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17 砂漠の国、または、癒しの塔にて

更新の間がだいぶ空いてしまって、すみません。

少し短めです。婆さんは出てきません。


※注意 体の一部が無い(身体欠損)の描写があります。深刻さや痛みなどの表現はありませんが、そういった話が苦手な方は、今話は飛ばしてください。


前半は砂漠の国ケルジァール(バースィマ)、後半はアーデンマムデル王国(ジュリアン殿下)の話です。


 

 商人達は、海を越えて届いた積荷を船から降ろし、慣れた手付きで手早く馬や駱駝に積み替えていく。それらの積荷は海の向こうの大陸アーデンマムデル王国から仕入れた物だ。

 王女の乗る船がアーデンマムデル王国に到着する一週間ほど前に彼の国の南に位置するイリザーレの港を出港し、この国に帰ってきた処だ。


 さあ、積荷の載せ替えが済めば出発だ。港街タパティドを出て暫く馬を走らせる。

 徐々に道端に生える植物がまばらになり、やがて砂の大地が目の前にあらわれた。


 雲ひとつない晴れ渡った青空と平行して何処までも砂漠の地が広がる。

 時折乾いた風が強く吹きつけ、熱気と砂が舞い上がり、砂丘を削り、そしてまた新しく砂の山を形作っていく。その繰り返し。


 砂の下では獲物を待つ軍隊蟻が身動ぎしている。

 軍隊蟻一匹の大きさは子猫程だ。魔物にしては小さいが、五十匹前後の群れで馬や駱駝の足を狙って襲ってくるので厄介な敵と言える。軍隊蟻以外にも魔物は出る。よって、この辺りを通る商隊は必ず腕の立つ護衛を数名雇うことを忘れない。


 砂丘に照り付ける太陽の下、蝶が群れて飛んでいる。先程の商隊の積荷から抜け出してきた蝶だ。強い日差しに俯いて進む商隊の男達は、蝶の群れが積荷から飛び立った事に気が付かない。


 先頭には、偏光色の青い蝶。

 青空をそのまま切り取ったような美しい羽は、太陽の光を砂の上に散らしている。


 蝶の群れは商隊を追い抜く早さで砂漠を越えてゆく。


 やがてぽつぽつと、暑さに強い多肉植物が影を作っているのが散見し始める。さらに進めば突如植物の数や種類が増し、賑やかな音楽と共に色彩豊かな街並みが見えてくる。



 ――――オアシスだ。



 入り口の木陰にテントを張り、商隊は駱駝や馬を休める。

 その横では、軽快なリズムで奏でられる音楽に合わせて、薄衣を纏った若い女達が、腰をくねらせ脚を上げ、なんとも妖艶な舞を踊っている。

 彼女達砂漠を旅する流浪の民は、隊商を相手にこうして唄や踊りを披露したり、占いをして外貨を得る。失せ物探し、待ち人寄せなどの『まじない』も少しやるのだと言う。砂漠の外の国から来た人は物珍しそうにそれを眺めている。


 オアシスの中に踏み込めばそこには建物と商いをする者達の張る色鮮やかなテントがひしめき合っている。市場は活気に満ちている。


 人の波と喧騒を越えて、蝶たちは真っ直ぐ王宮へ向かう。


 王宮を囲む目に見える城壁はない。ただ、幹の太い樹木たちが戦士の持つ剣のように鋭く尖った葉を天に向けて繁らせ、繊細な装飾の施された砂岩造りの王宮を囲んでいるだけ。


 それが、ケルジァールの王宮である。


 王宮の中庭の滝を模した水辺には涼しい空気が流れている。回りには瑞々しい植物が植えられ、南国特有の極彩色な花々が溢れんばかりに咲いている。


 長旅を終え王宮に辿り着いた蝶たちは各々水辺に舞い降りて羽を休めることにしたようだ。しかし、先頭の青色の蝶は止まらずに、そのまま王宮の奥、()の寝室へ向かってヒラヒラと進んでゆく。


 王の寝室には、まだ年若い少年の召使い達が侍り、長い柄の付いた大振りの団扇を振って寝台へ柔らかい風を送っている。


 部屋の中央、大きな円形の寝台を隠すように掛けられた天蓋の薄布がふわりと風に靡く。その隙間から、青色の蝶は中へ入り込む。


「まあ。ウルファ、戻ったの?」


 広過ぎる寝台に、黒髪の女が一人、気だるげに横たわっていた。


 明け方の空のような澄んだ深い青色の瞳を縁取る長い睫毛。あどけなさが残る愛らしい唇。うねりのある長く豊かな黒髪が寝台に広がっている。


「落ち着いて、……大丈夫よ。泣かないでウルファ。さあ、何があったのか、私に話して聞かせて頂戴」


 青色の蝶は、興奮を抑えられぬように、黒髪の女の回りをヒラヒラと飛び回る。


 女は体を横たえたまま、華奢な手をそっと伸ばす。

 その指先に蝶がとまる。


「そう……、そう、……あら。二の船は沈んだの。でも姉様はご無事なのね? 良かった」


 蝶のとまる指を頬に引き寄せて、女は優しく微笑んだ。



「姫様」


 未だソプラノの声を保つ召使いが、天蓋越しに告げる。


()()()が、お見えになりました」

「いいわ。通して頂戴」



 カツカツと複数の足音が響く。

 寝台の前で靴音が止まる。


「バースィマ」


 召使い達によって天蓋がそっと左右に開かれ、浅黒い肌の精悍な男性が三人現れる。


 それぞれが寝台に乗り上げてきた。


「愛しの我が君、お目覚めか」

「バースィマ様、本日もご機嫌麗しく」

「さあ、体を起こそう」


 砂色の短髪の男が、バースィマと呼ばれた女の体を起こす。男は、彼女の指先にとまる青色の蝶に気が付いた。


「ああ、ウルファか。……蝶になって戻ったのだな」

「ええ。でも、姉様はご無事ですって」

「そうか」


 赤い癖毛の男が、バースィマの肌を濡れた布で清め香油を馴染ませていく。


「義姉上はお強い。アーデンマムデル王国でも巧く立ち回りなさるだろう」


 水色の長髪の男は、バースィマの髪を櫛で梳かし編み込みながら相槌をうつ。


「ええ、義姉上には月光の精霊王女の守護がございますから、お任せして心配ありませんよ。あの国は、いずれ義姉上のお庭になるのですから」

「そうね。姉様は国母に成られるのですもの。アーデンマムデル王国の虫退治は姉様にお任せするしかないわね」


 バースィマは、この砂漠の国ケルジァールの第二王女であり次期女王だ。アーデンマムデル王国に赴いたバースィラは父親違いの双子の姉。そして、ここにいる三人の男達はバースィマの王配(おっと)だ。


 現在この国の女王は姉バースィラと妹バースィマの母親であり、姉妹はまだ王女の立場だが、バースィマが夫を持ったのと同時に母女王の王配――父達は、バースィマの夫達に政務を引き継いでしまい、今は相談されれば助言する程度で悠々自適な生活を送っている。したがって夫達はバースィマより一足先に『王』と呼ばれている。


 夫達との会話が途切れる頃には、バースィマの豊かな黒髪は結い上げられ、ゆったりしたシルエットの長袖のドレス――光沢の美しい上質な絹で織られ華やかな刺繍の入ったガラベーヤを身に纏っていた。


 夫達はバースィマの体を抱き上げ、車輪の付いた椅子に乗せる。

 椅子を彩るのは、異国の伝統装飾である螺鈿細工だ。闇夜色のウルシという塗料を幾重にも塗り重ね、虹色に光を反射する月長夜光貝を貼り、美しい蝶や花を描いている。


 華やかな装飾の車輪付き椅子に座ったバースィマには本来椅子から垂れるはずの足がない。膝から下が無いのだ。これは生まれつきである。


 ケルジァールの王家に生まれる双子姫のうち、太陽の姫は必ず精霊の国に足を置いて産まれてくるという言い伝えがある。その言い伝え通りの特徴をもって産まれてきたのがバースィマだ。


 建国よりケルジァールは代々女王の産んだ娘が国を継いできた。女王は複数人の王配をもつ。その中で、稀に双子姫が産まれることがある。


 足がない方が太陽の姫で、女王となる。

 足がある方は月光の姫で、戦士となる。


 太陽と月光の双子姫が生まれることは、ケルジァールに大きな恵みがもたらされる吉兆であるとされる。

 バースィラとバースィマの双子姫が産まれたのは実に四代ぶりのことであった。



 バースィマが青色の糸で細やかな刺繍が施された紗のベールを身に纏うと、たちまち膝から下の足が現れる。


 ベールに施された刺繍による幻覚効果だ。

 この王の寝室の壁をぐるりと囲むように埋め込まれた水槽には、(なまず)程の大きさに育った藍色の生物が、ヌラヌラと泳いでいる。手足もヒレもないナマコのような見た目をしたこの生物から採れる分泌液はこの国の知られざる特産品だ。これを染料として染めた糸や布には特殊な魔法効果があるが、製法をケルジァールが秘匿し流通を制限しているため非常に稀少(レア)だ。そんな貴重素材を献上品としてアーデンマムデル王国行きの二の船に積んでいたのだが……。


 そんな稀少素材で刺繍を施されたベールの上から、青い蝶はそっとバースィマの左肩にとまった。


 召使いがひとり、前に進み出る。


「姫様、アーデンマムデル王国より魔法便にて書状が届きましてございます」


 召使いが捧げ持つ銀の盆に置かれた手紙を、砂色の髪の夫が手に取り開封する。


「彼の国の王太子からだ」

「まあ、レアンドル殿下から?」


 さっと目を走らせてから、バースィマへ手渡す。


「何と言ってきたのです?」

「……二の船が沈んだことの報告と、一の船から降りてきた女が王女を(かた)っていると書いてある。その偽物は『バースィマ』と名乗ったらしい」


 水色の長髪の夫の問いに、砂色の髪の夫が答える。バースィマは不思議そうに長い睫をパチパチと瞬かせた。


「あら? 姉様の名バースィラではなくて、私の名バースィマを名乗ったの?」

「ああ。大方ウルファをそのまま真似たんだろう。ウルファには、義姉上ではなくバースィマのように外見を合わせ振る舞うようにと指示をしていたからな。義姉上には()()()()()()()()、いつも通りの装いで出立してもらったのだ」


 バースィマは、砂色の髪の夫の答えに「そうだったの?」と首を傾げる。それに是と返事をするかのように、青い蝶が羽を震わせた。


「それで彼方(あちら)は、よく偽物と気付けましたね。バースィマ様は公の場にはほとんど出ませんから、あの船に載せた者達どころか、アーデンマムデル王国では誰もご相貌を知らないでしょう? 黒髪青目であれば成りすますのは容易かったでしょうに」

 水色の髪の夫は首を傾げる。


「オルコック卿かアボットを港の出迎えに同行させたんだろう」

「ああなるほど、あの二人ですか。義姉上やバースィマ様のお顔もご存知ですし、ウルファとも面識がありますから見破れますね」


 バースィマの首に首飾りをとりつけていた赤い癖毛の夫が満足そうに頷いた。

「アーデンマムデルの第二王子は婚約者を蔑ろにする愚か者だと聞いたが、王太子のレアンドル殿下は少しは知恵が回るようだ。義姉上の夫になるのだからそれくらいでなければ困る。……さあ、出来た。行こうか」


 召使いの少年達が扉を開ける。

 夫達に促され、バースィマが肘掛けに軽く手を触れて魔力を通すと、椅子の車輪が音もなく静かに動き出す。


「それと、偽物の王女にカスィームが引っ付いているらしい。従者が身の回りの世話をしていると手紙に書いてある」

彼奴(あやつ)! 最近、姿が見えないと思ったら船に乗り込んでいたのか!」

「はぁ、まったく、……あの男は何がしたいのでしょう?」

「さぁな。もしかしたら、……この縁組みを壊したいのかも知れん。カスィームは義姉上に懸想していたからな。偶然、偽物と利害が一致したというところだろう」

「……そうだとして、一人で策を思い付くでしょうか。カスィームはあまり頭の良い男ではありません」

「アイツを唆した者がいるということか?」


 渋い顔をする夫達を見上げてバースィマが、小さく「まあ」と声を上げた。


「この国にも毒虫がいるのなら、早く捕まえなくてはいけないわね! 狩りの準備を」

「「「 太陽の姫の仰せのままに 」」」


 砂漠の太陽は、温かではない。

 それは時として、川を干し容赦なく大地を焼き付くす灼熱だ。


 姉のバースィラならば苦しむ暇も与えず一息に斬っただろうが、妹のバースィマには生憎そんな優しさは微塵もない。

 バースィマ自身も、現在女王であるその母も、先代の女王だったその祖母も、相当に執念深い。太陽の精霊王女の守護を持つ者は、皆そうらしい。


 敵は必ず引きずり出して捕まえる。

 殺さずに、なぶる。

 その者の孫の代まで――。


「ふふふ、楽しみだわ」


 豪奢な椅子の上で、ケルジァールの第二王女バースィマは、花のように愛らしく無邪気に微笑んだ。




 ◇ ◇ ◇




 アーデンマムデル王国の王都では、癒しの塔にて第二王子ジュリアン殿下に面会者が来ていた。


 ちなみに『癒しの塔』というのは貴人用の牢獄――要するに幽閉施設のことだ。貴人用なだけあってそれなりに広く豪華な部屋だが、外出は認められないし面会も一々許可が必要だし持ち込み品には制限がある。高貴な育ちの人間には不便で窮屈な空間ではあろう。


 その塔に、女性関係で()()()の過ぎたジュリアン殿下は、療養という名目で滞在中だ。実際は、行方不明の婚約者エルミラ嬢殺害の首謀者または重要参考人として拘束されているのである。


「……何の用だ、エルベルト」

「この手紙をご存知ですよね」


「どうぞ」と差し出された手紙に目を通すと、ジュリアン殿下はワナワナと手を震わせた。


『信頼する我が主へ ご報告。

 恙無く計画を遂行いたしました。

 瘴気浄化の儀式の名目で、呼び出しに成功。

 内密の命であると伝えておいたので、家族には観劇と伝えていたようです。

 西の森にて、背後より斬り掛かり、出血を確認。

 倒れたところを念のため何度か刺しましたので、気を失ったようでした。

 賜った魔獣寄せの薬液をドレスに染み込ませると、程なく魔獣の声が複数聞こえてまいりましたので、我々は撤退しましたが、間違いなく死亡したでしょう。

 生きて戻れるはずがありません。

 証拠に髪を切り取りました。同封します。

 つきましては、例のお約束の件、何卒お忘れなきよう』



「な、……なんだこの手紙はッ!」

「モーリス・フレミーの()()()()にあった手紙ですよ。この手紙は貴方宛のものでしょう? エルミラの誘拐は貴方の指示だったのでは?」

「……ッ、知らない! 知るわけがない! そんなこと、なぜ僕がする必要がある?! エルミラは僕の婚約者だぞ!」

「おやおや、殿下。そのように乱暴に扱わないで頂きたい。これはエルミラが害されたという大事な証拠品なのだから」


 ジュリアン殿下は、見るのもおぞましいと言わんばかりにその手紙を床へ投げ捨てた。


 その投げ捨てられた手紙を面会者の護衛が拾い上げる。


 ――やれやれ。


 拾い上げた手紙を丁寧に懐に仕舞ってから、ソファーに座りジュリアン殿下を嗜めるエルベルト・イラディエル辺境伯の背後へ控える。辺境伯の護衛役として同行している第五騎士団副団長サティアスは眼鏡の鼻をクイッと押し上げた。


「知らない! 僕は、本当に、こんな手紙は知らないんだ! エルミラの事は、……できる限り、僕なりに彼女を尊重してきたつもりだ。まさか、こんな……、西の森に置き去りにするなんて……」


 ――その割には。


 初恋の元侍女を忘れられずに、似たような女を集めて好き勝手していたようだが、尊重していたとはどの口が言うのか。辺境伯にしてみればエルミラ嬢は姪御である。腹立たしいことこの上無いだろう。背後から見ても分かる程、ゆらりと魔力が漏れてきた。


「殿下。これはね、エルミラの毛髪ですよ。これが手紙に入っていた。魔法鑑定も済ませてありますが本物です。ホラ、見てください。切り口が乱雑でしょう? きっと乱暴に引っ張り掴んで無理矢理刃物で切り取ったのでしょうね」

「…………そんな」


 辺境伯が銀細工の箱を開けた。中に収まる一束の銀髪を、目を見開いて見つめるジュリアン殿下は血の気を失い真っ青な顔で震えている。


「……エルベルト、信じてくれ。僕は、僕は本当に何も知らない」

「知らないというのもね、罪ですよ。殿下」

「だ、だが、本当に……」

「では何故、知らないのです? 婚約者の情報を把握していないのはどうしてです? 貴方はアーデンマムデルの王子で、エルミラは王子妃になる者なのに」

「そ、それは」

「夜会でダンスを踊れば義務は果たしていたとでも? 公務に同行させて隣に立せて尊重してやったとでもお思いでしたか? 成る程、殿下は知らかったのだから自分には何の責任も無いはずだと、そう仰りたい訳ですね?」


 辺境伯の畳み掛けるような糾弾が続く。殿下は弁明のために声を出すが息も絶え絶えだ。


「ち、違う。違うんだ、エルベルト。僕はそんな事は……、エルミラのことはちゃんと……」

「ちゃんと? ちゃんとって何です?」

「ちゃんと、こっ、好ましいと……」

「ハッ!」


 ――魔法地雷を踏みましたね、殿下。


『魔法地雷』とは隣国ガハララがよく使う武器だ。地面に埋めて人が踏むと雷魔法が発動し地面も人も吹っ飛ぶ。さらに何処に埋まっているか分からないから、うっかり踏んで大怪我を負う――そこから転じて、『魔法地雷を踏む』とは、触れてはいけない話題に触れて怒りを買うという意味合いの慣用句としてアーデンマムデル王国ではよく使われる。今まさにジュリアン殿下は辺境伯の地雷を踏んだのだろう。

 辺境伯はぴくりと眉を上げたあと、話にならないというように鼻で笑った。


「好ましいだって? いい加減にしろよ小僧。いいか、お前が直接手を下していようがいまいが、それを知っていて止めなかったか何も知らなかったか、そんな事は些事であってお前の犯した罪に変わりはない。お前がエルミラを婚約者に選んだその事がエルミラを殺したんだ。望んで婚約者にしたくせに守れなかった。()()()()()()()()()()()。ガバニージェス家もイラディエル家もお前を許さない」

「ち、違う、……違う! 違う違う違う! 僕は殺していない! 本当だ! 知らない! 何も知らない! 知らなかったんだ!」


 口調を変えた辺境伯を咎める者はここにはいない。

 殿下は元々顔面蒼白だったが辺境伯の放った直接的な非難の言葉に、さらに顔を青くして首を左右に振り、遂には立ち上がって叫んだ。


「違わないでしょう? エルミラのことが疎ましかったのでは? 何故なら、ジュリアン殿下の心にはいつも侍女のマリナがいたのですから、ね?」

「…………ッ」


 辺境伯のその一言が止めになったらしい。


 目を剥いた殿下が徐々に傾いたかと思ったら、一気に後ろへ引っくり返った。気を失ったようだ。

 慌てて支えようと魔法を発動したが自動解除(オートキャンセル)された。何故だ。――そうだ、癒しの塔は使用可能な魔法及び使用魔力量に制限があったのだったか。

 殿下に駆け寄り、頭を打ってないか確認する。塔から治癒魔法が自動発動しているようだが外傷が見当たらなくても頭の怪我は怖いから念のため後で神官に診せた方が良いだろう。


「ああ、この塔は気を自失防止の術を実装していないのか。……ふむ、魔法省に要望を入れるべきか」

「エルベルト先輩……。それ、危険では? 睡眠がとれなくなりそうですよ。殿下が壊れます」

「駄目かな?」

「駄目でしょう」

「それは残念だ」


 冗談かはたまた本気か「まだいじめ足りないんだがな」と言って笑う辺境伯を横目に、サティアスは殿下をソファーに横たえた。


「精神を壊してしまうと、取り調べがし難くなるので、程々にしてください」

「ああ、そうしよう。まだまだ彼に聞きたいことも残っているからね。……早く起きないかな?」


 サティアスは音がでないように気を付けながらゆっくり息を吐き、眼鏡の鼻を押し上げた。


「さすがに今日の尋問はおしまいですよ、エルベルト先輩。また出直しましょう」


 しまいには殿下に水をぶっ掛けてでも起こそうと言い始めた辺境伯を引き摺って、サティアスは癒しの塔を後にした。




ケルジァールは、代々女系で王配(夫)が複数名います。実質女王制ですが、王配達が表立った王として政を回してる感じです。

ケルジァールの王族に父親違いの双子が産まれるのは、精霊の御技によるものです。不思議。

 

バースィラが、婆さんへの自己紹介で父と祖父の名前から語ったのは、父親が誰かを説明してたのです。祖父も父もめっちゃ強い武人なので、バースィラは誇りに思っています。


次話、婆さん登場!



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