第十八話【鬼ごっこ】
そして放課後。
夕食を食べるもお風呂に入るのも、遊ぶのも全て個人の自由ということで、アビス、フェイト、シグマの三人は親睦会という名目で鬼ごっこを始めることにした。
最初の鬼はじゃんけんに負けたフェイト。
彼が玄関で目を閉じている間に、アビスとシグマは芝の上を走って逃げていく。
外に出ているのはこの二人だけでなく、上級生の子たちもいるようだ。
それぞれ本を読んだり、寝転がったり、ボールを使って遊んだりしている。
「おい、あの車の裏に隠れようぜ」とシグマ。
「うん」
二人は倉庫の隣にある駐車場へと移動。
ちょうど到着したタイミングで、玄関からフェイトが出てきた。
フェイトはまず立ち止まり、辺りを見渡し始める。
アビスとシグマは車の下の隙間からその様子を観察。
「なぁアビス。もしあいつがこっちに向かってきたらどうする?」
「う~ん。二人で一緒に逃げようよ」
「おれは車の下に隠れたほうがいいと思うけどな。体育の授業を見る限り、フェイトってこの学年で一番足早いし、逃げられるとは思えない」
「確かに……」
「おい、きたぞ!」
そう言われてアビスが視線を向けると、フェイトがものすごい速度で近づいてきていた。
身を隠せるような場所がこの倉庫付近しかないからだろう。
「どうする?」
「俺はやっぱり走って逃げてみる。もしかしたら勝てるかもしれないし」
「わかった。じゃあおれは車の下にいるから、絶対居場所を教えたりするなよ?」
「うん」
フェイトがたどり着くまでには、さほど時間がかからなかった。
彼が車の裏を覗いた瞬間、アビスは施設へと向かって走り出す。
「見つけたっ!」
フェイトはシグマの姿を探すことなく一直線にアビスを追いかけ始めた。
「勝負だ、フェイト」
なぜかはわからないが、アビスは自分の身体能力に自信があった。
元々山のふもとにある辺境の村で育ったため、昔から身体を動かすことが多かったのだ。
「待てぇぇぇ」
「待たない!」
二人は全く同じ速度のようだ。
上級生の邪魔にならないようなルートで芝の上を駆け抜けていく。
「アビスお前、早いな!?」とフェイト。
そもそも走っている距離がフェイトのほうが多いため、彼のほうが異常なのだが。
足が速い自覚があるようで、そんな自分が追いつけないアビスに驚いたようだ。
「そっちこそ」
そう言ってアビスは額から汗を垂らす。
もうすでに疲れてきているようだ。
一年生とは思えない速度に、他の上級生からの視線が集まり始める。
数分後。
「はぁ……はぁ……」
アビスはもう限界が近づいていた。
というか限界を超えていた。
喉が乾燥し、肺から血のような風味が上ってきている。
車のほうへと向かいつつ、一瞬後ろを向いた。
「アビ……スゥ……」
苦しそうな表情のフェイトが、うめき声を上げながら追いかけてきている。
二人とも咳のような呼吸音。
汗だくで白い服が身体に張りついている。
「もう……無理」
車のそばに到着したところで、アビスがとうとう地面へと倒れた。
芝に顔をつけ、荒い呼吸を繰り返す。
「追い……ついたぁぁぁ」
寝転がっているアビスの背中に触れながら、同じように倒れた。
「はぁ、はぁ」
アビスは動かない身体に鞭を打ち、ゆっくりと地面を転がっていく。
そのままさりげなく車の下へと入っていき、
「はい……タッチ」
「あ! そういえば鬼ごっこの途中だった……」と完全に忘れていた様子のシグマ。
ちょうどそのタイミングで施設から『キーンコーンカーンコーン』というチャイムの音が聞こえてくる。
辺りはもうすっかりオレンジ色に染まっていた。
規則として、日が暮れるまでには施設内へ戻らないといけないため、チャイムはそれを告げる合図となっている。
「うわ、マジかよ。おれの負けじゃん」
そうつぶやきながらシグマは転がって車の下から脱出した。
「お前ずっとそんなところに隠れていたのかよ。はぁ……はぁ。ナイスだ、アビス」と寝転がったままフェイトが言う。
まだしんどくて立てないようだ。
それはアビスも同じで「うん!」と頷きつつも、荒い呼吸を繰り返す。
「さ、戻るぞ。早く立て!」
そう言って施設へと歩いていくシグマに向かって、
「無理だよ!」
「無理に決まってんだろ!」
二人の声が重なった。




