第三十二話【脱走】
アビスはアニマに連れられて、誰もいないテントに移動した。
なかには薬などの医療品がたくさん置いてある。
アニマはテントの外を見て周りに人がいないのを確認した後、
「今から言うのは、お前のスキルについてだ」
「あ……とうとう教えてくれるの? 俺の全然使えないスキルのこと……」
「ああ。とはいっても、能力についてはまだ伝えることはできない。今から言うのは発動の仕方だ」
「?」
「実はお前がスキルを使えない原因はそれのせいだ」
彼はアビスが装着している腕輪を指さし、
「そのリングは体力からヒッグス粒子に干渉するための回路を塞ぐ効果があり、仮にスキルの発動条件を満たしても能力を使用できないんだ」
「そうだったんだ……。ん? 発動条件って?」
「あー。正直言って、誰にもわからん」
「そうなの?」
「けど、強力なのは事実だから、こうしてリングをつけているわけなんだが……まあ近いうちにお前を研究機関へ移送して調べてもらおうと思っているんだ。そうしたらスキルの使い方がわかって、お前はもっと強くなれるぞ」
「研究機関……って、どんなところ?」
「…………実はこの戦争に参加したのは、クレセント大陸にあるそこへアビスを連れていくためでもあったんだ。実験はほんの少し人体に負担がかかるけど、今の年齢なら大丈夫だ」
それを聞き、アビスはアリアとカルマが施設の地下へ連れていかれていたことを連想させた。
自分も何かされるのだろうと思いつつ、それを尋ねたりはしない。
「そっか」
「ま、別に怖くはないから安心しろ。むしろ研究が終わったらお前はフェイトよりも強くなれるかもしれないぞ」
「うん」
「とりあえず明日は一緒に砦の防衛を頑張ろうぜ。お前ら四年生のことは俺が守ってやるから安心しろ」
「アニマ先生は強いもんね。けど俺も毎日特訓してるから、死ぬ気はない」
「そのいきだ」
それから二人は元のテントへと戻っていく。
辺りにはもうすっかり夜のとばりが落ちていた。
アニマがビニール製の布を持ち上げてなかに入ろうとした瞬間、
「……あれ?」
間抜けな声を上げた。
彼は一度テントを閉めて周囲を見渡す。
「先生、どうしたの?」
そう尋ねつつ、アビスはアニマが何を探しているのか、気づいていた。
「あの三人の姿が見えねぇ……。夕食は食べたし、全員でトイレでも探しに行ってんのか?」
「フェイトたち……いないの?」
「お前、何か聞いてないか?」
「いや……特に」
「そうか……。ちょっと探すからお前も一緒にこい」
「あ、うん」
その後、いくら仮拠点のなかを探しても三人が見つかることはなかった。
それもそのはず。
アニマとアビスが会話をしているうちに、こっそりと逃げ出していたのだから。
「アビス、テントのなかで待っていろ。施設の偉い人に連絡を入れてくる」
「わ、わかった」
彼は言われた通りにテントのなかへ入り、三人が無事に逃げ出せていることに安堵する。
それから自分も行動を起こさないと、と思い気を引き締めた。
まずテントの入り口にある隙間から外を覗く。
「……まだ、ダメだな」
アニマはじっとこちらを見ながら通信機で会話をしている。
おそらくアビスを見張っているのだろう。
「もう少し様子を伺おう。どうせ明日は戦場に行かないといけないから、チャンスはいくらでもあるはずだ」
そうつぶやいて布団のなかに入るのだった。
数分後。
テントのなかに入ってきたアニマは、寝転がっているアビスに向かって話しかける。
「おい、お前も疲れているだろうが、今すぐ出発するぞ」
「えっ!?」と身体を起こすアビス。
「施設への帰還命令が出た。今すぐアビスだけでも連れて戻ってこいだとさ」
「……」
「何者かによる誘拐か……それとも故意に脱走したのか、原因はわからないが、明日には向こうから増援が届くから三人の捜索はそいつらに任せとけばいい。とにかく俺に与えらえた使命は、アビスを無事に施設へ連れて帰ること」
このままでは逃げられない。
施設に到着した時点で逃走するのは不可能だろう。
何か作戦を考えないと。
彼は内心でそんなことを思いつつも、頷いて立ち上がる。
それからアビスは、アニマを含む二人の教師とパイロットの三人とともに、さっそくヘリコプターに乗り込んで出発した。
一緒にやってきた他二人の教師は残って各自の仕事をするらしい。