16 塩、生成
短めです。
今回、婆さん(主人公)は出てきません。
関西弁風の、方言を喋るキャラが出てきて、こいつが結構おしゃべりさんです。
エセ関西弁が苦手な方は、この回は読み飛ばしてください。(あんまり本筋に関係ないので読み飛ばしても大丈夫です)
泉の魔女が騎士団長の膝の上で、美味しくない泥を食べさせられていた頃、イリザーレの港を見渡せる位置にあるウェムゼ岬にて、ビルは沈没船の調査にあたっていた。
海流により漂着物は、港のあるイリザーレではなく此方のウェムゼ岬に打ち寄せられる。ここは船が寄せられない断崖絶壁となっており、崖下もゴツゴツと尖った岩が立っていて訓練を受けている騎士からしても足場が悪い。
闇青の団服はここでは目立つため、市中警備担当の第二騎士団に混ざって任務にあたる。
第二騎士団は通称〝岩狐〟。
岩狐とは、標高の高い山に棲む大狐で、皮毛には緩やかな認識阻害効果と共に物理攻撃によるダメージ軽減効果がある。
彼等はその名の通り、岩狐と同じ茶色の団服を着ている。岩狐の毛を糸にして作られた団服である。
ビルにとっては、何の事はない。勝手知ったるなんとやらだ。要するに、第二騎士団〝岩狐〟は、以前所属していた古巣である。
「予想通り、何も出ぇへんな~」
隣にしゃがんで気の抜けた地方訛りで喋るこの狐目の男は、元同僚で、第二騎士団の団長補佐ヤンだ。ビルがこの団に紛れている事情を知る協力者でもある。
崖の下に降りた団員達は、打ち寄せられた船の残骸を一つずつ拾っては小袋に入れる。片手の平に収まる小さな革袋だが収納空間が広がる魔法を付与してある魔導具だ。安い宿屋の一人部屋くらいの容量はある。
問題は、死体はおろか装飾品の欠片さえ見つからない事だ。海の底を浚いでもしなければ何も見付からないだろう。
いや、どうせ何も出てこないのは分かっていたのだ。ケルジァールの主要人物は、生前も死後も政敵に利用されないように自分自身を含めた人や品物を消す術を持っているという。不審に沈んだ船、現れた偽物の王女 ―――― この状況では、恐らく、その術が実行された可能性が高い。ビルが、もしもウルファ嬢だったなら間違いなくそうするだろう。
だからこれは『我々は手を尽くして捜索しましたが甲斐無く、船の残骸以外、何も見付かりませんでした』と上に報告するためだけに必要な作業なのだ。
だから愚痴をつい、声に出した。
「はぁ……。こういう時、水魔法だったら良かったのにって思うよな。底から海水を掻き回して任務完了に出来るもんな」
「いやぁ、使えたかて何も良ぉないで。ほれ、アレ見てみぃ」
ヤンが顎を少し上げて示す方を見れば、波に削られた険しい岩の足場に立って、豪快に水魔法を使って大量の海水を巻き上げ噴出させている団員と、それを離れた所から火魔法で迎え撃ち、海水を蒸発させている団員がいた。
あれでは証拠品まで燃えるのではないか? と思ったが、絶妙な匙加減で固形物は脇に弾き飛ばしている。
その弾き飛ばされた物を、周囲に控える団員達が器用にキャッチして回収していく。
水魔法を惜し気もなく振るっているのは〝岩狐〟の副団長で、火魔法をぶつけているのはその上司である騎士団長だ。
「な? 阿保やろ」
ヤンは、海面に浮かぶ船の残骸を摘まんで小袋に入れながらぼやく。
「あん人ら、魔力も体力も余り過ぎててちょっと可笑なってんねん」
――ああー……、始まったぞ。
ヤンのぼやきは、ここからが長い。
「何であん人ら魔術士団入らんかったんやろな? いや、俺一度訊いたことあんねん。そしたらな、魔術士団は後衛やからとか、どうとか、ゴニョゴニョなんや言い訳しよんねん。は? 魔術士団が後衛? そんなん言うたら俺ら第二なんか後衛どころかそもそも前線に行かへんやんか! は? 矛盾しとるやろ、マジで。何で? 何で第二入ったん? おかしない? おかしいやろ。な。あん人らほんま血気盛ん過ぎんねん。そんなに戦いたいんやったら第四に入ったらええやんけ。ダミアヌス殿下ん所で軽く献血でもさせてもろたらええねん。大体な、今回の派遣かて俺と部下だけの出張で軽ーく済む話やったのに何であん人らまで付いて来んねん。逆にあん人らおるなら、俺、此処いらんやろ! お陰で手配から何やらこっちは色々面倒いことになっとんねん。おまけに手薄になった王都の警邏がてんてこ舞いになっとるっちゅーねん。ガハララの密偵が出たとか何とか、……おい、ビル、聞いとんのか。相槌くらい打てやこら」
「お、おう。聞いてる聞いてる。……お前も大変だな」
岩狐の団長、副団長は、別に戦闘狂な訳ではない。根っからの祭好きなのだ。他人よりちょっと揉め事が好きで、要らんことに首突っ込みがちな性格な人達なのだ。
――悪い人達ではないんだけどなぁ。
尻拭いさせられる部下は苦労する……。
ヤンのぼやきは続く。
「大方、ケルジァール人が来たら絶対小競り合いが起こる!って踏んでついて来たんやろうけど、実際は船が沈んだだけで目立ったいざこざは無し。せやからあん人ら、欲求不満なんや。でなけりゃ、あんなザバザバ、ゴウゴウやる必要ないやろ。魔力量が多いかて何も良ぉない。ほんま過ぎたるは及ばざるが如しや」
副団長と団長の放つ、水と火の魔法のぶつかり合いはまさに圧巻だ。
ここが険しい岸壁でなければ大勢の見物人が出てもおかしくない。惜しいことだ。きっと子供達が喜ぶ見せ物になったことだろうに。
「ん? あれ、何だ?」
激突する海水と炎の間に、キラキラと透明な雪のようなものが舞っている。
「あー、副団長が海水噴射したとこを、団長が燃やして出来たんやから、塩なんちゃう? いや知らんけど」
――塩? 塩だと?!
ビルは、素早く土魔法を展開する。
切り立つ岩場に即席の足場を作り、跳んで行く。
「大地の大皿!」
副団長と団長、二人の距離の中間地点、透明な雪が降る場所に、土を隆起させ、巨大な平皿を作る。
キラキラと舞う塩は大皿に受け止められ、見る間に積もっていく。指先に少量とって舐めてみる。岩塩とはまた違う、旨味の多い風味豊かな上質な塩だ。
――いい土産が出来たぞ。
いそいそと懐から自前の革袋を取り出して、塩を収納する。
いつの間にか魔法合戦は止み、ヤンを始めとする岩狐の全員が、奇っ怪な行動を取るビルをじっと見つめていたが、ほくほく顔の本人は全く気付いていなかった。
ビルの心は王都に飛んでいた。
――王都に戻ったらこの塩で、婆さんに何か美味しいものを作ろう……。きっと幸せそうな顔で頬張るに違いない。
もっもっ、と慌てた火羽栗鼠のように頬を膨らませてものを食べる泉の魔女を思い出し、知らず知らず口元が緩む。
「よし! 早く帰ろ!」
◇ ◇ ◇
ビル達がいる場所から少し奥まった岩礁で、数人の団員達が、波で削れて出来た狭い岩窟を覗き込んでいた。
半分、空間が見えているが、引き潮の今ですらこの窟の底は見えない。潮が満ちれば窟そのものが忽ち姿を隠してしまうだろう。
「おお、出たか……」
「さすがに、亡くなってますね」
水魔法の使える団員は、その狭い岩窟の底から水死体を一体、引き上げた。
「この遺体、ケルジァールに関係あります?」
「さてな。衣服が無ぇからなぁ。うーん、髪は焦げ茶色、肌がちっと浅黒い、……か。大した特徴じゃねぇな」
「この国にもよくいる色ですもんね。あっ、胸に刺青がありますよ!」
水魔法でその体を引っくり返すと、物言わぬ女がこちらを向いた。左胸に大きな模様の刺青が彫ってある。
「……こりゃあ、何の紋だ?」
「まあ、ケルジァールに関係あるかどうかは、ビルに確認してもらうしかないだろう。彼の国に行ったことがあるビルにしか分からんことだ。声を掛けよう。あっちは一段落したみたいだからな」
見れば、団長と副団長の魔法合戦はいつの間にか終わったようで、妙に静かだ。
「おーい! ビル、来てくれ!」
「いや! 俺、もう帰るんで!」
――おい、何であいつ笑ってんだ?
いい笑顔で叫び返してきた元同僚に、岩窟の前にいる団員達は内心ツッコミを入れた。微妙にイラッとする。一番年嵩の団員は真顔で、ヤンに「今すぐ連れてこい」と合図を送った。
むんず!
「うわっ!」
ヤンが動く前にビルの体が浮かんだ。
岩狐の団長が、ビルの襟を後から掴んで持ち上げたからである。そして、あっと言う間に岩窟の前まで連れて行かれてしまった。ヤンと副団長、他の団員も自ずと岩窟前に集まる。
「出たのか?」
「はい。既に事切れていますが……」
団長に訊かれて年嵩の団員が答える。
副団長が覗き込み、首をかしげる。
「おかしいな、この遺体……。状態が良すぎる。衣服は一枚も残っていないのに、岩にぶつかった痕もなく、魚に食われた傷も見当たらない。水死体なのに、全く膨張していない。かえって気味が悪い」
刺青に気付いた団長が尋ねる。
「ビル、胸のあの刺青は何だ?」
ビルは遺体に近い岩場に下ろされる。その軍靴の爪先に海水が被る。潮が満ち始めたのだろう。ホントにもう、早く帰りたい。
「俺にも分かんないですよ、刺青の模様の意味なんて、知らないんで」
「そうか……」
「ただ、ケルジァールって、派手な武力の裏側で、結構えげつない呪術使う国なんですよ。呪術で殺したりとか、生き返らせたりとか、ね」
――ドン引きだよなぁ。わかる。
岩狐の団員達は絶句している。
ビル自身も、はじめて聞いたときはドン引きしたから気持ちはわかる。
戦闘民族だから、正々堂々、剣や腕力で戦うと思われがちだが、そうでもない。呪術も毒も、陰謀策謀も得意な国だ。邪魔なものはどんな手を使ってでも潰しにかかる。
死人を操って害を成す者がいて、それを防ぐため、自身を利用されないために、自らに砂と消える呪術をかける者がいる――ケルジァールはそういう国だ。
この遺体に彫られた刺青も、お洒落とか身分を示すものだとか、そういう穏やかなものでは無いだろう。十中八九、呪術の紋だ。何の術かは分からないが。
呪術に掛かっているから、この遺体は無傷でここに流れ着いた。衣服や装飾品は砂になったのに、この体は砂になれなかったのだろう。かわいそうにな。
「取り敢えず持って帰ります。重要証拠ですし、闇青の団長が見れば何か分かるかも知れないんで」
任務用の革袋に、遺体を収納する。
「おい、ビル。……それ袋ン中で急に生き返って暴れたりしねぇのか?」
「あー、どうだろ。騎士団の横領防止のロックが掛かってるから、生き返ったとしても出てこれないと思うんで、……大丈夫じゃないですかね?」
「横領防止ロックって、そういう機能ちゃうやろ!」
「ビル。今回の件は、きな臭い。何が起こるか分からんから、お前も充分気を付けろ。転移門から王都までは俺達と一緒だが、ギディオンに合流するまで独りになるのは危ない。そうだ、ヤンを同行させろ」
「はぁー?」
ヤンから不満の声が上がった。
団長補佐であるヤンを他の団に貸し出しても良いのだろうか? 単にお目付け役から解放されたいだけなのでは? 王都で待っているであろう書類整理から逃げたいだけでは? ……いいや、そんなことあるわけない。そうだきっとこれはビルを心配した団長の善意の提案、……な筈である。もちろん、「そんなわけあるか! どアホ!」とヤンは納得していない。
「潮が満ちて来ましたね……」
「もう、長居しても良いこと無さそうだぜ。団長どうするよ?」
しばらく眉を寄せて考え込んでいた団長が、顔を上げる。
「そうだな、収穫はあった。全員撤収、王都に帰還する!」
「「「 応! 」」」
茶色の団服の一行は、イリザーレの転移門へ馬を走らせた。
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次話に閑話のケルジァールを挟んでから、婆さん日常に戻りたいと思います。
婆さん待っててね、ビルは塩を持って帰るよ!