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14 老婆と火竜と忍者装束

 


「…………夢?」


 目が覚めても心臓がバクバクしている。


 まるで全力疾走したあとのように呼吸が苦しい。何か緊迫感のある夢を見ていたようだ。


 手で顔を覆うと、ぬるりとかいた汗が滑って気持ちが悪い。しかし、夢のショックが大きくてすぐには動けそうもない。内容も覚えていないのにショックだなんておかしなことだけれど。


 私は、両手で目を覆ってしばらく呆然としていた。


「……はぁ」


 よし、ようやく心拍数が落ち着いてきたぞ。


 ひとつため息をついて、起き上がろうと半身を起こす。


「クゥーン」

「えっ」


 ふと横を見ると、狼と目が合った。


 私の寝ている石の寝台には、顎を乗せた狼の顔が、五つ、横一列に並んでいた。


「ワウワウオン、クゥーン、クゥーン!」

「ワウワウオン、ワウゥ、ウォッフ!」

「ワウワウオン、ワッフワッフ!」

「ワウワウオン、ウォォォォン!」

「ウォォォォン! ウォォォォン!」

「えっ、えっ? 落ち着いて?」


 私と目が合った狼が鳴くと、他の狼も興奮気味に一斉に吠え始めた。その内の二匹は、吠えながら寝室を飛び出して行った。


 ――え? なに? どうした。


「婆さん! 良かったッス! 起きたんッスね!」

「婆さん! 体は辛くないか? 食欲はあるのか?」


 飛び出していった狼が、慌てた様子のアレクとセディを連れて寝室に戻ってきた。


「あ、……うん? お腹は空いてるけど、それより寝汗かいて気持ち悪い、かな」

「わかった、すぐ湯を用意する!」

「あ、待っ……」


 セディはものすごい早さで部屋を出て行った。止める言葉も間に合わない早さだった。


 この洞窟には浴室もあるが、浴槽が無駄にデカいのだ。大人の男性が五、六人同時に浸かれるくらいの広さだ。この世界初日―― 泉で溺れたあの日に、隊長(ロバ)にぶちこまれたのはいい思い出だ。


 あの広い浴槽を、水を汲み湯を沸かして満たすのはなかなかの重労働だと思う。


「盥の水と手拭いで、充分なんだけど……」

「ん~、でも、今の婆さんはちょっと汗の臭いがするから、ちゃんと風呂に入った方がいいッスよ!」

「それは離れてもらえれば解決な気がする! あと嗅がないで欲しい!」


 アレクがぎゅうぎゅう抱き締めてくるので苦しい。そして頭の上からしきりにスンスンと匂いを嗅ぐ鼻の音がする。

 老婆(わたし)の加齢臭を嗅ぐのは直ちにやめていただきたい。エイジハラスメントですよ!


「離れるとか無理ッス! 婆さん、三日も起きないから心配したんッスよ! 安心させて欲しいッス!」

「ええっ、三日?」


 酒場を出てから、私は三日も寝こけていたらしい。眠い眠いと思っていたが、ちょっと寝すぎではなかろうか?


「おい、アレク。離れろ!」

「嫌ッスー!」


 戻ってきたセディに、べりっとアレクが引き剥がされる。代わりにセディは私を抱きかかえて浴室へ。その後ろをアレクと狼達がついてくる。


「セディごめんね、お湯溜めるの大変だったでしょう。手拭いで軽く拭けば充分だったのに」

「いいや、この程度造作もない」


 セディを見上げるが、相変わらず前髪で目元が隠れていて、全く表情が読めない。

 彼が席を外していたのはほんの数分だったが、石の浴槽には温かいお湯がたっぷり張られている。一人で入るには勿体無い湯量だ。

 隊長(ロバ)は魔法でお湯を張っていたから、セディも魔法を使ったのかもしれない。


 ――ん? ちょっと待って。


「なんで二人とも袖と裾、捲ってる?」

「婆さんを洗わないと……」

「溺れるといけないッスから見張らないと……」


 ――はっ! 入浴介助する気か!


「一人で入れますんで、ご心配なく!」


 不満げな表情をした二人の優秀すぎる騎士(ヘルパー)を浴室から追い出し、私は一人で贅沢な朝風呂を堪能した。




 アレクの風魔法で髪を乾かしてもらっていると、入り口から可愛い声と共にヒョコッと大きなキャスケット帽が覗く。


「オバアチャン!」

「ルルちゃん!」


 (ラタン)で編んだ篭を抱えたルルちゃんが洞窟に入ってきた。街からわざわざベンさんのパンを持って来てくれたようだ。


 ルルちゃんは篭をセディに渡すと、私に飛び付いてきた。スリスリされても大丈夫、心配ない。なにしろ、おばあちゃんはさっきお風呂に入ったばかりなので臭くありませんよ!


 くんくんくんくん。


「石鹸の匂いしかしないッス……」

「アレク、婆さんから離れろ」

「アレク、アッチ行ッテ!」


 何故かしょんぼりしたアレクが、セディにベリッと引き剥がされ、ルルちゃんにグイグイと壁に押しやられていく。

『汗臭い』って言われたからお風呂に入ったのに、なんでちょっと残念そうな顔をされるんだろうか。解せない。



「せっかくルルちゃんに美味しいパンを持ってきてもらったから、景色の良い泉のそばで、みんなで食べよう!」


 気を取り直して皆に声を掛ける。

 ここの森はとても雰囲気が良いのだ。


 私が溺れたあの泉は、覗き込めば顔が映るほど穏やかで澄んだ透明な水を湛えていて、聖女が水浴びする聖域と言われても信じてしまいそうな清々しい泉だし、鬱蒼とした森の木々が泉の周辺だけ開けていて、様々な野草や野花が繁る草地になっているのだ。ユニコーンが二~三匹昼寝しててもおかしくない感じの、イイ雰囲気の場所なのだ。ピクニックには最適である。


 但し、泉の水深は結構深い。

 決してうっかり覗き込んではいけない。


「みんなも行こうね」


 そわそわと足元をうろつく狼達にも声を掛けると、セディの号令で点呼が始まった。


「全体集まれ! 番号!」

「一!」

「ワォン!」

「ワォン!」

「ワォン!」

「ワォン! 」

「ワォォォーン!」


 狼達の点呼の先頭に、アレクが混じってしまっているが良いのだろうか……。


 ――いいのか。そうか、うん。


 狼達の頭を撫でるついでに、何故か跪くアレクの頭も撫でておいた。




「ウワァ~!」

「素敵でしょー?」


 洞窟を出て少し歩くと泉に着く。


 ルルちゃんは、キラキラ目を輝かせて景色を見ている。


 この国はこれから本格的な冬を迎えるところで気温が低くシチューが売れるほど寒いのだが、泉の回りは紫や白の小さい野花が群生していて、なんと今、それらが花盛りなのだ。恐らく寒さに強い種類の植物なのだろう。

 何かハーバルな香りがほんのり風に乗って薫ってくる。


 泉のそばに、腰かけるのにちょうどいい高さの平らな岩がいくつか並んでいる。そこへ座ってみんなでパンを食べることにする。


「ベン、入レテクレタ。ハム、チーズ、アト、……色々!」

「うわー、嬉しい! 美味しそうだね」


 ベンさん達も、私が店に行かないので心配してくれていたらしい。パンの他にもおかずを、ルルちゃんに沢山持たせてくれたのだ。


 瓶詰のバターとレバーペースト、ハムと、チーズ。オリーブらしき実のピクルス。そしていつもの、ベンさん特製の硬いバゲット。これは美味しいサンドイッチができてしまうのでは?


 ――あ、そうだ。パンを軽くあぶったら、さらに美味しいかも。


 ふと、先日、ベンさんがやってた光景を思い出す。耐火鍋敷きに火の精霊を呼び出すやつだ。小さな赤いヤモリがちょこんとしていて可愛いかった。


 ただ、あれはベンさんが火の精霊と契約していたから出来ることであって、私には出来ないであろうことは解っている。クリスにも目で釘を刺されたし……。

 誰でもできる訳じゃない。解っている。


 ――私にも出来たらなぁ……。


 この時の私は解っているつもりで、実際はまったく理解していなかった。真似をしてみたのは、魔が差したとしか言いようがない。真似をするくらいなら何も起こらないそう思っていたのだ。いや、思っていたというか、あまり深く考えていなかった。


 岩に腰掛けたまま、前屈して、地面に落ちている大きめの石を軽くツンツンと突く。



「…………サラマンダー」



 囁くような音量で呟くと、石からフワッと温風が吹いてきた。石に爬虫類の前の片足がヌンと乗っかった。わりと大きい足だ。しっかりした爪が見える。



 ――えっ?


 戸惑っているうちに、もう一方の前足が現れこちらも石に体重を掛ける。両前足がグッと力を入れたのが分かった。



 ――こっ、これはまずいのでは?



「セッ、……セディ! アレク!」


 私は慌てて騎士二人を呼ぶ。

 幸いルルちゃんは景色に夢中な様子で狼達と一緒に駆け回っていて、いつの間にか泉を挟んだ反対側のところにいる。


 その間にも爬虫類は徐々に姿を現していく。グイッと大きな頭が出てきた。黒いイグアナのような顔だ。前足を一歩ずつ踏み出す毎に体が、どこからか、見えない空間の穴から、這い出てくる。


 ズルリ、ズルリ、ズルリ……。


 セディとアレクが側に駆けつけてくれた頃には、ソレは、すっかり全体を顕していた。


「でっ、……デカい」


 それは、おおよそ全長二メートル強の……、地球生物に例えるならコモドドラゴンサイズの大トカゲだった。全然ヤモリサイズじゃない件について。


 のそりと顔を上げたその爬虫類は、艶々した目で、私をじっと見つめてくる。

 皮膚は黒く、頭と背中にゴツゴツした(こぶ)がある。その瘤は燃える木炭のように内側が赤々と光っている。火山のマグマのようにも見える。


 そして背中に翼がある。羽毛はなく、蝙蝠のような飛膜状の翼だ。


「婆さん、何を召喚()んだんだ……」

「うわぁ、火竜って召喚()べるんッスね……」

「は? 火竜?! どっ、どうすれば?!」


 私は小さくてかわいい精霊(ヤモリ)に会いたかったのだ。こんな羽つきコモドドラゴンを召喚したつもりは毛頭ない。大体火竜ってなんだ、怖すぎる。とても仲良くなれる気がしない。どうすれば穏便にお帰り頂けるだろうか。


「仕方がない。対価を渡して帰って貰おうか」


 セディは私の頭をモシャモシャと撫でて抜け毛を数本取ると、ポイと火竜へ向けて放った。


「還れ!」


 細くて重さもない髪の毛は、不思議と真っ直ぐ火竜の元へ飛んで行き、火竜も器用に首を伸ばしパクリと、口で受け止めた。


 しばらくモグモグ咀嚼していたが、やがてゴクリと飲み込むと、目を瞑り、ペロリと長い舌で自らの顔を舐めた。


 ――これで帰ってくれるの?


 固唾を飲んで見守っていると、頭の中に声が響いてきた。それは言葉ではなく、直接意味というか感情が理解できるという類いものだった。


『とても、気に入った(オイシイ)


「えっ?」


 火竜の背中がパチパチっと爆ぜる。

 前足を上げ、後ろ足で立ち上がると身体を捩り喉元がグッと膨らむ。


 あっ、と思った瞬間には火竜の口がバカリと開いて、天に向かって巨大な火柱が立ち上がった。さながら映画の噴火シーンのようだ。




 ドォォォォーン!




「ぎゃあああああ!」



 ――み、み、み、みずっ、水ゥゥゥ!


 私は完全にパニックになった。

 目には目、塩には砂糖、火には水、みたいな迷宮短絡思考に陥っていた。火の精霊はサラマンダー、その反対は? ええっと、ええっと……! 記憶の隅にあった水の精霊の名前をほぼ反射的に叫んでいた。


「ううううう、ウンディーネッ!」






バイバイ(またね)


 火竜はフイッと掻き消えた。

 と、同時に大量の水が頭から降ってきた。



 ザバァァァァーン!



 残されたのは、ずぶ濡れになった老婆(わたし)と騎士。そして泉から身を伸ばしてこちらを見下ろしている大蛇。


「婆さん。……手当たり次第に召喚するのは止そうか」

「…………はい」

「とりあえず、還れッス!」


 大蛇を召喚したつもりはなかったが、ここは素直に頷く。

 アレクが私の髪の毛を何本か取って泉に向けて放る。泉から鎌首をもたげていた大蛇は、器用に髪の毛を口でキャッチする。


『ふふふふ、気に入った(オイシイ)


 頭の中に直接、笑い声を響かせて巨大な蛇は泉の中へ消えていった。



「こ、怖かった……!」

「俺は婆さんの行動が怖い」

「本当ッス!」


 その後は、ルルちゃんと狼達が慌てて飛び付いてきて、アレクが風魔法で乾かしてくれて、セディに淡々と説教されるという展開だった。


 ちなみに、ベンさんのパンにハムやチーズを挟んだり、バターやレバーペーストを塗ったサンドイッチは、めちゃくちゃ美味しかった。


 ここにしゃきしゃきレタスとトマトがあればもっと美味しいだろうけど。軽くあぶってバターを塗っただけでも美味しいだろうけど。まあ、それはまた別日にベンさんや女将さんたちと一緒に試そうと、心の手帳にメモをした。


「んー、美味しかったね~」

「ン! 美味シカッタ!」

「絶品だったッス!」

「ワフッ!」

「ワォン!」

「ワォーン!」


 私とルルちゃんは満腹になったお腹をさすった。

 ベンさんはバスケットに沢山詰めてくれたので、騎士二人も狼達も充分腹ごしらえできたようで、アレクと狼達も満足そうに目を細めている。


 はい。ここで愛犬家の皆さんは違和感を感じたかもしれない。えっ、狼に人間と同じものを食べさせたの?! と。


 私も動物に人間の味付けをした食べ物を与えるのはどうかと思ったのだが、結論を言えば食べさせた。セディが言うには、この狼達は特殊な種類なので人間と同じものを食べても全く問題なく、むしろ生肉などは食べない種類の狼なのだそうだ。やけに熱弁された。


 ――そんな狼がいるのか?


 疑問も浮かんだが、異世界だし、騎士が言うのだから、まあ、そうなのだろう。美味しそうに食べていたことだし、この世界のルールに従うことにする。郷に入っては郷に従えだ。


「アレクも食べているが問題ないだろう?」

「全然問題ないッス!」

「そっか。うん、…………うん?」


 一瞬納得しかけたけど、アレクは狼じゃないよね? 人間だよね? え?




 お腹がいっぱいになると眠くなるよね。


 ルルちゃんはキャスケット帽を脱いで、老婆(わたし)の膝枕で既にお昼寝中である。足元には狼達が丸まっていて温かい。


「天気いいなぁ」


 ルルちゃんの髪を撫でながら空を見上げる。

 今日は晴れて雲ひとつない。空の奥行きが感じられるような冬の青空だ。蒼穹というべきか。


「…………あれ?」


 どこから現れたのか、先程まで気付かなかった大きな鳥が飛んでいるのが視界にとまった。青い大きな鳥だ。

 コンドルのように大きく翼を広げてスイー、スイーと広範囲を旋回している。


「なんか、段々落ちてきてる?」

「飛び方がおかしいな」

「怪我でもしてるんッスかね?」


 セディとアレクも頭上を見上げる。


 段々と高度を落としながら旋回するその青い鳥が、いやあれは鳥ではない、青い布を翼のように広げた人間だと、そう私達が気付いた時には、それは急速度で落下し始めていた。



「アレク、受け止めて!」

「了解!」


 あわや地面に激突するという直前に、アレクが風魔法で青い人を受け止めた。


 落下してきたその人は、全身、藍染めで染めたような青い衣で包まれていた。まるで忍者装束のような衣装で、同じ青い布で覆面をしている。

 目元しか表に出ていないわけだが、気を失っていて残念ながら瞳の色は確認出来ない。


「大変、傷ダラケダ!」


 私の大声で目が覚めてしまったのだろう、ルルちゃんが飛び起き、青い衣装の人に駆け寄った。

 青い布はあちこち破れ、血が滲んでいる。


「あれが原因ッスね」

「……鴉?」

「厄介だな、数が多い」


 ガァ、ガァ、ガァ!


 追って来たのか、いつの間にか黒い鳥が頭上を飛んでいる。セディの言うとおり数が多い。青空を黒く埋める勢いで集まってくる。

 不気味な鳴き声を上げて飛びながらこちらの様子を伺っている。


 ガァァ、ガァァ、ガァァ!


「――――来るぞ!」


 黒い鳥が、矢のように一斉に急降下してくる。


 狼達が吠える。

 アレクとセディも構える。

 魔法を放って迎撃するのだろう。


 だけれどこの森の中でさっきみたいに魔法をブッ放されて大丈夫だろうか? それよりも、こう、……なにか相手の攻撃とか弾くやつ無いの? そう、なんかこう、障壁(バリア)みたいな!


 私は黒い鳥に向けて両手を突き出す。人差し指と中指を交差させて。



障壁(バーリア)!」



 そう、これは『えんがちょ』のポーズである。


 本当は人差し指と中指以外は握る必要があるのだが、張り手のように突き出した手で敵を押さえたい気持ちが強くて、指が上手く動かなかった。


 しかも『バーリア』とか小学生か!


 咄嗟に思い付いたまま口に出ていた。

 もう少しカッコイイ呪文が思い付かないものか、恥ずかしい。普通に『結界!』で良かったのにと今気付いた。

 人生とはままならないものである。


 たが、しかし――――。


 小学生レベルの結界術とあなどるなかれ。日本ではウンコの付いた棒の雑菌すら防げないこの『えんがちょ』と『バーリア』だが、ここ異世界では謎の威力を発揮する。


 ブゥゥゥゥン……


 私の叫びに応えるように、泉の回りの草地を囲むように透明の半円形ドームが出現した。そのドームに、落下してくる黒い鳥が次から次にに突き刺さっていく。


「…………これは」

「……婆さん、結界も張れるんッスか」

「オバアチャン、スゴイ!」


 何とか鴉の針山にならずに済んだ。


 ――しかし、止め時が分からない。


 何を引き金にバリアが解除されるか分からないので、手も降ろせない。ヤバい、両腕がプルプルしてきた。まだ黒い鳥が突き刺さるドスッ!という音と振動がしている。

 障壁が、視界が、どんどん黒い鳥で埋まっていく。一体何匹いるんだ。


 ――いつまで続くのコレ? 誰か助けて~!





「ヴエェェェァァァァヒィン!」




 ロバのけたたましい嘶きが聞こえ、蹄の音が段々近づいてくる。やがて障壁を舐めるように炎が走り、突き刺さった黒い鳥が炎に飲まれ、灰となって消えていく。


「た、隊長ォォォ!」


 黒い鳥達が殲滅され開けた視界には、我らが英雄(ヒーロー)、灰色のロバが凛々しく立っていた。


「ロバ、来タ!」

「「 団長ォォォ! 」」

「「「「「 ワオォォーン! 」」」」」



 私は両手の印をほどいて、隊長(ロバ)に駆け寄った。


「ぐえっ!」


 隊長に抱きつこうとしたら、逆に鳩尾に頭を突っ込まれた。グリグリと頭を腹に擦り付けられる。隊長の頭突きは強力だ。

 グリグリと押されて私は仰け反るが、風が背中を支えていて倒れることも逃げることも出来ない。

 背中の風はアレクの魔法に違いない。横目で睨むと、サッと顔を逸らされた。


「オバアチャン、頑張ッテ!」

「う、ぐぐぐっ……! た、隊長、やめ……。出るっ! なんかっ、出るゥゥ!」


 ルルちゃんの無邪気な応援が心に沁みる。だが、頑張っても物理攻撃による生理的な反応はどうしようもない。鳩尾を圧迫され過ぎて、さっき食べたサンドイッチが出そうだ。


 アレクが風魔法を止めて私が草の上に仰向けに転がるまで、隊長とのやや一方的な押し競べは続いた。





 私達は、気を失っている青い忍者装束の人をとりあえず洞窟に運ぶことにした。


 大方の怪我はルルちゃんが治癒魔法で治してくれたので、私がいつも寝ている熊の毛皮の敷物にその人を横たえる。


 血液の汚れは拭き取った方が良いという話になり、破けて汚れた衣服や覆面を脱がせようと手をかけたアレクが途中で動きを止める。そしてそのまま固まった。


 ――どうしたんだろう?


「アレク、どうした?」


 お湯の入った盥と手拭いを持ってきたセディが声を掛けると、ギギギと音がしそうなぎこちなさでアレクがこちらを振り返る。


「おっ、…………」

「「「 オ? 」」」


「…………おんな、……ッス」

「「「 女? 」」」



 ――あれっ? この人、女の人なの?


 青い衣装の人は細身だが背が高く、布で身体を覆っているせいかパッと見、女性の特徴が見えなかったのでてっきり男性だとばかり思っていた。

 先程治癒のために、間近に近付き触れていたルルちゃんも不思議そうに首をかしげている。


「認識阻害の装具を身に付けているのかもしれないな」

「なるほど」


 セディの言葉に納得した。

 そういうアイテムがあれば、性別を認識させないことも、それどころか誤認識させることも可能なのか。



 アレクと交代して、私とルルちゃんが青い衣装の人を清拭(せいしき)することとなった。男性陣(動物含む)には退室してもらい、着替えはサイズの合いそうな闇青の団服を借りた。


 なぜ騎士団の団服がこの洞窟にサイズ展開ありでストックされているのか疑問だ。私はアレクから団服を受け取りながら若干遠い目になる。疑問ではありますが、大蛇が出る予感しかしないので、その薮は突つきませんよ!


 老婆(わたし)はまたしても問題を先送りすることにした。



 青い衣装は、やはり日本の時代劇の忍者装束に似た作りになっていた。全身隈無く覆っているわりに脱がしやすい。

 脱がしやすいということは素早く脱着できるということだ。西洋式のボタンの多いブラウスや後ろファスナーのワンピースではこうはいかないだろう。和服に近い仕立てなので脱いだ後も小さく畳めて隠しやすいし運びやすい。合理的な作りだ。


「ワァ……、手ガ、青クナッタ……」

「ほんとだねぇ」


 手に移った青色を見つめる。


 うーん、これはもしかして『藍』じゃないだろうか。

 触ると手に青い色がつくが、それは日本の繊細な藍染めとは工法が違うからだろう。


 記憶の中で見たテレビの映像では、砂漠を旅する商隊(キャラバン)が青い布を身に纏っていた。彼らは、天然の藍で染められた布は砂漠の強い紫外線から皮膚を守るのだと言っていた。

 たしか藍には防臭、防虫、抗菌の効果があったはず。医療が未発達の時代や土地で重宝されそうだ。


 この青い布にもそういった効果があるのかもしれない。


「それにしても、大きいね……」

「ン……」


 私とルルちゃんは自分の胸元をまず見て、横たわるその人を見て、そして沈黙した。私達はその後、黙ったまま、淡々と清拭し、黙々と団服を着せた。


 先程アレクが口ごもった理由――――。


 それは、巨乳だった。


 さらしを巻いていたけれど、攻撃を受けて服が破けた際にさらしも切れたのだろう。微妙にほどけて豊かな双丘の谷間が見えてしまっていた。

 なんというか、羨まけしからん谷間だ。百カラットのダイヤモンドとか挟めそうである。私? そんなもん入れたら胸元から瞬時に腹下そして床までノンストップで、スットーン、コロンコロンですよ! 言わせんな。



「頭モ、確認スル」

「そっか、顔や頭部に怪我があるといけないもんね。よぉし、この覆面を剥がすぞー!」

「剥ガスゾー!」


 ルルちゃんの治癒魔法は、大きな怪我の場合、きちんと目視して患部に触れながら魔力を流す必要があるらしい。


 わざわざ隠している素顔を寝ている間に暴いて申し訳無いが、胸の谷間も見てしまった後だし、今更だし、なにより治療のためである。


 えっ、誰に言い訳してるのかって? (じぶん)にだよ! 己の精神を保つためにも大義名分は大事なのだ。


「あっ」

「!」


 そっと覆面をほどくと、途端に、今までどうやって仕舞っていたのか分からないほど長い長いストレートの黒髪がまろび出て、そして音もなく静かに毛皮の上に広がった。


 絹糸(シルク)のような滑らかな黒髪の持ち主は、美貌で国を傾けた姫君だと聞かされても誰もが信じてしまいそうな程の美しさだった。


「オバアチャン、凄イ美人拾ッタネ!」

「ううん、拾った訳では……」


 ――あれれ? もしかして拾ったことになる?



 三日間寝込んでたことがバレたら多分隊長にまた頭突きされる。火竜を呼んだことがクリスに知られたらきっと叱られる。この美人を拾ったことがロニーの耳に入ったら絶対怒られる。ヤバい。なんか怒られる未来しか見えない! やっちまった感が凄い。



「ど、どうしよう、ルルちゃん。おばあちゃん大人に怒られちゃうかも……!」

「…………ヨシヨシ」


 ガタブル震える老婆(わたし)の頭を、ルルちゃんは困った顔でヨシヨシと撫でてくれたのだった。






コモドドラゴンってサ……、結構デカいからサ……、もし実際に会ったらサ……、きっとびっくりしちゃうよネェェェェ~!

(▲千葉県の有名人、ジャガーさん風に)



なんとか年内に更新出来ました! フゥー!


お読みいただきありがとうございます。


次回は年明けに更新予定です。

次話もお読み頂けたら嬉しいです。

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[良い点] 本当に面白いです。続きが読みたい!無理のない範囲でお願いします。
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