5 怖い手紙とジュース屋夫婦
劇や手紙の中なのですが、ちょっと残酷なことが出てきます。
「ほら、はやく描いて描いて!」
「え、……えぇぇー」
先ほどうっかり、ステンドグラスについて口を滑らせた私は、貴重な紙を前に、布を巻いた木炭を握らされている。
必殺おばあちゃん忘れたちゃったな攻撃を使ったが、クリスは誤魔化されてくれなかった。
どうやら彼の美への情熱に火がついたらしい。
「あー、いいのいいの! 詳しくなんてなくても、知ってる事だけで構わないわ!」
漠然とした作り方でも、ドワーフ――そう、この世界にはドワーフがいるらしい! 会いたい!――の職人に伝えれば、あとはなんとかなるらしい。
え、ドワーフ万能過ぎない?
「それより、どんな絵がガラスで描かれてたの? どんな風に? キョウカイって何? 神殿の絵はどんな模様?」
「花とか、風景とか、幾何学模様もあるし、神様とか、聖人とか……いろいろ?」
クリスとルルちゃんが身を乗り出す。
「ねぇ、描いてみて!」
「ルル、見タイ!」
「むっ、無茶振りキター!!」
そんなわけで、絶賛お絵描き中です。
すでに、幾何学模様やら花やらさんざん描かされましたが、まだ描けと。今度は新しいガラス扉の、デザイン下絵を描けと。どうしてこうなった……。
今、巷で大流行しているという歌劇のパンフレットを、クリスが持ってきた。
パンフレットと言っても紙を二つ折りにしただけの簡易なものだ。銅版画で主要登場人物を描いた一枚絵が表紙、見開きに劇のあらすじ、裏表紙は役者の名前と、後援者や協賛店のリストだ。
――おお……、王道展開!
あらすじを読んで、若干遠い目になってしまったのは許してほしい。
婚約破棄、身分差、王子、平民ヒロイン(聖女)、高位貴族令嬢(悪役)、ざまあ……。異世界を越えてもテンプレは強かった。いや、もはやテンプレは次元を越えて神が創りし大いなるテンプレなのか。混乱してきた。
「なんで聖女じゃなくて、貴族令嬢の方を描くのよ?」
「……私、判官贔屓なので」
「ホウガンビイキ?」
「なにそれ?……まあ、すごく綺麗だから良いけど!」
ムシャクシャしたので、悪役の貴族令嬢――劇中では婚約破棄のうえ魔獣に喰われて死ぬ役――を、荒ぶる木炭で、アールヌーボー風にして描いてやった。
なお、反省はしてない。
「邪魔をする」
「やあ、クリス、婆さん、ルルちゃん。この度はとんだ災難でしたね」
私のお絵描きを微笑ましく眺めていたベンさんご家族は、昼休憩を終え、一階の店舗へ戻っていった。
それと入れ替わりに、騎士二人と若い夫婦、四人が二階に上がってきた。
「あら、団長様と副団長様じゃない。お揃いで物々しいわね? 私達に事情聴取でもしようっての?」
「ちょうど皆さん此方においでだというので、ちょっとお話聞けたらいいなーと思いまして」
ジュース屋の若夫婦を紹介しながら、愛想良く笑って席につく眼鏡の騎士。
……あれ? その眼鏡は見覚えがあるよ。
「理屈コネナガラ、シチューパン、買ッテタ」
「あー! 昨日の腹ペコ騎士団!」
「えっ、何です? その不名誉な呼び名は?!」
眼鏡の騎士は副団長だという。なるほど。
では、今背後に立って、さっきから私の後頭部を撫でている大柄の男性が騎士団長なのか。
――急に知らない人に頭を撫でられるって、結構怖いな!
散歩してる犬もこんな気持ちなんだろうか。……怖いからこの人、ガブって噛んでもいいかな?
「騒ぎがあったと聞いたが、怪我は無かっただろうか?」
「あったわよ! 婆さんは殴られてぶっ飛ぶわ、店はガラス扉が割れて粉々だわ、も~大変だったんだから!」
グーを作った両手を胸の前でバタバタさせて憤慨するクリスの声を聞いた途端、私の頭を撫でていた手がピタリと止まった。
頭上から低い声が、這うように響いてくる。
「…………殴られた、だと?」
「心配無用! ルル、倒シタ!」
「まあまあ……団長、まず座りましょうか」
私の左隣で、得意げに胸を張るルルちゃんは、控え目に言って天使だ。顔を合わせて、お互いに思わずニコニコしてしまう。
私の心の中で、国民の孫部門、堂々第一位受賞です。おめでとう。
右隣に座っていたクリスが何故かサッと席を移動し、その空いた席にドカッと団長が座った。
右側が、デカイ。もはや山……。圧迫感が凄い。あと、顔を覗き込まないでほしい。コワイ。
「これが犯人の持っていた手紙ですか?」
「ええ。大屋さんからの手紙だと言って渡されて……。でも、私も妻も字が読めませんので……」
ジュース屋だというご夫婦の、旦那さんが手紙を差し出しながら、おずおすと答える。
クリスが「ジュース屋は、うちの店の向かいなの。店を開いたばかりなのに、……あたしと同じ被害にあってたのね!」とこっそり教えてくれた。
こっそりといっても、間に団長という山を挟んでいるので、その場のみんなに聞こえる声量だ。
全然、内緒話になってないよ、クリス!
ジュース屋から受け取ったその手紙を副団長が読み上げる。
「えー、何々、……『信頼する我が主へ ご報告。 恙無く計画を遂行いたしました。
瘴気浄化の儀式の名目で、呼び出しに成功。
内密の命であると伝えておいたので、家族には観劇と伝えていたようです。
西の森にて、背後より斬り掛かり、出血を確認。 倒れたところを念のため何度か刺しましたので、気を失ったようでした。
賜った魔獣寄せの薬液をドレスに染み込ませると、程なく魔獣の声が複数聞こえてまいりましたので、我々は撤退しましたが、間違いなく死亡したでしょう。
生きて戻れるはずがありません。
証拠に髪を切り取りました。同封します。
つきましては、例のお約束の件、何卒お忘れなきよう』…………」
――こっわ! えっ、コワイ、コワイ!
なにこれ、殺害の報告書?
みんな青い顔で沈黙する。
副団長も便箋を持ったまま固まっている。
おもむろに団長が、テーブルに置かれた封筒を手に取り、逆さにすると、ポサッと、薄紙に包まれたものが出てきた。
「ひッ!」
「「「キャー!!!」」」
「……これはまた……厄介な」
包みを開けると、切り取られた一房の人髪が……。
流れるように滑らかで艶やかな銀髪。
切断面は雑に切り取ったのか不揃いだ。
真ん中で髪を束ねる白布に付着する赤黒い染み。
……軽いホラーだ。
「銀髪は、カバニージェス公爵家だったか?」
「……はい。先月よりカバニージェス公爵家のエルミラ嬢が観劇に出掛けたまま戻らないと、捜索依頼が来ておりましたが……まさか、西の森とは……」
――えっ、私も森で寝てるんですけど……。
「西の森」は恐ろしい所らしい。
ジュース屋のご夫婦はブルブル震えてお互いを抱き締めあっている。ルルちゃんと私も手を握りあった。
クリスが上擦った声をあげる。
「何コレ! なんなの、あの詐欺師! この手紙も大家さんとまったく関係無いじゃない!」
「俺が字が読めないからって、……何の、……何の手紙を使ってるんだ!」
「あの男も字が読めない。大方、何処ぞから盗んだ手紙だろう。……ジュース屋、この手紙の封は渡された時から開いていたと言っていたな?……ああ、糊の痕跡もないな」
封筒を確かめながら「出す直前だったのか? 出さぬつもりの手紙だったのか?」と、団長が首を捻る。
ちなみにクリスに使われた手紙(誰かの絶縁状)は封が切ってあった。受取人本人が読んだあとだったんだろう。
――思えば、そこから怪しかったんだよね。
病気の娘に気をとられて、手紙の封が破られていることなど些事だと流した……まあ、要するに混乱していた。クリスも、私も。
「どちらの手紙も、宛名や書き手の署名、特定できそうな名前がありませんね。……はぁ、どこから盗んできたのやら、……もう一度詐欺師を尋問するしかないですね」
「先にカバニージェス公爵家に連絡せねばなるまい。あのご令嬢が殺害されたとなれば、辺境伯も黙っていないだろう」
――髪も爪も魔力が多い。魔力は魂と繋がっている。
私は、今朝、ルルちゃんとクリスに怒られたばかりだったことを思い出す。
「髪」じゃなくて「指」だったと想像すると、この世界の感覚に近いんだろうな。手紙を開けたら人間の指が出てきた、有名な資産家のお嬢さんの指だった、お嬢さん死亡確定のお知らせ、……そのぐらいのヤバさ。
――ごめん。軽いホラーじゃなくて、完全なホラーだった。
「調べ直す」と言って、話もそこそこに騎士の二人は帰っていった。
その際、何故か、「ロバが迎えに来るまで待っているように」「一人で勝手に森に帰らないように」と、団長からしつこく言い含められた。
見ず知らずの老婆をこんなに心配するとは、騎士団長はずいぶん職務熱心な人らしい。
その場に残ったジュース屋の若夫婦は、ジムとマリナだと名乗った。
「それにしても、革袋に盗難防止の魔法をつけておいて助かったわね~。所有者証明ができたから、全額戻ってくるんでしょう?」
昨日騙されたばかりだったジュース屋のお金は、革袋のまま、詐欺師が鞄に入れていたらしい。
「商売をするなら必要だからと、仲間がお金を出しあって、結婚祝いに贈ってくれたんです」
「まー! いい仲間を持ったわね~」
「実は三か月分の家賃を工面するのに、魔導具を質に入れたんです。……すぐに買い戻せそうで安心しました。仲間に感謝です」
「冬はジュースが売れないので、この先、魔導具が買い戻せなくなるんじゃないかと不安だったので……」
ジュース屋夫婦は顔を見合わせて苦笑した。
――ああ、この夫婦も、急病になった大家の愛娘を心配して騙されちゃったんだね……。
さっき、ベンさんから「大家に娘は……いない。息子が五人、……孫も全員男子だったはずだ」と聞いて、クリスは「よ、良かった! 病気で苦しむ娘はいないのね!」と号泣していた。
クリス、いい人が過ぎるぞ。また騙されないか、おばあちゃんは心配だ。
「ん? ……あれっ? ジュースって冬は売れないんですか?」
「ええ、寒いですから」
「冷たい飲み物は売れませんね」
んー? 空気は乾燥するから、寒くても売れそうだけどな? 冬でも喉は乾くよね。アイスとか意外と食べたくなるし。
「アイ……あっ、氷菓子にしたらどうですかね?」
「……氷菓子ですか?」
「冷たいから余計に売れませんよ。固いですし」
硬いってなんだ? あずきバー か?
異世界のアイス、全部カッチカチなのか?
「???……夏はどうやって食べてるんです?」
「溶けちゃうから塊で買うのよね」
「ああ、削るんですね」
「コウヤッテ、……コウッ!」
ルルちゃんが、拳をテーブルに叩きつけるふりをした。
――は? ワイルド過ぎない?!
かち割りにして、欠片を口に含むのだそうだ。それはそれで楽しそうではある。老婆には、真似できないが。
「混ぜながら冷やせば、柔らかく仕上がりますよ。老婆のあやふやな記憶なので、多分、ですけど」
「混ぜながら……ですか?」
いや、待てよ? 日本では年中いつでもアイスや冷たいジュースが売っていたし、私も違和感なく買って飲み食いしてた。
だけど、この世界では、アイスや冷たいジュースは暑い季節だけの限定品という固定観念……常識があるのかもしれない。
そうすると、まあ、冬にわざわざジュース屋に足を向けないか。
ふむ、それならば――
「まず酒場とか、食事処で、デザートとして取り扱ってもらったらどうですかね? 口直しに冷たくて甘いもの、意外とウケそうですけど」
「なるほど、酒場でデザート……」
ジュース屋のジムが、考え込むように顎に手をあて唸る。
「あとは、天気のいい日の昼間に屋台を出すとか」
「ええっ? 屋台ですか?」
ジュース屋のマリナが、驚いて声をあげる。
「まあ、屋台っていうか、移動販売っていうか。……なんかこう、女性や子どもが多く集まる……公園……広場みたいな所、無いですか?」
「それなら、劇場前の広場が良いんじゃない? そんなに遠くないし」
「それじゃあ、ちょちょいと準備して行ってみますか!」
「行コウ、行コウ!」
「えッ?! 今からですか?」
準備の途中で、大事な事を聞いておいた。屋台を出すにあたって、いわゆるショバ代、みかじめ料、みたいなものがあるのかどうか。
「劇場前広場は、騎士団の見回り地区だから、そういう怪しいお金の徴収は無いわよ。ただ、出店登録料は掛かるけど」
ジムを見ると頷いて、「それなら大丈夫です。無理せず出せる額です」と言ってくれた。
ジムとマリナ夫婦が俄然やる気になってくれたみたいなので、この勢いに乗って行こうと思う。
善は急げ――と言うより、隊長が迎えにくる前に私はここに帰ってきたいのだ。うん、急ごう。
荷物は、調理用の革袋、タオル、夫婦の特製ジュースを二種類、氷の魔石、ハンドベル、ベンさんの試作品ビスケット。
ジュースが少々重いが、夫のジムもいるし、今日はクリスもいるので、荷車を引くほどでもない。
今日はお試しだ。軌道にのってから、ゆっくり荷車導入などは考えればいい。
「では、調理用の革袋にジュースを七分目くらい入れて蓋を閉めてください」
「はい。あの……この氷の魔石は? 何に使うのですか?」
広場に着いたので、アイス作りをする。
店で作ってから持ってくれば良かったのだが、勢いに任せてここまで来てしまったのだ。
大丈夫、老婆が覚えてる程度だ。難しいことは一切しない……というか、出来ない。へっぽこ記憶力でごめん。
「魔石はジュースを凍らせるために使います」
「えっ、俺の魔法では駄目でしょうか?」
「えっ! ジムさん、氷の魔法使えるんですか?」
「ええ」
「ええー!」
なんと。ジュース屋は、ジムの氷の魔法特性を生かした職業だった。
日本のうろ覚え知識で、ジュースを入れた調理用の密閉保存袋――チャックが閉まるあの便利袋――を、さらに氷と塩を入れた便利袋に入れて、固まるまでモミモミする! という方法をするつもりだったのだが……。
氷魔法が使えるなら早く言ってよ~!
楽チンじゃないですか。
「氷魔法の人って氷触っても凍傷になったりしませんか?」
「ある程度の耐性があります。体の半分が凍ったら流石に駄目ですが……」
半分まで大丈夫なの? 逆に凄いな。
氷耐性がない地球の皆さんがチャレンジする際は、手袋をするなどして肌を守ってください。危ないので。
「耐性があるなら、タオルも要らなそうですかね。では、ゆっくり……ゆ~っくり温度を下げて魔法で冷やしつつ、袋をわしゃわしゃ揉んでください」
「こう、……でしょうか?」
「液体じゃない手応えになってきたら、多分出来上がりです。そのうち、砂というか、粘土みたいな手応えに変わってくると思うので」
革袋は透明じゃないので、中身が見えなくてイマイチ判りづらいけど、多分それでいいはず。
「……あ、固まってきたみたいです」
ジムさんの手の形に革袋がへこんでいる。
うん、出来上がりだ。
「じゃあ、食べてみましょうか!」
「ヤッター!」
「なんだか、わくわくするわね~」
「き、緊張します……」
ベンさんに貰った試作品のビスケットに、出来立てのアイスをのせて食べる。
日本のビスケットに比べたらまだ硬いけど、昨日のよりずっと柔らかくなった。せんべい程度の硬さだ。これなら老婆の歯が折れる心配はない。
さあ、いただきます!
「ん、うまっ!」
「ファァァ……冷タイ! 甘イ……オイシー!」
「何コレ! 何なの?! 食べたことないわ! あ~ん、すぐとけちゃう。儚いわぁ」
「お、美味しい……これ、私達のジュース?」
「あ、上手くいきましたね~。美味し~」
苺とミルクのジュースは、荒いけどいい感じに固まっている。シャリシャリとした、手作り感満載の苺ミルクシャーベットだ。
これをなめらかなアイスクリームにするのは、質屋から魔導具を買い戻してからにしよう。うん、それがいい。
「じゃ、ジムさん、リンゴジュースも同じ手順でよろしく!」
「はっ、はい!」
日が暮れる前に、ガンガン稼ごうぜ!
カラン、カラン、カラーン!
「ジムとマリナの氷菓子~、不思議な不思議な氷菓子~、ラララ~、雪のようななめらかさ~、ルルルル~、一度食べたら、も~う、虜~!」
「トリコ~!」
私はハンドベルを元気よく振って、偽オペラを歌った。ルルちゃんが合いの手を入れてくれる。
アイス売りといえばハンドベル。今後、ハンドベルを鳴らせば子どもが寄ってくるようにしたい。
いきなり老婆が、広場の噴水前でデタラメな歌を歌い出したので、皆ぎょっとしてこちらを見ている。
「お、婆さん! 今度はなに始めたんだ?」
「婆さん、また旨いモンか? ルルちゃんこんにちは! なんだ、クリスもいるのか」
見回りの騎士が声をかけてきた。
「氷菓子! オイシー、ヨ!」
「はぁ?! あたしがいたら悪いっての?」
「美味しいよ~、ジムとマリナの氷菓子だよ~、とろけるよ~」
クリスが喧嘩腰になったので、慌てて間に入る。老婆に気を遣わせるのやめてほしい。
「婆さんが売ってるんじゃ、買うしかないな~」
「素通り出来ないな、期待しかないからな~」
騎士達は、苺ミルクとリンゴの両方を買って、「コレはヤバイ! ヤミツキ確定」「ウマイ! マジでウマイ! 皆に知らせないと」とワイワイ騒ぎながらペロリと食べ、何事もなかったかのような顔をして、見回りに戻っていった。
……職務中の買い食いはオッケーなんだろうか? 異世界の基準がよく分からない。
「あの……、ひとつくださいな」
「はい。苺ミルク味とリンゴ味がございますが、どちらにいたしますか?」
「どっちがいいの? 坊や」
「苺のやつ!」
騎士のお陰か、子ども連れのご婦人が寄ってきてくれた。
まずはお子さんに買ってあげて、美味しそうに食べる子どもを見て、やっぱり自分の分も、という人が続き――
「あれを見て。何かしら?……子ども達が、なんだか可愛らしいものを食べているわ」
「ビスケットに乗せた氷菓子だって。ふうん、この季節に珍しいね。試しに買って食べてみるかい?」
さらには、観劇に来たカップルがお買い上げ。
食べている人を見て、人が寄ってきて買っていく。
そんなこんなで、持ってきたジュースの分は、あっという間に売り切れた。
完売御礼の偽オペラを歌い――歌ったのは私だけだけど――謎の拍手をもらい、私達は広場を後にした。
「お婆さん、今日は本当にありがとうございました! これなら冬の間も稼げそうです」
「あー、……もう少し、私が思い出したら、なめらかなやつ作りましょうね。魔導具、早く買い戻せると良いですね」
ここはベンさんのパン屋の前。
涙目のマリナに両手を握られ、笑顔のジムにお礼を何度も言われていると、女将さんが店内から、ぬっと顔を出した。
「婆さん! やっと帰ってきたのかい」
「あ、ただいま……戻りました」
「お迎えの旦那様がお待ちかねだよ!」
――はて、旦那様って誰だ? と思ったら、大変ご機嫌を損ねた隊長だった。
いきなりお尻に頭突きするのはやめてほしい。びっくりした。
「婆さんの姿が見えないもんだから、あちこちウロウロ、探し回って、鳴き喚いて、まー、煩いこと! ほとほと参ったよ。さあ、とっとと連れて帰ンな」
日が暮れる前に帰ってこられた私達だったが、隊長のお迎えの方が一足早かったようだ。
お詫びに隊長の首を撫でる。
「隊長、お待たせ。帰りましょう」
なお、鼻面を腰にグリグリ擦り付けられながらの帰り道は、とても歩きにくかった。
森の洞窟に着いた頃には、すっかり日が暮れていた。見れば、入り口の前で狼達がウロウロしている。
「ウォフ!」
こちらに気が付くと、サッと横一列にお座りして、点呼の遠吠えをし始める。
「こんばんは、狼隊の皆さん」
「ウォフッ、ワッフ!」
「ワウワウウォフ!」
「ウォーン!」
さあさあ! こっちだよ! 早く来て! と言うように急かされて、洞窟の中、寝台の前に案内される。
「あ! あのときの熊だ!」
サッと狼達が左右に別れて道を開ける。
ジャジャーン!
そこには、見覚えのある黒い毛皮。
隊長がドヤ顔で倒したあの大熊が、平べったくなって、石の上に伸びている。
頭が付いていてちょっと怖い。
「敷物にしてくれたんだね。ありがとう」
狼達は、どう?どう? 気に入った? 偉い? 撫でる?撫でる? と言わんばかりに、尻尾を振って目をキラキラさせて、こちらを見つめている。
挨拶をするつもりで、そっと手を差し出せば、その拳の下に頭をぐぐっと差し込まれ、擦り付けられる。
――うわぁ……この狼達、アグレッシブに撫でられに来る!
一匹ずつ入れ替わり、その儀式は続いた。最後の一匹が撫で終わると、月が照らす森の奥へ、狼たちは嬉しそうに帰って行った。
その夜、熊の毛皮を敷いた寝台はとっても暖かかった。