3 パン屋のシチューの匂い(合法)
うっかり泉に落ちて死にかけた私は、その後、ロバに強制的に担がれて洞窟へ帰った。
「おはよう、隊長」
隊長とは、ロバのことだ。
彼は、どうやら人語を理解しているようなので、命の恩人に敬意を表して、隊長と呼ぶことにした。単に名前をつけるセンスと勇気がなかっただけとも言う。
何隊かは決めてないけど、勝手に隊長職に任命させていただいた。彼も満更でもなさそうな顔をしていたので、ロバの呼び名は「隊長」に決定した。
隊長は世話好きらしく、洞窟の浴室に放り込んでくれて、魔法でお湯を出してくれたり、乾かしてくれたり、縄で縛ったりしてくれた。
そうそう、魔法ですよ! この世界、魔法が存在するのですよ!
以前の私が暮らしていた世界とは、なーんか様子が違うなと思っていたけれど、自分が自分の姿じゃないこと以外で、ここが地球ではないんだと、異世界なんだという確信が持てなかった。洞窟や人気のない森なんて地球にもあるし。
でも昨日、隊長が蹄をカツカツと鳴らしただけで、お湯が出てきたり、温風が吹いて体も髪も乾いたり、人間を縄でぐるぐる巻きにしたり、そういう不思議を目の当たりにして、ああ、魔法のある世界なんだなと実感したのだ。
えっ? おかしな場面が混ざってた?
隊長はどうやら、私が自殺しようとしていたと誤解して、またバカなことをしないように、縄で拘束したらしい。ロバ語はわからないが、私が話し掛けたことに対する反応をみて、なんとなくだがそう感じた。
とは言え、老婆の体は体力が無いので、実は昨夜は縄で縛られたままぐっすり眠ってしまったのだが……。朝になって「泉にはウッカリ落ちただけで、入水自殺を図った訳じゃない」と説明したら、縄をといてくれた。
「お腹すいたなぁ……」
朝早く森で熊を倒したらしい隊長が、ドヤ顔で獲物を披露してくれた。待って、私は、熊……というか獣を捌いたことがないんだが。どうすんだ、コレ。
調理以前の問題に直面して呆然とした。これから異世界転移するご予定のある方には、ジビエ料理を体験しておくことを強くおすすめしたい。
遠慮がちに、生の熊は食べられないと伝えると、隊長は大きくため息をついた。「ご……ごめんね」と謝ると、いいや構わないと言う様に頭を振り、控えめ(前日比)に嘶いた。
すると、何処からともなく狼の群が集まってきて、熊を咥えて嬉しそうに尻尾を振りつつ去っていった。
狼たちが熊にかじりつく前に、隊長の前に一列に整列して、点呼のように順番に一頭ずつ「ウォフ!」「ウォフ!」「ウォフ!」……そして最後の一匹が「ウォォーン!!」と鳴くという一幕があったが、それは見ないふりをしておいた。
隊長が本当にロバなのか疑問に思う。
「おお~! 街だぁ~! 人だぁ~!」
出来れば人間の食べ物(生肉以外)を手に入れたいと説得した結果、隊長はわかったというように頷き、街に連れてきてくれた。
森からは結構距離があり、随分歩いたけれど、全然へっちゃらである。なぜなら、私は今、この世界で自分以外の人間をはじめて見て、めっちゃテンションが上がっているのだ。
両手を挙げてはしゃいじゃうけれど、すれ違う誰も気にしない。だって誰がどう見ても老婆だからね、おばあちゃんがただ万歳してピョンピョンしてるだけだもんね、うん、日常、日常。誰も気に止めない。
異世界の皆さんも、現代日本と同程度の非常に高いスルースキル持ちだったことをお伝えします。えー、現場からは以上です。
「だからお前には勿体無いって言ってんだろ! 俺達が貰ってやるから! オラ! 寄越せ!」
「イヤダ! アゲナイ! イヤダ!」
「こンの、クソガキがぁ! チョロチョロ逃げやがって」
「ハナセ、ハナセ! コレハ、オヤジガ、ルル二、クレタ! 他人ニ、アゲナイ!」
「チッ! 大人しくしろ!」
「ヤメロ! イヤダ! イヤダ!」
浮かれ気分で流れに乗って歩いていたら、いつの間にか人垣の先頭に押し出されていた。
――なんだろう? 揉め事?
怒鳴り声に驚いて見れば、屈強な男が三人がかりで、一人の小柄な少年に掴み掛かっていた。ここだけ妙に混んでるなと思っていたが、なるほど、この揉め事を遠巻きに見る人々で出来た人垣だったのか。
男達は、少年が抱えている細身の剣がお目当てのようだ。
少年はしばらくリスのように素早く逃げ回っていたが、とうとう捕まり、押さえ込まれて、今まさに剣を奪われそうになっている。男達の体格が良いせいか、誰も助けに入らない。「助けてやりたいが……」「三人も相手じゃなあ……」と悔しそうな声も聞こえる。
私も助けたい気持ちは無いわけじゃないが、こんな老婆があの場に割って入ったとて、果たして何かできる事があるだろうか。いや、無い。微塵も無い。
さて、どうしようか? と、隊長と視線を合わせた時だった。
ドン!
「えっ?!」
後ろから強い力で突き飛ばされた。
隊長が目を丸くして驚いている。だよねー。私も驚いてる。でも、老婆の痩せた身体は軽いのだ。放り投げられたかの如く飛んでゆく。足を踏ん張ろうと試みたが、千鳥が浜辺を歩くみたいに、タタッタと数歩、爪先が地面をかすっただけだった。
哀れ、飛んだ老婆は男の一人にぶち当たった。男は、私のローブの襟首をひっ掴むと「アァ! なんだ、この糞ババア!」と怒鳴り、そのまま地面に叩き付けた。
顔面から、べしゃりと。
おぅふ……、どうしてこうなった。
痛くて立ち上がれない。
体中痛いが、顔面が、とくに鼻が痛い。
え、これ……鼻……折れてないよね……?
ていうか、あれ? 私、この世界来てから、こんなことばっかりだな? 日本でどんな悪行を積めば異世界でこんな目にあうことになるんだ。悪行した覚えないけども!
「ヴエェェェァァァァヒィン!」
捨てられた雑巾のように地面に突っ伏していると、聞いたことある嘶きが盛大に響き渡った。
ガッ、ガッ、ガッ、と蹄が地面を蹴る音、男達の慌てたような声、群衆の悲鳴、そして――――
ドスッ! ガスッ!
バガッ、ドスッ、ガツンッ!
「……ぐぁ、……ぁぁっ」
「ごっ……ごふっ……」
「ぶ…………、ぐ…………」
砂袋を鈍器で殴り付けたような鈍くて重い衝撃音が数回した後、続けて呻く声が聞こえてきた。
一体何が起こったのか、地面を抱きしめている私からは見えなかったが、想像はつく。隊長が野郎共を蹄でヤッちまった音だろう。多分、殺っては……ないと思うけど――ロバの脚力ってどれくらいだろう? あの三人、どこを蹴られたのか知らないけれど、骨くらいは折れてるかも。なお、同情はしない。
「……オバアチャン、大丈夫?」
ふいに可愛いらしい声が頭上から降ってきた。「アッ、怪我! マッテ、イマ、治ス!」と言われている間に、ふわりと体が軽く、そして温かくなった。
そっと両手に力を入れると、すんなり力が入り、起き上がることが出来る。
強かに打ち付けた鼻も痛くない。不思議なことに痛みや怪我が治ったようだ。出た鼻血の跡は消えなかったけれど。
三人の男達は隊長の魔法で、縄でぐるぐる巻きにされて、駆け付けた騎士達に連行されていった。幸い、三人とも呻き声をあげていたので、生存が確認できた。約一名(多分、私を投げ飛ばした男)は、顔も青く声が小さかった。ちょっと余分に蹴られたのかもしれない。
それにしてもこの街には騎士がいるのか。
騎士がいるなら最初から助けてくれれば良かったのにと思ったら、それが顔に出ていたらしく、苦笑と共に謝罪された。
人垣の中の誰かが騎士を呼んでくれて慌てて駆け付けたものの、結果として、間に合わなかったらしい。んんー、それならまあ、しょうがない。
隊長は唸りながらしつこく騎士達に軽く頭突きしていた。騎士達は痛がりながら、ロバ相手にペコペコ頭を下げていた。
「……ワタシ、ルル、言ウ」
私の目の前には、美少女が座っている。
美少女枠はここにいた!
「ルル」と名乗った美少女は、髪を隠していた大きなキャスケット帽を脱いで、私に頭を下げた。
騎士達が引き上げていった後、「アンタ達、往来じゃあ邪魔ンなるから、取り敢えず、店、入ンな!」と言って、パン屋の女将が店に招き入れてくれた。ロバ同伴でもよいとは、なんとも心が広い女将さんだ。
「オバアチャン……ゴメンネ。……巻キ込ンデシマッタ……」
「気にしないで。あなたが悪いわけじゃないし、怪我も治してくれたでしょう? ありがとう」
しゅんとして俯く美少女。まず目につくのは、普通のヒトより、少し長めで先が尖った形の、妖精のような耳。キャスケット帽に髪と共に、この独特な形の耳も隠されていたのだろう。そんなことよりも――
ぐぅぅぅぅぅ~!
「良いにおいですね。シチューですか? 女将さん」
腹の虫が盛大に鳴った。
それもそのはず、昨日目覚めてから何も食べてない。そもそも食べ物を探して街に来たのを思い出す。まったく、なんて日だ。
私のお腹の音を聞いた、ルルちゃんは目を真ん丸にして驚き、女将は爆笑だ。
「良かったら食べてっておくれよ。ウチの旦那ときたら、シチューなんか売れないってのに、鍋二つ分も作っちまったのさ。まったく困っちまうよ!」
アッハッハー! と豪快に笑う女将の背中を見つめるパン屋のご主人が、店の奥で苦いものでも食べたような渋い顔をしている。
「今日はいつもより 肌寒いだろ。…… だから……売れる、と……思ったんだ」
「うちの旦那は料理の腕は確かだし、男っ振りも良いンだけどさ、こういうとこがダメなんだよねぇ。 寒かったり天気が悪かったりする日ってのは、 街の女達は無駄に買い出しに出たりしないのさ。男連中は手軽な屋台か酒場に行っちまうしね。パン屋のシチューなんか誰も買いに来やしないよ。だいたい今日はパンの売れ行きも悪いしさ」
「……そろそろ見廻りの騎士達が帰ってくる時間だ。……まだ……勝機は、あるだろう」
パン屋のご主人は、眉間にギュギュッと皺を寄せて反論する。反論というにはちょっと控え目だけど。
美味しい――私はまだ食べてないけど、女将が味は保証するよと言うのだから、美味しいに決まっている――シチューが売れずに残ってしまうのはたしかに忍びない。
どうしたものかと隊長と目を合わせていると、「オ店ノ前、呼ビ込ミ、スレバ、イイ! 行コ!」と叫んでルルちゃんが立ち上がった。え、私もいくの? ええー、おばあちゃんお腹すいたよー?
「騎士様、シチュー! オイシイヨ、買ッテッテ!」
「パン屋のシチューじゃなあ」
「ちょ~っと俺等にはもの足りないかなあ~。鍋も持ってないしね~」
「せっかく声掛けてくれたけど、今日はとくに冷えるから、これから酒場で飲みながらがっつり肉料理を食べようと思ってるんだ。悪りぃな」
ルルちゃんはキャスケット帽を被りなおし、店の前を通る騎士達に一生懸命声を掛けていたが、今のところ成果はゼロだ。
騎士達は相手が子供だからか、優しく断っているが、買ってはくれない。
ルルちゃんは、見るからに元気をなくして、ガックリと肩を落としている。
「ルルちゃん、おばあちゃんお腹がすいたよ。一旦、休憩にしよう?」
「……ン」
項垂れるルルちゃんの肩を、ポンポンと叩きながら再び店内へ。
パン屋のご主人にお願いして、二人分のシチューをすぐ食べられるように用意してもらう。それを持って、店の前に出る。
店の前に無造作に積んであった木箱を二つ拝借し、それぞれ椅子がわりに座る。手元からは、熱々の湯気が、よく煮込まれたシチューの美味しそうな匂いを運んでくる。
さあ、私にとっては異世界初の食事だ!
いただきます!
「ほっ……はふっ……!! ふ、お、お、美味しい~っ!」
「ハフッ、ハフッ……! ンンン~! ハフッ! アツッ……! アツイ、ケドッ……オイシイッ……!」
二人で大げさに、熱い、美味しい、熱い、などと言いながら食べる。
ちょっとオーバーリアクション気味だが、実際に熱々で美味しいので、嘘はない。現にルルちゃんも、大きな瞳をキラキラさせて夢中で頬張っていて実にほほえましい。
店を出る前に、パン屋のご主人にちょっとしたお願いをした。扉を半開きにしてもらったのだ。そのせいで今、店先にはとってもお腹のすく呪い――シチューの匂い(合法)――が漂っている。
ルルちゃんの呼び込みからパン屋の様子を窺っていた、騎士や通りすがりの人たちが、ごくりと喉をならす。さっそく空腹の呪いにかかったようだ。
「お、なんか旨そうだな……」
「パンを器にして、スプーンがわりにビスケットか。……ふむ、それなら持ち込みの鍋がなくても買えるし、店に器を返す手間もない。それに全部食べられるからゴミも出ない、か。なるほど非常に良く考えられている」
「ほ~、めっちゃ騎士団向きの持ち帰りメニューじゃん。あれなら、詰所の差し入れとかにいいかもな」
「屋台の汁物は、持ち帰るなら鍋持っていかねぇと悲惨だもんな。貸し皿は浅いから歩くたびに中身が、少しずつ、少しずつ、こぼれて……」
「哀れ!差し入れの皿は、詰所に着く頃には空っぽでした~、チャンチャン。……新人あるある」
「あっ、俺、これから夜警だわ。仲間の分も買ってくか。女将~! アレ、アレ! あの婆さんが食ってるヤツ、くれ! パンに入ったシチュー!」
騎士の一人が店内に駆け込む。
そう、パンも売れ残っていると女将が言っていたので、丸いパンの中をくりぬいてシチューを入れてもらっていたのだ。
名付けて「パンもご一緒に如何っすかー?」セット。むろん私の心の中限定ネームだ。
こちらのパンは、日本で売ってるフランスパンを二倍硬くしたような、水分少な目のパンだった。薄く切ったり、ちぎってスープに浸してふやかして食べるのだそうだ。シチューの器がわりにしても、漏れたりしないし、シチューを吸って、パンも若干食べやすくなる。
「ビスケット」とは、私の感覚からすると、ビスケットとは別物だった。これはもはや大きい乾パンだ。スマホサイズでカッチカチ。食べたことないけど日本で「軍隊パン」と呼ばれてたものに近いのではないかと思う。
女将がおやつにどうぞと出してくれたので、喜んでかじりついたら、老婆の歯が危うく欠けるところだった。私には危険な食べ物だ。
パン屋のご主人が調理用ナイフで縦半分に割ってくれたものを、ルルちゃんと一つずつ、スプーンがわりに使っている。
スプーンと違って凹凸は無いが、大きい具が掬えれば充分だ。あとは徐々に器からちぎったパンにつけて楽しめる。
ちなみに、くりぬいたパンの中身は、後で私が貰う約束をしてある。これを明日の朝食にするつもりだ。
ノープランで街まで降りて来たけれど、よく考えたら、私、一文無しだった。
運良くタダでシチューをご馳走になったうえ、明日の朝食分のパンまで確保できた。なんという幸運か!
しかも、水分少な目のパンだから風通しが良いところに保管すれば、数日食い繋げるかも。
「はぁ~、パンもめっちゃ、旨ッ! 噛むほど味が染みでて……幸せだわ~」
「ン……。オイシイ、……ネ?」
シチューを食べ、器パンをモグモグし始める頃には、パン屋には客の列が出来ていた。そしてガン見されている。
実演販売ならぬ実食販売作戦、素人の思い付きだけど、これはなかなかの宣伝効果では? 少しは売り上げに貢献出来たなら嬉しい。
イイ感じにシチューの浸みたパンをかじる。パンは噛めば噛むほど、旨味というかパンの風味が出てきて、なんとも美味しい。
フワッフワの高級食パンも美味しいけど、硬いパンには硬いパンの旨味ってあるよね。噛んだとき、じゅわーと広がる塩気が好きです。顎、疲れるけどね。
「……は?」
私は、今、呆然としている。
目の前にいるパン屋の夫婦は、笑顔全開の上機嫌だ。
店の中には何もない。山のようにあった商品のパンが一つもない。何が起こった?
私とルルちゃんが店先でモグモグして、店内に戻ったら、どの棚もがらーん、としてる。そういや、客もいない。私の体感ではその間、ものの二十分程度だ。
「いやぁ~、助かったわ~! すっかり全部売れちまってさ! 見とくれ、鍋はスッカラカンさ! ありがとうね、婆さん! ルルちゃん!」
「良カッタ! オイシイカラ、売レテ、良カッタ!」
え……、は? 売れた?
鍋二つ分のシチューが?
店中に積まれてたパンも?
売れたの、全部? まさかの完売?
「婆さんのお陰だ。恩に着る。……パンに入れたシチューは……実を言うと、すぐ売れちまったんだ。騎士連中が……何個もまとめて買っていって」
「……ウン。仲間ノ分モ買ウ、言ッテタ」
そういえば確かに、そんなこと言ってる人いたね。差し入れにいいとかなんとか。思い出して、ルルちゃんと、うんうんと頷きあう。
パン屋のご主人は若干、遠い目をしている。
「……あとから来た客は、……シチューは終わっちまったって言ったんだが、……パンだけでも売ってくれって……その、……婆さん達が外で旨そうに食ってるから、どうしても食べたいと……」
「おかげで、ビスケットまで根こそぎ買われちまって、この有り様さ! 明日ための仕込みが今から大変だよ!」
女将はアッハッハー!と笑ったが、私は不安になった。そう、聞かねばならない、あのことを。これは私の死活問題だ。ブルブルと震えながら、たずねた。
「あの、大変申し上げ難いのですが、くりぬいた後に残ったパンを貰えるって話は……」
「ああ、アレね! アレはさ、くりぬくのに賽の目に切れ目を入れただろう? 厨房を覗いてた騎士の連中がいてね。『おい、オヤジ、それはなんだ?』ってさ、この旦那が馬鹿正直に『……このパンの……中身だったやつだ』なんて答えるからさ、まあ、つまり、見付かっちまったのさ。」
――ああ、なんか、嫌な予感がする。
「そしたら、『これも売ってくれ!』って。なんでも、夜警の間、小腹が減るから食べるんだとか言い出して。こんなの売りもんじゃないよって言ったって聞きゃーしない。まー、子供みたいに取り合いだよ。 鳥の餌みたいに小さく切ったパンなんかどうすんだい、て聞いたンだけどさ。一口でパクっといけるから、それが良いンだってさ! 有事の時にモグモグしてるわけにもいかないからって。呆れるよねぇ~」
――や……やっぱり!
ぐぬぬ……老婆のささやかな朝食を奪うとは。
おのれ~!腹ペコ騎士団め。許すまじ。
「悪いけど、また明日の朝に来とくれよ! あんな残り物じゃなくて、お礼に焼きたての旨いパンをたぁんと焼いとくからさ!」
「……婆さん、……ルルちゃん、……本当に……有り難う。……是非、ウチのパンを……ご馳走させてくれ!」
女将は相変わらず豪快に笑っている。
ご主人はちょっと目がウルウルしている。
ルルちゃんの嬉しそうな笑顔が眩しい。
隊長は、わき腹に優しく頭突きしてくる。このグリグリは、無事朝食確保おめでとうと言っているのかもしれない。
「痛て、痛てて! わ、私、老婆だから! ちょっ……二人とも、手加減して!」
笑顔で背中を容赦なくバシバシ叩いてくる女将と、半泣きで両手をギリギリと握り締めてくるご主人に、悲鳴をあげる。
いつか私が魔法を使えるようになったら、その時は復讐として、このパン屋が繁盛し過ぎて笑いが止まらなくなる呪いをかけてやろう、そう思った。