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4 床屋と老婆

 

「んんーッ! 焼きたてのパンって、絶品なのね~! 知らなかったわ~!」

「ベンガ作ッタパン、冷タクテモ、オイシイ」


 皆さん、おはようございます。

 私は現在、パン屋の二階にて、エルフの美少女、ルルちゃんと朝食中です。


 ……いやぁ、良く晴れた爽やかな朝ですね。

 あ、申し遅れました。私、老婆です。


 ちなみに本日、隊長(ロバ)とは別行動。

 隊長は、私をパン屋まで送ってくれたあと、ふらりと何処かへ出掛けて行った。

 額を擦り付けてから行ったので、帰りはきっと迎えに来てくれる、と信じたい。


「もーッ! そんなのあたしだって分かってるわよ! ベンのパンは、知られざる王都一番美味しいパンだもの。まあ……それも昨日、どっかの誰かさんのせいで、バレちゃったみたいだけど……。そーじゃないのッ、焼きたては、()()()美味しいって言ってるの!」

「ン……、ワカッテルナラ、イイ」


 ベンって誰だ? って思いますよね。

 私も今初めて聞く名前だけど、おそらく昨日、シチューパンをご馳走してくれたパン屋のご主人がベンさんなのだと思う。

 なにせ、ここは昨日のパン屋なので。


「どんどん食べとくれよ、婆さん! ルルちゃん!」

「さあさあ、遠慮は要らないからね!」


 女将さんそっくりのお嬢さんが二人、パンやら飲み物やらを運んで、階段を上がってくる。にぎやかな話し方までそっくりだ。

 店の入り口で出迎えられた時には、女将さんが三人いる! 分裂した! さてはクローンか! と思ったのは内緒だ。


 お嬢さん方はそれぞれ、近くのお宅に嫁いでいるとのことだが、昨日の騒ぎを聞き付けて、忙しい実家の店を手伝いに来たんだそうな。

 今この店が大忙しなのは、私が原因と言えなくもないので、なんだか申し訳ない。


「いえ、どうぞお構い無く……」

「えー? 何あんた、すましちゃって感じ悪くない? こういうお礼はしっかり受け取りなさいよ! 恩の借りっぱなしって案外気持ち悪いものなのよ?」

「あ、はい。……いただきます」


 若干、視線を泳がせながらパンを頬張る。


 焼きたてのパンは美味しいのだが、さっきから、ずっと気になってることがある。

 めっちゃ気になる。ごめん、気になり過ぎて味がちょっと分かんなくなってきた。

 もう、はっきり聞いてもいいだろうか?


「……ていうか、誰?」

「えっ、あたしィ?」


 さっきから当たり前のように隣に座って、当たり前のように一緒にパンを頬張っていた、テンション高めなその男性は、目を見開いて自分で自分を指差している。


 いやいや、驚いてるのはこっちですよ。

 あんた、誰なんだ。

 あと、お嬢さん二人は爆笑しすぎ。


「あたしはァ、強いて言うなら、……そうね、愛と美の伝道師よ」

「クリス、床屋。隣ノ店主」

「やだ、夢のない紹介はやめてッ!」


 ルルちゃん、説明ありがとう。

 床屋の店主ね、オッケー了解です。

 お嬢さん二人は笑い過ぎて呼吸困難になっている。ヒー、ヒー言ってるけど、大丈夫?




 鏡に映る老婆に、憤慨する男。


「信じられない! なにをどうやったら、こんなに絡まるのよ! せっかく良い色の赤毛なのに勿体ない!」


 私は今、なにがどういうわけか、床屋の椅子に座らされている。


「働きたいんですけど……」とお嬢さん達にどこかいい働き口がないか尋ねたら、なぜか床屋の店主に手を掴まれて、あれよあれよという間に、隣の店に連れ込まれていたのだ。

 ルルちゃんが心配して付いてきてくれたのが、心強い。


「なにも、どうも、してませんけどッ!」

「おバカ! しなさすぎッ!」


 床屋の店主が、私の絡まったパサパサでボサボサの髪を手にとって憤慨している。

 こちらも興奮して、キレ気味に答えてしまったが許してほしい。


 こちとら気付いたら、洞窟の中でこの状態だったのだ。

 老婆の髪は、首の後ろ辺りで、モッシャーと大きな塊状に絡まっていて、指も通らない。だけど塊からまた背中の辺りまで伸びている。


 ローブがフード付きで助かった。人前ではフードで隠していたけど、ちょっとお見せできない髪型だ。

 あと頭皮が引っ張られて、地味に痛いなとは思っていた。寝るとき邪魔だし。

 飼育放棄された動物の気持ちがよく分かる。


「……この髪と爪を切る、ナイフが買いたいんですよ」


 買いたいものは他にもある。


 今朝、森からこの街に向かって歩きながら考えていた。この先どうしよう……と。

 洞窟で暮らすとしても、食料や、衣服、生活に必要なものがほしい。そのためにはお金が必要だ。働くしかない。


「はぁ? まさか、あんた、自分で切ろうと思ってたんじゃないでしょうね?!」


 ぺちっ、と軽く額を叩かれた。


「言っとくけど、魔力持ちの髪や爪は、素人には切れないわよ? 専用の魔導具(ハサミ)で、スキル持ちでなければ散髪(カット)なんて出来ないの! その辺のナイフで切るなんて自殺行為よ!」

「……へ?」


 驚いて顔をあげると、鏡の中に、とても怖い顔をした店主とルルちゃんがいた。


「……髪モ、爪モ……魔力多イ。魔力ハ魂トツナガッテル……危ナイ。死ヌ事モ、アル。」

「ええっ?!」


 ――ひぇぇ、危なかった。

 お金が手に入ったら真っ先にナイフ買って髪切ろうと思ってた。あやうく死ぬとこだった!


「……おかしいわねぇ。年寄りなのに、子供でも知ってる常識をどうして知らないの? まるで魔法のない所から来た人みたいね。ねぇ、あんた何者なの? 気になるわぁ~」

「…………クリス」


 ルルちゃんが店主をにらむ。

 私の背後から両肩に手を置き、意地悪な顔で、鏡越しに顔を覗き込んでくる店主に抗議してくれたのだ。


「やーだ、ちょっと揶揄(からか)っただけよ。今日は特別サービスして、髪も爪も、あたしが切ったげるから許して?」


 彼はパッと両手を挙げると、一転笑った。


 異世界の散髪は、幻想的だった。

 店主(クリス)が歌いながら、リズミカルに櫛と鋏を動かしていく。

 歌には独特の節があって、歌詞は女神を讃える内容だ。


『女神よ 美しい春の化身よ 命の源

 貴女を讃えます

 だからこの花を切り取らせてください

 どうか貴女の恵みを私にください』


 歌詞を要約するとこんな感じ。

 鋏が髪を切るたびに、青い光が発生しては、蝶のようにヒラヒラと舞い上がって消える。


「オバアチャン、大丈夫。……クリス、トクベツナ魔法ツカウ。トテモ上手ダヨ、安心シテ」

「そーよ、あたし、こう見えて凄いのよぉ?」


 フフンと笑った店主は「なんたって国の免状持ちなの!あたしに切ってもらえて、あんた運が良いわ」と得意げに言うと、散髪に続いて、爪も短く整えてくれた。


「ハイ、出来上がり。どーお? なかなかでしょ」


 鏡の中には、こざっぱりした老婆(わたし)が映っている。

 柔らかい髪質、ゆるい巻き毛、明るいレンガ色の……何かを思い出す、この既視感。

 なんだっけ……なんかこんな犬いたな? トイ……プー…………?


「――うん、ありがとう! クリスさん」

「ヨク似合ッテル! 素敵ニナッタ!」


 ルルちゃんが手を叩いて絶賛してくれたので、私は満更でもない気分だ。

 切り離された髪の重さの分だけ、なんとなく心も体も軽くなった気がする。


 こうして、保護老婆は無事にトリミングされた。




 カラン、カラン!


「店主のクリスさんは居ますか?」


 床屋のドアベルが鳴って、上等な上着を着た男性が、泥のついた靴でずかずかと無遠慮に入ってきた。


「……店主のクリスは、あたしだけど? どなた?」

「ああ、良かった! 私はこの建物の大家の代理です。急で申し訳ないが、家賃を三か月分まとめて、今、支払っていただきたい。これが大家からの手紙です。詳細はこの中に」


 手紙と聞いてクリスは一瞬顔をしかめた。

 一応、封を開けて便箋を広げるが、その目線は走らない。ぼんやり全体を眺めるだけだ。


 ――あれ? クリスは字が読めないのかな?


 男性は、畳み掛ける。


「その手紙に書いてある通り、大家の愛娘が急病で大金が必要なのです。店子(たなこ)の皆さんには申し訳ないが、こうして集金して回ってるんです」

「そう、……事情は分かったわ。大屋さんには日頃お世話になってるからね、協力しましょう。用意してくるから、待っていてちょうだい」



 ――いや、これ、おかしくない?


 三か月分の家賃を、フツー、顔も知らない、名乗りもしない男が代理で取りに来るかな? 怪しさ満点だ。


 クリスの袖を引いて、「ねぇ、これ、詐欺じゃないの?」と囁いてみたが、「本当だったら大変だから」と言って店の奥へ行ってしまう。


 ルルちゃんは男をじっと見ている。

 うん、やっぱり怪しいよね? おばあちゃんもそう思います。


 テーブルに広げられたままの手紙を横目で覗き見れば、驚くべき内容が書いてあった。


『愚弟へ。

 今後一切、借金のツケを実家に回すな。

 孕ませた女の事は自分でなんとかしろ。

 いいかげん自分の尻は自分で拭け。


 いいか、お前は勘当だ。

 今後、私は兄ではないし、お前は弟ではない。他人だ。

 二度と帰ってくるな。手紙も寄越すな。


 追伸

 いつまでもあると思うな、金と加護。

 父母にはお前は死んだことにしてある。

 だから早く、どっかで野垂れ死ね! 以上』



 ――なんだこの手紙?! 怖いな!


 なにが書いてある通りだよ。知らん人の絶縁状じゃないか! さては、この男、クリスが字を読めないの知ってるな。腹立つ!


 私の腹立ちなど知らないクリスが、お金の入った革袋を手に、戻ってきた。


「三か月入ってるわ、どうぞ確めて」

「いいえ、信用しますよ。クリスさん。ご協力ありがとう。大家は貴方に感謝するでしょう」


 革袋はずっしりと重そうだ。

 男は、金貨を出してわざわざ数えなくとも目測で充分な金額が入っていると踏んだのだろう。白々しくも礼の言葉まで口にして革袋に手を伸ばした。


 私は二人から、その革袋を引ったくった。


「は……?」

「えっ、ちょ! なにしてんの、あんた?」


 皆がポカンとしている間に、私は店を飛び出す。


「誰かー! 誰か、騎士を呼んで! 家賃泥棒が出たー! 詐欺師ー! ドロボー!」


 店先に出て、出来るだけ大声で叫ぶ。

 隣のパン屋にいたお客さんが、なんだ、婆さんどうした、と顔を覗かせる。


 焦った男が店から出てきて、ガバッと覆い被さってきた。


「言い掛かりはやめろ。家賃を納めないで困るのはクリスだ。彼が店を閉める羽目になるぞ。良いのか?」


 脅すように小声で言いながら、男の両手は革袋を奪おうと、私の体をまさぐっている。


「このお金は……」


 この世界の家賃。

 この世界の三か月分。

 この世界の稼ぎ。


 この世界の物価も通貨も、私には分からないけれど、これだけは分かる。


 これはクリスの稼ぎだ。

 本物の大家に支払うための資金だ。

 この男には全く関係ないお金だ。


「……詐欺師に渡す金は、無いッ! 老婆なめんなッ!」


 ガブリ!

 男の腕に、思いっきり歯を立てて噛みつく。


()ッ……! こ、……ンの、ババアァァァァァァ!」


 ボゴッ…………バリーン!


 思いっきり頬を殴られ、そのまま床屋のガラス扉にぶち当たった。派手な音を立ててガラスが割れ、私の体は店内に突っ込んだ。


「……オバアチャン!」


 ルルちゃんの悲鳴が聞こえる。

 砕けたガラスと、革袋から飛び出した金貨が、派手に散らばる。


 店内に残っていたルルちゃんは、無惨に床に転がる老婆(わたし)を見るやいなや、猫のような素早さで、壊れたガラス扉を飛び越し男の前に躍り出た。


「ハッ、なんだ? チビッ子、ババアの仇討ちか?」

「……オマエ、……絶対、許サナイ」


 ルルちゃんは、剣をスラリと抜いた。

 昨日、破落戸(ゴロツキ)に奪われそうになっていた、あの細身の剣だ。


「……はっ?」


 それは、ほんの数秒の出来事だった。


 ダンスを踊るように、ふわりふわり一振り二振り、その剣筋に見とれている間に、 ルルちゃんは男の急所に届くほどの距離に近付いていて……。


 トン。


 しなる剣先で、軽く、男の腹を突いた……ように見えた。


 白い光がパッと溢れ、男はバターン! と倒れた。


「……二度ト、オバアチャンニ、近ヅクナ」


 あれ? ルルちゃん、ヤっちまった? まさか()っちゃって……ないよね? ていうか、強いんだね、ルルちゃん。

 おばあちゃん、吃驚(びっくり)しちゃったなー。はははー。


 男に捨て台詞を吐き、踵を返したルルちゃんは、私に走り寄り、治癒魔法を掛けてくれた。




 トントントン! カントン! カントン!


「本当に皆ありがとう……。あんな詐欺に引っ掛かるなんて、もう、自分が情けないわぁ」


 床屋の割れたガラス扉を、応急措置として板で塞ぐ大工の音が響いている。


 すっかり意気消沈してしまったクリスを連れて私達は、再びパン屋の二階に戻ってきた。


「お金は婆さんが守ってくれたンだろう? 良かったじゃないか! ほら、ベソベソ泣いてないで、元気出しなよ、クリス!」


 パン屋の女将さんは、今日も心が広い。

 ご主人(ベンさん)は、黙ってクリスの肩を叩いて慰めている。


「皆、おばあちゃん(わたし)をもっと褒めて」

「「「 婆さんは偉いッ! 」」」


 私がおどけて言うと、女将さんとお嬢さんの三人が声を揃えて褒めてくれた。


 ルルちゃんはキュッと、お腹に抱きついてきてくれた。

 ただ、締め付ける力が、ギリギリギリと……強くて苦しい。待って、飲んだ紅茶が出ちゃう。……もしかして、無謀な喧嘩を売って怪我したこと怒ってる?



 詐欺男がルルちゃんにノックアウトされた後、パン屋にたまたま客として来てた騎士達が、もの凄い早さで、男を回収していった。


 既に同じ手口の被害にあった店が何件もあって、騎士団内では、手配書が出ていたのだとか。


 そういう被害が複数あったなら、店子にも情報共有と注意喚起をしておいて欲しい。

 騎士団も、大屋さんも、知ってたんかーい! って思わず突っ込んだ。


 おかげで罪のない老婆が殴られましたよ! まあ、私も噛み付いたけども。


「……ガラス扉の修理代は、大家が出してくれることになったんだろう?」

「そうなのよぉ。騙されたのは、あたしの不注意なのに。大家さんまで責任感じちゃってて……。なんだか申し訳ないわ」

「いや、……大家の名前で騙られたんだ。複数被害があってそれを知っていた以上、大家の責任でもある。遠慮せずに費用を出してもらうといい」

「この際だから、うんと豪華なやつにしてもらったら? ガラスで絵でも描いてもらってさー」


 ベンさんが良い事を言ったので、私もすかさず援護する。クリスは騙されて、店を壊されて、嫌な思いをしたのだ。貰えるものは貰っといた方がいい。


「うん? ガラスに絵……?」

「色ガラスを、こう、何て言うの?組み合わせて、金属で繋いで……あるでしょ、そういう技術。ほら、教会? 神殿? そういうとこに神様の絵を描いた、窓ガラスが……無いの?」


 ――えっ、あるよね? ステンドグラス。……まさか、無いの?


 皆が目を丸くして固まっている。

 私もそっと口を閉じる。


「やだ、なにそれ! ステキッ! もっと詳しく!」


 目をキラキラさせたクリスが、身を乗り出して食い付いてきた。



 ヤッベー、やっちまったな。

 ステンドグラスの作り方なんて覚えてないぞ……。

 老婆(わたし)は頭を抱えた。

メインタイトルを、少しでも誰かの目に留まって読んで貰えると信じて、変更してみました。長すぎる気もするので、また変えるかもしれません。迷走中です。センスがほしい……。


1話、2話を、若干書き直しました。

余分なとこを削ったり、言い回しを変えたりした程度で、大筋は変わってませんので、既にお読みの方はわざわざ読み直さなくても大丈夫です。

もちろん、読んで違いを楽しんで頂けたら嬉しいです。


ブクマして下さった方、ありがとうございます!

励みになってます!

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