第九話【夜の海岸】
少年が目を開けると、夜空が見えた。
星空が視界一杯に広がっている。
地面が冷たくて固い。
ゆっくりと身体を起こして周りを見渡すと、建物が全焼していた。
煤によって川や森が真っ黒に染まっている。
雨が降ったからか、火は全て消えているようだ。
そして地面には、焼かれたり切り裂かれたりしてボロボロになっている大量の死体。
この島は特別な加護に包まれているため、しばらくするとある程度自然は復活するのだが、死んだ人間や人工物が元に戻ることはない。
とその時、綺麗な死体……ではなく眠っている女の子が視界に入ってきた。
イデアだ。
少年が気絶している間に、遺跡からここまでやってきたのだろう。
「……」
少年は辛そうに頭を押さえつつ、その場に立ち上がる。
それからイデアの寝顔を一瞥し、何もすることなくどこかに向かって歩き出した。
◆ ◇ ◆
「……俺のせい」
真夜中の海岸。
砂浜にある岩に向かって、少年は何度も頭突きを繰り返す。
「……俺のせいだ」
額からはすでに大量の血が流れており、とても痛々しい。
「……俺の……俺の……」
そうつぶやきながらも海のほうを向く。
月明かりに照らされ、真っ暗な海面の上に光の道が出現していた。
幻想的でもあり、また不気味でもある。
彼は無表情のままそんな暗い海のなかへと入っていく。
「……俺のせいで」
波に押され、足取りが重たい。
下半身が一気に冷えていく。
しかし彼の顔は一切かわらない。
「……俺がここにきたせいで、みんなが」
立ち止まることなく進んでいき、すぐに海水が腰まで到達した。
「……死んで償うしかない」
「──何やってるの!?」
突然後ろから声が聞こえた。
振り向くと、そこにはイデアの姿。
息を切らしながらも、砂浜からじっとこちらを見つめている。
少年は何度か口をパクパクとさせるが、結局何も喋らないまま再び沖に向かって歩き始めた。
「待って!!」
後ろからバシャバシャという音が聞こえてくる。
やがて海水が彼の胸に迫った辺りで、イデアが追いついた。
身長差があるため彼女はすでに顎まで浸かっている。
イデアは彼の服を強く引っ張り、
「まさか、死のうとしてないよね!?」
普段からは考えられないほど、力強い声。
少年は表情を変えないまま「……あぁ」と頷く。
「どうして!」
「全部、俺が悪いんだ。……俺が」
「そんなことない。悪いのは黒い服を着たあの人たちじゃん!」
「俺が最初に着ていた服、おぼえてるだろ? 俺はあいつらの仲間だ」
「えっ……」
「さっき目が覚めた時、全てを思い出した」
「思い出したって……」
「……とにかく、俺のせいなんだ。……償いをさせてくれ」
そう言って少年は再び歩き出す。
「だめ!! やめて!!」
「……」
「君の事情は知らないけど、死んだからと言って許されるわけないじゃん!!」
「……」
服を引っ張るも、さすがに彼のほうが力が強いようで、イデアはどんどん引きずられていく。
「私を……ごぼっ、一人にしないでよ!!」
その言葉を聞いた瞬間、少年は足を止めた。
そうだ。
彼女は今、一人なんだ。
自分がここへ流れ着いたせいで島のみんなが死んだから。
それで更に自分までいなくなれば、彼女はどうなる?
きっとこの島で生きてはいけるだろうが、一生孤独になってしまう。
それに、ローズさんから言われたではないか。
イデアを頼む……と。
そんな思考が彼の頭のなかを埋め尽くしていく。
イデアは何度も水面へと浮かび上がっては沈むのを繰り返している。
身長が足りないため、呼吸が満足にできないのだ。
「……ごめん……な」
ようやく彼は自分自身のこと以外に思考が回った。
彼女がとてつもなく不憫でかわいそうに思える。
少年は一粒の涙を零しながらもイデアを抱き上げ、ゆっくりと砂浜のほうに向かって歩き出す。
そのままお互いに無言で砂浜まで移動すると、二人して砂浜に座り込んだ。
濡れた手やズボンに砂がまとわりつく。
二人はそれぞれ下を向き、静かに泣き始めた。
最初は声を出していなかったものの、イデアは島の人たちとの思い出が蘇ってきたらしく、嗚咽を漏らす。
特にローズの死が辛かったのだろう。
そのまま十分ほどの沈黙が続いた。
先に口を開いたのはイデア。
「……その頭の怪我……自分でやったんでしょ?」
「…………本当にごめん。俺のせいでローズさんを……。みんなを……」
「さっきから言ってるけど、それってどういう意味?」
「……」
「自分を責めるばかりせずに教えてよ」
「さっき目を覚ました時、俺は過去を…………全てを思い出したんだ」
「……」
「長くなるけど、聞いてくれるか?」
「……うん」
少年は月を見上げ、ゆっくりと語り始めた。
【序章】─ 終 ─




