第四話【宿屋】
教会の外へ出ると、もうすっかり辺りはオレンジ色に染まっていた。
「今から王都を出発するとすぐに暗くなるな」と父親。
「……お金がもったいないですけど、今日は宿屋に泊まりましょう」
母親が財布の中身を確認しながらつぶやいた。
「お、いいねぇ」
「えっ、今日はこの街に泊まるの?」とアビス。
「そうよ」
「やったぁ! 贅沢なご飯が出てくるかなぁ~」
「さすがに高級宿には泊まれないけど、普通の宿屋でも料理はおいしいと思うわよ」
「楽しみ〜」
「俺は夜が楽しみだぜ! お前ら、今日は早く寝るんだぞ?」
父親が満面の笑みで言った。
「はい。娼婦の元へ行けないように馬鹿猿を紐で拘束してから、安心して眠ることにします」
「ゲッ……なんでそれを」
「私にケダモノの考えがわからないとでも?」
「…………あはは、アビス。今日は一緒に寝ようなぁ~」
笑って誤魔化す父親。
「俺もう八歳だよ? 一人で寝たいんだけど」
「まあそんなこと言うなよ。今日は朝までスキルのことについて語り合おうぜ」
「男同士で気持ちの悪い……。アビスが一人がいいと言っているんですから…………あ、あなたは私と一緒に寝ていればいいんです」
最後にか細くつぶやき、母親は赤くなった顔を隠すようにして歩き出した。
◆ ◇ ◆
宿屋にて。
二階のベッドが二つある部屋に泊まることになった三人は、食堂でオーク肉とレタスを挟んだサンドイッチと野菜スープをあっという間に完食し、部屋の水場で身体を清めたあと、寝る準備を始める。
ちなみに、普通であればお金を払ってバケツ一杯の水を購入するものなのだが、アビスの母親が水魔法のスキルを持っていたり、父親も自分の力で水系統の魔法を使えるため少しだけ出費が浮いた。
ベッドに関しては結局、アビス一人と両親に分かれて使用することになった。
アビスが一人で寝たいと言ったからというのもあるが、なんだかんだ言いつつ母親が夫のことを好きだというのが大きい。
ベッドに入りながら『私以外の女の元へ遊びに行ったら……許しません』と顔を真っ赤にしてつぶやいたのが効いたらしく、父親は出かけることなく、狭いベッドのなかで嫁と身体を寄せ合って眠りにつくのだった。
もっとも、そんなことを言われなくても彼は充分嫁のことを愛しているため、本当に遊びにいったりはしなかっただろうが。
そしてアビスも慣れない長旅やスキルを授かるまでずっと緊張していたこともあり、相当疲れていたのだろう。
瞬く間に泥のように眠り始めた。
◆ ◇ ◆
その日の深夜。
父親が突然目を開け、ベッドから立ち上がった。
窓から覗いている月明かりだけを頼りに、ゆっくりとドアのほうへと歩いていく。
表情は暗くてよく見えない。
父親が音を立てないようにドアを開けると、そこには黒装束に身を包んだ男がいた。
黒い布で顔を隠しているため、正体はわからない。
「──っ!?」
相手は反射的に腰からナイフを抜こうとするも、父親に腕を摑まれて止められた。
「俺たちに……いや、アビスになんの用だ?」
鬼のように恐ろしい表情と地響きのような低音ボイスに、怪しい男は怯んでしまう。
そして先ほどの発言に、この男には自分たちの目的がバレていると悟った。
ゆえに腕を振りほどこうとするも、
「……あがっ」
父親の凄まじい握力により、逃げ出すことができない。
ミシミシと変な音が鳴り始めている。
「静かにしろ。……俺の家族が気持ちよく眠っているんだ」
男は首を何度も縦に振る。
早く手を離してもらおうと必死だった。
「ひとつ聞かせろ。お前はどこのどいつだ?」
「…………」
「答えないなら殺す」
「…………言え、ない」
震えた声で男性が返答した直後、父親の手刀が首に刺さり、ゴキッという鈍い音が響いた。
首の骨が折れて一瞬にして絶命したらしい。
父親は廊下の窓を開けて男の死体を外へと放り出し、部屋のなかへ戻っていった。




