6 マリナ誘拐
後半、動物がギャーギャーうるさいです。
ロバと狼の台詞に付いてるルビは、単なる鳴き声なので、真剣に読まなくて大丈夫です。
――どこ? ここ。
その若い女は、頭を上げて辺りを見回した。
華美な装飾はないが高級な家具の揃った部屋だ。女が横たわる寝具は弾力があり、敷布もその肌触りから、上質さがわかる。
この部屋にあるのは、天蓋のある大きな寝台、いくつかの家具。窓は……無い。
シュミーズにドロワーズという下着姿で、頬に掛かる胡桃色の髪をかきあげる。
髪が顔に落ちないように纏めていたスカーフは、店に落としてきてしまったらしい。
エプロンもしていたはずだが見当たらない。
記憶を辿り、店で男と話したことを思い出す。
その男に、薬品を嗅がされた。
どうやら自分は誘拐されたらしい。
――はぁ。心配……してるだろうなぁ。
少々過保護なぐらいに心配性な相棒を思う。
そして、自分を拐った男のことを考える。
今逃げるのは得策ではない。ここで魔法を解くのも無しだ。
あの男は逆上して何をしでかすかわからない。
マリナは身重だ。もう、一人の体ではないのだ。危険は避けたい。
あの男は、全く話が通じなさそうだった。
そして異常なまでにマリナに執着している。
マリナは、行儀悪く寝台に胡座をかいて座る。
むんっと腕を組むと豊かな胸が、たゆんと揺れる。
「さてさて、どうしますかね~」
呟いたその声は、老婆のように嗄れていた。
◇ ◇ ◇
「おばあさん、柔らかな氷菓子の作り方を教えてくださって、本当にありがとうございます」
胡桃色の髪の若い女性が、愛嬌のある垂れ目で笑顔を向ける。
ジュース屋の、ジムの妻マリナだ。
「酒場に置いて頂いた氷菓子も、すごく好評なんです!」
「それは良かった」
老婆は今、ジュース屋の店舗で、マリナに朝食をご馳走になっている。
足元には狼が一匹、大人しく伏せしている。
メニューは、目玉焼きを乗せたパン、漬けキャベツ、ソーセージ、リンゴジュースだ。パンはもちろん、ベンさんの店のパン。
トロッとした黄身とパンが、んん~ッ美味しい!
そして、漬けキャベツが地味に嬉しい。この世界の野菜、初めて食べた気がする。野菜大事。
リンゴジュースも、爽やかな酸味と上品な甘味で絶品だ。朝食にぴったり。
朝食とフレッシュジュース、この組み合わせは良い。流行りそう。もう、この店、モーニング限定のカフェにしたらどうだろう?
実は私がこうして街に降りて来るのは、詐欺師に殴られてから六日振りだ。
あの日、パン屋で合流するのがほんの少し遅れた私は、森に帰ってから隊長に叱られた。それはもう凄く叱られた。
ロバ語だけど、ああ、これは説教されてるな、……というのは分かった。分かってはいたが、寝台に敷かれた熊の毛皮がフカフカでヌクヌク過ぎた。
つまり、説教の途中で老婆は寝落ちしたのだ。
結果、翌日から森から出るの禁止令が発令されていた。森から出してもらえなくなったのだ。
鬼オコの隊長はこわかった。
しかし、今朝、隊長不在という大チャンスが訪れた。
私はベンさんのパン食べたさに、走って森を脱出した。
追いかけっこと間違えたのか、狼が一匹ついてきちゃったけど。
「そういえば、今日、旦那さんは?」
「ジムは騎士団に手続きに行ってます。盗られたお金、ようやく返していただけるんです」
詐欺師に盗られたお金は、証拠品として革袋ごと、騎士団に留め置かれていたらしい。
ほとんどの被害者は、既にお金を使われてしまっていたり、革袋の個人特定ができなかったり、そもそも革袋なしでお金を渡してしまっていたりで、被害を訴える方も、騎士団の方でも難儀しているそうだ。
詐欺にあった店子の家賃は、大家が当面融通することになった。
しかし、三か月分の家賃額は大きく、当面の仕入れ資金だったり支払い資金だったりしたお金を詐欺師に渡してしまい、泣いている店主も多いらしい。
――ジュース屋夫婦は不幸中の幸いだった。
リンゴジュースを飲みながら私は思う。
革袋を贈ってくれた仲間に感謝してもしきれないだろう。
魔法付与はそれなりの値段らしいが、この話が広まれば、革袋に魔法付与する人が増えそうだ。
マリナは、カウンターから身を乗り出した。
両手で指し示す先には、魔導具――ミキサーが鎮座している。
「でも見てください! 一足先に買い戻せたんです! あの氷菓子、広場でも酒場でも驚くぐらいよく売れてるんです。こんなに早く買い戻せるなんて、……本当に、おばあさんのお陰です」
「お、おぉぅ。……よ、良かったね」
私は遥か遠くを見た。
――あれ? これどういう計算?
クリスの革袋には金貨がザクザク入っていた。あれがクリスの店の家賃だとすると、向かいに立地するジュース屋の家賃っていくら? この魔導具も高いの?
広場でのアイスは、確か銅貨三枚だった。六日間の広場と酒場のアイスの売上金とは……? 荒稼ぎ過ぎない?
む、無茶しやがって……!
――それよりも気になるのは……
「マリナさん、お腹、……もしかして?」
先程から優しい黄色の光が、マリナのお腹の周りをフワフワ飛んでいる。ホタル程の小さな光だ。妖精的な存在だろうか? 『いるよー』『ここにいるよー』『赤ちゃんいるよー』と話し掛けてくる。
「はい。多分なんですけど……。しばらく月の障りが来てなくて」
はにかんでお腹を撫でるマリナ。
その腹部に膨らみはまだない。
「まずはお医者様に診ていただいてからと思って、まだジムには話してないんです。その……詐欺のこともあったので……」
「知らなかったとはいえ、ごめんなさい。体、しんどかったでしょう?」
移動販売とか言い出した私が悪いのだが、どうか無理はしないでほしい。
この世界の産科事情が分からないので、おばあちゃんは不安です。治癒魔法はあるみたいだけど、万能じゃないだろうし。
「いえ、大丈夫です。街の奥さん達はお腹が大きくてもバリバリ働いていたって聞いていますし……。確かに最近、少し吐き気が辛い時もありますけど……、今が頑張り時かなって」
「いやいや、他人の武勇伝は話半分で聞いた方がいいよ」
そういうのって個人差がありそうだもの。貴女の辛さは貴女にしか分からないので、そこは我慢や頑張りではなく、必要なのは家族との報告連絡相談だと思う。
「とにかく、ご懐妊のことは旦那さんに早く話してね。……あと、パン屋の女将さんにも話しておいた方がいいよ」
急に立ち上がり、ローブを脱ぎ始めた老婆を見て、マリナはキョトンとしている。朝食はまだ食べ途中だ。
マリナにはこの光が見えていない。
彼女のお腹の周りにフワフワしてる優しい光も。
店の入り口で激しく点滅して警告を発している赤い光も。
「そのエプロンとスカーフ、貸して?」
私は脱いだローブをマリナに頭から被せる。続いて、カウンターの後ろのキャビネットの中身を全部、引きずり出した。
――うん、人ひとり隠れられそうだ。
「隠れてて。何があっても声を出さないで。貴女の旦那さんが来るまで、絶対、ここから出たらダメだからね」
キャビネットに、困惑するマリナを押し込んで、ついでに狼もねじ込む。
パタン……。
ジムが来るまで開くなよ~、絶対だぞ~と扉に念を込めながら、しっかり扉を閉める。
扉を掻く狼の爪の音が、カシャカシャと内側から聞こえる。
「狼隊員、マリナをよろしく」
「クゥゥン……」
爪の音は、諦めたようにぴたりと止んだ。
視線を店のドアに向ける。
赤い光がぐるんぐるんと、高速回転をはじめた。『マリナ危ない』『もう来る』『はやく逃げろ』と言っている。
マリナのスカーフを頭に三角巾にして巻き、エプロンを身に付ける。焦ってエプロンの紐が上手く結べない。もう適当でいいか。
ここに、薄い下着にエプロン姿という、とんでもない変態スタイルの老婆が爆誕した。
――やったこと無いけど、やるしかない。
目を瞑って、マリナの容姿を思い浮かべる。
胡桃色のロングヘアー。
少し垂れ目ぎみな茶色の瞳。
胸は大きめ……羨ましい。
「ええと、……化けろ!」
くっ、…………ダサい呪文になってしまった。
口に出すと思っていた数倍、ダサいな!
昭和感がすごい!
いや、昭和に謝れ。昭和だってもっとセンスあるわ!
クリスに髪を切ってもらったとき、老婆の髪は、魔力が高いと聞いた。
私には魔法を使った記憶はない。
でも、もしかしたら老婆の体は魔法を使った記憶があるかも知れない。
出鱈目なやり方でもどうにかならないか? 頼む、なってくれぇぇぇ!
結果は――――
フワリと白い煙が体を包んだ。
スルスルと手の皺が消え、皮膚に張りと艶が出る。
ガリガリの身体にふっくらと若い娘らしい肉がついていく。
胸元は豊かに膨らんで、シュミーズの布地を押し上げ、くっきりと悩ましい谷間が出現する。
瞳は明るい茶色の愛らしい垂れ目に変わり、胡桃色の髪が背中でサラリと流れる。
鏡のように磨きあげられたカウンターを老婆が覗き込めば、マリナの顔がこちらを見つめ返す。
――――成功だ。
うん、……ギリギリ間に合った。
人生どうにかなるもんだ。
人間やればできる!
ギイィィ……
軋んだ音をたてた扉から、知らない男が店内に入って来た。
「やあ、マリナ。……詐欺にあったんだってね?」
男を見つめるマリナは答えない。
軽く首をかしげるだけだ。
――声を出すと、老婆だってバレちゃうからね。
残念ながら、声までは変えられなかった。
外見を変化させ終わると、体から大事な何かが、ごっそり消えた。採血とか献血の直後のふらっとする感覚に似ているだろうか。デタラメな魔法で、恐らく魔力を大量に消費したのだろう。貧血……いや、貧魔力だろうか? 割りとフラフラだ。
「マリナ……どうして僕に助けを求めてくれなかったんだい? ジムが騙されたせいで、大事な魔導具を質に入れたって聞いたよ」
薄笑いを浮かべて、男がカウンターに近付いてくる。
赤い光は、『こいつヤベーから逃げろ』と言っている。
そっか、ヤベー奴なのか。
「あの魔導具は……金貨五枚……だったかな? 僕ならすぐに買い戻してあげられる。マリナ、僕を頼って?」
こちらも微妙な笑顔で対応する。
誰だお前。
名前で呼び捨てするな。マリナは既婚ぞ。
男は街の人達とは明らかに違う高級な服装をしている。相当な金持ちか、お貴族様なのだろう。
襟元にビラビラしたジャボを巻いていて、これ見よがしに大きな宝石の付いたブローチで中央を留めている。
とりあえず、私はデーンと置いてある魔導具を、ポンポンと叩いて、その存在を主張する。カウンターの内側、店員側に置いてあるから、男からは見えにくかったのかも知れないからね。
少し胸を張って、ニッコリ笑顔を向けてやる。
――ご心配なく。もう買い戻しましたんで!
「なッ…………!」
男は目を剥いて、驚愕の表情になった。
それはそうだろう。ジュース屋夫婦は、金貨五枚もする魔導具をこの短期間で買い戻したのだ。
凄いよね! 驚くよね! 私も今驚いてるよ!
ていうか、この魔導具、金貨五枚もするの?!
「なんて破廉恥な格好なんだ! マリナ!」
――そっちかァァァ!
若妻の下着エプロン姿は、この男にとって、破壊力満点だったらしい。顔を赤らめ、食い入るように見つめるその視線は顔と胸を忙しなく往復している。セクハラか。
「こんな格好をさせて! ハッ! まさか、ジムは君に、……男の客でも取らせているのか?」
――は?! ち、違う違う! それは誤解!
否定の意味を込めて、首を左右にぶんぶん振る。
あの青年が愛する妻にそんな下衆なことするとは思えない。
ジムへの風評被害がひど過ぎる!
「ああ! ……可哀想なマリナ」
男はカウンターを回り込んで、こちらへずんずん近付いてくる。
――ひぇぇぇ、何故近付いてくる?!
ソーシャルディスタンスを保ってくれ!
私は後退りしていたが、カウンターの内側は出入口ひとつの、コの字になっていて、気付いたときには追い詰められていた。
あっという間に壁に背中が付いていたのだ。
ドンッ!
男は私の体を覆うように正面に立つと、退路を絶つように、壁に左手を突いた。私にとって人生初の「壁ドン」体験だが恐怖感しかない。
キャビネットの中から、「ひッ!」とか「グルル……!」とか聞こえてくる。本物のマリナが隠れているキャビネットにも、大きな音と衝撃が伝わったのだろう。
私は内心焦ったが、男には聞こえなかったらしい。
――瞳孔ガン開きじゃないですか、ヤダー。
「ジムといると、不幸になるね? ……可哀想なマリナ」
男は、右手でマリナの頬をそっと撫でる。
「最初から間違えていたんだよ……。マリナは、僕と結ばれる運命だったんだから。精霊の決めた運命に逆らってはいけない。……逆らうから幸せになれないんだよ?」
男の指先が、唇をなぞる。
鼻がつきそうなほど顔が近い。
「ね?」と言って、瞳を覗き込んでくる。
――うへぇ、それ、どういう理論なの。
言ってることがまるで分からない。
男の吐息がかかって、全身の毛穴がゾゾゾッと逆立つ。
心拍数が上がる。冷や汗が背中を流れていく。
赤い光が点滅している。『逃げろ!』と。
「もう怖がらなくても大丈夫。ちゃんと僕が、ジムの魔の手から、君を守ってあげる。……さあ、正しく僕のものになろうね、マリナ。……僕といることが、マリナの本当の幸せだよ?」
――おまえは何を言っているんだ
真顔になったところで、ハンカチで鼻と口を塞がれる。
薬品の匂いを感じた――あっ、コレ吸っちゃダメなやつ――と思った瞬間、……私の意識は闇に飲まれた。
◇ ◇ ◇
「ただいま! マリナ、帰ったよ!」
「マリナさん、お邪魔します~」
私はロバの姿で、副団長のサティアスを伴い、ジュース屋のジムと共にその店を訪れた。
今預かっていた証拠品を返却する手続きのため、朝早くから騎士団まで、ジムに来てもらっていた。
ジムの帰宅にあわせて我々が此方に来たのは、例の手紙の持ち主の件でジムの妻マリナに話を聞く必要が出来たからである。ジムによると、我々が探しているその人物とマリナは幼なじみなのだという。
しかし途中で信じられない話を聞いた。パン屋の女将曰く『ちょうど今、婆さんもジュース屋にいるよ!』と。
――何故だ? 彼女は森にいるはず。見張り役はどうした?
「……マリナ? おかしいな、出掛けたのかな?」
ジュース屋に入ると、様子がおかしい。
食べかけの食器がカウンターに一組残されたまま。人気が無い。
いや、……奥に微かに……気配がある、か?
私とサティアスは目を合わせ、周囲の気配を探る。
床に、女物のスカーフが落ちていた。
拾って見せると、ジムはあからさまに動揺して叫んだ。
「マリナのスカーフだ……。マリナッ! マリナッ!」
カウンターの奥のキャビネットから、微かに物音がする。
見ればキャビネットの前に、不自然に物が散乱している。まるで慌てて中の物を引きずり出したかのようだ。
――では、今、そこに入っているのは何だ?
サティアスが取っ手を引いたが、開けることができない。
私が体当たりしてぶち破ってもいいが、中に入っているものが壊れる可能性がある。呼吸する音が聞こえるのだ、人間が入っている可能性が高い。ここは自重すべきか。
「ジムさん、このキャビネットは魔導具ですか? 施錠魔法が掛かっているようです。私には開けられない」
「えっ、そんなはずは……。これは中古市で購入した家具で、魔法付与なんて上等な仕掛け付いてませんよ」
「…………ジム?」
中から、か細い女性の声がした。
「ッ! ……マリナ!」
ジムがキャビネットの取っ手を掴んで勢いよく引くと、扉はあっさりと開いた。中から、黒いローブを被ったマリナと狼が、転げるように這い出てくる。
「……マリナッ! 良かった!」
「ジム、……ジム! うぅ……、怖かった!」
「クゥゥン……!」
マリナはガタガタと震えている。何か懸命に伝えようと口を開け閉めするが、言葉にならないようだ。
「クゥゥンじゃ、ないですよ!」
「何故、お前が、ここにいる?!」
「自分は! 婆さんを見張ってたら、こうなったッス!」
「馬鹿者がァァァ!」
ジムに抱えられ少し落ち着いたのか、やっとマリナが話はじめた。
「おばあさんが……隠れていなさいって、ジムが来るまでって……そう言って……。私! お腹に……貴方の赤ちゃんがいるの」
「ああっ! マリナ!」
ヒシッ!
感動的に抱き合う二人。懐妊おめでとう。……めでたい。
非常にめでたいが、我々にはまだ聞きたいことがある。
サティアスは眼鏡のずり落ちを直しつつ、片手を上げた。
「あ~、マリナさん。それで婆さんは何処へ?」
「……分からないんです。」
マリナは力無く首を左右に振った。
「急に隠れてと言われて……。この狼と一緒にキャビネットに入っていましたから、……何も見えなくて」
マリナは狼の背中をそっと撫でる。
伏せながら、気持ち良さそうに目を細める狼が腹立たしい。
「モーリスが来たのは、分かるんですけど……」
「モーリスだって?! あのやろう、何しに!」
「モーリス・フレミーですか?! 彼が此処へ?」
――驚いた。奴が此処に来たというのか?
モーリス・フレミー、子爵家の令息――実家より絶縁届けを提出されており、平民になるのも時間の問題だが――その男こそ、我々が探している人物だ。先月から行方を眩ましていた。
「あれは間違いなくモーリスの声だったわ。姿は見てないけれど。……モーリスが一人で喋っていたの。壁を殴る音がして、……暫くしたら静かになって……」
「婆さんの声は?」
「おばあさんの声はしなかったわ。……今日のモーリスは様子がおかしかったの。言ってることが滅茶苦茶で……! もしかしたら、私の代りに、おばあさんを連れて行ったのかもしれない!」
マリナは、両手で顔を覆い、わっと泣き出した。
「婆さんは、多分、変身魔法を使ったッス!」
「変身魔法? あんな詠唱がクソ面倒で魔力がごっそり消費されるクソ魔法、魔術士団でも使い手は少ないですよ。そんな大技をあの婆さんが?」
――確かにあの魔法の詠唱は長いし古語だから面倒だが、クソ魔法は言い過ぎだろう、サティアス。
実際、魔力消費に比べて持続時間も短く変身精度も低いから、普通に衣装と化粧で変装した方が早いし確実なため、魔術士団でも潜入捜査の際は、変装と認識阻害魔法で代用していると聞くが……。
……ん? クソ魔法と呼んで差し支えない気がしてきたな。
「婆さんは、透け透けのシュミーズにドロワーズ、エプロン姿だったッス!」
――な、ん……だと?
「シュミーズにドロワーズ、エプロン姿、だと?!」
――けしからんンンンンン!
「ちょッ! ……ちょっとちょっと、ストーップ!」
走り出そうとする私の首を、サティアスが両腕で捕まえる。
――む、離せ!
「団長、貴方! ロバの姿で何処へ行くつもりですか!」
私は不満を感じ、大きく鼻息を吹き、首を振る。
――では、人の姿に戻ればいいのかッ?!
「あーあー! もう、今、人にならないでください! 貴方、全裸でしょう? とにかく一度詰所に戻りましょう。まず服を着て! 話はそれからですよ!」
「どうか! 無事でいてくれ!」
「婆さん! 大人しく待ってろッス!」
「だーかーら、暴れない! 二人とも!」
焦る気持ちを抑え、我々はジュース屋を後にした。
ちょっと補足というか、蛇足を少々。
〈異世界の野菜問題〉
老婆が「野菜はじめて」とか言ってザワークラウトに感動してますが、高級店では野菜がちゃんと出ますし、ベンさんのシチューにも野菜入ってました(←老婆も食ってる)。
ただ、この世界では、生サラダは珍しいかもしれません。とりあえず何にでも火を通す文化と、流通の問題があったりなかったり……。
「酢キャベツ」の方がザワークラウトを想像していただきやすいやすいかな~とは思ったのですが、ザワークラウトは酢を使用してない発酵食品なので、「漬けキャベツ」としてみました。
〈クリスの金貨ザクザク問題〉
クリスが無駄に貯め込んだ、有り金全部を革袋に入れて詐欺師に渡しただけです。
クリスは免状持ちなので、結構稼ぎが良いのです。思ったより情に脆い男で作者も困惑しています。
ジュース屋の家賃はそこまで高額ではありません。
床屋とパン屋の店舗は陽当たりが良くて広いので、狭いジュース屋の方がお手頃な家賃です。
魔導具は新品で購入した場合で金貨五枚です。
ジュース屋の魔導具は使用済みなので、質屋が貸してくれたのは、せいぜい金貨三枚半くらいでしょうか。買い戻し前提の査定でもあります。でも夫婦はとっても頑張って稼いで買い戻しましたよ!