第十九話【オバケ】
施設内へと戻ったあと、晩御飯を食べて大浴場に浸かり、さっぱりした状態で部屋へと戻る。
今日の帰りのホームルームで鍵を渡されていたため、それを使って【30】号室のドアを開けた。
ちなみに隣の【29】号室がフェイトで、【31】号室がシグマだ。
とりあえずドアの横にあった照明のスイッチを押す。
「うわぁ、すごい」
部屋のなかは綺麗に掃除されているようで、塵一つ見当たらない。
木造りの勉強机。
白いシーツが敷いてあるシングルベッド。
大きめのタンス。
洗面台。
ドアの鍵を閉め、アビスはさっそくベッドにダイブした。
まだ寝るには早い時間なのだが、慣れないことばかりで相当疲れていたらしく、彼の意識はすぐにまどろみのなかへと落ちていく。
◆ ◇ ◆
目が覚めるとまだ窓の外が暗かった。
早く寝すぎたせいで中途半端な時間に起きてしまったらしい。
ドアの横まで歩いて電気をつける。
それから時計に目をやると、ちょうど深夜の零時だった。
アビスはとりあえず洗面台で水道水を飲み、部屋のなかを見渡す。
「どうしよう」
意識がはっきりとしており、今すぐには眠れそうにない。
部屋のなかをうろうろと歩き回り、少しの間思考したあとで、
「……散歩でもしようかな」
彼は部屋をあとにする。
夜中は外に出たらダメという規則があるが、建物内を歩き回ることを禁止されているわけではない。
夜中にトイレに行ったりする生徒もいるからだ。
廊下には電気がついており、シーンとしている。
アビスが歩いていくたびにコツコツという足音だけが響く。
「……なんか不気味」
一応明るいのだが、おばけの一匹や二匹出てもおかしくないような雰囲気がある。
しかし踵を返そうとはしない。
なんだかんだこの感じを楽しんでいるようだ。
案外スリルを味わうのが好きなのかもしれない。
そのまま教室のある二階へと下り、特に理由もなく通路を歩いていく。
通路の電気がついているけど教室は全て真っ暗なため、何かいそうな気配を感じる。
そんなことを考えていたからか、三年生の教室を通り過ぎたあたりで、声が聞こえたような気がした。
「……っ!?」
アビスは思わず立ち止まる。
どこから聞こえたのかはわからないが、美しくてかわいい声質だった。
少しの間待っていると、再び声が聞こえてくる。
「間違いない。体育室からだ」
一度ゴクッとつばを飲み込み、ゆっくりと歩き出す。
表情からは緊張が見られ、一滴の汗が伝っていく。
扉に触れ、音を立てないように横へスライドさせていくと、なかが視界に入ってくる。
電気がついており、部屋の中心には一人の女子の姿。
白髪ロングヘアーで【歌姫】のスキルを持っているアリア=ディーバだ。
どうやら声の原因は彼女の歌声だったようだ。
「……」
アビスは話しかけるかどうか悩んだあと、邪魔をしたら悪いと判断して扉を閉めていく。
しかしその途中で、
「いつか描いた理想郷を……」
歌声が止んだ。
嫌な予感がして彼女のほうを見てみると、アリアはこちらに視線を向けていた。
徐々に顔が赤くなり、彼女は隠れるようにして後ろを向く。
「えっと……、ごめん。盗み聞きするつもりじゃなかったんだ」
「……っ」
「それじゃあ、俺はここで」
そう言って扉を閉めようとしたその時、
「……あ、あのっ!」
アリアが呼び止めてきた。
「!? ふぁい?」
動揺によって思わず声が裏返ってしまうアビス。
「気にして、ないから……ね」と恥ずかしそうな表情で必死に声を出すアリア。
彼に気を遣わせないように配慮しているのだろう。
「あ、う、うん。わかった」
たじろぎながらもアビスは体育室をあとにした。
それから部屋に戻ってベッドに寝転がるも、アリアの真っ赤な顔が何度も頭に浮かんできてなかなか眠ることができなかった。
本人はまだ気づいていないが、彼女のことを異性として意識し始めていたのだ。
それも無理はないだろう。
透き通るような白い髪に、かわいい顔つき。
守ってあげたくなるような小さい体格。
それにプラスで、綺麗な歌声。
出会って初日にもかかわらず好意を寄せてしまうのも不思議ではない。




