第三十三話【スカイダイビング】
クレセント大陸をあとにして三時間後。
アビスとアニマは無言で眠そうにしている。
もちろんパイロットは起きているが、もう一人の教師はすでに眠っていた。
本来であればアニマも寝ていいはずなのだが、アビスを無事に連れて帰るという使命感のもと、無理やり目を開いていた。
しかし睡魔には抗えないらしく、先ほどからウトウトしている。
それはアビスも同じで、睡魔に耐えつつ、じっと逃げるタイミングを見計らっていた。
彼は海に飛び込むつもりらしい。
パラシュートを装着すればアニマに疑われてしまうため、もちろん生身だ。
普通の人間であれば着地の衝撃で死ぬだろうが、アビスは魔法に自信があった。
ゆえに生き残れる可能性があると考えているのだろう。
「アビス……明日も朝から授業があるんだから、なるべく寝とけよ」とアニマ。
「あ、うん。まだ眠くないから、眠たくなったら寝るよ」
「そうか」
それから一時間が経過した頃。
ウトウトしていたアニマがとうとう眠りに落ちた。
もう一人の教師も寝ている。
今がチャンスだ! と思い、アビスは音を立てないようにゆっくりと立ち上がった。
忍び足で扉へと近づき、ドアノブに手をかけたその瞬間。
「……アビス?」
後ろから声が聞こえた。
ビクンッと身体を震わせつつも後ろを振り向くと、
「お前は……本当はフェイトよりも強いんらって……」
目を閉じたままそんなことをつぶやくアニマ。
寝言だったようだ。
アビスは「ふぅ……」とため息を吐きつつもすぐに気を取り直し、扉を開けるのと同時に飛び降りた。
一気にヘリコプターの内部に強風が押し寄せる。
「「なんだ!?」」
アニマともう一人の教師が急いで起き上がり、
「おい、扉を閉めろ!」
パイロットが後ろを振り返った。
そして全員がアビスの姿がないことに気づく。
すぐに外を見下ろすアニマだが、暗くて視界が悪いせいで見つけることができない。
「あいつ、まさか……」
◆ ◇ ◆
飛び降りたアビスは、真っ暗な空を飛んでいた。
実際には落ちているだけだが、まるで飛行しているかのような浮遊感をおぼえる。
彼は強風を顔面に浴びつつも、目を細めてしっかりと下を見つめる。
星空に照らされた不気味で恐怖心を煽るような黒い海。
アビスはそんな海に向かって落下していく。
【過去編】─ 終 ─