第四話【同居】
外からおばあさんが入ってきた。
しわだらけで腰が曲がっており、髪は金と白の二色で構成されている。
「ただいま……。おぉ少年、目を覚ましたのか」
「おかえり、おばあちゃん。うん、ついさっき起きたの」とイデア。
「そうかい。あー、アタシも食べようかね」
「そろそろ帰ってくる頃だと思って、用意してあるよ」
おばあさんはさっそく椅子に座り、「いただきます」と言ってからパンを食べ始める。
「さて……。さっそくだけど自己紹介といこうか。アタシの名前は排他的経済水域。よろしくね」
「ちょっとおばあちゃん。初対面からそんなに飛ばさないのっ! この子は記憶喪失なんだから、混乱しちゃうでしょ?」
イデアが慣れた様子でツッコミを入れた。
おばあさんは首を傾げ、
「……ん? 少年は記憶喪失くんというのかい? 変な名前だね」
「おばあちゃんの偽名ほどじゃないよ~。そうじゃなくて、記憶がないみたいなの」
「へぇ……。それは本当かい?」
少年を見つめながら尋ねるおばあさん。
「あ、はい。排他的経済水域さん。起きた時には何もおぼえてなくて……自分の名前もわかりません」
「君もそんな名前で呼ばなくてもいいからね!? おばあちゃんの正式名称は、ローズっていうの」
「そうじゃ。だから排他的経済水域さんと気軽に呼んでくれて構わんぞ」
「もう! ややこしくしないで」と頬を膨らませるイデア。
「まあ冗談はさておき、この島の海岸で倒れているなんて、よほど普通ではない事情があったんじゃろうなぁ……」
なんせこの島は本国からかなり遠く、地図に記載されていないほどの場所だ。
ただ海で溺れた程度では絶対にたどり着くことができない。
それは島で暮らしている全員が理解している。
「軍服を着ていたし、ヘリコプターに乗って移動でもしてたのかな?」
イデアが言った。
「……」
「なんにせよ、生きててよかった」
「助けてくれてありがとう」と少年。
「気にしないで」
「それで……お主はこれからどうするんじゃ?」
おばあさんことローズが尋ねた。
「これから……」
「要するに自分が住んでいた場所も、何もかも忘れておるのじゃろ?」
「はい、わかりません」
「お前さんがどうしたいかにもよるんじゃが……記憶が戻るまでこの島に住んでみるのはどうじゃ?」
「えっ?」
「あ、それいいかも」とイデア。
「でも……迷惑じゃないですか?」
「そんなことあるはずがなかろう。この島は年々住人が減っていて、むしろ若い男が増えるのは大歓迎じゃ。アタシほどの年になると力仕事もしんどくてのぉ」
「けど、家がないし……」
「ここに住めばよい」
「「え!?」」
少年とイデアが同時に声を上げた。
「もちろん、その代わりにたっぷりと仕事を手伝ってもらうがの。……どうじゃ?」
「えっと……」
少年にとってそれは願ってもない提案だった。
しかし、自分がいることでこの二人に迷惑がかからないだろうか? と疑問に思う。
ゆえに困惑した表情で二人を見つめる。
「今なら特典で穢れを知らない乙女も一緒なんじゃぞ? 若いお主が断る理由はなかろうに」
「ちょっとおばあちゃん!?」
イデアが抗議の声を上げた瞬間、ローズは意地の悪い笑みを浮かべて、
「ま、乙女というのはアタシのことだけどな。……うん? 何を勘違いしておるのじゃ?」
「か、からかわないでよ」
「ふぇっふぇっふぇ」
なんの話をしているんだろう? と思いつつ、少年は尋ねる。
「あの、本当に僕が住んでも大丈夫なんですか?」
「構わん。ベッドもアタシと一緒に使えば問題なかろう」
「あ、いえ。居候させてもらってそれは申し訳ないので、床でいいです」
「何を馬鹿なことを言っておるのじゃ! 住ませる対価として仕事を手伝ってもらうと言っておるのじゃから、そんなことは気にせんでもよい。むしろこんな狭い家ですまんのぉ」
「そんな、とんでもない」
「ま、なんにせよ決定じゃな。新しく住むことになったイデアの婿殿に乾杯」
おばあさんは水の入ったコップを持ち上げて、元気よく言った。
「かんぱー……って、勢いで乗りそうになったけど、どうしてこの子が私の結婚相手になってるのっ!?」
「ふぇっふぇっふぇ、冗談じゃ! それともなんだ? 本気にしたのか?」
「ち、違うもん」
そんな二人のやり取りを見ていた少年は、一瞬首を傾げつつも同じようにコップを持ち、
「あの、これからよろしくお願いします」
「うむ、よろしく……。ほれ、イデアも挨拶せんか」
「あ、うん。……よろしくね」
ローズとの会話で顔を赤くしていたイデアが、照れを隠すために下を向きつつも一瞬上目遣いでそう答えた。
それにより少年は一瞬ドキッとする。
しかしその感情の正体はわからなかった。
読んでくださりありがとうございます。
第六話にて変化点を用意しておりますので、もう少しの間まったりした雰囲気をお楽しみください。




