第一話【故郷】
イニティウム王国の辺境にあるメシア村。
国境を分ける巨大な山脈のふもとにあり、五十人ほどしか住んでいない。
それでも土地の質がいいおかげで毎年農作物の収穫率が安定しているため、村人たちはそれなりに幸せな毎日を送っている。
少年、アビス=ラグナロクはそんな村で生まれ、現在の八歳になるまでびのびと成長した。
辺境ということもあり、村の柵を超えて山や草原に向かおうものなら強い魔物に襲われるおそれがあるのだが、アビスは幼い頃から両親や村の人たちから耳にタコができるほど注意されていたおかげで、村を出ようとはしなかった。
村はそれなりに広かったし、仕事を手伝ったあとに二歳年上の幼馴染と遊んでいたりしていたため、暇になることはなかったのだ。
そんな村の自宅にて。
「アビス、早く食べなさい」
時刻は早朝。
リビングで荷物をまとめている女性が言った。
彼女はアビスの母親。
年齢は二十代後半で、茶髪ショートボブと爆乳が特徴だ。
「待ってよ~」
黒色でふわふわした髪質の男の子が、大きなパンを一生懸命食べながら返答した。
どうやら口が乾燥しているせいで、なかなか飲み込めないらしい。
ちょくちょくミルクと一緒に飲み込んではいるのだが、明らかにこのパンは早食いするのに向いていない。
「だから昨日早く寝なさいって言ったでしょ? 遅くまで起きているから、こんなに急ぐ羽目になるのよ」
「だって、どんなスキルを神様からもらえるのか、楽しみで眠れなかったんだもん」
この世界の人間は、八歳になると神殿でスキルを授かることができる。
スキルとは王族や貴族、平民に関係なく、誰もがひとつずつ持っている特殊能力で、種類は様々だ。
たとえば【火魔法】を授かった人間は、魔力を保持していなくても体力を消耗するだけで使用することができる。
逆に魔力を持った人間が魔法系統のスキルを手に入れた場合、魔力と体力の両方を駆使して魔法を使えるというわけだ。
他にも【空中浮遊】や【攻撃力アップ】、【絶対音感】、【神舌】など、ユニークなものが多い。
スキルにはそれぞれランクがあり、S、A、B、C、Dの五段階評価に分けられている。
一番上がSだ。
そのSランクに君臨するたった二つだけのスキルが【勇者】と【魔王】。
それぞれ百年に一度の割合で授かる者が現れるとされており、勇者と魔王の加護を一時的に借りることができるというチートスキルだ。
それを持つ者であれば、たとえ一人でも数千の軍勢と渡り合うことが可能だろう。
極端な話をすれば、スラム街で育った孤児が一夜にして英雄になる可能性だって充分にある。
このため、スキルは人生を大きく左右すると言える。
アビスはそんなスキルの授与式が楽しみで仕方なかったのだ。
「おーい、馬車の用意ができたぞ~!」
外からそんな声が聞こえたかと思えば、家のなかに男性が入ってきた。
彼はアビスの父親。
母親と同じく二十代後半で、高身長とワイルドな顎鬚が特徴だ。
「ほら、時間よ。続きは馬車のなかで食べなさい」と母親。
「は~い」
アビスはパンが喉を通らないことによる辛さと、スキルの授与式が迫っていることの嬉しさがごちゃ混ぜになったような表情で外にでると、荷馬車に乗り込んだ。
周りが白い布で覆われており、背後からしか外は見えない仕組みになっている。
アビスは木で作られている左右の固い長椅子に座り、パンを食べていく。
母親が荷物を積んでアビスの隣に座ったところで、馬車が進み始めた。
地面がごつごつとしているせいか、お尻への衝撃がすごい。
それでも文句を言わないのは慣れているからだろう。
村のなかを少し進んだ辺りで、家から一人の少女が飛び出してきた。
彼女──メシアはアビスより二歳年上の幼馴染。
青髪に水色の双眸。
十歳にしてすでに胸が大きくなり始めている。
「アビス~。帰ってくるのを楽しみに待ってるから! スキルのこと、一番に私に教えてね~!」
そう言ってメシアが手を振ってくる。
アビスは遠ざかっていく彼女に向かって手を振り返し、
「うん、わかった。一番最後に教えるね~!」
「ありがとー……って、なんでよ!?」
「ふふっ、冗談だよ」
「そうやってからかってくる男の子は嫌いだもん! もう知らない」と頬を膨らませるメシア。
彼は焦ったようにパンを口から離し、
「ごめんって! もうからかわないから……」
「…………許す!」
最後には笑顔になった彼女を見て、アビスは「ふぅ……」と、安心したように微笑む。
「あなたたちは本当に仲がいいわね」と母親。
「うん」
「これは、将来の結婚相手はあの子で決定かも」
「は、恥ずかしいからそんなこと言わないでよ」
「でも実際好きなんでしょ?」
「…………うん」
アビスは本当に小さな声で返答した。
「じゃあパンをしっかりと食べてあの子を守れるくらい強くならないとね」
「えぇ……。口が乾燥してもう食べられないよぉ」
弱音を吐きつつもアビスは大きなパンを食べ続けるのであった。




