地味姫、夜会に行く
そしていよいよ夜会が始まります。
まずは王族の並び立つ高座に立ち、ご挨拶。王が成人を迎える若者を祝い、神官長から祝福があったのち、楽団の音楽が流れます。1曲目はデビュタントを迎える白い令嬢たちが白い令息に手を取られてホールに出てきて初々しく踊るのが決まりです。
高位貴族たちが王に挨拶に来るのを眺めていると、隣に立っているジャスパーが宮廷魔術師のローブを翻しつつジェイミーの手を取りました。
「ジェイミーも踊らないと。せっかくのデビュタントだろ?」
公務用の宮廷魔術師ローブはあちこちに魔石が縫い込まれていてとても綺麗ですが、それを翻しながら進み、にこにこと笑うすぐ上の兄の眩しさと言ったら!
正直一緒に並ぶのも申し訳ないと思いつつも、1曲は踊らないと王族としての役目は果たせないと思い、ジェイミーはしぶしぶ手を乗せました(相手がデビュタントを迎える若者でなくても当日のエスコート役だったら問題はありません)。
「私の妹はこんなところでも謙虚でかわいい」
指先にキスを落とし、高いヒールに悪戦苦闘する足に治癒と強化の魔法をかけてくれる超美形の兄は心までイケメンだとジェイミーは思います。おかげで足の痛みを感じず、ただ必死にステップを思い出すだけで何とか1曲踊り切ることができました。
「よかった。ジャスパー兄様の足、踏まずに終わった……」
「ふふ、必死で可愛い」
「可愛くなくていいので許してください……」
「私は許してあげたいんだけど、父上が他国の王子を何人か試してくるまで戻すなってさ。頑張れ、ジェイミー」
「うわあ……」
勘弁してほしい……。
こんな地味なの相手にさせられるんじゃ相手が気の毒だよ……。
残念なことに、そんな心の声は美しい笑顔を残して去るジャスパーの背に届きませんでした。
心の中でトホホと呟きながら、見目麗しい王子たちに囲まれてしばし対談です。
王子たちはちゃんと訓練されているので不躾な言葉を発してくる者はいないのですが、すべてがキラキラオーラをまとっているので眩しいことこの上なく、ジェイミーの精神力と忍耐力はずんずん削られていきます。そもそも会話が続かない。輝き溢れる初対面の人間と楽しく話すスキルなど持ち合わせていないのです。
そんなジェイミーなので、王子たちは一人また一人とホールに消えていきました。
「ああ、よかった……」
安堵したジェイミーは壁際に行きました。
一国の王女が壁に寄りかかる。珍しい状況なのですが、まったく違和感がありません。壁が白く、ドレスも白かったという事情があるにしても、気にかけないと見つけられないほど存在感が薄いジェイミーです。
そのおかげで、広間をゆっくりと観察できました。人間観察はジェイミーの一番の趣味です。その場にいても人に気づかれることの少ないジェイミーはパーティに出ると壁と同化して人々を観察するのを楽しみにしていました。
『あら、今日のマジェスタ公爵令嬢のドレス、西のエウロパランドの最新作ね。相変わらずセンスがいい。今日もジャスパー兄様を狙ってるのかしら? でも将来の義姉と考えるとちょっと難があるのよね』
『お、ミミオン伯爵令息、今日のターゲットはリースキン伯爵令嬢ですか? 相変わらず青髪美少女好きね~。また訴えられないといいけれど』
『ジョナサン兄様、ララベル様とあと一息って感じなのに、動きが硬くて惜しいわ。ララベル様ならすぐにお義姉様ってお呼びするから頑張れ!」
『ふふ、今日もジョセフィンとジュードは可愛いわ。あっという間に囲まれちゃって。それでもしっかりと対応して素晴らしいわ。さすが私の弟妹。眼福眼福』
『あ、あっちで令嬢たちがドミノみたいに倒れかけてる! もう、ジェイラス兄様ったら、無駄な流し目禁止!』
楽し気ににやにやと人々を眺めているジェイミーですが、気づく者は誰一人いません。もう風景みたいな感じです。とりあえず今日の夜会は王子たちは試したのでミッションコンプリート。だけどまだ帰れないので、趣味の観察に励みます。
そうしていると、窓際にあるデザートの皿が寂しくなっているのに気づきました。さりげなく移動し、余ったデザートを取る振りをして整理しつつ、汚れた皿をそっと回収して給仕に片付けを依頼します。
視線をずらすとバルコニー近くのカーテンの裏でいちゃついていた女性の元に令嬢たちが向かっていき、何やら口論になりそうなのを見つけました。近くにいる護衛騎士を呼んで、様子を見に行かせます。なるべく見目の良い騎士を選んだのがよかったのか、令嬢たちは向きを変え、カーテン裏の女性は一人で広間に戻りました。
反対側の壁際ソファでは令嬢たちがソニン男爵令嬢ともめてる様子、というか一方的に苛めてるようでした。急ぎ近くを回る給仕に飲み物を運ばせて気をそらします。給仕が超絶美形だったためにあっという間に収まったのは女性心理ですね。
ふらふらになったアース男爵令嬢が三人の子爵令息に連れ出されそうだったのには慌てました。急いで護衛騎士三人を呼び、後を追わせます。幸いなことに何事もありませんでしたが、手が遅かったら媚薬が使われていたとのことで、三人の令息たちは怒る騎士団長に連れていかれました。男爵令嬢は半分意識を失っていたので侍女に頼んで介抱してもらい、馬車で送りました。こちらは明日、侍女に様子を見に行ってもらう予定です。
色々と細かいことはありますが、おおむね平和な夜会でした。
キラキラの笑顔で踊る令嬢が眩しいし、音楽も優美だし、何より食事がおいしい。さすがは料理長、とジェイミーは嬉しくなりました。
壁際のソファが開いていたので、皿いっぱいに料理をとってきていただきます。食べやすくピックを刺したローストビーフや一口サイズのサンドイッチなど、簡単に食べられる心配りの料理に、思わず頬が緩むジェイミーです。
「幸せだわ」
呟き、大きなイチゴを頬張ろうとしたとき、左隣にドスンと衝撃が来ました。
読んでいただいてありがとうございます。