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地味姫、兄に問いただされる

 そして幾日か過ぎたある日のこと。


「じじじ、ジェイミー!! お前、何した!?」


 夕食前の至福のひと時、のんびりと厨房の隅で鍋を磨いていたジェイミーのところにのジョナサンがすっ飛んできました。


「あら、ジョナサン兄様、今日は東の島国の海軍との演習で帰らないのではなかった?」

「そうだが、お前、ウィルフレッドに何した!?」

「ウィルフレッド様? どなたでしたっけ?」

「ええっ!?」


 ジョナサンがいつになく慌てふためいているのですが、ジェイミーには全く心当たりがありません。先日の夜会で適当に流した(けど事前学習で国と名前はちゃんと頭に入ってる)王子たちの中にはそんな名前の者はいませんでした。


「いただろう? 黒くてでかくて怖い顔の!」

「うーん?」

「なんか一緒に飯食ったって話だぞ!?」

「ああ、あの方でしたか」


 ジェイミーはポンと手を打ちました。やっと誰かわかったのですっきりした気持ちです。


「デビュタントの夜会の時、私がソファで食事をとっていたら隣に座って来た方ね。おなかが空いたと呟かれたので、ミスラン自慢の作品を堪能していただいたのですが、何か問題がありましたか?」

「ジェイミー……」


 ジョナサンは大きくため息を吐きました。


「ウィルフレッドは俺の友達なんだが、東にあるスーテランドの王弟の息子でな、東の国にしかない竜騎士団の団長だ」

「あら、そんなにすごい方だったのね」

「年は俺と同じ27だ」

「まあ!もっと年上なのかと思った。落ち着いた方なのね」

「顔に傷があったろう?」

「そうでしたっけ? 気になりませんでしたけど?」

「すごい威圧感出してたろ?」

「突然隣に落ちてきたからびっくりしてそれどころじゃなかったわねー」

「笑顔が凶悪だっただろう?」

「ああ、くしゃっとして独特のお顔でしたね。凶悪なのかは人の感性だから私にはわからないわ」


 ジョナサンの言葉に楽しかったひと時が思い出されていきます。夜会は退屈だったけれどあの一時は楽しかったわとジェイミーがしみじみしていると、ジョナサンが爆弾を落としました。


「お前の皿の料理を食べさせたとか?」


 かちゃーん!カランカランカラン……。


 大きな音を立てて鍋が落ちました。

 ジェイミーの顔がかあっと顔が熱くなります。


「あああ、言わないで、兄様!私ったらはしたない真似をしてしまったの!」

「食べかけのローストビーフ」

「いやあああ!!わざとじゃないのおお!うっかり、うっかりだったのようう!うっかり兄様たちにするようなことしちゃったのおお!だって、あのローストビーフ、すごくおいしかったうえに、ピックがついてて食べやすそうだったんだもの!だからついうっかり」

「落ち着け、ジェイミー」

「見知らぬステキなかっこいい殿方に公衆の面前で「あーん」とかさせちゃったのおおお!!恥ずかしいい!!」


 何度うっかりと言えばいいのだろう、と顔を手で隠しながら悶えるジェイミー。ベッドの上だったら転がっていたでしょう。

 あの日、ジェイミーは三回もお代わりしてくれた男と少しだけ話をし、最後の皿を食べ終わる前に逃げてしまいました。美味しいと微笑みつつ吸い込むように食事をする精悍な男性に頬が赤くなったのを思い出します。


「親切にしてもらったのに名前も聞かずに立ち去ったの。ジョナサン兄様のおかげで分かって嬉しいけれど、恥ずかしくて二度と会えないわ……」


 ジェイミーはしょんぼりと肩を落とし、顔を覆ってうずくまったまま呟きました。


「なるほど……、理解した」


 ジョナサンはしゃがみこんでジェイミーに視線を合わせました。


「もう一度聞くが、怖くなかったのか?」

「うん。というかすごく優しい人だと思った」

「優しい?」

「うん。たくさん話したわけじゃないけど、私を気遣ってくれたのがわかってね。一緒にいてほっこりしたわ」


 答えていると、すごい勢いで皿を開けて言った男が思い出されて心が温まりました。大きい体にいかつい鬼顔だけど、きっと優しいんだろうな、と思ったのです。


 そう言うと、ジョナサンは驚いた顔をしましたが、なんとなく嬉しそうに笑い、ジェイミーを立たせました。

 そして、ちょっと一緒に来いと言い、手を引いて馬に乗せ、まっすぐ演習場に向かったのです。

 使用人と同じ濃い灰色のワンピースだったので横抱きにされて馬に乗ったジェイミーは慣れない揺れと尻の痛みにくらくらしながら、ジョナサンにしがみついてなんとかがんばりました。

 着いた時に立てなくて横抱きで運ばれたのは仕方がないことです。きらきら輝く逞しい美丈夫の兄は気にしないようですが、ジェイミーは騎士たちの視線に固まり、こんな地味な女に注目しないでくれと心の中で泣きました。


「ジョナサン兄様のバカ……」

「う、すまん。つい急いでたもので」


 演習場は王宮から馬で30分。王女の視察には馬車を使うのが定番で、馬に乗せられて行くなどありえません。うっかりするのも似たもの兄妹のようです。


 しかし、ジョナサンが急ぐのにも理由がありました。


「連れてきたぞ、ウィルフレッド!」


 ジョナサンはジェイミーを抱えたまま、大きくて濃い青色の天幕に飛び込みました。






読んでいただいてありがとうございます。

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