第六話【敵襲】
少年が島で過ごし始めて二週間が経過した。
すっかりこの島での暮らしに慣れた彼は、主に力仕事を任されるようになっていた。
華奢な身体からは想像もつかないくらいに腕力があるのだ。
魔物狩りや建物の建築、畑仕事など、文句を言わずにこなしていく姿を島の人たちは高く評価している。
しかしずっと男性たちと働いているわけではなく、たまにイデアと魚釣りや、果物の採取をしたりもしている。
更に同じ家で暮らしているからか、二人は出会った頃に比べて格段に仲良くなっていた。
砕けた喋り方をしていたり、お互いの名前を呼び捨てで呼んだり。
ただ、恋愛面に関しての進展はないらしい。
少年はたまに彼女を異性として見てしまっているらしいが、イデアは彼を仲のいい友達だと思っているようだ。
「ねぇ、今日は何をするの?」と朝食の焼き魚を食べながらイデア。
白い布の服を着ている少年は両手で魚の骨を取りつつ、
「えっと……特に頼まれている仕事はないかな」
すると彼女はパッと表情を明るくした。
「じゃあ私と一緒にお仕事しよっ!」
「う、うん。いいよ」
少年は嬉しさを隠しきれず、照れたような顔で答えた。
彼はイデアと二人きりでいられる時間が好きだった。
「ふぇっふぇっふぇ。若いというのはいいのぉ。アタシは昼までさぼって村長とお話にでも行こうかのぉ」
「おばあちゃん! ちゃんと働いてよ」
「嫌じゃよぉ~」
「もう! ……全く、おばあちゃんはいつも遊んでばっかりなんだから。ほら君も何か言ってやって」
「そうですよ、排他的経済水域さん。最近、農作物の収穫量が減ってきているみたいなので、手伝ってきては?」
「誰が排他的経済水域さんじゃ! アタシにはちゃんとデオキシリボ核酸という名前があるんじゃ」
「まあ冗談はその辺にしておいて、ローズさんっていつも誰かと話していますけど、会話が尽きることはないんですか?」
「う〜ん、ないのぉ。考えずに喋るコツをおぼえたら誰とでも無限に話せる」
「考えずに喋っているんです?」
「そうじゃぞ? たとえばデオキシリボ核酸も、喋っている間にたまたま思いついたから自分の名前にしただけじゃ」
「……な、なるほど」
「ま、おばあちゃんが上手くやれていて楽しいなら何も問題はないんだけど、私としてはもう少し島のために働いてほしいかな」とイデア。
「ふぇっふぇっふぇ。善処するかどうか考えておこう」
「それ絶対善処しないじゃん!」
彼女のツッコミを聞き、少年がおかしそうに「ふふっ」と笑う。
それが引き金となって全員が笑いだした。
食卓に幸せな時間が流れる。
ずっとこのままここで過ごしたい。
イデアやおばあちゃん、島の人たちと一生楽しく過ごしたい。
少年はそう思った。
そして実際にそうなると思っていた。
しかし、それは長くは続かなかった。
ドアがノックされるのと同時に勢いよく開かれる。
びっくりしながらも三人が視線を向けると、そこには白髪に青いバンダナを巻いているおじいさんの姿。
村長だ。
息が乱れており、明らかに普段とは様子が違う。
「おい、どうしたんじゃ? そんなに慌てて」とローズ。
「敵襲じゃ。たった今報告があっての。海岸に上陸した大量の船から、武器を持ったやつらが大勢下りてきたんじゃと」
「何? 冗談にしてはタチが悪いぞ?」
「本当じゃ! 全員銃を持って真っ黒の軍服を着ているらしい。……そうそう。お前さんが初日に着ていたようなやつ…………」
少年を見つめながら言葉を紡いでいる最中で、村長は何かに気づいたらしい。
目を細めて「なるほどのぉ」とつぶやき、おばあさんのほうを向いた。
「ローズ……。あいつらの目的がわかった。そこの少年じゃ」
「はぁ、何を言っておる?」
「黒い軍服のやつらがこんな辺境の島にやってくる理由は、同じような服装をしていた少年以外に見当たらない」
「…………それで、何が言いたい? まさかお前、この子を売る気じゃないだろうな?」
普段からは想像もできないような怖い表情を浮かべるローズ。
村長は首を左右に振り、
「そんなことをするはずがなかろう。イデアと少年を逃がしてやれと言いたかったんじゃ。島のなかに逃げ込めば簡単には見つからないはずじゃ」
「そうか。……というわけだから二人とも、今すぐここから離れろ」
ローズが真剣な顔で言った。
「えっ、でも……」
「他のみんなを置いて逃げるなんて、できないよ」
少年とイデアは否定する。
「どうせこの先短い命じゃ。構わん…………のぉ、村長」
「ああもちろん……。今、若者たちに逃げるよう促しているところじゃ。わしはもう行くから、早く行動に移るんじゃぞ」
そう言い残して村長はこの家をあとにした。
ドアが開けっぱなしのため、外の騒がしさが聞こえてくる。
「イデア、ローズさん。僕は逃げません。その軍服を着ている人たちの目的が僕なんだったら、僕が行けばいい」
「馬鹿を言うでない。お前さんが過去に何をしたのかはわからんが、悪いのは確実に向こうじゃろう。仮に仲間だったとするならば、大勢で武器を持って押しかけたりはせん」
「それはそうですが……」
「それに、アタシたちだって決して弱くはない。こう見えても島の者は全員強いスキルを持っておるからのぉ。むしろ向こうが心配になるくらいじゃ」
「私はおばあちゃんの言う通りにしたほうがいいと思う。君は力が強いみたいだけど、武器を持った大群が攻撃してきたらひとたまりもないよ」とイデア。
「……」
「大丈夫だよ。みんなは本当に強いから」
「……わかった」
少年は納得していないようだが、とりあえず飲み込んだようだ。
「さてと、まずは相手の要求を聞かんといかんのぉ。もしかすると漂流しただけという可能性もないことはない」
そう言いながらローズは外へと出て行った。
その後ろを姿を見送ったあと、イデアが口を開く。
「とりあえず森のなかに入ろう」
「うん」




