きで此方を仰ぎ見る。


「ご婦人、月の無い夜にこの様な場所で何をしている」

「なぁに、あたしら魔女には、新月にやることが色々とあるのさぁ」


 襤褸(ボロ)の黒ローブを纏った痩せた老婆だ。

 イッヒッヒと笑う頬には、フードの脇からこぼれた赤い巻毛が胸の辺りまで長く垂れている。

 薬草でも摘んでいたのか地面に座り込み、草が入った籠を両手で抱えている。


「婆さん、此処はこれから立ち入り禁止だ」

「ちょっと物騒なモノが降ってくる。悪いが退いてくれ」

「危ないから、早く家に帰った方がいいッスよ」


 部下達が近付くと、老婆はよっこらしょ、と老人特有の掛け声をあげて立ち上がる。

 ローブの裾は擦り切れていて、裾から覗く足は裸足だ。


「知ってるよぉ! 騎士様たちは〝渡り人〟を採取()りに来たんだろ」

「ご婦人、……何故それを?」

「あたしゃ魔女だよ。長く生きてりゃ渡り人(それ)くらい知ってるさぁ~」

「へぇー、魔女って凄いッスね!」


 ――お前はもう少し相手を警戒しろ。


 部下の軽い相槌に気が抜ける。

 他国の密偵だったらどうする気だ。

 まあ、そうは見えないが。


「〝渡り人〟なんて一生に一度見れるかどうかの珍事じゃないか。邪魔しないから見物させておくれよ。あたしゃ老い先短い哀れな老身だよ? 冥土の土産にさぁ~」


 ――どうする?


 私は後ろの魔導士らに視線を送った。

 今回我々は護衛だ。決定権は彼らにある。

 彼らは一瞬戸惑い、三人で顔を合わせ、頷いた。


「まあ、……け、見学だけなら」

「但し、動かないでくださいよ」

「〝泥〟もあげませんからね!」

「イッヒッヒ、ありがとよ。坊やたち」


 子供扱いされた魔導士らは微妙な表情になった。彼等はみな三十過ぎだが、老婆からすれば、まだまだ尻に殻のついたヒヨコに見えるのだろう。




「そろそろ来るよ!」


 魔導士が回収の準備を始め、我々が周囲の森を警戒している時だった。

 いつのまにか泉から離れて大木の裏に隠れていた老婆が、指を差しながら叫んだ。


「早く、魔法防御を掛けな!」


 見上げれば、夜空を切り裂くように光が走る。その先端が、泉を目掛けて来る。


 ――落下の際、魔法が発動するのか?


 我々は老婆の声に戸惑いながら、各々、自分に魔法攻撃回避の術を掛けた。

 その瞬間――――



 ズドンッ!



 天を仰ぎ見ていた我々に、真横から大きな衝撃が襲った。


「は、……何だ? これは……」

「クソッ、魔法攻撃……呪いか?!」

「団長! 泉! 泉からッス!」

「あんな所に、…………女?!」


 泉の上に、黒髪の女が立っている。


 腰まである長い黒髪が風に舞う。

 身に纏う白く薄い寝間着(ネグリジェ)の裾がフワリと揺れる。

 その一方で、女の立つ泉の水面は鏡面のように静かに澄みきり、小波(さざなみ)一つ起きていない。


 女は、口角をぐにゃりと不自然に吊り上げた。



 ――笑っている……のか?



「やっと来たのね! 待ちくたびれたわ!」


 見開いたその眼孔に目玉は無い。

 ただ虚ろな穴が空いている。


 長かったぁ、と呟く口の両端から顎に向かって切れ目がみえる。喋る度にその口が吊り人形のようにカパカパと不気味に開閉する。

 よく見れば、腕と脚、首にも、傷跡を縫合したにしては歪みの無さすぎる継ぎ目がある。まるで人工的に部位を()()ぎして身体を作ったような……。



 ――何だ、あれは?



「う、……〝人形(うつわ)〟が、……何故ここに?」


 魔導士の一人が上擦った声をあげる。



 〝人形(うつわ)〟とは、渡り人の魂を入れて逃がさないための捕獲器だ。


 本来、落下した〝渡り人〟を自然のままに放置すれば、肉体だった泥玉は地面に吸収され土地に恵みを与える。

 魂はこの世界で新たに生まれ変わり、生活する場や環境を祝福し加護を授けるのだという。


 だが、生まれ変わられてしまえば、その魂を持つ者を探し出し保護するのは困難だ。


 渡り人は、落ちた土地に思い入れを持たない。


 つまり、落下した国を選んで生まれ変わるとは限らない。この世界ならどこへでも、当然他国に生まれる可能性もある。

 その場合、みすみす加護が他国に渡ってしまう事になる。


 異世界の加護が自国に墜ちてきたなら、その恩恵を自国に留めたい――どの国の統治者もそう考えた。ごく自然な思考だ。

 長い年月をかけ各国で研究が行われた。


 そして、その研究はこのアーデンマムデル王国でついに成功した。


 百年も前の話だ。


 魔導士に〝人形(うつわ)〟を作らせ、そこへ魂を収める。それに〝泥〟を食べさせると、魂は人形に定着した。

 〝渡り人〟が意思を保ったまま、異世界の知識を語りだす、生き人形の完成だ。

 人形は神殿に一室を与えられ、二十二年間壊れず、未知の世界の物語を紡ぎ続けたという。



 ――ゴーレムのようなものを想像していたが、……あれが〝人形〟なのか?



 今回の渡り人を入れるための〝人形〟は、まだ魔法省の中にあるはずだ。

 入魂の儀式は此処では出来ない。だからこそ、我々が泥と魂を回収して魔法省に持ち帰る、そういう手筈だったはずだ。



 ――では、(あれ)は何だ……?



「あ、あ、…………()()()()()だ!」

「馬鹿な! 前回は百年前だぞ! 素体が形を保っていられる訳がない!」

「いや、そのあとに渡り人を回収出来なかった事件が、確か記録にあった筈だ。……一旦、魂が入った素体が!」

「五十年前の()()のやつか? でも、……そんな……。破壊廃棄されているはずだろう!」


 ――五十年前? 何の話だ?


 魔導師らはガタガタと震えだした。

 どうやら騎士団(われわれ)が知らされていない事情がありそうだ。


「あはは! やっとやっと手に入る!」


 女の高笑いが響く。

 近付く強い光に照らされ泉が反射する。

 女が両手を天に掲げると、光の落下速度が早まる。引き寄せられている、……いや、吸い込まれているかのように。


「ヤバい! 奪われるッス!」

「囲め! 攻撃!」

(オウ)!」


 泉の周囲を我々騎士で囲む。

 攻撃回避術が効いたのか、幸い我々が先刻食らった呪いはまだ発動していない。だが油断はできない。


 魔導士らを後ろに庇いながら、泉の際に立ち、それぞれの特性魔法で攻撃を発する。

 女は水面を滑るように、ふらふらと我々の攻撃を避ける。


「チッ! 全然、当たらん!」

「自分ら、魔法は魔術士ほど上手くねぇッスから、……ね!」

「かぁ~! こんなことなら、魔術士を引っ張ってくるんだったぜ!」

「た、た、魂だけでも死守してくださいっ! 絶対に奪われないでくださいぃぃぃ!」


「うっさいわね! 邪魔しないで!!」


 女は両手の平を此方に向け、攻撃を放つ。

 四方に術が飛び、泉を囲む我々を襲う。


「精霊よ聞け! 我は正しき愛し子の器なり。ひれ伏し我が声に従え! 水の者を蛙に、火の者を駱駝に、土の者を猿に、風の者を犬に変えよ!」


「ぐッ……!」


 我々に女の攻撃があたるのと、渡り人の光が泉に墜ちるのは同時だった。


 衝撃に体が地面に叩きつけられる。崩れた体勢を立て直そうとして、違和感に気付く。


 ――何が起こった?


 反射的に閉じていた目を、再び開いた我々が見たのは、泉の上で対峙する二人。

 黒髪の女と、老婆の姿だった。


「邪魔すんな、ババア」

「邪魔なんか、しやしないよ」


 ドボンッ!


 女の目の前で老婆は、光る〝渡り人〟を掴み、泉に叩き落とした。

 イッヒッヒ、と笑いながら。


「は? ……なッ、何すんのよッ!」


 一拍遅れて、絶叫した女が光を追って泉に飛び込む。


 ドブン!


 女が泉に沈み込み姿が見えなくなった頃、呆然とそれを見ていた我々を振り返り、老婆は両手を掬うように上げて見せて、ニヤリと笑った。


 掲げるその手中には、仄かに光る泥の塊が納まっていた。





「アレも、騙されたことに気付いてじきに戻って来るよ。あんた達は早く逃げな。アレは成り損ないだけど、随分と()()()()()みたいだ。妙に力があるから厄介だね」


 水面をヒタヒタと歩いて此方へ来た老婆は、魔導士の持つ特殊な革袋に泥を詰めながら言った。


「どっちにしろ、騎士様方は、その姿じゃアレと戦えないだろうしねぇ。イッヒッヒ」

「ワフワフ、ワウン!」

「クゥゥゥゥン」

「グルルルル……!」

「うんうん、わかったよ。だけど、あんた達、……どうしてロバと狼になっちまったんだい?」

「……ヴフェィン」


 ――それは此方が聞きたい。


 私は鼻を鳴らした。


 部下達は魔法属性に関係無く狼になり、火魔法の特性が強い私は何故かロバになっていた。……いや、本当に何故だ。

 蛙や猿や犬、そして駱駝ではなかっただけ幸いと言うべきだろうか。


 ちなみに後ろに庇った魔導士三人は無事だった。

 彼らはしきりに「解呪も出来なくてすみません」と頭を下げて謝っていたが、彼らは技術職であり非戦闘員だ。

 そういったことは期待していないし、護衛対象に助力を求めるのは間違っている。

 気にしないで欲しい。


 そもそも、こういった状況も鑑みて魔術士を連れてくるべきだったのだ。

 脳筋な隣国以外の襲撃を考慮しなかった、私の見通しが甘かったと言わざるを得ない。


 完全なる私の判断ミスだ。

 団長として自分が情けない。


 狼になってしまった部下達にも申し訳ない…………そう思ったが、連中は泉の周りをグルグル楽しげに走り始めていた。



 ――お前たち、緊張感が無さすぎないか?


 反省会は全員で行うと、心に決めた。




 老婆が「まあ、一時しのぎだけどね」と前置きして、解呪の魔法をかけてくれた。

 一時的でも有り難い。獣の姿で報告は出来ないのだ。

 我々は人間の姿に戻った。



「ああ、……渡り人の魂は、もうだいぶ弱っちまってるねぇ」


 泥を入れた袋に魔導士が封印を施す隣で、老婆が手の平の魂を覗きこみながら呟いた。


「このままじゃ魔法省に着くまで、もたないかも知れないよ。……あんた達、〝人形(うつわ)〟は持って来なかったのかい? 何かに入れなきゃ消えちまう」

「長官が、隣国に奪われることを懸念なされまして……」

「五十年前の事故(やつ)かい?」

「……はい」


 五十年前、この国に渡り人が降ってきた。


 これは公にされなかった情報だ。

 我々騎士は聞いたことがなかったし、魔導士らも魔導士団の記録ではじめて知ったらしい。


 勿論、当時の我が国は百年前同様『生き人形』にすべく、渡り人の回収に動いた。


 だが、そこへ隣国の斥候が襲撃してきた。


 渡り人の落下に気付いた連中は、我が国の魔導士の技術で〝生き人形〟にされた完成品(わたりびと)を奪い去ろうと考えたようだ。

 人形(うつわ)に魂入れを終え、定着化の儀式の最中のことだった。


 隣国の斥候は倒したが、激しい揉み合いの際に人形(うつわ)に傷がついた。

 その傷穴から渡り人の魂が抜け出てしまう。

 魂はそのまま消滅した。


 記録には、人形のその後は記されていないが、魂の抜けた人形は再利用できないのだから廃棄されたのだろう。

 研究でも傷のついた人形は、誤作動を防ぐために破壊して廃棄するのが鉄則だという。

 泥は研究材料として魔法省に持ち帰られ、現在も研究室に保管されている、……との事だ。


 若き日のビェルカ長官は、その場に居合わせたのだろうか。

 五十年前のように隣国に襲撃され、強奪されることを恐れて、魔法省で入魂の儀式を行う事にしたようだ。それが裏目に出た。


「な、何とかなりませんか……?」


 魔導士が涙目で老婆に訊ねる。

 藁にもすがりたい気持ちは分かるが、部外者に相談するのは如何なものか。


「なるよ」


 老婆が軽い調子で答える。


「ほ、本当ですか?!」

「入れたら取り出せなくなるけどねぇ」

「構いません!」

「ふうん? じゃあ誰にするか決めな」


「「「えっ……?」」」


 魔導士らは固まる。

 彼らの青ざめた顔を見るに、受け入れた人間は危険なのだろう。己の自我が消え、渡り人に乗っ取られるような状態になるのかもしれない。


 人形が無いなら、人間そのものを器にするということか。

 ならば――――


「私に入れるといい」


 それなりに鍛えた騎士の体ならばどうだと、老婆の前に進み出ようとしたところで部下達に後ろから羽交い締めにされる。


「団長! 何言ってんッスか! 駄目に決まってるでしょーが!」

「困ります! 怒られます!」

「却下です!」


 部下達の後ろに、眼鏡を押さえて怒る副団長の幻が見える。


 ――そうか、お前達……。


 サティアスがそんなに怖いのか。

 そして団長(わたし)の身の心配は二の次か。


「イッヒッヒ! 仲が良いねぇ、騎士様たちは。でもまあ、そうさねぇ……。もう時間がないね」


 老婆は首をぐるりと回すと、真顔になった。


「渡り人の魂は、私に入れようかね。私はもう充分長く生きた。この体は、この()にあげよう。……こんな老婆の体で申し訳ないけど」


 老婆は、「異世界の加護があるから、体さえあれば、この()は放っておいても生き延びるだろうけどね。イッヒッヒ」と笑うと、両手に包んでいた淡く弱々しくなった光を捧げもって、するりと飲み下した。


「泥の欠片を数粒、誤魔化しに泉へ投げといたんだけど、そろそろ拾い終わる頃合いだ。あんた達はアレが、泉から上がってくる前に早く魔法省に帰りな。捕まって泥を盗られると面倒だよ」


 老婆の体が内側から発光する。


 フードの脇に流れていた赤い髪が、火に炙られたように、急速に縮れて絡まっていく。手足の爪が不自然に伸びてゆく。


 ――まるで魔力循環不全症のようだ。


 体内のバランスが崩れ魔力循環に異常が起こると、髪が縮れ縺れるのだという。そしていずれ倒れ、寝たきりになると聞く。


「さぁ、は……やく、お逃……」


 そう言い終わらないうちに、老婆の体は、膝から崩れ落ちるように倒れた。


「ご婦人!」

「「「 婆さん!? 」」」


 慌てて駆け寄って見れば、顔は血の気を失い、息もか細い。


「いけない! 生命力(HP)が下がっています! 魔力も乱れている!」

「渡り人の魂が入った衝撃(ショック)で魔力循環に変調をきたしたのかも知れない……!」

「これっ、ポ、ポポポ、ポーションを!」


 魔導士が差し出してきたポーションを受け取り、老婆の口に差し込む。

 なんとか嚥下したのを見届けて、抱えあげる。


 ――良かった、息はしている。


 腕の中、枯れ木のように軽い体重に不安を感じるが、生憎戸惑っている時間はない。部下達へ指示を出す。


「お前達は魔導士を護衛して、予定通り魔法省へ向かえ」

「は! 団長はどうされます?」

「このご婦人を隠す」

「あれ? 魔法省に連れて行かないんッスか?」

「狙われているなら〝泥〟とは離した方がいいだろう」

「……なるほど。了解しました」







 ザバッ……!


 魔導士を連れて部下達が森を出た後、程無くして黒髪の女が泉から這い出てきた。

 私は老婆を抱え、大木の影に身を潜めて様子を窺う。


「チィッ、あんのババア……! 騙しやがった!」


 ギョロリと黒い目玉が左右に動く。


 欠片でも新鮮な〝泥〟を喰らったからだろう。

 女の眼孔には先程は無かったはずの目玉がはまっている。身体の繋ぎ目も消え人間の姿に近付いた。


 だが何故だろう。

 より一層、化け物染みて見える。


「はぁッ……はぁッ……〝渡り人〟を、どこに隠した、あのババア……! はぁッ……マジでムカツクッ! あの肉と光を喰らえば……やっと人間に成れるのに! はぁッ……クソッ! こんな欠片じゃ足りないッ! 全ッ然、足りないんだよォォォォ!」


 女は頭を掻き毟り、ひとしきり喚き散らすと森の外へ向かって、風のように去っていった。


 魔導士らは戦闘能力は無く解呪もできないが、認識阻害魔法が使えた筈だ。黒髪の女が追っても、上手く逃げられるだろう。

 ……そう信じたい。





 私はこの森の中に、以前殲滅した山賊のアジトがあったのを思い出す。


 それは魔石の採掘跡を山賊が棲家に加工したもので、全体に穏やかな聖霊の加護が掛かっている。

 この洞窟は老婆を隠すのに良さそうだ。


「また明日、様子を見に来る」


 山賊の頭が寝室に使っていた部屋の寝台に、老婆だった体を横たえる。

 見た目は老婆のままだが、先程まで会話していたあの老婆は、もういない。


 ――これは新しい『誰か』だ。


 我々の都合で、渡り人を老婆の体に留めてしまった。


 この魂は、あのまま消滅し知らないどこかで生まれ変わった方が幸せだっただろうか? だが、もし逃がした先で、あの黒髪の化け物に捕らわれ食われたら……? 私は恐ろしい考えを頭を振って追い出した。


 彼女の頬に掛かる、縮れて絡まった赤毛を指でそっとはらう。

 静かに眠る顔色は先程よりも回復し、気のせいか少し幼い表情に変わったように見える。


「私が来るまで大人しく寝ていてくれ」


 聞こえていないのを承知で声を掛け、私は報告のために騎士団へ戻った。



 翌日、目覚めた彼女が泉に飛び込み、死にかけるとも知らずに……。







魔法省に向かう馬上にて、騎士達の会話。


騎士A「自分、風魔法なんで、危うく犬になるところだったッス!」

騎士B「犬と狼なら、あんま変わんねぇだろ。俺なんか、土魔法だから猿になるところだったんだぞ!」

騎士A「何言ってんッスか! 猿なら、手が使えて便利じゃないッスか!」

騎士B「……はっ! 本当だ!」


騎士C(あ、……あっぶねぇぇぇぇー! 蛙になるところだった!!!)




同じく魔法省に向かう馬車の中にて、魔導士らの会話。


魔導士①「〝成り損ない〟の詠唱が滅茶苦茶過ぎた件について。よくあんな適当で魔法攻撃が発動したな」

魔導士②「それな! 駱駝がロバとか、誤差程度の発現で済んで良かったわ。解呪で人に戻せない嵌合体(キメラ)とか発現したら本気でヤバかった」

魔導士③「え、詠唱っていうより、ほ、ほとんど聖霊への脅しだったよな……。しかも威力強すぎ。なにあれ怖い。おしっこちびるとこだった」

魔導士①「あの魔女殿がいて助かったな……。魔女殿がいなかったら今頃、渡り人の魂は奪われてたし、俺ら〝成り損ない〟に殺されてたかも知れん」

魔導士②「それより気付いたか? 俺達、攻撃魔法使えない上に、解呪もできないんだぜ……。この世界の魔導士弱すぎだろ」


魔導士①②③「「「 俺ら、現場出ちゃダメじゃね? 」」」



次回は人物紹介の予定です。

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