1 いきなり老婆
2021.9.21 若干修正しました。
洞窟で目が覚めたら老婆だった。
何を言ってるか分からないだろうが、私も正直何が起きたかわからない。私は、少なくとも、老婆ではなかったはずだ。
石の上で、身体中がミシミシ痛い。そのうえ、えらく肌寒い。
苦労して半身を起こしてみる。薄い肌着の上に纏っているのは、ボロボロの黒いローブのみ。どうりで寒いわけだ。
こんな薄着で石の上で寝るとか、仙人か!
「う、うう……」
とりあえず、石から両足を下ろして腰かけてみる。
寒さで震える両腕をさすりながら、周囲を見回す。ほぅと吐く息が白い。
「……ここ、どこ。……洞窟?」
壁も天井も、石だ。岩の洞窟らしい。
鶴嘴のようなもので掘った跡があるから、天然の洞窟ではなさそうだ。
人間がわざわざ掘って造った洞窟なのだろう。
今私が腰掛けてる石は、元々寝台なのか、大柄の男性がゆったり横になれるサイズで、長方形に切り出された立派な一枚岩が据付けられている。
ここは、日本……、どころか、地球でもなさそうだ。
空気が、弱い炭酸のようにパチパチと肌にあたる。痛くはないが微妙な刺激がある。
洞窟の岩肌には細かい水晶のような粒が混じっていて、その粒がそれぞれ淡く発光している。おかげで、暗いはずの洞窟の中でも回りが見渡せる。
毛布が数枚あれば野宿よりは快適に過ごせたかもしれないが、体に接している石から寒さがじわじわ上がってくる。ブルルッ、と体が震えた。
「うぅ……さ、寒いッ!」
ローブの裾からは、鶏ガラのように細い足が覗いている。おや? 私の豊かな脂身どこ行った?
膝に置いた手の甲も、痩せて皺が寄っている。シワシワだ。張りも艶もない皮膚が、長く生きてきたであろうその年月を、年齢を物語っている。
あー、うん、間違いなく老婆だ。顔を見なくてもわかる。一般的に言っておばあちゃんの体だ。これ。
ええー?!
異世界モノといったら
普通、美少女でしょう!
需要からいったら幼女でしょう!!!
叫びたいところだけど、あいにく喉が枯れていてカスカスの声しか出ない。
うん、老婆だからね、喉枯れてても仕方がないね。
「老婆とか誰得……」
カスカスの声で呟いた。
しばらく石の上で膝を抱えてうずくまっていたが、悩んだところで進展はないと早々に気持ちを切り替える。
とにかく現状を把握しよう。
他に部屋はないか、洞窟の外の様子はどうなのか、誰か人はいないか、探そう。
なんだかお腹もすいたし。
ずっと座っているとお尻も冷たいし。
ところで、この老婆になる以前の私のことは、ボンヤリとしか思い出せない。記憶に靄がかかっているような感じだ。
明らかにこことは違う世界――地球、日本で――で暮らす、女性であったことは間違いない。
その日本のどこで、一体どんな暮らしをしていたのか、例えば……仕事はなんだったのか、……家族や友達、……年齢、容姿、どうだったろうか。わからない。名前さえも思い出せない。
少なくとも、ここまでガリガリに痩せてはいなかったし、ヨボヨボでもなかったと思う。なんとなくアラサーだった気がする。
――そう考えると、美少女だの幼女だのと厚かましいな、私のくせに。
だけど、はっきり思い出せないのは怖い。
なにせ今の見た目は老婆だ。
推定九十歳代だと思われる。
異世界で死んだ記憶はないし、白い空間で神様に会った覚えもない。突然光輝く魔方陣に飲み込まれてこちらの世界に転移してきた記憶もない。もちろん、この世界で、この体で、波乱万丈に九十歳まで生きていた記憶もないけれど!
そうなると根本が揺らぐ。
異世界云々は、……全部おばあちゃんの妄想……だったら、どうしよう。すごく怖い。
ちょっと、想像してみてほしい。
『ウフフ、わたし異世界から来た渡り人なの。地球って星の、日本って国に住んでてね、その世界は魔法が無いかわりに科学が発達していたの。珍しい食べ物もたくさんあったのよ。カレーに、ポテトチップス、チョコレート! それから、卵から作るマヨネーズっていうソース、醤油っていう大豆から作った万能調味料でしょ、あと、お米っていう穀物もとっても美味しいのよ。日本にはね、義務教育って制度があって、平民でも読み書き計算ができるの……ウフフ』……とか、言い始める老婆。どうよ。
軽いホラーじゃないですかヤダー!
この外見で異世界とか言い出したら、完全なる介護案件。頭のおかしいババアだと思われるに違いない。最悪どっか何かの施設に収容されるかも。
うん、この先誰に会っても異世界云々は絶対言わないでおこう。そうしよう。
私は老婆……、私は最初から老婆。
ヨシッ! この秘密は墓場まで持っていく。
こうして私は割りと速い段階で、老婆であることを受け入れたのだった。
お読みくださってありがとうございます。
初めての投稿なので、お見苦しい点も多いと思いますが、良かったら連載にお付き合いください。