第三話【食事】
外に出てみると、眩しい日光が少年の目を優しく攻撃した。
少しの間、何も見えなくなる。
しかし不思議と嫌な感じはしない。
むしろ暖かくて気持ちがいい。
「この感じ……好きかも」
やがて視界が正常になってきた。
ひとつとして同じ形状のものが存在していない木々。
それらの間に建てられている木造りの建物。
雑草を刈っただけの砂の道がすべての家に繋がっている。
また、川がどこからともなく流れてきており、中心に木の橋が架かっている。
川の向こう側には木の柵で囲まれている畑。
そのなかで男性が農作業をしている。
そして一番大きい建物。
あれは村長の家か何かだろう。
どうやらこの辺り一帯は植物で囲まれているらしく、海岸は見えない。
しかし潮の香りがすることから、決して遠くはないと推測できる。
「見て見て。魚取れたよ!」
川のなかで七歳くらいの男の子が叫んだ。
「あらっ、すごいじゃない」と母親らしき女性がにっこりと微笑む。
「ねぇ、聞いた? 近いうちにイーリスさんの息子のポーリンくんが結婚するんですって」
「あら、あの子……もうそんな歳なの? ちなみに相手は誰?」
「確か、街へ出稼ぎに行った時に出会った子と、向こうで暮らすんですって」
「へぇ、また寂しくなるわね。……まあ、本国から遠く離れたこの島に嫁いでくれるような子は、どこを探してもいないでしょうね」
「そうよ。だってお店なんてひとつもない、完全自給自足の生活なんだから」
川で洗濯をしながらそんな会話する女性二人。
声が大きいため、かなり鮮明に聞こえてきた。
話の内容から察するに、ここは大陸からかなり離れている島なのだろう。
とそこで少年は、イデアの姿が見えないことに気づく。
もう一度周りを見渡してみたが、金髪の少女の姿はない。
外に出るタイミングがほとんど同じだったにもかかわらず、見える位置にいない。
ということは、
「横かな?」
そうつぶやいて建物の横を覗いてみると、やはりイデアがいた。
建物の横は立派な炊事場になっており、木の板で作ったであろう床。
その上に水の入った桶やら、まな板やらがある。
彼女は石の包丁を使って、まな板の上に置かれている魚のうろこを取っていた。
少年はイデアの元へと近づいていく。
すると途中で彼の存在に気づいたらしく、イデアは手を止めて首を傾げる。
「あれ? 出てきたんだ。……大丈夫?」
「……あ、うん。ちょっと身体を動かしたくなって」
「そっか。でも、まだ起きてからちょっとしか経ってないし、もう少し休んでおいた方がいいと思うよ?」
彼は素直に「うん、わかった」と返答し、踵を返して家のなかへと戻った。
◆ ◇ ◆
それからしばらくベッドに座って待っていると、イデアがドアを開けて入ってきた。
手に持っているお盆の上に、木製のお皿とコップが三つずつ乗っている。
「お待たせ! 簡単なものしか作れなかったけど、よかったらどうぞ」
彼女は丸い机の上にお盆を置き、椅子の前にお皿とコップを並べていく。
少年は「あ、はい」と答え、机の前に移動した。
お皿の中身は、黒っぽいパンと魚の丸焼き。
コップのなかに透明な真水。
いい匂いを嗅いでお腹を鳴らしつつ、少年はふと疑問に思う。
「あれ? お皿が三つ?」
「うん。そろそろおばあちゃんが帰ってくる頃だから」
「おばあちゃん?」
「そう。一緒に暮らしててね。いつも午前中は、島の人たちとお話をしにいってるの」
「へぇ」
納得したように頷きながらも、少年は椅子が足りないことに気づいた。
少し周りを見渡し、何か他に座れるものがないか? と探す。
と、そこで彼女が少年の意図を察したらしく、近くにあった樽を指さして言う。
「私がこの樽に座るから、君は椅子にどうぞ」
「いいの?」
「当たり前でしょ? だって君はお客さんだし、一応病人なんだから」
イデアは樽の位置を微妙にずらし、ワンピースのお尻部分を手で整えるようにして座った。
それから両手を合わせて少年の顔を見る。
「そういえば、食べる前のあいさつって知ってる?」
「…………いや、わからない」
「えぇっと、こうやって手を合わせて『いただきます』って言うんだよ」
イデアがやっている通り、少年は綺麗に両手を合わせて、
「いただきます」
「そうそう。よくできました。じゃあさっそく食べよっか」
「うん」
まず少年はパンを手に取り、少しだけ口にする。
「あ……おいしい」
口のなかに入れた瞬間に広がった甘みに驚いて思わず声を漏らすと、隣のイデアが得意げに言う。
「でしょ? それ私の手作りなんだけど、結構自信があるんだ! 隠し味にすり潰した木の実を入れて甘くしてあるんだよ」
「こんなに美味しいものを食べたのは初めてかも」
大げさなセリフを発する少年に対し、彼女は「ふふっ」と笑った。
「何もおぼえてないんだから、元々それが初めての食事でしょ?」
「それもそうだね。……でも、本当に美味しい」
つられて少しだけ頬を緩ませつつ、少年はそう返答。
「ならよかった。……あ、そういえば、君がつけているその白い腕輪は取れなかったからそのままにしてあるんだけど、服は川で洗濯して外に干してあるから」
「……服?」
「あー記憶がないんだったね。軍人が着用しているような黒い服のこと」
「僕がそれを?」
「うん。海岸でそれを着たまま倒れていたの」
「へぇ……」
「ちなみに私が脱がしたんじゃなくてね! ほ、他の男の人にやってもらったから安心して!」
「?」
「私、何も見てないから! ほんとだよ?」
必死そうに言葉を紡ぐイデア。
「? うん」
「でも、あの服装からして……君はどこかの国の軍人だったのかな? 年は私と同じくらいに見えるんだけど……」
この世界において、軍に所属する年齢は基本的に十八歳以上とされている。
だがこのあどけない顔つきからして、少年はどう見ても十五歳前後にしか見えなかった。
兵士の数が不足している弱小国や、特殊な施設によって育てられた人間であれば、十歳前後の子どもであろうと武器を持たせて戦争に参加させる例もあるのだが、イデアはそのことを知らないらしい。
「ごめん、わからない」
「ううん、答えて欲しいんじゃないの。だから謝らないで」
「……ん」
とそこで、玄関のドアが開いた。




