黒い鬼ウィルフレッド
東にある多くの島が一つの国となっているスーテランドには世界で一番顔が怖いと言われる王族がいます。
名前はウィルフレッド。
御年27歳。全世界でもスーテランドにしかない竜騎士団の団長をしています。
ウィルフレッドはスーテランドのスバル王の弟、ヒアデスの4番目の息子で、王族の猛々しい(?)と呼ばれるパーツを集めた容貌でした。
父の夜の闇のような黒髪を。
母の血のような赤い目を。
王族特有の褐色に近い濃い色の肌を。
曾祖父の筋骨逞しい巨躯を。
強面と呼ばれた父と伯父のいかつい顔を。
王族と言っても継承権は低く、また四男であるウィルフレッドは父の大公位を継ぐこともないため、自然と騎士を志しました。王族で騎士なのだからさぞやモテただろうと思われますが、残念なところそうではありません。大きな体に三白眼がデフォルトの怖い顔、幼児が気絶する凶悪な笑顔、さらに魔物の討伐時は黒い鬼のように暴れまわることと、顔についた大きな傷跡のせいで大層怖がられておりました。本人も自覚しているので口数も少なくなり、それがますます威圧感を与えると言う悪循環になっています。笑ったらかわいいとかあったらよかったのですが、残念ながら彼の笑顔に令嬢は失神し、貴族たちは逃げ出し、市民は震える、とかまあそんな感じ。結局のところ、人は見た目が100%なのです(一部誇張あり)。
と、これだけ見ればウィルフレッドは国内で嫌われているように思われるかもしれませんがそんなことはありません。怖い顔になれている家族や王宮の者たちにはめちゃくちゃ愛されて育っています。
ただ、ちょっと近寄りがたい、というか近づく勇気がある者が少ないだけです。その証拠に彼が率いる竜騎士団は総勢20人の少数ですが、国民に絶大なる人気があります。結婚したい騎士ランキングは常に上位(ウィルフレッドは除く)です。夜会に出れば令嬢が騒ぎ(ウィルフレッドは除く)、ダンスの相手には事欠かず(ウィルフレッドは除く)、騎士になったら目指す高みとも言われています。魔物の討伐や演習から帰れば町中が大騒ぎになるほどです。
ただ、その時もウィルフレッドに声をかける者はあまりいなかったりするのですが。
子どものころから怖い顔だったウィルフレッドを心配した王は彼に婚約者と側近をつけることにしました。婚約者とはゆっくり愛を育てて幸せになってほしい、側近とは主従を超えた友情を育んでほしい、ただそれだけの善意ある行動でした。
しかし、善意がすべて良い結果になることはないのです。
王の息子であるリゲル王太子と同い年のウィルフレッドは、10歳になると王太子とともに王妃主催の茶会に招待されるようになりました。何度か行なってよいと思う令嬢を王太子妃に、という名目の裏でついでにウィルフレッドの婚約者も探して一挙両得を狙ったのです。
はっきり言って悪手でした。
リゲルと話すときは頬を染めていた令嬢たちや興奮気味に話しかけている令息たちは、ウィルフレッドを見た瞬間、態度を変えるのです。
ある者はすごい勢いで逃げ出し。
ある者は固まって石になり。
ある者は青ざめてへなへなと崩れ。
ある者はぱたりと倒れて失神し。
中には気丈にも話しかけてくる子どももいましたが、噛みつくようにキャンキャン嘲るか、おどおどと震える声で媚を売るか、冷たく拒絶するか、でした。
そのたび、ウィルフレッドは盛大に凹んでいたのですが、もともと顔に出ない子どもでしたので周りには気づかれず、むしろたくさんの子どもたちと交友を深めていると思われていました。
子どもたちは最初はウィルフレッドの顔の怖さにおののいていましたが、回数を重ねるごとに慣れていくと、リゲルのいないところではウィルフレッドをバカにするようになりました。
単独では負けると理解しているため複数で、面と向かわず陰口だが聞こえるような距離で、大人たちやリゲルには仲良くしていると見える表情を作って、こそこそと罵倒し、嗤いました。
子どもというのは残酷です。大人ならオブラートに包んで言うようなこともまっすぐ口に出しますし、自分が嫌なものは排除しようとします。自分が褒められたいので相手を貶めても気にしません。そういうことはしてはダメだと誰かに教えてもらわない限り、自分の欲求に従います。何も知らないから無邪気でかわいい、知らないからこそ残酷になれる。
小さな社会で、ガリガリと精神を削られた結果、ウィルフレッドは常に顔をしかめた状態になって、怖い顔に磨きがかかってしまいました。
それでも王に楽しいかと聞かれれば「はい」と答えなくてはなりません。まさしく苦行です。
一度や二度なら耐えられたでしょうが、茶会は12歳になるまで毎月行われました。
25回目にしてやっと気づいた王は、今まですまなかったと冷や汗をかきながら謝りましたが、時すでに遅し。おかげで、ウィルフレッドは人は怖いものだと刷り込まれてしまい、幼女にも固まってしまうようになってしまったのです。
そんなウィルフレッドを支えてくれたのは、竜騎士団の本拠地がある東端の島に住むロードリック辺境伯でした。
スバル王の15歳年上の従兄であるロードリック辺境伯は竜騎士団の団長で、スーテランドの全騎士の憧れと呼ばれる壮年の騎士でした。残念ながら魔物との戦いで右足首から先を欠損したために竜騎士団を引退し、現在は顧問となって竜騎士団を見守っています。引退した竜を所有の島に住まわせるほどの竜好きとしても知られた、少し変わったところのある御仁です。
ロードリックは引きこもりかけたウィルフレッドを島に呼び、せっかく恵まれた体を持っているのだから竜騎士を目指してみないかと誘いました。
「多くの人間が竜を怖がる。だがお前は平気なようだ。しかもワシの騎竜が初対面のお前に頬ずりしよった。竜に好かれるのは竜騎士として一番の資質。せっかくだから活かしてみないか?」
その言葉にウィルフレッドは自分がいる場所は竜とともにあると認識し、世界一の竜騎士になろうと心に決めたのです。
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