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10 騎士と魔石とギルド長

あわわ、遅筆ですみません。

後半、◇から、唐突に辺境伯視点です。

2021.11.15 誤字誤用を修正しました。

2021.11.26 砂漠の国名を修正しました。

 ×ケルジャール → ◯ケルジァール

 


「婆さん、おはよーッス!」


 しょぼしょぼする目を開けたら、視界いっぱいに、若くてハンサムな騎士のキラキラ笑顔が広がっていました。


 皆さん、おはようございます。老婆(わたし)です。



 この世界は大概誰しも鼻筋が通った彫りの深い美男美女なんだけれども、この世界で目覚めてから、全然慣れない。

 慣れる予感がしない。


 誰だ、『美人は三日で慣れる』とか言った奴。


 平たい顔族だった記憶がある私としては、寝起きにハンサムのどアップは、非常に心臓に悪い。


「お、おはようっす……?」


 鸚鵡返しで挨拶を返しながら、辺りを見回す。うん、いつもの洞窟だ。

 そして起き上がろうとして、起き上がれない。


 ――ぐぐっ、……腹筋がッ……曲がんない!!


 お腹周りを触って、固い感触に「あ、そうでした。コルセットでしたね」と昨日の出来事を思い出す。


 思い出すが、……キラキラ騎士が何故ここにいるのか、わからない。


 若い騎士の髪は、若草色から毛先に向かって麦藁色になる鮮やかなグラデーション。

 ポップなカラーリングだなあ……と寝惚けた頭で考えて、いや、異世界だから地毛なのだろうと思い直す。


 ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべ、寝台に肘をついているこの青年は確か、昨日誘拐された際に助けに来てくれた騎士の一人だと思う。なんとなく顔と特徴的な口調に覚えがある。


 ――んん? これは、どういう状況?



「お、婆さん起きたのか?」

「おはよう。湯を持ってきた」


 寝室の入り口から、また別の騎士の顔が二つ、ヒョコっとこちらを覗く。


 フライ返しを手に持って「朝メシ出来てるぞ~」と言う騎士は、濃い茶色の短髪。

 この騎士は知っている。

 ジュース屋の氷菓子を劇場前広場に売りに行った時、見回りに来ていたのを覚えている。あと、ベンさんのパン屋にもいた腹ペコ騎士だ。



 湯をはった(たらい)を持って寝室に入ってきた騎士は、他の二人より背が高く、紺色の前髪が目元を隠している。紺色の髪は光の加減で艶々と青く光る。

 この騎士は全く見覚えがない。


 ――何のためのお湯なんだろう?


 背の高い騎士と盥を交互に見ていると、「顔、……洗わないのか?」と首を傾げられた。


 ――はっ、……なんと親切な!


 洗顔用のお湯、持ってきてくれたの!?

 異世界の介護レベルが高くて老婆(わたし)は震える。


「洗います! 有り難く、洗います!」

「……有り難がらなくてもいい」


 いいえ、寒い朝にホカホカのお湯はとても有難いのです。 なにしろ私一人では、薪も探せないし、火もつけられないので。


 ――はあ、異世界の親切が身に沁みる。


 顔を濯げば盥の湯は、熱すぎず(ぬる)すぎす丁度良い温度だった。差し出された清潔な布巾で拭うと、さっぱりして目が覚めた。




 実はこの洞窟、部屋数が多い。


 私は、ほとんど寝室で過ごす……というか、洞窟に帰ってくるとすぐ寝てしまうので、単に他の部屋を使うチャンスがないだけなのだが、実は洞窟(ここ)、シェアハウスできるくらいの部屋数があったりする。


 各部屋が繋がる洞窟の中央に、広いスペース、いわゆる居間がある。


 居間には、大木を一本横倒しにしたような無骨な長テーブルと、切り株をそのまま持ってきたような、これまた野性味溢れる椅子が八脚揃っている。


 どうもこの洞窟内は、老齢の女性には不似合いな家具のチョイスなのだ。石の寝台しかり、このテーブルセットしかり。

 老婆の体にはサイズが大き過ぎるし、動かせない重さだし、数も多い。


 私は割りと真面目に、ここには山賊が住んでたんじゃないかと疑っている。

 そんな洞窟に、どうして今、老婆(わたし)が住んでるのか謎だけれど。


 ――まあ、お客さんが多い日は助かるよね。


 椅子が足りて良かったな、と思う。

 キラキラ騎士三人は、長テーブルを挟んで私の対面に座った。



「フレンチトースト!」



 テーブルに並べられた料理を見た瞬間、口から感嘆の声を上げてしまった。


 ハッとして口を押さえる。


 恐る恐る騎士達の様子を伺うが、彼らは彼らで何かを話していて、私の声は聞こえてなかったようだ。ほっと胸を撫で下ろす。


 まあ、もし聞こえていて、やれフレンチって何だ、トーストって何だと追及されたとしても、「故郷の方言で『美味しそう』という意味」と言って誤魔化すつもりだ。




「聖霊よ、世界樹よ、自然の恵みに感謝します。今日も命の糧をいただきます」

「「「 いただきます 」」」


 彼らが聖霊への感謝のお祈りをして食べ始めたので、私もそれに倣う。

 真似しやすい簡単なお祈りで助かった。


 茶色の髪の騎士が作ってくれたのは、見た目の期待通りバゲットを卵とミルクで浸して焼いた日本でいうところの所謂フレンチトーストだった。


 全体のメニューは、フレンチトーストとソーセージ、謎の根菜が入ったスープ。


 ――はふっ!


 フレンチトーストは甘さ控えめ。バゲットの皮部分はカリカリなんだけど、内側は卵とミルクが染みていてフワッフワの食感だ。バターの塩味が旨味を引き立てている。


 ソーセージは、少しピリ辛で癖になる味。



 スープは鶏の出汁(だし)で、ゆるくとろみがついている。


 ――これ、なんだろう?


 スープの具は、強烈な見た目の根菜だ。

 色は七色、味はジャガイモで食感はカブ? ロシア料理の食材のビーツに似ている。

 口に入れるとホロッと崩れる柔らかい食感で、ほんのり野菜の甘みが広がって、これもなかなかどうして美味しい。


 騎士達(働き盛り)の食事にしては、緑黄色野菜が無いのが気になるけれど、もしかしたら、この謎の七色根菜が栄養満点スーパーフードなのかも知れない。


 ――んん~ッ! どれも美味しい!


 なにより、この世界にもフレンチトーストのレシピがある! これは大感動である。


 ベンさんのパンも、ジムとマリナのジュースも、美味しいから分かってはいた。

 ちょっぴり歯ごたえが固いもの多いけど、この世界の料理はちゃんと美味しいんだよ。

 私自身、好き嫌いが無いのもあるとは思うけど、こっちの世界で目覚めてから、味が口に合わないってことは無い。

 一つの例外を除いて、だけれども。


 それがたまらなく嬉しい。


 私には料理でチートするのは無理だもの。

 技術的にも、知識的にも。


 腹ペコ騎士団は美味しいもの好きなうえに料理も上手。

 治安も守られて胃袋も守られる。


 ――安心安全の異世界食生活!


 味見専門で暮らしていける気がする。


 ちなみに『例外』というのは、以前、森外出禁止令を隊長(ロバ)から言い渡された時、数日間食べさせられ続けた、米の磨ぎ汁に泥が入ったような見た目のどろどろのオートミール状の『何か』、……のことである。


 申し訳ないけれど、あれだけは美味しくなかった……ッ!


 基本的な味は薄い塩味。肉の生臭さ、少しえぐ味がある。食感はザリザリ、ネットリ、ドロリ。砂を噛むみたいにジョリッジョリするうえに、いつまでも口内がベタベタする。飲み込んでも生臭さが消えない。


 要らない食べないって言うと、けたたましい鳴き声で怒られるし、全部食べきるまで隊長に監視される。

 もうホント、何の拷問かと思ったけれど、あれを食べるとなぜか体がスッと楽になる。謎の不思議フードだった。だが、二度と食べたくない。





「婆さん、旨い~?」


 フレンチトーストを夢中で頬張っていたら、三人にじっとみつめられていた。

 あれ? もしかして誤嚥を心配されてる? おばあちゃん、まだ嚥下機能に問題はないから大丈夫ですよ。


 慌ててコクコクと頷く。


「美味ひーれふ」


 しまった。

 頬張ったまま返事したら、フガフガした返事になってしまった。老婆(中の人)の名誉のために言っておくけれど、私はまだ入れ歯ではない。


 茶色髪の騎士と、若草色グラデ髪の騎士に爆笑され、紺色髪の騎士にそっと水の入ったグラスを差し出された。


「今日は俺達三人が婆さんの見張りだから、宜しく。俺はビル」

「……見張り?」


 ビルと名乗った茶色の髪の騎士は、ニカッと笑うと、身を乗り出して親指を右隣に座る若草色グラデ髪の騎士に向ける。


「そー。この間、アレク一人に見張りさせたら、婆さんコイツのこと振り切って誘拐されたでしょ? だから今日は三人体制で見張り」

「酷いッス! 婆さん、勝手にどっか行っちゃうんですもん。自分めっちゃ落ち込んだんッスよ! 団長に怒られるし、副団長も怖かったし!」

「そ、……それは、なんかごめんね?」


 アレクと呼ばれた若草色グラデ髪の騎士は、両手の拳でテーブルを軽くタンタンと叩きながら怒っている。


 彼を振り切った記憶はないのだが、誘拐された時に見張られていたのだろうか?


 あの時の私は、行きは老婆で、帰りはマリナの姿だった。もしアレクがジュース屋の外にいたなら、老婆(わたし)が急に消えたと思っただろう。

 どうして見張られていたのかは分からないが、取り敢えず謝っておく。


「そっちのデカいのは、セディ。顔が恐いけど表情筋死んでるだけだから」

「別に死んでない」


 ビルがアレクの隣に座る背の高い騎士を指差した。


 セディと呼ばれた紺色髪の騎士は、ムッと口を引き結ぶ。

 表情筋がどうとか以前に、目元が見えない。というか、邪魔じゃないのかその前髪。前見えなくないの? おばあちゃんがピンどめで留めてあげようか?


「団長は夕方戻られる」

「? ……はあ」


 ――ん? 今、騎士団長の予定?


「戻るってどこに?」

「ここに」


 いや、騎士団長はここじゃなくて、騎士団にお帰りください。ここに帰って来られても困りますよ。


 だって、いつもここには――――



「ふはぁぁぁぁっ!」

「婆さん?」

「どうしたんッスか?!」


 私は慌てて立ち上がる。


 なぜこの違和感に気づかなかったのか。

 おかしい。いつもウロウロしている彼らが森にいない。何かあったのかも、……どうしよう。


隊長(ロバ)と狼達がいない!」

「「 …………婆さん 」」


 ビルとアレクは半目になった。


 セディはテーブルを回って背後に立つと、私の両肩に手をあててゆっくり加重し、ストンと座らせた。


「婆さん、落ち着いて。団長は夕方戻っ……」

「騎士団長の心配はしてません! うちの()たちの心配をしてるの!」

「「「 うちの子たち 」」」


 騎士団長は強そうなので、心配する必要はないと思う。心配するほど親しくないし。


「大丈夫だ、婆さん。団……、ンンッ! あのロバは滅茶苦茶強えーし、俺た……、ゴホンッ! 狼もまあ、そこそこ強えーから。ほっといて問題ないって」

「そッス! 自分らもそこそこ強いんッスよ。今度猪でも狩って来るッスね」

「要らない! 生肉は一人で焼けないから、猪は獲ってこないで!」


 隊長が熊を倒した時も困ったけど、猪を丸ごと持ってこられても困る。本当にやめていただきたい。


「心配すんな。猪は俺が美味しく焼いてやるよ」


 ――えっ、美味しく焼いてくれるの?


 ビルの提案は魅力的だった。

 猪のお肉、食べたことないんだよね。

 焼いてもらえるなら、食べてみたいかも。


「団……、ロバはちゃんと夕方戻ってくるから、婆さん、落ち着け」


 ――あぁー、気持ちいい~。


 セディが肩を揉み始めた。

 そうそう、首の後ろも意外と凝ってて……。

 ふぁぁ、極楽極楽………じゃ、なくて!


 あぶない。誤魔化されるところだった。

 私は再び立ち上がる。


「おばあちゃんは、狼達を探しに行きます!」

「「「 婆さん! 」」」



 私は洞窟を飛び出した。



 勢いで大騒ぎしたが、単に街に行きたいだけである。


 お昼はベンさんのパンが食べたいし、マリナの様子も気になる。ルルちゃんにも会いたい!

 そんな老婆の徘徊(さんぽ)です。

 どうか探さないでください。






「ぜー……、はー……、ぜー……」


 何故かすぐ追い付かれ捕獲された。

 全速力で走って逃げたのに! 無念。



 まず進行方向の木々の間から、急にアレクが飛び出してきて、老婆(わたし)の心臓が止まりかけた。いや多分、実際に三秒くらい心肺停止したと思う。


「追い付いたッス! さぁ、捕まえちゃうッスよ~!」


 ――ぎゃあああ!


 捕まる、ダメだ、戻ろう! そう思って勢いよく振り返ったら、団服の胸元しか見えない。そろりと視線を上げたら、セディが立っていた。


「もう、ゴブリンごっこは終わりか?」


 ――ひぇぇぇっ!


 いつから背後(うしろ)にいたんだ、この人?!

 追いかけられてる気配、全然無かったのに。もう手を伸ばさなくても触れられるくらい近くにいる。


 あと『ゴブリンごっこ』って何?! ゴブリンが追いかける方なのか、逃げる方なのか気になって怖過ぎる!


 連続して驚いた私は、前進するべきか、後退するべきか分からなくなり、脳の指令と体の実働が大混乱。


 ――老婆は ふしぎなおどりを おどった!


 その場で謎のステップを踏んだ私は、混乱したまま足をもつれさせ、盛大にすっ転んだ。



 ベショ!



「婆さん、大丈夫ッスか?」

「だから落ち着けと……」


 ――だいじょばない。鼻が痛い。


「どうせ、婆さんは街に行きたいだけでしょ? そういう時は、逃げないで『連れていってください』って素直に言うの。ホレ、言ってみ?」

「ぜー……、はー……、ぜー……」


 ――どSか!


 食器を洗ってからゆっくりランニングの速度で追いついてきたビルが、息を乱して地面とハイタッチしている私の顔を、ニヤニヤしながら覗き込んでくる。


 料理も上手くて片付けまでしてくれるとは、この茶髪騎士め、なんという訪問ヘルパー(スパダリ)。……性格悪いけど。


 しかし、追っ手(ヘルパー)を撒くことができないとは、老婆(わたし)もまだまだ詰めが甘いと言わざるを得ない。


「クッ……、連れていって、ください」


 私は砂を掴みながら、敗北を認めた。

 うう……、口の中で鉄の味がする。

 この体、持久力が無さ過ぎると思う。


「はーい、良くできました! 拍手~」

「自分らは追い掛けっこ得意なんでいいんッスけど、団長が相手の時は絶対逃げたら駄目ッスよ!」

「……監禁されるぞ」


 セディからなにやら不穏な言葉が聞こえた気がするが、その藪は突つかないでおく。


 大体、老婆がちょっと徘徊(さんぽ)しただけで投獄(タイホ)とか、この世界の騎士団長は気が短過ぎると思う。




 天気が良いからか、街は活気に溢れていた。


 バシバシ! バシバシ!


「婆さん! アンタ、良かった……。無事だったんだね?! みんな心配してたンだよ!」

「ちょ、……痛い痛い! 女将さん痛いってば!」


 ちょうど店から出てきたパン屋の女将さんに会って、声を掛けられた。


 私の体を上から下まで眺めて、怪我がないと分かるや否や、背中をバシバシ叩く女将さん。

 表情は笑顔だけれど、その眦には涙が浮かんでいる。どうやらジュース屋夫妻から話を聞いて、心配してくれていたらしい。


「マリナはどうしてます?」

「大丈夫、順調だってさ!」


 マリナはちゃんと女将さんに、妊娠していることを話したようだ。


 昨日のうちに産婆さん―― 現代日本でいう助産師さん ――に来てもらい、診察を受けたとのことだった。


 ちなみに「産婆」というのは職業名で、別に全員がお婆さんという訳ではない。その道でキャリアを積めば自動的に歳をとるというだけだ。

 庶民は、妊娠したらまず産婆に診てもらい、経過が順調ならそのまま自宅で自然分娩。何かあれば治療院の医師もしくは、神殿の神官に診てもらう、という感じらしい。


「そうそう、マリナにはしばらく、昼間はパン屋(ウチ)に来てもらうことにしたよ」


 ジュース屋は冬の間、店舗営業をしないことに決めたらしい。その代わり、ジムが昼間、氷菓子を広場に売りに行ったり、酒場に配達したり、店外での営業に専念する。


 マリナは、パン屋でちょっとした雑用仕事を手伝うことにしたようだ。


「お腹に赤ん坊がいるだけでも大変なのに、変な男に誘拐されかけただろう? 犯人は捕まったっていうけどさぁ、なんだか気持ち悪いじゃないか。ジムが居ない昼間、ひとりにしない方が絶対いいからね!」


 ――女将さん、めっちゃ頼りになる!


 私は激しく同意して頷く。


 女将さんも、手伝いに来ている二人の娘さんも、出産・子育て経験者なので、色々と相談できるだろう。

 万が一、モーリスみたいな男が来ても、パン屋なら騎士の客も多いから安心だ。



「マリナもそうだけどさ、うちの旦那(ひと)も、娘たちもみんな心配してたンだよ。後で無事な顔を見せに、店に寄っとくれよ! ねっ?」

「はい、では用事が済んだら行きますね」


 今日は、ギルド―― そう、来る道すがら、この世界にギルドがあると騎士達から聞いたのだ。もちろん私は大いに興奮した ――そのギルドに行って仕事を探すつもりだ。


 ――お金を稼いで、靴が買いたいな~。


 今、私の足には布が巻いてある。

 今朝、紺色髪のセディが巻いたものだ。


 痛くも痒くもないから、ずっと初期装備(デフォルト)のまま裸足でいたのだが、騎士達から『女性が裸足でいるのは、胸を放り出して歩いてるのと同じ!』と言われて急に恥ずかしくなった。


 街で誰にも指摘されなかったけど、老婆だから仕方ないと思われていただけらしい。マジか……。


 できれば固い木靴じゃなくて、柔らかい革の靴が欲しいのだけれど、何となく革の靴は高価そうなのだ。

 どのくらい稼げば買えるだろうか。街の女性はみんな木靴なんだよね。


 あーあ、なんか楽してがっぽり儲かる仕事無いかな~。


 ――いや、無ぇよ。


 そんな低損失(ローリスク)高収益(ハイリターン)な仕事は、日本にも異世界にも無ぇ!


 うん、知ってた。ごめん。

 ちょっと思っただけ。

 一人ボケツッコミしてみただけ。

 ボソッ……(でもちょっと本気)






 ギルドの建物は、街の商店通りを抜けた劇場広場の先にあった。


 途中、床屋のクリスに捕まって『なんでまた髪が絡まってるのよ! さては変な魔力の使い方したでしょ?! 後で絶対に店に来なさいよ!』と怒られたり……。


 そう言えば、新しいガラスの飾り扉はもう出来上がっていた。この世界のドワーフは技術も高いが、納期も早いらしい。

 魔石の粉を混ぜた特製ガラスで作られているそうで、日光をそれぞれの色が反射し、キラキラと虹光彩の粒(プリズムダスト)を放っていて、とても綺麗だった。


 その後、劇場広場で氷菓子を売っていたジムに会って『マリナを助げてぐれでぇぇぇ、有難うござびまずぅぅぅぅ~!』と号泣しながら感謝されたりしつつ……。


 辿り着いたのは巨大な建物。



「あれが 冒険者ギルド ッスよ!」

「うわぁ……」



 建物の始まりと終わりがわからない。


「ここはアーデンマムデル王国のギルド本部だから、特別規模がデカいんだ。他の街のギルドはもう少し小さい」


 大型商業施設――ショッピングモールみたいなデカさだ。この建物の全体がギルドなのだろうか?


 しかも出入り口が何ヵ所もあるっぽい。あちこちから人が出入りしている。

 都心の地下鉄か!というツッコミを思わず入れたくなる。うっかり出口の記号を間違えて改札出ちゃうと、目的地に辿り着けなくなるやつ。


 都会に出るたび、よく迷子になりかけたっけ。そういえば地下鉄もちょっとダンジョンっぽいよね。



「ん?」


 ガッツ、ガッツ、ガッツ……


 入り口の一つ、扉の前で男がしゃがんで、何かをガツガツ叩いている。


 仕立ての良いベストに白いシャツ、黒のトラウザース姿の男は、どう見ても冒険者の格好ではない。どちらかというとデスクワークの服装だ。ギルド職員だろうか?


 白いシャツの袖を肘まで捲って、金槌で小さな石を一心不乱に叩いている。


 髪は綺麗に撫で付けられたオールバック。昔はヤンチャしてましたって感じの、渋めのお洒落中年男性。所謂ちょいワルおやじだ。

 首も腕も太いから、事務職だとしても腕力はあるのかも知れない。


 しかし、あんな扉の前に座り込んで、出入りの邪魔にならないのだろうか? そう思っていると、扉が勢いよく開いた。



 ゴッ!



 ――ああー、やっぱり。



 鈍い音をたてて、扉が男の腰に強打(ヒット)した。


 扉を開けた冒険者も困惑気味だ。

 痛ぇなゴルァ、ってキレ顔で冒険者を睨んでいるが、そんな所に座ってた貴方が悪いと思う。


「ねぇねぇ。あれ、何?」


 もう気になって仕方がない。

 私はその男を指さして、騎士達に尋ねた。


「ん? あれは、……ロニーだな」

「あんな所で何してんッスかね?」

「おーい! ロニー、何してんだあ?」


 茶髪のビルが大声で呼び掛ける。

 男がキレ顔のまま視線をあげる。


 男はこちらに気が付くと、パッと笑顔で立ち上がり、大きく手招きする。


「おー、お前ら! 良いとこに来たな。手伝え、手伝え!」


 ――うわっ、手伝わせる気、満々だった!


「いやだ。断る」

「こう見えて任務中なんだよ、俺ら」

「こんな所で何してんッスか?」

「ああ゛? 見りゃ分かるだろ」


 ――いや、分かりませんけど?


「急に物入りになっちまってな。こうやってクズ石を砕いてるんだよ。粉にすれば薬師とか魔導士なんかに売れるからな。まあ大分安くはなっちまうが、……捨てるよりマシだ」

「あー、使用済みの魔石か」


 ビルの説明によると、『クズ石』とは魔力が切れて使えなくなった魔石のことらしい。


 魔力の残量は見た目で簡単に分かる。

 魔力がある魔石はその魔力特性の色をしているが、魔力が無くなった魔石は色褪せて灰色になる。


 ロニーと呼ばれたギルド職員の手元にある石は全て灰色。例えるなら花崗岩のような見た目の石だ。

 ここまで色が無くなると魔導具を動かす力―― 電池やバッテリーのような動力 ――は、もはや無い、らしい。


 そんなグズ石だが、使い道が全然ない訳ではなく、こうして砕いた粉末は魔力を通しやすい性質が残っているので、魔法薬の原料や、魔法術の素材として売れるのだそうだ。


 魔石本来の価格より、大分安価になってしまうようだが。



 ――やっぱり、見えてないのかな?


 石の周りに、小さな光が集まって見える。


 ジュース屋で誘拐された時マリナに警告の光が見えていなかったように、騎士達にもギルド職員にも、この光は見えていないようだ。


 私は、ロニーと呼ばれたギルド職員の隣にしゃがんで、石を一つ摘まんでみる。

 手のひらに乗せると少しぴりぴりする。角度を変えて目を凝らすと、石の中にキラリと光るものが、僅かだが混じっている。


 ――うーん、洞窟の壁と同じなんだよなぁ。


 これ、まだ使えるんじゃないの?

 充電的な事をすれば。



「急にって、何かあったんッスか?」

「あれだよ、『魔王』が来るだろ」

「ああ、辺境伯か……」


 ――魔王……?


 四人の男たちが、一斉に遠い目になった。


 この国の辺境は魔王が守っているらしい。

 えっ、その辺境、守りが磐石過ぎない?


「その辺境伯様が、西の森で()()()するっつーからよぉ。ギルドとしても協力しなきゃなんねーだろ。支給する装備に金掛かるんだよ! 魔獣除け剤だって必要だし、ポーションだって確保しなきゃなんねぇし、魔石も仕入れなきゃなんねぇし……」


 ロニーは、「まあ、グズ石の粉くらいじゃ屁の足しにもなんねぇけどな」と、頭を掻きながら大きなため息をついた。


 せっかくキチンと整えられたオールバックが、ぐしゃぐしゃだ。崩れた前髪で中年男性の変な色気が出てしまっている。

 イケオジか。


「うへぇ! そんな大掛かりにやんの?」

「そりゃあ、公爵令嬢のご遺体捜索なんだから、当然だろ。そうは言っても、まあ西の森だからなぁ……。身に付けてた宝飾品か、骨の欠片でも見つかりゃ御の字ってとこだろうな」

「西の森は厳しいッスね……」

「あそこは魔獣の巣だからな」


 時々話に聞く『西の森』は、魔獣が多いらしい。それにしても。


 ――遺体の捜索とは物騒な……。


 森に捨てられ、魔獣に食べられて死んじゃう高位貴族のご令嬢。


 詐欺師が持ってきた手紙も、流行りの歌劇のあらすじも、そんな話だった気がする。何回聞いても気分がいいハナシじゃないな。


 頭を横に振って気分を切り替える。


 手のひらに乗せた灰色の石を、そっと握りこむ。



「それと砂漠の国からお姫様が来るしな」

「ケルジァールの第一王女か」

「〝深紅〟が戻ってきて護衛するって話だけどな。わざわざ深紅(アレ)が出てくるってだけで、お察しだろ。お前ら〝闇青〟は何か言われてねぇのか?」

「団長からは『状況次第』って言われてるッス」

「俺らは今、東の森担当だからなぁ……。〝深紅〟が出てくるなら、俺らの出番は無いんじゃない? て言うか無いことを期待してる!」


 〝深紅〟ってなんだろう?

 私は石を握りつつ、セディを見上げる。


 ――音もなく近づくのやめて欲しい。


 気付いたら、片膝ついて距離感ゼロで真横にいてビビった。地味に怖い。

 これは抗議の眼差しですよ!


 彼は、私が質問したくて見上げたと解釈したらしく「近々、海を越えた砂漠の国から、王太子殿下の婚約者が来訪するんだ」と説明してくれた。


 ――はて、王太子……?


 ああ、紫の瞳の金髪殿下か!

 魔法省で会った気さくに笑う貴人の顔を思い出す。レアンドル殿下って未婚だったのか。


「はー。面倒事って、なんでこう重なって来るんだろうな~、バラけて来てくんねぇかな~」

「お前、面倒って言うなよ。不敬だろ。まあ、正直面倒だけどな!」


 ワッハッハ!


 ビルとロニーは、笑いあっている。

 ちょいワルおやじギルド員と、チャラ系茶髪騎士、この二人は気が合うみたいだ。


 楽しげな二人を見ながら、握っていた手をそっと開く。


「おっ、……上手く出来たっぽい」


 手のひらの魔石は、色彩と輝きを取り戻していた。


 先程まで灰色の花崗岩のようだった魔石は、私の手のひらで、研磨された宝石のような透明感のある輝きを放っている。キラッキラだ。


 ついでに周りに浮遊する小さな光たちも興奮気味に素早い点滅をし始める。こっちはチカッチカだ。


 ……うんうん、分かった。嬉しいんだね、はしゃいでるんだね。よーし、よしよし。

 でも、おばあちゃん目が痛いから、ちょっと落ち着こうか、君たち。


 ジムの店にあった保冷用の氷魔石はラピスラズリみたいに不透明だったけど、これはルビーのように透明感のある赤だ。恐らく火の魔石だろう。


 人差し指と親指で摘まんで太陽にかざして見ようと思って、持ち上げかけた手を魔石ごと横からガシッと掴まれた。セディだ。


「えっ」


 驚いて顔を上げたら、四人の男たち全員が、目を見開いてこっちを凝視していた。


「馬鹿ッ! なにやってんだよ!」

「取り敢えず、ギルド(なか)に入れ!」


 小声でビルとロニーに怒鳴られる。

 セディにそのまま抱え上げられ、アレクの開けた扉から、私はあれよあれよという間にギルドの内部に連れ込まれた。





「で? どういうことだ?」


 ――いや、こっちが聞きたいんですが?


 人生初ギルドなのに、建物の内装を堪能する余裕もなく、もちろん受付の美人お姉さんにも会えず、「よう、お前、見たところ新人だな?」とか言う古参の冒険者に絡まれる暇もなく、一目散に応接室っぽい所にぎゅっと押し込められた。


 それはもう、目にも止まらぬ早業だった。


 そして今、セディとアレクに両脇をがっちり隙間なく固められて、豪華な革張りのソファーに座らされている。


 囚人じゃないんだから、そんなにギチギチに詰めて座らなくてもいいと思うんだ。

 おばあちゃんは逃げませんよー。

 もうゴブリンごっこはしませんよー。



 ローテーブルを挟んだ反対側には、膝に肘をつき、前傾姿勢の八九三スタイルでこちらを睨むロニーが座っている。

 そして間隔を開けたその隣には、眉間を揉みながら盛大なため息をつくビルが、座っている。



「その魔石は何だ? どっから出した?」



 ロニー(ヤクザ)の尋問が始まった。



「別に、出した訳じゃないし」


 握ってただけだし!


 私は握っていたルビー色の魔石をテーブルにポイと投げる。

 魔石が黒檀のローテーブルに着地する寸前で、慌てたロニーがキャッチした。


「あぶねぇな、何投げてんだよ! 貴重なんだぞ魔石は!」

「そんなの知らないし! その石を握ってたら、こうなったんだもん!」


 ロニーの目の前にある、グズ石が入った革袋を指差す。


 お互いに大変大人気(おとなげ)ないやり取りである。

 ロニーは多分正体不明のハバアを前に警戒していて、私は受付の美人お姉さんに会えなかったのでイラついている。


「は?! このクズ石をか?」

「まだ使えそうだから、復活しないかなぁって思って」

「復活……だと?」


 ロニーは開いた口が閉まらない。

 ビルは目を片手で押さえたまま、天を仰いでしまった。


「あー、婆さん……。やっちまったな」


 ――何よ、なにもしてないってば。


「充電すれば、まだ何回か使えそうだよ」

「ジュウデンって何ッスか?」

「充……ええと、……魔力を、足す? 入れ直す? 補充? ……補充ってわかる?」

「分かる」

「補充! ああ、なるほどッス!」

「いやいや、待て待て。は? 魔力を補充? おかしいだろーが。んっな事、出来るかァァァァァ!」


 ロニーに怒鳴られた。

 おー怖い、私はアレクと顔を見合わせる。


「……怒りっぽいなぁ」

「ホントッスねー。嫌ッスねー。男の更年期ッスかねー?」

「コソコソ悪口言うんじゃねぇ、全部聞こえてんだよ! 文句言うならでけぇ声で言え!」


 ――大声ならいいのか。


「男の更年期ッスかね!!!」


 ――待て、アレク。言い直しちゃダメだ。

 無邪気に火に油を注ぐんじゃない。


「ああ゛?! アレクてめぇいい度胸してんな、おお゛? 表出ろや」

「落ち着けって、ロニー。アレクも煽るな」


 ビルはロニーを宥めながら、声を落としてゆっくり話す。


「婆さん、あのな。……普通はな、(カラ)の魔石に魔力を補充したりしない」


 ――ありゃ、普通はやらないのか。


 魔法のある世界で、魔石に魔力込めるのは普通のことだと思っていた。

 ……あれ? 異世界モノの小説や漫画で、主人公が魔石に魔力込めたり魔法付与したりする場面って、わりと普通にあったよね?


 だけど、どうもこの世界では普通じゃなかったらしい。


「婆さん、あんた何者だ? 『魔力の補充』? それでこんな宝石みたいなピカピカな魔石になるってのか? ああ゛?」


 ロニーがルビー色の魔石を指で摘まんで、ずいっとこちらに近づける。


「いいか? こんなモン、王宮の宝物庫かダンジョンの深層で眠ってる等級のお宝だ。それを婆さんが作っただと? どうすんだコレ」

「あっ、もしかして高く売れたりします?」

「いや、婆さん。聞いてたかよ、俺の話」

「ふがっ」


 テーブル越しにロニーの太い腕が伸びてきて、鼻をむぎゅっと摘ままれた。


 ――ぐぬぬ、か弱い老婆に何をする!


「こんな高純度の魔石を市場に出してみろ。取り合いになるし、出所を血眼で探すに決まってる。隣国がらみの大騒動になるぞ!」

「……婆さん、また誘拐されたいか?」


 ――されたくないです!


 私は慌てて首をブンブンと横に振る。


 しかし、……ううむ。


 小さい光が、弱々しく点滅していて、どうも視覚に訴えかけて来る。それがまるで、小さい子ども達がプルプルと怯えて震えているように見えるのだ。罪悪感が半端ない。


 ――この光達は魔石を砕いて欲しくないみたいなんだよね。


「あのー、入れる魔力加減するんで、偉い人に内緒で、魔力補充してもいいですかね? この()達も砕かないで欲しそうですし、砕くより再利用出来た方がお得だと思っ…………」

「ああ゛? ()()()()()()、だと?」


 ギロリ。


 ロニーは鬼のような顔になった。

 ひぇっ!




「はぁぁぁぁ……」


 長い長い沈黙を経て、ロニーは盛大なため息と共にグズ石の入った革袋をこちらに寄越した。


「この子達っつーのは何だ、聖霊か?」

「いや、何かは知らないけど。この辺にフワフワっと、チカチカっと、こう……、光ってて」

「あ~、そうか。……婆さん、聖霊が見えるのか」


 怒りはおさまったらしい。

 良かった、頭からガブリと食われるかと思った。そのくらい鬼気迫るゴブリン顔だった。ゴブリン見たことないけど。


 ロニーは頭をガシガシ掻いて、「わかった」と自分だけ納得したように呟くと、姿勢を正してこちらに向き直った。



「出来た魔石は、ギルドが全部買い取る。それでいいか?」

「えっ、いいの?」


 ――軍資金が必要なのでは?


 そもそもの魔石はギルドのものだ。それを私から買い取ったら赤字になってしまうだろう。

 さっき確か『物入り』だって言ってたよね?


「純度の高い魔石は高価なんッスよ」

「ああ、新しく仕入れるより、婆さんから買い取った方が確実だし、安くあがりだ。但し、ピッカピカにはするなよ!」


 念のため、()()()()()の見本を見せてもらった。


「これが、今、市場に出回っている最高品質の魔石だ」


 黒地に銀で複雑な紋様が描かれた箱が、大と小、二つテーブルに置かれる。


 大きい箱の蓋を開けると、不透明なパワーストーン風の石が、五種類、並んで入っている。

 箱の内側にはベルベットのクッションが張ってあり、それだけでこれらの魔石が貴重なのだと分かる。


 見本の石を、一つひとつ眺める。


 ジュース屋で見た通り、氷の魔石はラピスラズリっぽい。これもMAXで魔力を込めたら透明感ある色に変わるのだろうか?


 水の魔石はトルコ石、火の魔石は赤い縞瑪瑙、風の魔石は翡翠、土の魔石はタイガーアイに似た感じに見える。



 なるほど、これが使用前の魔石の()()()状態か……。



「魔石は、純度も採掘量も年々落ちてる。この品質の魔石がギルドに持ち込まれれば、大銀貨五枚から八枚の相場で買い取りをしている」


 ――おおう……。


 ジムとマリナの氷菓子が銅貨三枚だったから、ええと……、銀貨の上の大銀貨が五枚で……、えっ、えっ、パン何個買えるの?



「あー、癒しの魔石だけは金貨だ。持ち込まれりゃ無条件で買い取ってる。需要が多いのに対して数が少な過ぎるからな。希少品ってやつだな」


 ロニーは、もうひとつの箱を開けながらそう言った。

 小さい箱の中には、ミルク飴みたいな白色の魔石が、一粒だけ、うやうやしく中央に収まっている。


 ――小っっっさ!


 他の魔石が空豆くらいの大きさなのに比べて、癒しの魔石は小豆くらいの小ささだ。


 え? これ、こんな小さくて使えるの?


 希少な上にサイズも小さいとは、かなりのレアアイテムだろう。


「討伐の内容で需要が変わるから、買い取り額に幅が出るが、まあ大体そんなとこだ」


 不透明な色でも、大銀貨五枚から八枚で買い取ってくれるらしい。ギルドの買取りで大銀貨なんだから、市場の売り値はもっと高いはずだ。


 このルビー色の魔石なんか、市場に出したら幾らになっちゃうんだろう?


「婆さんの魔石の純度が、どんだけ有り得ないか、分かったか?」

「あ、はい、……分かりました」


 ちょっと冷や汗が出てくる。

 あはは、これは確かに、グズ石からルビーが作れるってバレたら、悪の組織に誘拐されそうです。





「ふむ」


 革袋からグズ石を取り出して、テーブルに並べる。


 火と水が十個ずつ、風が五個、土が七個。


 あと、本当は氷が三個あったらしいのだが、残念ながらロニーが砕いたあとだった……ので、これはノーカウント。


 合計三十二個。



 ――あのね、あれくらいで良いんだって。


 小さい光たちに話しかける。

 光は集まったり離れたりしながら点滅している。私の言葉に反応しているらしい。

 なんだか光の幼稚園みたいだ。


 ――魔力、入れ過ぎたら止めてね。



 はぁーい。



 かわいい子ども達の声が、何処からか聞こえた気がした。


 並んだ灰色の魔石達に、右手をかざす。

 先刻は入れ過ぎたので、今度は握らない。

 三〇センチ位、上から片手をかざすだけ。


 頭の中で、パワーが石に入っていくイメージを思い描く。


 イメージは、入浴剤のパッケージに描かれているCG人間のイラスト。体内がオレンジ色に輝いてる、……そう、アレだ。


 炭酸ガスが温浴効果を高めて魔力の流れを促進、魔石にパワーを充填みたいな感じ。肩こりもほぐれるし、疲労も回復するし、冷え症にも効くし、魔力満タンだし、ほんと炭酸ガス万能だな!


 あ、炭酸ガスは今関係なかった。

 入浴剤から思考を戻そう。


 かざした手のひらに、じんわり熱が集まる。

 やがて、ぐっと押し返すような反動がくる。



 もういらなーい。

 いっぱーい。

 おしまーい。

 くふふ。



 よし、どうやら満タンになったらしい。

 手のひらの熱が引いていく。

 子ども達の小さな笑い声が聞こえる。


 テーブルの上の魔石は、見本通りの不透明なパワーストーン色だ。


 ――どうよ、どうよ?


 今度はうまくいったんじゃな~い?


 私はドヤ顔で周りを見回す。

 男たちは顔から表情が抜け落ちていた。

 めっちゃ真顔だ。


 ――あれっ?


 男達の沈黙が怖い。

 ちょっと、誰か。なんか言って!



「……婆さん」

「凄い、……凄いッス! こんな短時間で複数、いっぺんに全部! えっ、属性関係無しとか凄くね? ヤバい! 凄い! ヤバい!」


 アレクどうした。語彙力がヤバいぞ。


「おい、婆さん! ギルドで働かないか?! 三食、寝床、昼寝付きでどうだ?」


 お、住み込み、昼寝付き? なかなか好条件じゃないですか。


「あーあ、団長に怒られる案件だなコレ」


 ――うん。老婆(わたし)、何かやらかしたっぽいです。





「さて、婆さん。改めて自己紹介だ。俺はロナルド・バートレット。悪りィが、俺がこのギルドで、一番()()()、つまりギルド長だ」


 ――まさかのギルド長だった!


「一番内緒にしときたい奴に秘密を知られちまったな?」


 ロニーは片方だけ口角を上げ、ニヤリと笑った。悪い大人の笑みだ。


 なんかこの人見てると、テレビで見るマル暴対策の刑事さんが、取り締まり対象に負けてないぐらい悪そーな人相だったのを思い出す。

 荒くれ者でヒャッハーな冒険者を日々相手にしていると、ギルド長も荒くれてしまうのだろう。悪そな奴は大体トモダチ的なやつで。


「おい、婆さん。今、失礼なこと考えただろ」

「ふがっ」


 再び鼻をむぎゅっと摘ままれる。

 この人、枯木も恥じらう老婆の鼻を気軽に摘まみ過ぎじゃない?




 結局、魔力を補充した魔石は、全てギルドで買い取って貰えることになった。

 ただし、お金を受けとるには契約書にサインをしなければならないらしい。


 ――サインかぁ。……名前どうしよう。


 この老婆(カラダ)の名前知らないんだよね、以前の私の(日本での)名前も思い出せないし。

 ううむ、困った。

 拇印でなんとかなりませんかね。



「待て、ロニー。団長がいないところで、婆さんに契約はさせられないぞ」

「お、婆さんの後見人はギディオンか?」

「違うッス。婆さんは〝泉の魔女〟なんで、後見人は魔法省長官ッス」

「ああ゛? ギディオン関係無えじゃねぇかよ……。じゃあ、魔法省のビェルカ爺さんにハナシ通せばいいんだな?」

「いや、悪いが、まずは団長に許可取ってくれ」

「何でだよ、ややこしいなッ! アイツ、婆さんの何なんだよ」


 ――ホント、それな! 私も聞きたい。


「……まあ、いいや。婆さんには専属契約して長期で働いて欲しいからな。ギディオンがいた方が話が早いか。こっちも書類色々用意して待ってるわ! じゃ、よろしくな、婆さん!」


 ロニーは悪そうな笑顔で言い放つ。


 結局、騎士団長(ほごしゃ)同伴で後日改めてギルドに出向く、という約束になってしまった。


 しょんぼり、である。


「靴、買って帰ろうと思ったのに……」


 即金で報酬が貰えるなんて、そんな甘い話は無かった。当たり前なのだが、ちょっと期待してしまったので落胆が大きい。


「あからさまにガッカリしてるッスね」

「……可哀想に」

「おい、ロニー! 婆さんに何か出してやれよ」


 ビルが無茶を言い出した。

 こらこら、そんなタカリみたいなこと言わないの! おばあちゃんは感心しませんよ。


「何かって言ってもなぁ。うーん、……あ、そうだ婆さん。これやるわ!」


 ロニーがソファーから立ち上がり、背後のキャビネットから取り出してきたのは、古い小箱だった。


 蓋を開けると、五百円玉サイズの真っ黒な何か。


「何これ、……石炭?」

「ちげぇよ。魔石だよ。まあその、……ちいとばかし焦げてっけど」


 ――ちょっとばかり? 真っ黒焦げだけど!


 私は驚愕の眼差しでロニーを見つめる。


 箱の中の黒焦げの物体と彼の顔の間を、視線がウロウロと往復する。二度見ならぬ五度見だ。



 どう見ても石炭です。

 本当にありがとうございました。



 騎士三人にジト目を向けられると、ロニーは慌てて弁明した。


「いやいや、掘り出し物だぞコレ! 焦げてるけどな。癒しの魔石なんだよ、云十年前の。今じゃそんなデカさの癒しの魔石は出回らねぇし、ここに置いといたら使い道のないゴミだけどよ、婆さんなら復活させられるかも知れないだろ? だからまあ、取引成立の祝いに、な?」

「ロニー、もっと他に無いのかよ……」

「ギルド長、見損なったッス……」

「ゴミを渡すとか正気か……」

「復活させたら買い取るから! なっ?」


「「「 それは依頼であって、祝い品じゃないだろ! 」」」


 ――癒しの魔石……。


 賑やかな男たちの会話の横で、黒焦げの魔石を観察する。


 うーん、光も見えないし、完全に見た目は石炭だし、もしかしたら魔力を貯める力が枯渇してしまった本当のグズ石なのかも知れない。


 でも――――


「これ、貰っていいですかね?」

「婆さん、いいのか? ゴミだぞ、ソレ」

「もっと金目の物、毟り取らなくていいんッスか?」

「怒って、ロニーの顔に投げ付けてもいいんだぞ?」

「お前ら容赦ないな!」


 私は深く頷く。


「これが良い」


 ロニーの言う通り、これは掘り出し物かも知れない。癒しの魔石なんて高価な品が手に入るチャンス、今後そうそう無さそうだ。


「気に入ったので、有り難く頂きます。ええと、……好きに使って良いんですよね?」


 騎士三人はまだ納得行かない顔をしているが、ロニーはホッとしたようだ。


「ああ、婆さんの好きにしたらいい。ただし、万が一復活させても他所(ヨソ)には売るなよ! 換金したいならギルド(ウチ)に持ってこい。……そうでなけりゃ、アンタの身が危険だからな」

「はい」


 私は何度も頷いた。





 ◇ ◇ ◇




 その頃王宮にて――――



「ギディオン」


 陛下との謁見を終えた足で騎士団の詰所に向かう。その廊下の途中で目的の人物を見つけた私は、見知った背中に声を掛けた。


 灰色の髪を短く刈り揃えた長身の男が、ピクリと肩を揺らし、立ち止まる。

 そして彼は、ゆっくりと此方を振り返った。


「久しぶりだな」

「…………」



 久しぶりに見る元部下のムッとした表情に、思わず苦笑が漏れる。



 ――相変わらず愛想がないな。



 彼は、ギディオン・オルコック。


 辺境へ婿入りのため第五騎士団を退いた私の後任として、団長職を引き継いだ男だ。

 最も信頼のおける男でもある。


「もう到着されたのですか、早すぎませんか。イラディエル伯爵」

「他人行儀な呼び方はよせ。サティアス」


 私の声掛けに応えたのはギディオンではなく、彼の隣に立つ副団長サティアスだ。


 如何にも武人らしい佇まいのギディオンとは対象的に、サティアスは文官のような細い身体だ。魔法硝子の眼鏡の下は、ご婦人方に好まれる柔和な雰囲気の整った顔立ちをしている。尤も参謀を務める彼の性格は柔和などでは決してないが。


 眼鏡を直しながら、サティアスは私に尋ねる。


「それでエルベルト先輩、いつ辺境領を出発なさったんです? こんなに早く王都に到着するなんて、ドラゴンにでも乗って飛んで来たんですか」

「ハハハ! ドラゴンか、それも良いな。もし闇青(ここ)で生け捕ったなら是非とも辺境(うち)に四、五頭譲ってくれないか。長距離の移動に便利そうだ」

「縁起でもないこと言わないでください。そうそう四頭も五頭もドラゴンが出現したらたまりませんよ。しかも殺さず生け捕りなんて面倒くさい」

「そうか、それは残念だ」


 通常、辺境伯領から王都まで馬車で二十日は要する。馬で休みなしに駆け続け要所で馬を替えれば短縮できないこともないだろうが、如何せん現実的ではない。

 それこそドラゴンにでも乗れれば話は別だが。


「ナルヴァムの転移門を通って来たのだ」

「「 は? 」」


 辺境領からナルヴァム港までは馬で六日掛かるが、港にある神殿内の転移門さえ開けば一瞬で王都に着く。


「え……まさか、ビェルカ長官を脅して」


 サティアスが震える声で尋ねてくる。

 信じられない者を見るような顔で、ギディオンが目を見開いている。何だその目は。



 ――お前達は私を、魔族か何かだと思ってないか?



 転移門とは、転移魔法を発動する巨大魔導装置だ。


 一度の発動で複数の人間や物を同時に、王国内に設置された門から門へ、一瞬で転移させることが出来る。


 有事の際または、王族など要人の移動のみに使用を限定されている。悪意のある者に瞬時に移動されては困るからだ。

 魔法省と神殿本庁が厳重に管理している。


「人聞きの悪い事を言うな。いくら私でも、ビェルカ翁を脅したりはしない」

「じゃあ、誰を脅したんです?」


 ――何故、誰かを脅す前提なんだ。


「神殿本庁が快く門を開けてくださったのだよ」


 姪のエルミラは聖霊の声が聞こえる所謂『愛し子』と呼ばれる存在だった。第二王子の婚約者に決まるまでは、神殿に通い筆頭巫女として祭事にも携わっていた。


「エルミラは特に神殿(かれら)に目をかけてもらっていたからね。ガバニージェス家に協力的なのさ」


 第二王子の婚約者に強引に決まった時は年季を残して巫女を辞することを惜しんでくれたし、エルミラの消息がつかめなくなった時も神殿は独自の情報網を使って行方を探してくれていた。


 今回、王家の仕打ちに激怒しているのは、何もガバニージェス公爵家の血縁だけではないということだ。


「ジュリアン殿下なら、〝癒しの塔〟で謹慎なさってますよ」

「……謹慎か」


 癒しの塔とは、王宮の離れに建てられた王族貴人用の牢獄だ。静養や療養の名目で送られるが、要するに幽閉である。

 塔には外からの侵入防止に加え、内からの逃亡、自死や発狂を防止する魔法術が幾重にも張り巡らされている。


「まだ容疑の段階ですので。実行犯が判明するまでは生かしておかないといけません」

「……そうだな。ジュリアン殿下には王族として、しっかり正気を保ったまま、長く生きて頂かないとな」


 ――そう簡単に楽にさせるものか。


 エルミラの死に直接関わっていようがいまいが、我々はジュリアン殿下を許さない。ジュリアン殿下の婚約者に据えられたことでエルミラの笑顔が消えたのだ。


 逃げることも自死することも気を狂わせる事も出来ずに終わらない絶望の中で延々と生きるがいい。


「「 ……笑顔が怖い。 」」


 ――おや、私は今笑っていたかい?


 まあいい。

 今日の本題はそこではない。


「ところでギディオン。噂を聞いたよ」

「噂……? 何のことでしょう」


 灰色の髪の元部下が怪訝そうに眉をひそめる。


「兄上に聞いたのだ。なんでも、城下にエルミラの姿を描いた飾り硝子を扉にしている店があるそうだ」

「…………それが?」


 それがどうしたと言わんばかりの表情のギディオンの横で、サティアスが「ああ」と声を上げた。


「それはクリスの店ですね、床屋ですよ。例の家賃詐欺の犯人に扉を壊されて、新調したんです。()……」

「……サティアス」


 ギディオンが咎める声をあげるが、慌てずともその情報はすでに此方も掴んでいる。


「兄上は実際にその飾り硝子の扉を見に行ったそうだよ。私もその絵の作者に興味があってね」

「そうですか。硝子細工ならばドワーフの手に寄るものでしょう。工房を当たってみては?」


 ――白々しい。


 ドワーフは職人気質だ。芸術だの美だのには興味はない。あの飾り硝子のエルミラを描いたのは別の人物である。それが誰なのかも兄上の手の者が既に調べ上げている。


「ギディオン、〝泉の魔女〟に会わせてくれないか」


「お断りします」


 王宮の廊下に、暫し沈黙の時が流れた。






雑貨屋の女装美少年を書いていたはずが、出来上がったら、何故か、ちょいワル中年ギルド長になっていた不思議……。


ブックマークありがとうございます!

励みになります。頑張ります。


次話もお読み頂けたら嬉しいです。

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