13 勇者の呪いと黒い王女
前半は前話の補足説明です。
後半から場所が変わってギディオン視点。
最後、婆さん視点に戻ります。
2021.12.21 下記修正しました。
ルビの記号残りを削除。
ダミアヌスは、(誤)第二王子→(正)第三王子。
むかしむかしの、ものがたり。
あるところに、とても強く凶悪な魔獣に悩まされていた国がありました。その魔獣は巨大で醜く、吐く息は臭く、人間を捕まえて食べました。
困った王様は神に祈りを捧げました。
『神よ、我らを助けてください。助けてくださったあかつきには、我が娘、美しい第一王女を花嫁に捧げましょう』
神は王様の声をすぐさま聞き届けてくださったのでしょう。神殿の祭壇に目映い光の柱が立ち、見たことの無い服装をした黒髪黒目の青年がその場に現れました。
『おお、汝こそ神の遣わした勇者なり』
王様は喜んで、美しい第一王女を妻に与える約束をして、国宝の剣を与え、青年を魔獣討伐の旅に送り出しました。
数年後、魔獣を退治した勇者が王宮に戻ってきました。
ところが、王宮の人々は魔獣の恐怖を忘れ贅沢な生活をしていて、王様さえもすっかり勇者との約束のことを忘れていたのです。
美しい第一王女はすでに隣国に嫁いでいましたし、他の姫も国内に嫁いだり、婚約が決まっていたりしていて、誰も勇者の花嫁などにはなりたくありません。
困った王様は、ありもしない罪をでっち上げて勇者を捕らえ投獄しようと思いました。魔獣が倒された今、怖いものなどありません。勇者を処刑してしまえば良いと思ったのです。
華やかな凱旋パーティーの会場で、訳のわからない罪状を突き付けられ兵士達に捕らえられた勇者は、しばらく呆気にとられていましたが、ふと我に返ると、王様に向かってこう言いました。
『…………呪ってやる』
それは地を這うような低い声でした。
『ああああああ! そうかよ! はじめっから嫁にくれる気なんか無かったんだろ、勝手に召喚しといて働かせるだけ働かせやがって、この禿げジジィめ! 禿げろ、もっと禿げろ! どいつもこいつも、こっちが童貞だからって馬鹿にしやがって! こんな国もう知るか、滅びろ! 滅びろ! 滅びろ! この世界全部、呪ってやんよ!』
オリャアアアアア!
ああ、どうして王様は勇者を殺せると思ったのでしょう。
この青年はただの人間ではないのです。あの魔獣を倒した勇者です。神が遣わした異世界から来た勇者なのです。王宮の兵士が何人束になっても敵いっこありません。
哀れな兵士達は壁に吹き飛ばされ、会場の大理石の床は割れ、貴族達は逃げ惑い、シャンデリアが落下しテーブルクロスが燃え、王様はぶざまに玉座から転がり落ちました。
暗雲が立ち込め、雷鳴は轟き、不気味に湿った風が唸りをあげて、崩れた壁から吹き込んできます。修羅場です。
『今、この瞬間、この世界の理を書き換えた。俺たちは二度とお前らに搾取されない!』
ピシャーーーン!
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
稲妻に照らされた怒れる勇者の顔を見た王様は、可哀想にガタガタと震えながら失禁してしまいました。
大国として知られたその国の王宮は、一夜にして跡形もなく焼き払われました。王様や姫達がどうなったのか誰も知りません。
ただ、少しでも魔力のある者は分かったのです。
――世界の理が書き換えられた。
まず、勇者のもたらした知恵は制限がかかり、どうしてか、許可なく使うことが出来なくなりました。
勇者は魔獣討伐の旅の中で、料理、治療、病気予防方法、計算方法、新しい魔法など、様々な知恵を人々に授けて、皆喜んでその恩恵に与っていました。しかしそれらが急に使えなくなったのです。
次に、魔獣がとても増えました。
焼かれた国の魔獣ほど強くはありませんが、数が増え、段々と武器を持たない民が襲われる事態になりました。
そればかりか、森の中や町の外れに突然、大きな穴が開いて、見たこともない魔獣が湧き出して来る場所さえ出現するようになったのです。
困ったのは他の国々です。
あの大国のせいでとんだとばっちりです。
各国の王様は、とにかく勇者を手を尽くして探し回りました。
『勇者様、どうかお助けください』
『知らねー。俺はもう、お前ら王公貴族のことは信用しないから』
『罪のない民草をも見捨てるのですか』
『依頼があるなら対価を先に寄越せよ。さもなくば魔法契約書を書け。対価を払わない奴とは話しをしたくない。俺たちはもうタダ働きはしない!』
やっと見つけた勇者はおこでした。
鬼おこプンプン丸でした。
そこで各国の王様が話し合い、ある国が美しく優しい伯爵令嬢を勇者に差し出すことになったのでした。
その後、魔獣は定期的に討伐され、世界の安心安全な生活は守られたのでした。
めでたしめでたし。
「それが冒険者ギルドの始まりだと言われている」
「ナ、……ナンダッテ!?」
ロニーの話を、セディの腕の中でうつらうつらしながら聞いていた私は、びっくりして目を見開いた。
寝ぼけた頭をフル回転させて、大急ぎで聞いた話を脳内で三行にまとめる。
勇者、異世界結婚詐欺で鬼おこ。
伯爵令嬢、嫁ぎーの。
後の冒険者ギルドである(キリッ)。
――えっ? 話繋がらなくない?
だめだ、要約しても意味不明だった。
「ダンジョンがあちこちで発生して、さすがに勇者一人じゃ倒しきれないだろ? だから各国の兵士や傭兵団なんかを緊急で集めたんだよ。連中に勇者が秘策を授けて、パーティーを組ませて各ダンジョンに送り出したらしい。ダンジョン踏破に割と年数が掛かったから、そのうち冒険者ギルドの形になったんだろ。多分な」
「それはわかるけど、……嫁は?」
「うん? 結構仲良く暮らしていたらしいぞ。記録じゃ、子供が六人だったか」
「……いや、そうじゃなくて」
「亡くなった勇者の功績を称えて、後に息子が侯爵位を授かっている」
「嫁は、うちの国の伯爵令嬢ッス!」
――良かった、ここ燃やされた国じゃなくて。
いや、そうじゃなくて。
嫁、欲しかったんだね、……勇者。
良いお嫁さんが来てくれて良かったね。
でもさ、童貞とか、機嫌取りのために伯爵令嬢を嫁に差し出したとか、そのくだり忠実に語り継ぐ必要あった? そこはボカそうよ。勇者の名誉のためにも。召喚のくだりは誤魔化してあったじゃないか。
まあ、いいか。
歴史にツッコミ入れても仕方がない。
「ところで、私、なぜ抱っこされてるの?」
そう、私は今、セディに縦抱きにされているのだ。確か、黄金ライスを食べている途中ではなかっただろうか? おかしいな、そこから記憶が飛んでいる。
「婆さんが、ゆらゆら舟漕ぎ出したからだろ。おねむの婆さんを魔王が公爵邸に連れて帰るとか言うから、セディが抱いて店を出たんだろうが」
「まおう、……こうしゃくてい?」
「辺境伯の兄君が、現公爵だ」
「イラディエル辺境伯とガバニージェス公爵は兄弟なんッス。公爵はクリスの店の硝子絵が気に入ってて、婆さんに会いたがってるらしいッス」
――おおぅふ、危なかった。
朝目覚めていきなり公爵邸だったら腰抜かすとこだった。守ってくれてありがとう、セディ。
「そんでな、婆さん。さっきの勇者の昔話だけどな……?」
――あ、はい、何でしょう。……やな予感。
「どうやら、婆さんの知識には制限が掛かるみてぇだな? ロックが掛かるのは特定の人間だけだ。大概の人間は新作メニューを作ろうが大発見しようが、自動でロックは掛からねぇ。制限は『勇者の呪い』と呼ばれている」
「…………勇者の呪い」
異世界から突然召喚され、訳も分からぬまま過酷な魔獣討伐をさせられ、命辛々倒し終えれば婚姻の約束を反古にされ、さらに報酬無しで殺されかけた勇者の当時の怒りと幻滅が想像できる。
彼は勇者と同じ境遇の人が、権力者に搾取されないように、正当な報酬を得られるように、『保護』する魔法をかけたのだと思う。
異世界の知識や技術を無料で自由に使えなくなったこの世界の権力者達からすれば、それは『呪い』になるということか。
「勇者が『俺たち』と括った、搾取させねぇって決めた奴等だけがその呪いに掛かる。それは渡り人か、元渡り人か、聖霊の愛し子だ。なぁ、……婆さんはどれだ?」
「…………」
私は言葉をつまらせた。どう答えていいのかわからない。と言うか、待って? それって、私が呪われてる側なの?!
冷や汗が背中を伝う。
「まあ、正直どれでも良いけどよ」
――良いんかーい!
私は、ほっと胸を撫で下ろす。
「まあ、ギディオンが帰ってきたら、めいっぱい契約書にサイン書いてもらうからな。そのつもりで頼むわ」
――ああっ、全然よくなかった!
ロニーがセディの肩越しに、ニヤリと悪い大人の笑顔を寄越す。
「また近い内にギルドに顔出してくれ。魔力を補充して欲しいグズ石もあるしな。それまで誘拐されんなよ!」
フードの上から頭をグリグリ撫でて、ロニーは帰っていった。
…………つまり。
老婆が、この世界にとってイレギュラーな存在だということは、わかる人にはわかってしまうということなんだろう。目立つことはするなよと、危ないから気を付けろよと、そう釘を刺された訳だ。
――大人しくしてるつもりなんだけどなぁ。
「ぐぬぅ……」
「大丈夫、自分らが洞窟まで送っていくッス」
「眠っていて構わない」
「……うん」
どういうわけか、とても眠たい。
アレクとセディの優しさに有り難く甘えて、瞼を閉じる。
そういえば、今回ビルは一緒じゃないんだなと、ゆらゆら揺れる、遠くなる意識の中でぼんやりそう思った。
◇ ◇ ◇
朝、パン屋の前で彼女と別れた我々は転移門を通りイリザーレ港に来ていた。
アーデンマムデル王国の南に位置するイリザーレ港は、貿易の拠点である。普段から活気ある街だが今日は特に人々が街道沿いに集まり、熱気に包まれている。
王太子の婚約者として、遠い砂漠の国ケルジァールから王女がやってくる。その王女を一目見ようと皆がお祝い気分で集まっているのだ。
船着き場の前には、絨毯が敷かれ、赤い団服の騎士が列を作る。
通常は他国の要人の警護は白い団服の騎士が担当しているが、彼等の団服は赤だ。それだけで今回の客人が『特別』なのだと感じられる。
滅多に見ることのない鮮やかな赤い団服の騎士達が、絨毯を挟んで二列にピシリと整列している様に、見物の民衆達は感嘆の声をあげている。
赤い団服の彼等は第四騎士団である。
主に国防を担当し〝深紅〟と呼ばれる。戦争もなく近隣諸国との外交が安定している今では、賊や魔獣などを倒している。
赤色は特殊な染料を使用していて、特に血液の汚れに強い。付着した途端、汚れも匂いもたちどころに消える優れものだ。
何が言いたいかというと、第四騎士団はそれだけ血にまみれる任務が多いということだ。
これだけの精鋭が、〝白〟ではなくわざわざ〝深紅〟が来ているのだ。
闇青は必要ないのでは?
「機嫌を直せ、ギディオン」
「…………」
顔は正面に向けたま此方に声を掛けてくるその人を、私は軽く睨む。
黒の礼服に身を包んだ公仕様で、金色の前髪を後ろへ撫で付けた凛々しい面立ちには紫の瞳が輝いている。聡明な王太子という印象そのままの顔をしたレアンドル殿下だ。
市井で売られているレアンドル殿下の絵姿は人気が高いというがその実物を見ることができるというのも、民衆の興奮の原因の一つだろう。
その民衆が敬愛する王太子殿下に、魔導通信で呼び出されたのが今朝だ。『後日埋め合わせはする。とにかくイリザーレ港に来て確かめてくれ』と、転移門を通され、着いて早々、深紅の団服を着せられた。
勿論、転移門の存在は公には伏せられているため王太子一行は馬車で何日もかけてイリザーレ港に先に到着していた。公開されている王太子の日程上、まるで瞬間移動したかのような矛盾が出てはならないし、またその道行きも公務のひとつであるからだ。
「ダミアヌス殿下もおられるのに、私がここに居る意味がありますか?」
「そう言うな。泉の魔女のことは心配するな。そのためにアレックスとセドリックを先に帰したんだろうが」
ダミアヌス殿下は、第三王子であり第四騎士団の団長でもある。深紅の団服でレアンドル殿下の左隣に控えている。
私とビルも同じ団服を着てレアンドル殿下の右隣に立つ。
先刻、耳につけた魔導具に衝撃が走った。
あの街からイリザーレはかなり距離があるが、国内ならば問題ないとビェルカ翁が言った通り、彼女につけた腕輪が防御術を発動したことはすぐに感知出来た。
――彼女を脅かす何かがあった。
彼女の無事は集音術で聞こえた会話から窺い知ることができたが、心配で居ても立ってもいられなかった。退席を希望したが、レアンドル殿下は私とビルを残し、アレクとセディを彼女の元へ向かわせた。
「お前とウィリアムしか、その顔を知る者がいないんだ。もし、船を降りてきたのが別人なら…………」
「兄上、降りてきたぞ」
「ああ」
ウワァァァァ!
ダミアヌス殿下の声に、レアンドル殿下が頷く。
船から、ケルジァールの一行が姿を現す。
砂漠の国の独特なドレスを身に纏った王女が侍従を伴い、舷梯を一歩ずつ降り始めると、民衆が作る人垣から大きな歓声が上がる。
豊かに波打つ黒髪には真珠の櫛が散りばめられ、羽織る薄く透けるシフォン布地には細かい宝石たちが無数に縫い止められている。袖や裾からは、動くたび細く長い手足が覗く。長い睫毛に縁取られた大きな瞳は、まるで黒曜石のようだ。
しゃなりしゃなりと細い腰を揺らしながら絨毯の上を歩いて来る王女は、本国で『砂漠の月』と呼ばれているのも頷ける美しさだ。だが…………。
――黒い目。
「どうだ? 彼女はウルファ嬢か?」
レアンドル殿下は顔をわざわざ此方に寄せて妙な事を言う。
――何を言ってるんだ、この人は。
「そんな訳、無いでしょうが」
「馬鹿、よく見ろ! ウルファ嬢だろう?!」
眉を寄せていると小声のまま怒鳴られた。
何なんだ。
ウルファ嬢というのは王女の侍女で、王家の血をひく名家のご令嬢だ。
以前、任務でケルジァールに赴いた際、私とビルはその令嬢に会ったことがある。
黒髪で痩せ型、顔も美しい部類に入る女性だったが、こんな顔立ちではなかった。
大体、瞳の色が違う。
ケルジァール王家の血筋は深い青目なのだ。暗がりでは黒く見えることもあるかも知れぬが、こんな天気の良い陽の下では黒に見間違える筈もない。その上、ウルファ嬢は直系ではないから少し明るい青の瞳だった。
――誰だ、あれは。
「いいえ、ウルファ嬢ではありません。……ビル、どうだ?」
「俺もウルファ嬢には見えないですね。アレ、王女殿下ご本人でもないですよね?」
「兄上、あの女には触れるな」
「ああ」
暫くして、ゆっくりと王太子の前までやって来た王女はドレスの裾を摘まんでカーテシーをした。
「遠いところようこそ参られた。私が王太子レアンドルだ。ああ、紹介しよう。こちらは弟のダミアヌス」
「ようこそアーデンマムデル王国へ。第三王子ダミアヌスです。皆さんの警護を担当する第四騎士団の団長を務めています」
「レアンドル王太子殿下、ダミアヌス殿下にお会い出来て光栄ですわ。歓迎嬉しく存じます。どうぞ私のことはバースィマとお呼びくださいまし」
可憐な異国の姫君にレアンドル殿下が柔らかな微笑みを浮かべたので、見物の人垣から女性達の悲鳴が上がった。
「長い船旅でお疲れだろう。移動は明日からにしよう。今日は宿でゆっくり休まれよ」
表面上の和やかさとは裏腹に、その後の対応は事務的に宿への案内等は騎士が行った。
レアンドル殿下、ダミアヌス殿下、どちらもケルジァールの王女に対してエスコートの手を差し出す事はなかった。
「あー! 良かったお前達を呼んどいて。今朝の私、偉いな!」
宿の一室で、ソファーに寛いだレアンドル殿下が自画自賛の声を上げる。
「ケルジァールの船が一艘しか来ていないと聞いて、なんだか嫌な予感がしたんだよ」
その向かいに、渋い顔をしたダミアヌス殿下が座る。大柄なダミアヌス殿下の隣には若く小柄な女性魔導士が一人、ちょこんと浅く腰掛けている。まるで熊の隣に子兎が腰掛けているようだ。
ここは、宿と言っても一般の宿屋ではない。貴人や要人を宿泊させるための、国が運営する宿だ。
王族用の部屋は、他の客室とは離れた場所にあるが、念のため魔導士が防音術を掛ける。
私とビルも殿下に着席を促されて、それぞれ一人掛けのソファーに腰を下ろす。
「あれは誰だ? 兄上」
「分からん! ただ、ケルジァールの第一王女バースィラではない事は確かだ」
ケルジァールは過酷な砂漠の地で生き抜いてきた民族だけあって行動は慎重だ。王女を遠い国に出すにあたって無策ではなかったらしい。
「船は二艘に分かれて来る予定だったんだ。一艘に王女の扮装をしたウルファ嬢が乗り、もう一艘に女性護衛騎士の扮装をしたバースィラが乗る。王女姿のウルファ嬢と護衛騎士姿のバースィラ王女が揃って我が国に到着する予定だった。だが…………」
「船は一艘しか着かず、王女でもウルファ嬢でもない、何者かが王女の姿でやって来たのか」
ダミアヌス殿下の言葉に皆、黙る。
本物の王女の乗った船は沈められたのだろう。偽者と同じ船に乗っていたウルファ嬢も、入れ代わられているところを見ると、恐らく無事ではあるまい。
「ただ偽の王女の隣にいた侍従は長くケルジァール王家に仕える男です。あの男にも何度か会ったことがありますから間違いありません」
「……兄上」
「ますます訳が分からん。ケルジァールは何がしたいんだ。一体何が起こってるんだ……。バースィラ」
ビルの証言に、レアンドル殿下は頭を抱えた。
「とにかく遭難した船がないか、闇青で探りましょう」
「ああ。ギディオン、頼む」
「我々深紅は監視を続けよう。怪しい動きがあれば、……消しても?」
「ダミアヌス、消す前に相談してくれるか。頼む」
「…………善処する」
「あのう……」
熊の隣で縮こまっていた子兎がおずおずと手をあげた。
「どうした、厠か?」
「いえ、あの違います……」
「遠慮するな、早く行ってこい」
「いえ、その違います……」
「化粧室は部屋を出て右、次の角を左でその先をまた左に行った先を右で、しばらく行った突き当たりですよ」
「いえ、違くて……」
「何? そんなに遠いのか? 漏れるといけないからこの部屋の便所を使えばいい。遠慮するな」
「違っ……」
「それがいい、使わせて貰え」
ダミアヌス殿下が子兎を抱え上げようとした時、子兎魔導士のキンキンする高音の怒鳴り声が部屋中に響いた。
「もぉー! 違うって言ってるでしょう!」
「…………すまん」
大きな体躯のダミアヌス殿下が、しゅんと肩を落として子兎魔導士に叱られている様を、我々は暫く眺める羽目になった。
◇ ◇ ◇
夢を見た。
大きな青い鳥が空を飛んでいる。
青空を切り取ったような、美しい青色の鳥だ。
あなたはどこから来たの?
遠い異国の空から来たの?
何を探しているの?
鳥は悲しげに高い声で鳴いている。
やがて、くるりくるりと空を旋回して、緩やかに落下していく。
ああ、待って。
まだ墜ちないで。
急いで行くから、私が着くまで待っていて。
起きて、……私。
起きて、あの鳥を助けなきゃ……。
王子二人がふざけてしまい、話が進みませんでした。
王女の名前がややこしいのですが、『バースィラ』と『バースィマ』は、別人です。バースィラが本来、アーデンマムデル王国に来る筈だった王女です。
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