青色の恋
ニ千字程度のショートショートです。たぶん五分くらいで読めます。
五年前の夏。
ぼくは出勤中の電車で、隣に座っている女性がずっと気になっていた。
これには二つ理由があって、一つは単純に一目惚れしていたから。もう一つは、具合が悪そうにうなだれていたからだ。
そんな彼女に、声をかけたらワンチャンなんてことを妄想したりしたけど、結局ビビって話かけられずにいる。
すると、幸いと言っていいのかわからないが、急に彼女がぼくの肩にだらんともたれ掛かってきた。
ぼくはその突然のチャンスを逃さない。すぐに様態を確認して、車掌さんを呼んだ。
もしかしたら本当にワンチャンあるんじゃないか? このあと、彼女とくっつくなんてことが、あるんじゃないか? そんな期待を膨らませていると、ふと彼女の腕に巻き付いている端末が目に入った。
携帯型人格色別装置。通称、カラーパーソナリティー。
十年前くらいだろうか、心理学の発展で個人の性格を見える化できる端末が開発された。
その端末を腕にはめると、軽い性格診断と血圧測定などで、自分の性格を「色」にして識別してくれる。しかも、その「色」を使えば、人間関係における自分と相手との「相性」も分かるという、画期的な端末だ。
言うまでもなく、その端末は爆発的に普及し、現在では世界全員が身につけている。
そして彼女もそれを付けていた。
ぼくはその端末を前に、彼女との相性はどうなんだろう、とつい魔が差して電源ボタンを押してしまった。
――青色? 見たことない色だ。
調べてみると、どうやら僕との相性は最悪らしい。
それを知ったぼくは、相性なんてくそくらえと思った。
相性なんてたかが知れている。冷静に考えて、そんなもの性格診断で決められるわけがない。
絶対に、彼女と付き合う資格はぼくにもある。
しかし、あの時はアタックする勇気もなく、もじもじしている間に彼女は車掌さんと電車から降りてしまった。
非常に情けないが、これが彼女との出合いだった。
翌日、またぼくは彼女と同じ電車に乗っていた。
ぼくは勇気を出して話しかける。昨日の一件があったおかげで彼女とは普通に会話出来た。
意外と上手くいったぞ、と自信がついたぼくは、翌日、また翌日と話しかけていくうち、いつの間にか彼女と毎日話すようになっていた。
相性最悪のはずなのに、彼女とは趣味、音楽、映画など、結構僕と好みが似ていた。
だから彼女と話すのはすごく楽しかった。
これで相性最悪だなんてとうてい思えない。
そうしてすっかり仲良くなったぼくらは、遊園地へ行ったり、一緒に映画館にも行ったりと、たくさんデートした。
その間、ぼくは相性が良いと診断された何人もの女性にアプローチされたけど、もちろん全て断った。中にはちょっと可愛い娘や、びっくりするほど頭が良い娘もいたけど、彼女はそれ以上に完璧で魅力的だったし、相性診断で選ばれるのが個人的に嫌だったからだ。
彼女との交際は順調に進み、出会ってから二年後くらいに恋人の関係になった。
ぼくの告白に、彼女はひどく悩みながらも「恋人なら」と、言ってくれたのを今でもよく覚えている。良い思い出だ。
そうして、今日まで三年間恋人としてやってきたのだが、ここである問題が生じる。
それは、彼女は同棲どころか、ぼくを家にすら入れさせてくれないというもの。しかし、ぼくにはなんとなくその理由が分かっている。
彼女はもともと男性と関わりが無さそうな性格だから、そういうのには抵抗があるんだろう。
むしろ、相性最悪の彼女とここまで順調にこれているだけ、ぼくは幸せものなのだ。
しかし、そんなぼくにもさすがに限界がきてしまった。
やっぱり彼女の心を開かせたい。同棲したい。
ぼくはその願いを胸に、このあと彼女にプロポーズをする。
結婚となればさすがに同棲してくれるだろう。そういう狙いだ。それに、そろそろ子どもが欲しいなと思っていたのもある。心を開いてくれると信じて、ぼくは彼女の家へ向かった。
インターホンを鳴らすと彼女が出てきた。ぼくはそのまま無理矢理なかに入る。
「勝手にあがらないで」
「大事な話があるんだ」
ぼくは彼女の要望を無視して切りだす。プロポーズのインパクトを強める為に、敢えて怒ってるふうに演技するという作戦だ。
「五年間付き合ってる彼氏を、なんで家にあげようとすらしないんだ?」
「それは……」
「どうせ、後ろめたい気持ちでもあんだろ?」
「…………」
「他に男でもいるんだろ!」
もちろん、これは本心ではない。だがいい感じに彼女はびびっている。我ながら見事な演技だ。
「お願い落ち着いて。浮気なんて︙︙してないの」
泣いてしまった。罪悪感を感じながらも、チャンスだとも思った。初めてあったときからそうだが、基本的に彼女の不幸はぼくにとってはチャンスになる。
「ごめん。言い過ぎた。でも、ぼくは一緒にいたいだけなんだ」
すぐにあめを投入する。
そして、ぼくは彼女の身体をゆっくりと壁に押し倒した。
彼女はふっと泣きやみぼくの顔を見つめる。ぼくは両手の指を交差し、顔を近づけ。
「だから、結婚しよう」
ぼくは右手の指をほどき、密かに薬指に付けていた指輪を見せた。
ちょっと落差が激しすぎたか、彼女はかなり戸惑っている。
「ご、ごめんなさい」
「え?」
「わたし、子ども作れないの」
彼女の腕についている何かが、左腕に当たった。
青色。そういえば相性最悪だったんだっけ。
「別に子ども作れなくても、何とかなるよ」
ぼくは彼女の身体にぴたりと身を寄せる。
「そういう意味じゃないの」
彼女の下半身の真ん中あたりに、ごつい何かがあった。
そのときぼくは初めて、子どもを作れない、の本当の理由を知った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今作が初投稿なので、是非ご意見いただけると嬉しいです。よろしくお願いします。まじで。